『……なに?またアンタなの?何周目よ?』
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「えー、それではこちらの、人気アイドルグループ『TOP!』の山田メンバーによる、住居侵入と傷害、および殺害容疑の件ですが……えー、Tさん、いかがですか?」
云い出しづらそうにしていたタレントMCに促され、渋い表情のコメンテーターTは、一瞬の沈黙の後、口を開いた。
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「でもさー、これまだ彼のやったことって決まったわけじゃない訳じゃない?
その段階でどうって云われてもさ……」
「しかしですね、警察の捜査によると、被害者のマンションのエレベーターに設置された防犯カメラに、事件の時間前後、山田メンバーの姿が記録されていたそうでして……」
「彼が被害者の部屋に行くより前に事件が起きていて、不審に気付いた彼が部屋を覗きこんで現場を発見して、怖くなって逃げ出したってことだって考えられる訳でさ……」
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「なるほど。でもですね、この防犯カメラに映っていた出入りの行動に、2時間のスパンがあったそうでして……。
メンバーがしばらく被害者の部屋に滞在していたことは確実と思われるわけですが……」
「それはまあ、その間にほら、別の人間が合流して、それで揉めてさ、すったもんだあった挙句に、彼が逃げ出したとか……」
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「被害者の隣部屋の住人が、隣室から大きな物音と悲鳴を聞いて駆け付け、その際に部屋から飛び出してくる山田メンバーに、玄関先で押し倒されて転倒しているそうなんですね。
その後、住人は部屋を覗きこんで、遺体を発見したと。
部屋には被害者の女性以外、誰もいなかったと証言していますが……」
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「その人さ、信用できるの?」
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「は?」
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「いや、その隣部屋の住人って人さ、信用できるのかなって。
ほら、隣人トラブルって最近多いからさ。この間もあったじゃない、隣の家からの騒音がひどくて揉めたとか、近所にゴミ屋敷があって、あんまり云っても聞かないもんだから放火したとかさ。
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人間、やっぱり暮らしてる環境って大事でさ。その周りで気に食わないことがあると、突飛な行動取ることだってあるんだよね。
だからさ、」
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「発見者である隣部屋の住人というのは、留守番をしていた小学3年の女子だそうです。
たとえトラブルがあったとしても、その子供にどうこうすることは無理かと思いますが……」
「……あ、そうなの?」
Tはフンと鼻を鳴らし、口をつぐむ。
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「でも、私も山田さん、いえ、山田メンバーがこれまで他局の番組で活動なさっていたこととか、非常にステキだな、と思って拝見していたんですけど……。
災害に遭われた地域の復興に貢献したりしてたじゃないですか?
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これまで『TOP!』の活動を通して、多くの人が救われていたと思うんですよ。
今回のことで、彼らのこれからの活動に影響が出ないか心配です……」
女性コメンテーターMがおずおずと発言する。
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「えー、山田メンバーの所属事務所はグループの今後の活動について、『事実関係がはっきりするまでコメントは控えさせていただきます』と、各TV局や出版社に対してFAXを送っている状態です」
アシスタントの若い女性アナウンサーが補足的に発言する。
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(こういう時は『所属事務所』って云い方するんだ。いつもはハッキリ事務所名を云うのに……)
彼女は内心、TV業界の言葉選びの妙に感心していた。
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「今回の事件では、人が亡くなっていますから。
