軽自動車が、アパートの前に停まる。
「じゃあ」
「ああ」
降ろされたラフな格好をした若者が、薄い感じの挨拶を運転手に交わし運転手も又、気の無い返事をしてゆっくり走り出して行く。
「社長も変な依頼受けやがる」
ボヤきながら、灘江民斗は部屋番号を確認して呼び鈴を鳴らす。
「……ハイ」
これ又気の抜けた様な声がして、のほほんとした老けた顔の男が現れた。
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「灘江君、除霊って話じゃ無いんだけど……」
「え?」
社長が、単身者向けのアパートに女を連れ込んでいる男の素行調査を、何故か灘江に持ち掛けて来たのが発端である。
「興信所も有るでしょ」
「話が又違うのよ……何て言うか、居ないって言い張るのに、声は聞こえるって話よ」
「ええ?」
どうやら、住人で無く隣室に住む人からの依頼……
大家さんからの持ち掛けだと知って、灘江は更に面倒臭さを覚える。
「合鍵使って、こっそり入れば良かっ……」
「入ったって。でもね、女の居た痕跡も無ければ、化粧品だったりの所持品も見当たらなかった訳よ」
傍で聴いていた佐縄が口を開く。
「それで、こちらに大家さんが来たと」
「そうそう」
別件で佐縄等は出払う為、灘江に白羽の矢が立てられた。
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依頼者……と言うより、勝手に依頼された住人は、灘江が苦手とする先程の運転手と似た感じで、余り良い感じを受けない。
老け顔の住人も、話は聴いていた様だが、灘江と同じ様に良い顔をした訳で無かった。
「そちらが?私の部屋に用が有ると」
「……そうだ」
部屋に通されると、ゴミ袋の山やいかがわしい雑誌等が散乱している。
「忙しくて、不充分です。申し訳無い」
抑揚の無い言葉で謝罪されても……と、灘江は何だか腹立たしささえ覚える。
「依頼金は受け取っております。今晩だけ済まんが」
「灯りは消させて貰って……」
「結構。夜目が利くんで」
互いに別個で食事を摂り、一応明日は仕事であると称して寝室で男は寝てしまう。
「………あ?」
灘江が違和感に気付き、音を立てずに男の寝室を覗き込む。
「何で……あんたは……」
男の枕元に、女が立っている。
「ふざけんなよ……のうのうと寝やがって……」
ギョロリと、灘江の存在を把握したか、血走った横目で睨み付ける。
「!!」
男は、何も知らずに寝息を立てている。
(運転手のアイツと同じかよ……糞ぅっ!!)
腹で罵ると、御札を取り出して結界を張ろうとする灘江……が、いきなり小太りの中年女性が……いや、中年女性の亡霊とおぼしき存在が、男の枕元に立つ女の傍に現れ、グイと頭を掴む。
「?!」
「勝手に夫に暴力振るって浮気か!浮気を問い詰められて逆上して、傷害で捕まって獄中死しながら、逆恨みか!ふざけんじゃないのはお前だ!」
「婆っ!!関係無いだろうがァァァァっ!!アーっ!!」
殴り掛かろうとした女……いや、女の霊が中年女性の亡霊とおぼしき存在にジュワジュワと……そう、吸い取られてしまっているではないか。
(こいつ……いや、住人は運転手のアイツみたいに、肝っ玉母ちゃんの守護霊でも持ってやがるのか?)
「がぁっ!!」
殴り掛かろうとしていた女の霊が取り込まれたか姿が消えてしまい、寝息を立てている男と中年女性の亡霊とおぼしき存在のみが寝室に居て、灘江と中年女性の目が合う。
首を横に振る灘江、中年女性に御札を下ろして敵で無い意思表示をして見る。
中年女性は深々と御辞儀をして、寝息を立てている男の傍に座り込んでシュルシュルと穏やかに消えて行った。
「……俺の出番無いじゃんよ」
うなだれた灘江、やる事が無くなってしまい、致し方無く居間で寝袋に入り、眠りに落ちて行く。
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「……さん、探偵さん」
「……え」
朝を迎えた様で、着替えた住人の男が居る。
「ああ、済まん」
「済みません、私これから仕事なモンで……」
「そうか……あっ、解決したみたいなんで」
「へ?」
呆気に取られる住人の男、灘江も見守る他無かった自分に歯痒さを覚えつつ、部屋を後にする。
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社長に呼ばれた灘江。
「灘江君、大手柄よ。女の声がしなくなったって」
「社長……実は、俺は何も出来なかったんですけど……」
住人の男の枕元に立っていた女、その女が中年女性の亡霊みたいな存在に吸い込まれて消滅して、亡霊みたいな存在が住人の男の傍で消えた事を話す。
「そうだったの……それとね、以前住んでいた住人のデータが判明したの」
「?!」
灘江は目を通す……妻の暴力に耐え兼ねた夫が浮気した事実を突き付けて離婚を話すと女は逆上し、傷害で逮捕される。実刑を喰らい刑務所でも暴れた所、他の囚人がよけた挙げ句に壁にぶつかり、不自然に首の骨が折れたり腕がネジ曲がると言った異様な格好で死に至ったと……正にあの亡霊とおぼしき存在が説教をかました言動と一致する。夫は、妻の逮捕された直後に部屋を引き払い、離婚が成立したか迄は追えなかったとの記述も有った。
「逆恨み……だったんでしょうか」
「そうよね……しかも、後釜に来たあの男性が一度も女の霊を見ていないって話だから、寝ている際にドンドンあの肝っ玉母ちゃんみたいな存在が、エネルギーを吸い取ったとしたら……灘江君は、或る意味、あの女の霊の最期に立ち合ったのかも知れないわよ」
「……うわー」
報酬は受け取るも、今回ばかりは灘江は何だか使う気になれず、冬空を見上げてから帰宅の途に就いた。
作者芝阪雁茂
明けましておめでとう御座います。
久方振りに、怖さを感じない変な御話を御送りしたく思います。
年末近くに、勤務先で見えたみたいですが、怖いと言うより感動してしまったのは内緒で(汗)。