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ある意味、怖い話です(苦笑)
ある繁華街の駅前のカラオケで働いていた時の話です。
その街は広域暴力団の本拠地がある場所です。
普通に過ごしていれば彼らと接する事はなく、本拠地がある事すら知らない人も少なくない程です。
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カラオケは、お昼から営業していましたが、日中は常連のおばあちゃんが来るぐらいで、閑散としていました。
18時頃の、会社の終わる時間ぐらいから忙しくなります。
そこからどんどん忙しくなり、23時頃ピークを迎え、終電と共にお客さんが減ります。
その為、お昼から17時までは従業員は1人シフト、17時から3人増え、20時頃また増え…という様なシフトでした。
その日、僕は17時まで1人シフトでした。
のんびりフロント周りを掃除をしながら、数組のお客さんを回し、仲間の来る17時を待っていました。
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16時頃、真っ黒いスーツを着た若者が一人、入店してきました。
「空いてるか?」
「はい。空いてますよ」
そう答えると、お店を出て行ってしまいました。
数分待っても戻ってこず
「なんだったんだろう…」
と思いつつ、またフロント周りを片付けたりしていました。
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すると15分後ぐらいに、また黒いスーツの人が複数人、入店してきました。
「いらっしゃいませ。何名様ですか?」
しかし誰も何も答えません。
それどころか、勝手に部屋の方へちらばり、ドアの小窓から部屋の中を見始めました。
「あ、お客さま、困ります」
と声を掛けてもやめず、どんどん奥に行きます。
フロントにも数人残っていたため、奥まで追いかける事は無理でした。
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「あの…。なんでしょうか?カラオケご利用でしょうか…?」
とフロントに残った黒スーツに話し掛けてみました。
「ああ。カラオケはやるよ」
との事。
「奥に入っていった人は何ですか?」
「悪いな。そのままにしておいてくれ」
「他のお客さまにご迷惑をお掛けしないでくださいね」
「ああ。何もされなければ、何もしない」
結局、放射線状に伸びた各部屋への廊下の、曲がり角や突き当たりに数人ずつ配置されました。
何者かも判らず、何のために配置しているのかも判らず、言っている意味も判りませんでした。
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16:30頃、店の外がざわざわしてきました。
「お疲れ様です!」
「お疲れ様です!」
大勢の声が聞こえます。
そして次の瞬間、2人の高齢の男性が入ってきました。
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「兄弟、いつ着いたんだよ」
黒い三つ揃えスーツの白髪男性が話しかけます。
「さっき着いたばかりだ。空港からそのまま会いにきたんだよ。早く会いたくて」
袴を着た白髪男性が答えます。
三つ揃えの男性が声をかけます。
「兄弟、長いお務めご苦労だったな」
袴の男性が答えます。
「そうだな。でも兄弟の顔を見たら、もう忘れたよ」
その会話を聞いた廻りの若い男性たちは、泣いていました。
「うう…。親分…」
本当に、全員泣いていたんです。
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そして黒スーツの一人が言います。
「兄ちゃん、15人だ。一番でかい部屋、よろしく」
あいにく、30人部屋は17時から予約が入っていました。
「申し訳ありません。予約で埋まっています」
「なんだよ!じゃあ、次に大きい部屋で!」
次に大きい20人部屋も予約が入っていました。とても言いにくい雰囲気でしたが、仕方ありません。
「申し訳ありません。そちらも予約が入っています」
「何だ!バカヤロウ!水を差してんじゃねぇ!」
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複数の若い人が声を上げ始めました。
「予約客が来るまでで良いから入れろ!」
「申し訳ありません。でもあと数十分で来てしまいますので、本当に無理なんです」
「もし宜しければ、この通りの反対側にも他店ですがカラオケがあります。そちらを…」
と言いかけると、かぶせる様に怒鳴られます。
「店を変えろってのか!?バカヤロウ!オヤジたちにご足労を…」
と怒鳴る男性を止めて、三つ揃えの男性が言います。
「迷惑をかけんな。その次に大きい部屋で良いじゃないか」
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ホッとした僕は、その男性に言いました。
「あ、でもその部屋は10人部屋ですので、15人は入れません」
「全員入る訳じゃねぇ。大丈夫だよ」
との事。
受付を済ませ、リモコンやマイクを渡し「15番ルームです」と渡しました。
「兄ちゃん、つれないな。部屋まで着いて来てくれよ」
と三つ揃え男性は、穏やかですが、断れない力を感じさせる言い方で言います。
17時までの1人シフトだったので、本当はあまりフロントを離れてはいけないのですが、行くしかない雰囲気でした。
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15番部屋に行くまでの分岐点に、黒スーツの人が一人ずつ配置されていました。
また、全ての通路の突き当たりにも立っていました。
しかも、通路は禁煙にも関わらず、みんなタバコを吸っていて、吸い殻が足下に何本もありました。
「恐れ入ります。通路は禁煙になっています…。すみません…」
それを聞いた袴の高齢男性がいいます。
「ルールは守らんといかんな。な?」
