夢を見ていた。
食卓で、妻が台所で料理を作っていて、娘がゲームをしている。私が娘に最近どうかを聞いても生返事しか返さない。ちゃんと返事をしなさい、と叱ると娘は面倒臭そうな態度をとり、料理を運んできた妻が私を宥めにかかる、いつもの光景だ。
目が覚める。
トイレに行こうと立ち上がり、時計を見たら深夜の三時である。
隣で妻が寝ているのを見て静かに部屋を出、トイレに行き、娘の部屋に電気がついているのを見る。
勉強しているのかゲームをしているのか、それとも友達とお喋りをしているのか。自分が娘の年齢の時を思い出しながら寝室に戻る。
部屋に入り、違和感に気がつく。
暑い。
え?部屋を出るときは気がつかなかったが、部屋に入って暑さを感じるとは、廊下の方が涼しいのか?
冷房のリモコンで温度を調べると、冷房が働いて27℃と出ている。この季節はそんなもののはずだ。
廊下に出てみると、やはり部屋よりも涼しさを感じる。
時計に温度湿度を測る機能があるので壁から外し、廊下に持って行ってみると、温度を表す数字が下がっていく。24℃で止まった。
今の季節で24℃はおかしくないか?
時計を持ってリビングに行き、窓を開けてベランダに出てみる。
あきらかに涼しい。
時計の温度表示を見ると、21℃になった。
天気予報では30℃超えを言っていたのに、これはおかしいだろう。
窓の外を見ても、こんな時間に走っている車、歩いている人たち、いつもの光景で、別に何も変わったところはない。歩いている人たちも涼しいことに気がついているのかどうか解らない。
顔を上げて周囲のマンションやビルを見ていると、やはりこんな時間なのに電気がついている部屋がぽつぽつあって、いつも通りである。
上を見上げたら…空がおかしい。
街の明るさで星が見えないのはそうなんだが、いつもなら街の灯りで白っぽく見えるはずなのに、やたらに暗い。
いや、黒くないか?
星がないのはいい、月も見えないのはいい、しかし、なんか、空、黒すぎないか?
そのまま、見える高層ビルの上の方に目をやると…あのビル、あんな高さだったか?
見ていると、その階の電気がついている部屋の灯りが、じりじりと小さくなっているような気がした。
…いや、違う、小さくなっている。消えた。
私はベランダからリビングに戻り、時計をソファに置いて、大声で娘の名前を呼び、妻を起こしにいった。
強く揺さぶって妻を起こし、娘はまだ出てこないのでドアを強く叩き、二人を有無を言わせずベランダに連れて行った。
「あそこ、ちょっと見てみろよ」
高層ビルの上の方を指さし
「なんか、おかしくないか?」
と言うと、二人とも最初は何を見たらいいのか解らなくていぶかしげにしていたが、
「なに?あれ」と訳がわからないことが起こっているのは認識出来たようだ。
高い階の部屋の灯りが、上からじりじり見えなくなっている。
「雲が降りてきているの?」
「雲だったら横に動くだろ、上から下には降りないだろ」
二人とも呆然と上を見ているが、私が
「着替えて、大事な物だけ持って、車で逃げるぞ」と言うと、不安な顔で頷いた。
私は着替えて、あるだけの現金と、預金通帳や携帯電話のバッテリーなどを袋に入れ、妻は宝石箱を持ち、ペットボトルに水を詰めお菓子を袋に入れたりしており、娘は部屋で何を入れたのか解らないがバッグとぬいぐるみを持って玄関に来た。
戸締まりはしっかりとして、エレベーターで地下の駐車場まで行き、すぐに車に乗り込み走らせた。
地下から外に出たとき一旦止め、空を見てみると高層ビルの高さが一目で解るほど低くなっていて、周囲のマンション屋上にも近づいてきている。もう妻にも娘にも、空が異様に黒くなっていることが解るようになっていた。
車を発進させると、妻が
「ねえ、どこに行くの」と聞いてきた。娘は電話をかけている。友達に電話をしているのだろう。
「とりあえず海の方に行こう。太陽が出てくれば、何事もなく終わっているのかもしれない」
港に行くか海に行くかを考えながらアクセルを踏んだ。
作者吉野貴博
これで終わりです。続きはありません。