天候というものは、女心と似ている。
朝方、からりと青空だと油断していると、いつの間にか、空いっぱいに墨汁をこぼしたかのようになり、大粒の雨が降りだしたりする。
一張羅のスーツをずぶ濡れにしながら、オレが横断歩道を渡ろうとしたときだ。
目の前を猛スピードでパトカーが横切り、続いて、救急車がサイレンを鳴らしながら続く。
nextpage
─事故でもあったのかな、、、
nextpage
二台を見送りながら小走りに横断歩道を渡りきる。
すると正面に、古びた喫茶店が見えた。
何となく扉を開ける。
nextpage
カラカラカラーン、という、ドアの音と一緒に、何ともいえない臭いヤニの匂いが鼻を直撃する。
朝だというのに薄暗い店内は、そんなに広くはなく、どす黒いワインカラーのカーペットに、手垢のついた同色の椅子と、テーブルは二つほど。
奥には、五、六人が座れそうなカウンター。
その向こうには、蝶ネクタイをした白髪頭のマスターらしき男性が、仏頂面で立っている。
頭の上にはテレビがあり、天気予報をやっているようだ。
まるで、昭和の頃の「純喫茶」を彷彿させるかのような店だ。
nextpage
オレは特に考えず、奥のカウンターまで進み、左端に腰掛ける。
中央辺りには、ロングヘアの若い女性が一人。
白いタートルネックのセーターを着ている。
どうやら、唯一の客のようだ。
マスターが水とおしぼりを、目の前に置いたので、「アメリカン」を注文した。
separator
しばらくしてから目の前に置かれた、出来立てのコーヒーをすすっていると、右の方から微かに、鼻をすする音が聞こえてくる。
何気に首を動かすと、どうやら先客の若い女性が泣きじゃくっているみたいだ。そして、なにやら呟いている。
よく見ると、左側の頬に大きな青黒いアザがある。
nextpage
「許さない、許さない、許さない、許さない、、、、」
nextpage
女性は思い詰めたように、正面の一点を凝視しながら、呪文を唱えるかのように、同じ言葉をひたすら繰り返している。
nextpage
─許さない?一体どうしたんだろう?
あの様子はどう見ても、尋常ではない。すると、
nextpage
─ピンポーン、、、
nextpage
テレビからチャイム音が聞こえたので見上げると、
先ほどからのドラマから、ニューススタジオに切り替わった。
nextpage
若いアナウンサーが神妙な顔をしながら、ニュースを読み上げ始めた。
nextpage
「たった今入ったニュースです。
福岡県U 市M 町の駅近くの賃貸アパート前で、午後2時頃、30代の男性が、女性に出刃包丁で十数ヵ所メッタ刺しにされました。
男性は搬送先の病院で死亡が確認され、犯人と思われる女性も、その場で自らの首を切り、出血多量で死亡したようです。」
nextpage
─え!M 町の駅辺りと言ったら、この辺りじゃないか!
nextpage
画面は、現場の様子を映しだしている。
駅前に、人だかりが出来ており、パトカーや救急車が停まっている。
nextpage
そしてまた、画面は切り替わり、犯人と言われる女性の写真が写しだされた。
nextpage
オレはその写真を見て、愕然とした。
nextpage
長い黒髪に、頬の下の青アザ。
nextpage
間違いなく隣の女だ!
nextpage
オレは思わず、右側を見る。
だが、そこには、人の姿は無かった。
nextpage
「この世界にはね、お客さん。
普通のところよりも一段二段、場が低くなっている吹き溜まりのようなところがあるんですよ。」
呆然とするオレに向かってマスターが、ゆっくり話し始めた。
nextpage
「この場所も昔からそうみたいで、この世の者ではない者たちが、引き寄せられて来るようです」
separator
そう言ってマスターは、いかにも困ったように頭を掻くと、一つ大きくため息をついた。
nextpage
オレはマスターの話を聞きながら、ロープで出来た首筋の二本の青アザをさすっていた。
作者ねこじろう
吹き溜まりパートⅡ
http://kowabana.jp/stories/31840
吹き溜まりパートⅢ
http://kowabana.jp/stories/33230