長編10
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G線上のメリークリスマス

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2018年12月24日――東京上空800メートル。

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「さて、次の届け先は…」

shake

「サーンタさん!」

「わ!なんだ君は?お嬢ちゃん、どこから来たんだい?」

「さっきサンタさん、うちに来てプレゼントくれたじゃない。

その後、こっそり背中に張り付いて、ついてきたのよ」

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「ちっとも気づかなかった。それでソリに隠れてたのか。

しかし、よく私の存在に気付いたね。

近頃じゃ住居不法侵入が問題になってるから、サンタ業界も米軍横流し品の光学迷彩なんてものまで使って極秘裏に侵入しているというのに……」

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「でも、私のア○フォンにインストールしてあるサーマル(熱感知)カメラのアプリで、サンタさんが部屋に入ってくる姿は丸見えだったわ」

「……子供が自分用の携帯を持っていて、大人よりも使いこなしているって、こわい世の中だなあ。

ええと、君の名前はミヤコちゃん…だったよね? ああそうだ、リストに書いてある。

君のところに届けたのはどんなプレゼントだったか……。

とにかくね、サンタさん、今夜はケツカッチンだから、残りの配達先にすべてのプレゼントを届けてから、君をおうちに送ってあげるからね?」

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「ケツカッチン……?うん、とにかくそれでいいわ。

私もサンタさんのお仕事、見てみたいと思っていたの。

住居不法侵入に、空飛ぶソリで住宅地上空を無許可飛行、住所やプレゼントの希望を知るのだって個人情報の取得方法が争点になりそうね。ほかには……」

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「君には最後に、今夜のことに関してすべての記憶を消す、不思議な飴を舐めてもらうからね。

これは君の身の安全のためでもある。業界の闇を覗く者は、業界の闇にもまた同時に覗かれているものなんだよ。すべて忘れるに越したことはないんだ」

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「……大人の世界って怖いのね。記憶を消されるのはしかたないけど、あとはサンタさんに幼女愛の趣味がなくて、私の貞操が明日の朝以降も無事であることを祈るだけだわ。

で、サンタさん、次はどこに向かっているの?」

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「ええと、リストによると次のお子様は世田谷区○○-×××-△△にお住いの藤井颯太君(仮)。

年齢は5才、生年月日は7月9日、血液型A型、趣味は将棋、好きな食べものはハンバーグ。

好きな女の子は近所の杏ちゃん。……へえ、目鼻立ちのはっきりした娘だなあ、将来美人になりそうだね。つい最近ほっぺにチューしてもらったと家族に自慢。……はは、ませてるのか純粋なのか。

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家族構成は父親、母親に3歳の妹。

父親は東大出のエリート銀行員……はっ、その上イケメンかよ。

母親も……松たか子似の美人だなあ。専業主婦で、性格も良し。

ご近所からの情報によれば家族仲も良いって話だけど、その実、旦那の仕事が忙しくて帰りが遅く、奥さんは欲求不満気味……か……」

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「……私の貞操の危機は解消されたけど、違う事件の臭いがしてきたわね」

「はっ……!大丈夫だよ、ミヤコちゃん。

サンタさんの就業規則はそれはそれは厳しいんだ。なんといってもブランドイメージ命だから。

もし禁を侵そうものなら、ブラックサンタという内部粛清機関のエージェントが……」

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sound:5

『おい、S-537、応答しろ。

予定より3軒配達が遅れてるが、てめぇ……大丈夫なんだろうな?

今夜はフォローに回せる人員はいねぇんだぞ。

もし未配達なんてことになったら、てめぇの給金からさっ引くからな!』

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「わお、どこぞの運送会社に負けないブラックぶりね。

サンタさん、洗脳されちゃダメよ。『わが社の当たり前が世間の当たり前』なんて、疑うためにある言葉だわ。

労組が弱いのなら、個人でまめに勤怠の記録を残して、労基やマスコミにたれ込むのが……」

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『おい、S-537、なんかガキの声がしなかったか?

それにずいぶん剣呑なこと言ってやがったような……』

「いえ!プレゼントのひとつにギャルゲーが入ってて、その音声が流れただけです。セリフも近頃の世相を反映してるんですかね。

しゃべってるキャラクターも見た目は幼女ですが、年齢は300歳というロリ婆……」

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shake

『しらねーよ!遊んでねぇでとっとと運べ!ガキどもに夢と希望を届けんだよ!てめぇだって、自分でそれができなかった償いが……(ブチッ)』

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「……はあ。ミヤコちゃん、今夜はいつ本社から通信が入るかわからないんだから、おとなしくしててくれなきゃ。

ソリに女の子を乗せてるなんてバレたら大事になっちゃうよ」

「誰が見た目は子供、中身は300歳のロリ婆よ。

ミヤコ、これでも来年小学生になるバリバリの現役よ。

……サンタさん、さっき、最後に償いって」

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「お、藤井くんの家が見えてきたよ。

ミヤコちゃん、急降下するから振り落とされないようにしっかり捕まって」

「……」

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(おはようございまーす……) (小声で)

(……たぶん、なんかの懐かしネタなんだろうけど、ミヤコわかんないよ)

(いいんだよミヤコちゃん。今日はなにもアイドルの寝顔を覗こうって企画じゃないんだ。

……藤井くんはよく寝てるようだね。さあ、今のうちにプレゼントを枕元に置いて、おいとましよう)

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shake

ガキッ!