山田メンバーよりも、まずはその方のことが一番ですよね」
そっけない態度で女性コメンテーターEが発言する。
Tは彼女とそりが合わない。再びフンと鼻を鳴らす。
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「あ、はい。被害者は事件現場であるマンションの部屋に住んでいた20代女性です。
Aレポーターが現場に取材に行ってくれておりますので、VTRをご覧ください」
MCが映像の切り替えを促す。
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『被害に遭われたウエダカナコさんは、こちらのマンションの8階に、ひとりで、住んでいました。
近所の方のお話では、近所づきあいはほぼなく、たまに通路ですれ違っても挨拶を交わす程度であったと、いうことです』
男性レポーターのAは、マイク片手にカメラに向かって独特のテンポで語りかける。
画面が切り替わる。
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『ウエダカナコさんはどういう方だったんですか?』
『若くてカワイイ感じの方、でしたよ……。ただ、ちょっと取っつきにくい感じではありました。
どういった職業に就かれていたのかはちょっと……。昼間に出かけて行くのをよく見かけましたが、帰りはいつも深夜だったんじゃないかしら』
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顔にモザイクをかけられた近所の住人が応える。
声も、キンキンとした機械音声に変えられていた。
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『事件の前後、人気アイドルグループ『TOP!』の山田メンバーが部屋を訪れていたようなのですが、以前から山田メンバーの姿は見かけられていたのでしょうか』
『いいえぇ、そんなことありませんでした。
そんな有名な人がいたら、このマンションで話題にならないわけがないですから』
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別の住人へのインタビューに切り替わる。
モザイクで隠れているが、高校生か大学生くらいの女性のようだ。
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『ウエダさんは、その、なんていうんですか?地下、アイドル?みたいなのやってたみたいって、友達が云ってました。
アキバなんかに出かけて行って、たまにイベントとかやってたとか、友達が云ってました。
私?私はよく知らないんですけど……』
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さらに別の場所。薄暗い室内にギラギラとしたライトの光が縦横に走り回り、大勢の声と激しい音楽で満たされた空間。
かっぷくのよい男性が応える。
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『KANAちゃん?KANAちゃんは、ここでデビューしたばっかりの頃から応援してたよー。
カワイイんだけど、目付きも性格もキツくてさー。
でも、そのアンバランスさっていうの?僕ら逆にすっごい萌えてましたー。
一度もデレてくれたことなかったけど……』
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(ちなみに彼は、インタビューのカメラが回り終わってからも彼女への思いを語り続け、また、容疑者と思われる山田への殺意を含んだ言葉を、延々と吐き続けた)
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カメラが再びスタジオに戻る。
「被害者はいわゆる地下アイドルとして活動をされていたようですが、Tさん」
「そういう活動してる若い女の子たちって、周りに年上の、それもかなり熱狂的な男性ファンが多いわけじゃない?握手会とか、ファンと触れ合うイベントとかやったりとかしてさ。
そういう中で、ちょっと厄介な人物に狙われた、とかあり得ると思うけどね」
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「実は、通報したのは発見者の小学生ではなく、マンションから山田メンバーが出てくるのを見かけたという、その、男性だったとのことです。
そして、その男性は被害者のファンであったという情報もあります……」
アシスタントの女性アナウンサーが手元の記事を読み上げる。
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「なんで地下アイドルの住んでるマンションの前に都合よくファンの男性がいるんだよ!
追っかけっていうよりストーカーじゃないの?
