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中編6
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異酒屋話ー稲穂ー

田舎道を歩いていると、ふと昔のことを思い出した。

どれほどまえの出来事だったのか、数えていないからわからない。

私がまだ春たちと出会う前の話。

私は1人の人間と行動を共にしていた。

名前は何だったか…覚えていない。

彼は名前を名乗ることほとんどしなかった。

《名前を知られるのが怖いのさ。名を知られれば辿り辿って俺の過去や、場合によっては未来すら見通される気がしてね。》

1度だけ、教えてくれた気がする。

だけど、呼ばれることを苦手とするゆえ、私も彼の名を呼ばなかった。

もちろん、彼は私の正体も知っていた。

彼もわかる人間だった。

《人形が動いたって、喋ったって不思議じゃないさ。手があり、脚がある、口があるんだからよ。》

【変な人間。】

《ははっ。ありきたりなやつより退屈しないだろ?》

【次はどこに行くの?】

《変わった話を聞いたんだ。左腕のない猿が多数目撃されてる山があってな。》

【ふーん。】

楽しそうに話す彼。

《花火も一緒に行くだろ?》

当たり前のように私を誘い

【ちょっと!?】

返事なんか待たずに、私をひょいと持ち上げて肩に乗せて歩き始めた。

ーーーーー

彼は今で言うところの霊能力のようなことをして稼いでいた。

霊というよりは、私のような怪異を専門としていた。

時折彼のもとに依頼や話が届く。

彼が受けると決めれば現地に向かう。というスタイル。

月明かりの下、化物道を抜け民宿に一泊した。

ーお客さん旅の人かい?

宿の店主が話しかけてきた。

《まぁね。流れ者だよ。》

ーどこに向かわれるので?

《五穀村に行こうと思ってる。》

そう言うと、店主の動きがピタッと止まった。

ー悪いことはいわねぇ。やめときなされ。あそこは鬼村だ。

ーーーーー

【鬼村って言ってたわね。どうするの?】

《どうもしねぇさ。本当の鬼にも会ったことあるんだ。今更鬼村なんて言われたところでって話さ》

【それもそうね】

村へと差し掛かる峠道に足を入れた途端、彼は何かを感じた様だった。

《へぇ〜。なるほどこれは異質だ》

飛び立とうとせず木々にとまり鳴き続ける鳥に獣たちが私達をギラギラと睨みつけていた。

【ねぇ…】

《あぁ、聞いた話じゃ。猿だけのはずだったんだけどな〜》

彼は頭を掻きながらそう言った。

目の前にいる獣たちは皆左腕、左翼がなかった。

《想像以上に進んでるってことか。》

私たちは獣達の敵意の視線を一身に浴びて先に進んだ。

-----

峠を越えた先には目を疑う風景。

稲穂は重く垂れ下がり、川にはキラキラと煌めくほどの水が溢れかえっていた。

季節は七月、稲穂が実をつけるなど考えられない時期だ。

《桃源郷ってのはこういうところをいうのかねぇ。》

【そうかもね。でもここ…酷く匂う…】

臭いのか、いい香りなのかよくわからない。

ただ言えるのは酷く匂うということだけ。

村のあちこちには白い花が咲き誇っていた。

《あんまし、ここに長居はしたくないな。》

そう言って彼は歩き出した。

村の人間はちらほら見かけた。

彼らは揃って彼に訝しげな視線を投げかけていたが、彼は何とも思っていなかった。

そういうことには慣れているのだ。

彼がまっすぐ向かった先は村長の家。

戸をノックし

《ごめんください。》

[はい…]

村長は彼を見るなり

[どちらさまで]

睨みを利かせてきた

《この村の近辺で変わったことが起こっていると聞いたもので》

彼は二ヘラと笑いそう言った。

[そんなことはない]

戸を閉めようとした村長

ドンっ

彼は戸を掴み

《左腕の無い動物が度々目撃されてる…と》

[私は知らん]

《このままだと、厄介なことになるとも知れませんよ》

[そんなことは起きない。私には身に覚えがない]