と言うと、黒スーツの人は「申し訳ありません!」と言って急いでタバコを消し、吸い殻を拾っていました。
「こちらが15番部屋です」
と案内をし、部屋を出ました。
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フロントに戻ると、黒スーツはさらに増えていて、異様な雰囲気でした。
部屋に案内するまでにしていた会話から察すると、三つ揃えの男性が、この街の広域暴力団の偉い人みたいで、袴の男性が、韓国の刑務所に入っていた人の様でした。
少しだけ訛りがあったので、韓国人だったのかもしれません。
しかし袴を着ていたので、日本人だけど韓国で収監されていただけなのか…。
何だか判りませんでした。
その時、呼出しインターフォンが鳴りました。15番部屋です。
受話器を取って耳にあてました。
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「おい!いつになったら使い方を教えてくれるんだよ!」
「あ…申し訳ありません」
17時までに来る様なお客さんは、だいたい近所の常連で、なにも教えなくても勝手に使う人ばかりだったので、油断していました。
15番部屋に急いで戻り、リモコンを手に説明しました。
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「本をご覧いただき、歌いたい歌の横にある番号を、このリモコンに入力し…」
と説明しているそばから「居てくれよ。曲名言うから探して入力してくれ」とすごまれます。
「あ…。17時まで僕一人なので、ずっと居る事が出来ないんです…」
と言うと、「じゃあ、歌う歌が決まったらまた呼ぶわ」との事。
本当に困りながらも、怖々言いました。
「申し訳ありません。本当に簡単なので、ご自分で…」
「とりあえず出てけよ。また呼ぶから」
困り果てて部屋を出ました。
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フロントに戻ると、黒服の人はラウンジの灰皿を遣い、タバコを吸っていました。
外を伺ってキョロキョロする人、携帯で連絡を取る人。もう普通の雰囲気じゃありませんでした。
途中、常連のおばあちゃんも来ましたが、ビックリして「明日来るね…」と帰ってしまいます。
そして15番部屋からコールが入ります。
「はぁ…」
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「失礼します!」
と入ると、「兄弟舟と…」と、演歌ばかり3〜4曲、リクエストが入りました。
入力しながら、一番話し易そうな人に「リモコンのこのボタンを…」と、実践しながら教えてみたのですが「兄ちゃん、入れてくれ」と一蹴されます。
「あ…はい」と落ち込む僕に、ボス的な黒スーツが、セカンドバッグを開けてこう言いました。
「面倒くせぇとは思うけど、小遣いやるから頼むな」と言って見せたセカンドバッグは、全てお札で埋まっていました。数百万以上入っていたと思います。
「うわ…」と思わず声が漏れましたが「あ、結構です。お給料もらってますので」と断りました。
こんな人達からお金をもらったら、後々どうなるか判りません。
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全曲入力し、またフロントに戻りました。
黒服の一人がビールを注文して来ました。すると複数人が「俺も!」と声を上げ、たちまちフロント廻りは飲み屋の様になってしまいました。
気の良くなった一人が「兄ちゃん。さっき部屋に入った親分2人は、そうそう普通に会えるお人じゃねぇぞ。良かったな」と言います。
何が良かったのかも判りませんが、「はい。ありがとうございます」と言うと、別の黒服が「俺だって初めて会ったぜ」と興奮して言います。
「どなたなんですか?」と恐る恐る訪ねると、シラフの黒服が「知らなくて良い。おい、オマエらも口を慎めよ」と言うと、一斉に「はい!」と言い、黙ってビールを飲み始めました。
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17時近くになり、「あぁ…。ようやくみんなが来る…」と思っている所へ、また15番部屋からコール。
「失礼します!」
「あぁ。悪いな。また入れてくれぇ」
その時、ボス黒スーツが「親分!そろそろお願いします!」と声をかけました。
すると三つ揃えの男性が「あぁ。じゃあ一曲行くか!兄弟!」と袴の男性に言います。
「よし。やるか。兄弟」
と答え、歌本を見始めました。
「北国の春、行くか」
と三つ揃えの男性が言い「おう!いいぞ」という事になりました。
「はい。北国の春ですね。入力します」
とリモコンを操作しました。
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「では始まります!」とリモコンを置いて行こうとすると
「おい。この歌だけは、聞いて帰れ」と止められ、その圧力に負け、居ざるを得ませんでした。
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親分2人は立ち、肩を組みます。
既に泣き始めている黒スーツがいます。
「白樺ー!あおぞーら」
と歌い始めると、黒スーツ全員が泣き始めました。
「親分…親分…」とすすり泣く人、上を向いて思いっきり泣く人、いろいろでしたが、全員泣いています。
「えー…」と、居づらい気持ちを感じながらも、リモコンを持ちながら、軽い手拍子で聞いていました。
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「あの故郷へ帰ろかなー」とサビを歌う頃には、親分たちのマイク越しの歌声より、みんなの鳴き声の方が大きい程でした。
間奏に入り、手拍子をしながらリモコンを見ると、ボタン面がビールで濡れ、汚れていました。
キレイにしようと思い、シャツの袖でボタンを拭きました。
すると、停止ボタンを押してしまった様で、なんと盛り上がってきた2番の頭で演奏が止まってしまったのです!!