通報したっていうけど、その人の身柄の方が、俺、怪しい感じするけどね」
攻めどころを見つけた、という感でTがコメントする。
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女性コメンテーターMも、同調する。
「一部の熱狂的な人って、極端な行動をとることがあると思います。
例えば山田さんみたいな人気芸能人が、自分の憧れの地下アイドルの部屋に出入りしているとわかったら、その、思い余って乱暴な行動もとりかねないかな、と思います。
山田さんのこれまでの活動を思うと、私、そういう乱暴なことをする人とは、どうしても思えないんですよね」
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「いずれ、決定的な証拠や証言がない中ですから、軽率な発言はできないと思いますけどね」
くだらない、という表情を隠さないコメンテーターのE。
「どうなっていくんでしょうか、真相が気になります」
適当なコメントで絞めようとするタレントMC。
ちょうどその時、
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脇から慌てた様子の番組ADに原稿を渡され、MCは急ぎそれを読み上げる。
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「ええと、今入った情報によりますと――」
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『……なに?またアンタなの?何周目よ?』
ウエダカナコは今日の握手会で3回も回ってきた客に対して、ついキツい言葉を吐いてしまった。
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言われた客は30代前半くらいの、顔も体も全体的にむくんだ男性だった。
不摂生が原因か、もしくは持病でもあるのかもしれない、とカナコは思った。
男性客は照れたようにモジモジとうつむいた。
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(しまった)
カナコは客に対して吐いてしまった言葉を悔いた。
イラついていたのだ。それをファンに八つ当たりしてしまった。
この男性は、何も悪くないのに。
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イラついていたのは、今人気絶頂のアイドルグループ「TOP!」のメンバーである、山田という男に対してだ。
カナコのような地下アイドルと、山田のようなTVにも引っ張りだこのアイドルでは、雲泥の差があり本来接点など生まれようもなかった。
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それが、山田がMCを務めるTV番組で「地下アイドルの実体」がテーマになった回があり、たまたまカナコの所属するグループにお声がかかったのだ。
スタジオにも呼ばれ、ごくわずかではあるが、番組内でカナコも山田と会話した。
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それだけのはずだった。
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しかし、収録後の打ち上げで、番組制作スタッフから執拗に山田と連絡先を交換するよう迫られた。
そのような扱いを受けたのはカナコだけだった。
スタッフは彼女の耳元で「交換しとくと君たちのグループ的に後々良いことあるよ。逆に断るとマイナスになるかも」と囁いた。
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仲間を人質にした脅迫だった。
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その日以降、山田からの連絡が止まらなかった。
初めは適当に応じてやりすごしていたが、そのうちに直接会うことを求められ、渋々ふたりでドライブに行くことになった。
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その帰り、無理矢理連れ込まれたホテルで、カナコは犯された。
その時山田は酔っており、暴力的だった。
TVで見る彼と、同じ人間とは思えなかった。
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あられもない姿をスマホで撮影された。
酔っていながらも、山田は彼女に対する口止めを怠らなかった。
もし口外したら、この動画をばらまくぞ。
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今日も山田からの連絡が来ていた。
握手会の後で、カナコの部屋に行くから待っていろ、と。
彼女がイラついていた理由はそれだった。
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「……ごめんなさい。せっかく来てくれたお客さんに、私」
カナコは頭を下げた。
彼が最後の客であり、辺りは閑散としていた。
その環境もあってか、いつもより素直になれた気がした。
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「……昔のまんまだね、ナコちゃん」
客はむくんだ顔で微笑んだ。
「ナコちゃん……?アナタは……」
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彼はカナコの幼いころ慕っていた、近所に住む年上の幼馴染だった。
小学校に上がる前に引っ越してしまった彼は、彼女の初恋の人でもあった。
アイドルという職業に憧れたきっかけでもあった。
地味だった彼女が、初恋の彼に振り向いてもらうための、精一杯の背伸び。
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彼は中学の頃に腎臓を病み、今のむくんだ身体になっていた。
暗い青春時代を送る中で地下アイドルにはまり、やがて、昔の面影を残すカナコを見つけた。
以来、陰ながら応援していたのだった。
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カナコは今の窮状を再会した幼馴染に相談した。
いざとなった力になる、と彼はカナコに伝えた。
しかし、彼がカナコの部屋に着く前に――。
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「ええと、今入った情報によりますと、警察の調べに対し、山田容疑者が犯行を自供したとのことです――」
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コメンテーターたちの表情が変わる。
「俺さあ、山田メンバーの酒癖の悪いの、同じ番組に出た時に感じたことあるわ」とT。
「女性に乱暴して、あまつさえ殺害するなんて、信じられません……。どうしてそんな残酷なことができるのか……根強く女性蔑視の視点が……」とM。
そんなふたりを冷めた目で見るE。
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「はい、では続報が入り次第お届けいたします。
それでは、次のコーナーです。最近、『あっという間に痩せる』と主婦の間で大人気の食材があるんです。それは――」
うってかわった明るい音楽が流れ、数分後、出演者たちは訳知り顔で再び空虚なコメントを口にするのだった。
【了】
作者綿貫一
こんな噺を。