奥には息子と奥さんだろうか、何事かと姿を見せていた。

《そうですか。では何か困った事があればここに文でも》

彼は紙を家の中へと滑り込ませて戸を離した。

バタン

【どうするの?】

《どうもしねぇさ。本人が良いってんだ、良いんだろ。あぁいうのには他人が何を言っても無駄さ。》

そう言って彼は歩き出し、私たちは村を後にした。

正義の味方なら強引にでも助けるんだろう。

困ったところに颯爽と現れて問題を解決する。

だが、彼はそんな人間ではない。

求められれば手を貸すが、求めないものは見捨てる。

悪人は助けないし、どんな善人であってもその例外ではない。

ーーーーー

あの村の一件から一年程過ぎた頃彼のもとに文が届いた。

根無し草でフラフラしている彼の居場所をどうやって知るのかわからないがいつも同じ同じ飛脚が彼へと届ける。

初めはこの飛脚も私と同じ存在かと思ったが

《彼は人間だよ。》

彼はそう言っていた。私も彼からは人間の気配しか感じなかった。

《何々….あぁ、やっぱり寄越したか》

【誰?】

《五穀村を覚えてるか?》

風化していた記憶を掘り起こし

【あの匂う村】

思い出すと鼻の奥であの匂いを思い出してしまった。

《助けてくれだとさ》

【行くの?】

《もちろんさ》

【あの匂い嫌だわ〜】

《じゃぁ。待ってるか?》

【…一緒に行くわよ】

はっはっは

そう彼は笑い足早に村へと向かった。

ーーーーー

《うっ…》

【うっ…】

前とは比べものにならない程の匂い。

流石の彼も顔をしかめた。

前よりも匂いが酷くなっていた。

そして、前よりも村は豊かに美しくなっていた。

《ひでぇなこりゃ…》

彼と私は麻布を鼻に当て村を進んだ。

重くなり過ぎた稲穂は刈り取られる事なく弧を描き地面につき、

村長の家は稲穂に覆われていた。

【何これ…】

《稲穂だろ?》

【そういうこと言ってるんじゃないわ】

《ははっ、わかってるさ》

今回はノックすることなく村長の家の戸を開いた。

開いた瞬間。これまでよりも強烈な匂いが私たちを包んだ。

《くっ…》

流石の彼といえど膝をついてしまった。

[あんたか…]

家の奥から村長が姿を見せたが、私たちの知っていた姿とは異なっていた。

左腕が家とつながっていた。

つまり、左腕は稲穂となり家の壁から生えているような形になっていたのだ。

[息子と嫁を助けてくれ…]

彼はあえて何も言わずに家の中へと入った。

《こいつぁ…》

彼も言葉を飲むほどの姿

奥さんは全身から稲穂が生え

[お客さんですよ〜、良い子にしてましょうね〜]

と、もはや藁人形となった息子を抱き、あやしていた。

[あんた….こうなる事が分かっていたんじゃないか。なぜあのとき言ってくれなんだ!]

《あんたが、俺の言葉に耳を傾けなかったんだろ?村のために山の動物たちの左腕を切り落とし願をかけたな》

[….…]

《誰から聞いたが知らんが、そんな呪を使ったらこうなることは当然。えてして、そんな方法じゃ人が望む形で叶わねぇもんさ》

[…どうしてらいい?]

《…あんたの息子も嫁ももう助からねぇよ。だが、皮肉だがあんたはまだなんとかなる。》

[どうすれば?]

《左腕を切り落とすのさ。そして、この村をでればあるいわ》

[….そうか。]

《どうする?》

[私だけ生きようとは思わんさ。村の者も皆息子と同じ様になった。あとは私と嫁だけだった]

《この村をこの先どうするかはあんた次第だ》

村長は何も言わなかった。

そして、彼も何も言わず背を向け歩き出した。

私もその後について行った。

山道を歩き続け、ふと振り返った先には大量の黒煙が立ち上っていた。

《なぁ、花火》

【なに?】

《なんで人ってのは、よくねぇとわかりつつもすがってしまうんだろうな。村長も何処かではろくでもねぇことが起こるかもしれないってわかってたろうに》

【…人だからでしょ。欲があって、なまじいろんな事ができちゃうから。】

《…そうかもな。人間はつくづく業が深い生き物だな》

【次はどこに行くの?】

《北にでも行ってみるかな〜。人を呪う目を持った男がいるらしい。》

そういって、2人でまた歩き始めた。

ーーーーー

気がつくと私は桜の木の下にいた。

【久ぶりね。】

《あぁ、久しぶりだな》

【相変わらず、なにも変わらないわねあなたは】

《そりゃそうさ。これは夢なんだ。》

彼とは、今でもこうして会う事ができる。

これを良いと捉えるのか、悪いと捉えたらいいのか私にはわからない。

ただ、ここにいる彼は私の想像ではなく本物の彼

ちゃんと死ぬことも、成仏もせずにこうしている。

私たちの様なモノに関わり過ぎた末路だと彼はいう。

《さて、最近の異酒屋の話でも聞かせてもらおうか》

いつか。あなたも来られるといいわね。

そう言おうとしたが、それが彼にとって良いことなのか悪いことなのか私にはわからない。

今こうして彼と話してる。

この時間を大切にしようと思う。

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