「ギャー!!!」

(ちょっとサンタさん!大声出したらばれちゃうよ)

(ち、ちがうんだよミヤコちゃん。床にレゴブロックが落ちてて、踏んづけちゃったんだ。

イタタ……ほら、足の裏にへこんだ跡が着くくらい、思いっきり踏んじゃって……おっと)

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shake

グイッ!

「うわ!なんだこれ、うわうわ、イタタタタタ!」

(ちょっと!今度は何?)

(頭を上げた場所に、ちょうど天井からハエ取りテープが下げてあったんだ。

髪と、それに白髭がからまって……イタタタタタ!)

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shake

バターンッ!

shake

バチバチバチバチーンッ!

「うぎゃああああああああああああああああ!」

「ちょっとうるさいわよ!」

「違うんだよ!倒れた場所に、ちょうど大量のネズミ取りが……痛い痛い!外してくれ!」

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「ふっふっふっ、行幸行幸……。

すべて僕の読み通りですね……」

「……誰っ!」

「やだなあ、誰の部屋に入ったと思ってるんですか?

将来の将棋名人、藤井聡太(仮)の部屋に足を踏み入れた以上、ただでは帰れませんよ?」

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「これ全部、あんたが仕掛けたの!」

「そうですよ?今夜はクリスマスですからね。サンタさん、あなたが来るのは読んでいました。

だから、すべての浸入経路に二重、三重の罠を仕掛けておいたんです。

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相手の動きを何手先まで読めるかが将棋というゲームの肝です。

さあ、次はどう動きます?いずれ、その立派な白髭に巻き付いたハエ取りテープで、身動きはとれなそうですが?」

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shake

ジョキーン!

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「なっ!?髭を鋏で、一刀両断……だって?」

「……ふふふ」

「あ、あなた……それはサンタにとって象徴とも言えるものでしょうに……。

それを、なんの迷いもなく断ち切るとは……計算外です」

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「サンタにとって、髭だけが大切なものじゃない。

そう、それはただのパーツ。

クリスマスの夜に、子供たちに夢と希望を届けることこそ本分。そのためには髭の一本や二本」

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「な、なんという大望……。負けました……」

「あの……」

「わかってくれればいいわ。真剣勝負では、時に相手は予想外の行動をとる。いい勉強になったわね。覚えておきなさい、未来の将棋名人さん」

「あの、ええと……」

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shake

「うるさいわね!人が良いことを言ってる時に、横から茶々入れないで!」

shake

「僕の髭を勝手に切っておいて、その態度はないんじゃないかな、ミヤコちゃん!

それにその説教は僕が言うべきことなんじゃないかな!かな!」

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「ああもう細かい男ね!どうせ今夜のうちにプレゼントを配りきらなきゃいけないんだから、ここで時間をかけてるわけにいかないじゃない。

サンタさんが踏ん切りがつかなかったから、私が切ってあげたのよ。感謝してほしいくらいだわ」

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「そ、それはそうだけど……納得いかないなあ。

……ま、まあともかく、藤井くん。こんな手の込んだことしなくても、君へのプレゼントはほら、ちゃんと持ってきているよ。

はい、お母さんが掃除のときに間違って捨ててしまった、愛用の将棋盤の『歩』の駒」

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shake

「あ、ありがとうございます!

棋譜を並べていて、ちょっと目を離した隙に、うちのタマがいたずらして、床に駒を落としちゃったみたいなんです。

いくら探しても見つからなくて……ありがとうございます!」

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「それが彼へのクリスマスプレゼントなわけ?」

「ええ。僕にとって、この将棋盤と駒はかけがえのないものですから。

欠けていいものじゃないし、別の新品の駒でも嫌なんです。

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これは、パパが買ってくれたものだから」

「……ふうん」

「まあ、ひとまず無事に渡せてよかった。

じゃあミヤコちゃん、次の家に向かおうか」

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「本当にありがとうございました、サンタさん。

それにミヤコ師匠!」

「精進しなさいよ」

「えらそうだなあ……」

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「はい、というわけでですね。我々は今、最後の配達先である、高野ハナさん(6歳)のおうちの前に来ております」

「サンタさん、こちら随分変わった造りのおうちみたいですね。

大きな木の札が掛かってますよ?

……『鼻の高部屋』?」

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「小学校入学前なのによく読めましたね、ミヤコちゃん。

そうなんです、こちらは大相撲元横綱、鼻の高親方率いる『鼻の高部屋』なんですね。昼間は大勢のお相撲さんが稽古をしているんですよ」

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「ふうん、まあとにかくここが最後なんだから、ちゃっちゃと済ませましょう?

