都市開発が進む昨今。川は埋められ、山々は切り開かれて、無くなってゆく。現代では珍しくもない話だが、数十年前、都市開発により集落がひとつ消えた。
総人口50人にも満たない規模であったが、人々は野を耕し、作物を育て魚を捕るという、自給自足のコミュニティが形成されていた。
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そこに、「れい」という端正な顔の女性がいた。
出生の詳細は不明だが、北欧系の男性と、集落の女性の間に生まれた子だったらしい。
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彼女は、小さい頃「名前がはいからだ」という理由だけで謂れのない差別を受けた。
それでも彼女は誰ひとり怨みもせず、笑顔で対応していた。当時の彼女を知る者によれば、笑うことでより一層の美人に見えたらしい。
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いつしか集落の人々は態度を変えた。その笑顔に癒され、日本人とはどこか異なる独特の雰囲気と存在感に魅せられたのだ。年頃になると、れいは集落の重鎮を担うまでになった。
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それから間もなく、集落が危機に見舞われる。冷害、大雨、地すべりなど天災が重なり、一帯が居住困難となった。住処を奪われた人々は都会へ逃げ延びた。もう自力回復が見込めない土地は、開拓の標的となる。
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れいは故郷を捨てたくなかった。
役人が立ち退きの案を幾度持って行こうが、半数近くになった集落の民を率いて、抵抗した。暴力の一切を振るうことなく、微笑みをたたえて、悠然と立ち退きを拒み続けた。
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しかし政府側の決定は揺るがず、都市開発が強行された。
民を引き裂くように重機が台頭し、緑が切り倒された。
それでもれいと集落を慕う者は、抗うのを止めなかった。
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あるとき、質の悪い業者が切った大木が、あらぬ方向に倒れた。測量を完全に誤ったのだ。
倒れる先には幼い男の子がいた。
下敷きになる寸前、れいが身代わりになった。
大木の下、れいはいつもの笑顔で、男の子の身を気にかけ、無事が分かると、眠るように動かなくなったという。
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民は激怒し、総出で武装蜂起した。
結果、死傷者40名以上、居座り続けた集落の民は女こども含め全滅。土地開発は中断、作業は全て放棄され、れい達の故郷は守られた。
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それから数年経ち、この惨劇を繰り返さないという願いと、また、失われた多くの尊い命への悼みを込めて、れいの像が建てられた。
どの世代にも触れてほしいと、平仮名で「かわらないえがおのれい」と名付けられた。
天に向かって右手を突き出す、美麗な女性の像だった。噂を聞き、かつて集落から避難した者も献花に訪れた。
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しかし、集落出身者からの申し出により、れいの像は撤去されることとなる。
くる者こぞって、「許してくれ、許してくれ」「もうれいを楽にしてやってくれ」と泣いて頼んだそうだ。
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わけが分からないまま、自治体役員が像を見に行くと、造られて数日のはずなのに、ぼろぼろにひび割れており、目の下と口が、ごっそりとえぐれていた。
上げた右手も変形し、まるで、中指を突き立てながら泣き叫び、空に訴えているような姿になっていた。
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そして、文字の部分も、ほとんど読めないくらいに風化していた。くっきりと残った3文字を除いて。
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「か え れ」
作者Иas brosba