「雪どけー!」
と歌う親分の声は、虚しくアカペラになってしまいました…。
泣いていた黒スーツ達が一変。
「おい!どういう事なんだ!コラ!」
「冗談じゃすまんぞ!」
「オマエが切ったんか!」
と僕に対してものすごい威圧を掛けてきました。
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「あ…あ…」
と戸惑う僕は、何でも諌めてくれていた三つ揃えの親分を見ました。
「まぁ、ええやないか」
と言ってくれる…と思っていた僕の甘い考えをブチ壊す一言でした。
「兄ちゃん、ナメてんのか。この日を台無しにするつもりか」
「!!」
その一言で黒スーツも “お咎めなし" と判り、僕への威嚇を強めます。
「おう!どうしてくれんのじゃ。店、やっていけん様にしたろか」
「責任者呼べ。どう対応すんのか聞いてやるぞ」
もう怖さで震え、泣きたい程でした。
「どうすんじゃ!おい!」
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自分でリモコンの停止ボタンを押したなどと絶対に言えない雰囲気で、もし言ったとしたら、本当にどうなるか判りませんでした。
急に機械のせいにする事を思い付きました。
「本当に申し訳ありません!確認いたします!」
と、何も不具合は無いのに、カラオケ機の裏側に仰向けで潜り込みました。
全く不具合なんて、ある訳がありません。
床にあるホコリを集め、頭や顔に付け、機械から出ます。
「線が一本、抜けかかっていました!申し訳ありません!」
しかしそんな事は、彼らにはどうでも良い事でした。
僕が停止ボタンを押そうが、機械の線が一本抜けていようが、「親分が久しぶりに逢った大事な日」に水を掛けた事は消えません。
雰囲気は戻りませんでした。
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僕は床に座ったまま、ホコリまみれの顔で演技を続けます。
「もう一度、もう一度だけチャンスをください!」
「親分!もう一度最初から、僕に歌を聴かせてください!」
「お願いします!お願いします!もう一度聴きたいです!」
「これで終わりなんて、悲しいです。聴かせてください!」
と懇願しました。
すると袴の男性が口を開けました。
「もう一回歌ってもいいんじゃねぇか。」
三つ揃えの男性が答えます。
「兄弟がそれで良いなら」
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黒スーツが何か言い出す前に、大声で叫びました。
「ありがとうございます!嬉しいです!ありがとうございます!」
と北国の春を入力しました。
ボス黒スーツが言います。
「三度目はねぇぞ、コノヤロウ」
「白樺ー!」
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二度目なのに、全員泣き始めました。
「うそー…」と思いましたが、黒スーツの人達の頑張りにも心で感謝しました。
全く関係も思い入れもない僕でしたが、感動を表現するため、僕も大泣きしました。
どんな理由であれ、演奏が途切れるな!と神に祈りました。信じてなんかないのに、心の底から神に祈りました。
こんなに長い4分は最初で最後です。
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その後、17時からの従業員達が来て、フロントに黒スーツがいる事、僕がいない事を不審に思い、監視カメラを見て土下座をしている僕を見付け、部屋に来てくれました。
ひとしきり親分のデュエットを聴いたみんなも、また歌った親分達も満足した様で、「帰るか」という事になりました。
料金は、18時までは本当に安く30分300円でした。
「300円いただきます」
と会計担当の黒スーツに言った所、
「金取るの?あんな事があって?」
と言われ、300円ぐらい立て替えようと思い、「あ、申し訳ありません。結構です」と答えた所
「ダメだ。ほれ」
とボス黒スーツが1,000円くれました。
…と、これで終わりです。
暴力団って本当に怖いと思わされた出来事でした。
本当に怖かったです。
作者KOJI