もうキャッツカードは挟んできたんでしょう?」

「僕らはレオタード盗賊団じゃないよ!

じゃあ、お邪魔しまーす……」

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shake

「どすこーい!」

「ぐはぁ!」

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shake

「どすこい!

shake

どすこい!

shake

ごっつぁんでーす!」

shake

「ぐあぁ、

shake

ぎゃあ、

shake

どひー!」

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「な、何事なの?」

「うぅ……胃液が逆流する……なんて強力なぶちかまし……。一体誰が……?」

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「私でーす(野太い声)!」

「き、君は高野ハナちゃん、だね?

リストにあった写真は小柄な子だったはず……」

「去年まではひょろかったっす。この一年モリモリ食べて稽古して、身体作ったっす」

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「この子、6歳ってことは私と同い年?

身長も横幅も倍あるじゃない」

「よろしくっすミヤコちゃん。

サンタさん、私のリクエストしたプレゼント、持ってきてくれたっすか?」

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「う、うん……、米に野菜に肉に魚……すごい量だね。

なんだってこんなにお願いしたんだい?」

「うっす。私がお父さんや部屋の皆に、ちゃんこ鍋を作ってあげようと思って……。

最近、皆忙しいし、イライラしてるから……前にハナが作ってあげた時みたいに、喜んでくれるかなって思ったっす」

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「鼻の高部屋って、ミヤコ、最近テレビで見たことあるかも。

他の部屋の力士とケンカがあって、角界が揉めてるって言ってたような……」

「テレビっ子だね、ミヤコちゃん。角界って……。

でもそうか、ハナちゃん。皆に美味しいって言ってもらえるといいね。いや、きっと言ってくれるさ!」

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「うん、ありがとうっす!サンタさん、ミヤコちゃん。」

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「はあー、なんとか間に合ったなあ。

お疲れ様、ミヤコちゃん。色々手伝ってもらって、かえって悪かったね」

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「……ねえ、サンタさん。あなたが今夜、プレゼントを配って回った家はたくさんあったけど、子供はこの街だけでも、もっといるはずだわ?

あなたが現れる家の子供たちには、共通点があるんじゃない?」

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「……さすがだね、ミヤコちゃん。

そう、今夜はクリスマスだ。僕がプレゼントをあげにいかなくても、親が近しい人が、サンタクロースになってくれるさ。

でも、今日逢った子供たちは、事情があって、それができない子達だったんだ」

「だから途中、施設や教会にも行ったのね?」

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「そうだね。

それともうひとつ、人間には叶えられない願いも、今晩だけは夢として見せてあげることができる。

例えば、死んでしまった人に逢いたい、とかね」

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「……さっき、スピーカーの向こうの怖い人が、サンタさんに『償い』って言ってたわ。

あれは?」

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「……僕も昔、人の親だったんだよ。

でも、働きづくめで家族とよい関係を作れていなかった。

娘は年頃になると家を出ていき連絡がつかず、女房も身体を壊して先に逝ってしまった。

そして、僕自身も、クリスマスの日に死んでしまったのさ。

……ずっと昔の話だけどね」

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「ヘビーな話ね。小学校入学前の女子に聞かせる内容かしら。

でもそうか、色々わかったわ。

償いの意味、そして今夜私がサンタさんに出逢ったわけ」

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「……?

さあ、ミヤコちゃん。そろそろお別れの時間だ。

今夜の記憶だけを消す、この不思議な飴を舐めて眠るんだ。

大丈夫、ちゃんと家まで送り届けてあげる。

明日の朝、君はいつもと同じようにベッドで目覚めるんだ」

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「うん、わかったわサンタさん。

覚えてることはできなくても、今夜はとても楽しかった。

……最後に、私からサンタさんに、プレゼントをあげる」

「ミヤコちゃんから?」

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うん。

サンタさんはさっき、私にくれたプレゼントを覚えてなかったけど、私は確かにもらっていたの。

私の家はパパもママもとても優しいし、幸せよ。

ふたりともよく笑うの。

……でもママは時々、さびしそうな顔をする時があるわ。

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ママのお父さんやお母さん――私にとってのおじいちゃんとおばあちゃんはもう亡くなっていて、ママはあまりふたりのことを話したがらないの。

でも、来年私が小学校に上がる準備をしていると、ママは時々さびしげな顔をするわ。

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そして、『大きくなったミヤコのことを、おじいちゃん達に見せてあげたいな』って言ったのよ。

私も、おじいちゃんとおばあちゃんに逢ってみたかった。

友達のカヨちゃんの家は、おじいちゃんもおばあちゃんも元気で、とても優しくて、楽しそうなんだもの。

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ねえサンタさん。サンタさんのプレゼントは、『人には叶えられない願い』も夢で見せてくれるんでしょう?

私の名前はミヤコ。

ママの旧姓は、三田エイコっていうんだって。

サンタさんの、娘さんの名前は……?

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おやすみ、サンタさん。

髭切っちゃってごめんなさい。

メリークリスマス。

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