長編8
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そこにいろ

少し飲みすぎたか。

職場の同僚たちと仕事帰りに飲みに行った俺は、ふわふわする体で

帰りの電車のつり革につかまって揺られていた。

『○○、○○~扉付近の方はご注意ください。出口は・・・』

自宅の最寄り駅の車内アナウンスを耳にし、電車を降りる。

社会人一年目。貯金の額も雀の涙ほどだった俺は、会社のある都心からは大きく離れた町にアパートを借りていた。

時刻は夜の9時を少し過ぎていた。都心からも離れ繁華街などとは無縁の町は、蛍光灯に照らされた駅のホーム以外はほぼ真っ暗だった。

自宅まではここからまた更に20分歩く。

酒でぼーっとしている分、家までもあっという間だろう。そんなことを考えながら駅を出て街路灯に照らされた歩道を歩く。

帰路の途中では最後の店であるコンビニを曲がり路地に入って、それまでぽつぽつとあった車の通りもなくなり辺りはしんと静まり返った。

家に帰ったら風呂に入って寝て、また朝から働くのか・・・

そんなことを考えながら足を進めていると、少し向こうのアスファルトの地面がぼんやりと光っているのが目に入った。

「・・ん?」

視界のピントが合い、光っていたのは地面ではなく、その上に落ちているものだということに気づく。

スマホだった。

俺は落ちているスマホのすぐ前まで来ると、その画面を見下ろした。

暗闇の中で刺すように明るいブルーライトに目を細める。

誰かが落としたものと考えて間違いはないだろう。

すぐに拾い上げることも躊躇われ、あたりをきょろきょろと見まわして周りに人がいないことを再確認しスマホを手に取った。

俺がここを通りかかるよりも幾分か前に落としたのだろう。

でも落としたスマホの画面が明るいままなのも少し不思議だった。

普通なら設定で一定時間たてば画面はオフになるはずだが、このスマホはそのオフ機能が外されているみたいだ。

画面は持ち主が落とす直前に検索していたのであろうウェブが表示されていた。

ほぼ真っ白な画面の上部にURLの羅列、そして下部にほんの少しだけ何かの画像が頭をのぞかせていた。

俺は何も考えずに画面をスクロールした。

「うぇ・・・!?」

思わずスマホを落としそうになり慌てて両手で持ち直す。

下から現れた画像は、人体模型だった。

(いやいや、どんな人が人体模型の画像なんて道端で検索するんだよ・・)

人のスマホを勝手に覗いている自分は棚に上げ、俺は顔をしかめた。

(ほかにどんなこと調べてんだろ)

ふと沸き上がった更なる好奇心を、俺は抑えることができなかった。

画面右下をタッチし、ウェブの閲覧履歴を開く。

ぎょっと目を見開いた瞬間、

ヴ~~~~~

スマホが振動し、着信を告げる画面へと切り替わった。

危うくまたスマホを落としそうになる。

画面には自分の全く知らない番号が表示されていた。

普通に考えるとこのスマホの紛失に気付いた落とし主が、他の場所から自分のスマホに電話を掛けているのだろうが、

通話ボタンを押すよりも、俺の頭の中はたったいま今見た検索履歴でいっぱいだった。

”今日の夜=

「人間 中身」の検索結果

「人 死ぬとどうなる」の検索結果

「バラバラ殺人 画像」の検索結果

今日の昼=

「肉 包丁」の検索結果

「解体の仕方 ひと」・・・・”

普通の思考の持ち主が調べる内容ではなかった。

その間にもスマホの着信は止まらず、手の中で振動し続けている。

もしも酒が入っていなければ、その場にスマホを置いて俺は帰っていただろう。

酔いは人の判断を曖昧にする。

次の瞬間俺はスマホの通話ボタンを押していた。

「・・・・もしもし」

「あーー!出た!よかった~~」

予想とは裏腹の明るい声に俺は少し驚いた。

「もう見つからないかと思ってました!あ、すいません!その携帯の持ち主です!拾っていただいてありがとうございます!」

「あ、いえ・・」

「すぐに取りに行くので、そのぉ、そのまま通話したままで待ってて頂けないでしょうか・・・不安なので。」

「あ、はぁ、大丈夫ですけど・・(何が不安なんだろう)」

向こうの明るいテンションに流されるように俺は返事をすることしかできない。

そもそも、向こうの声質が高すぎるでもなく、低いでもないせいか、電話の相手が男性か女性かの判断がつかなかった。

「あの、少し歩いたところに●●公園ありますよね?そこのブロッコリーの下で待ってて頂けたら・・大丈夫ですかね?」

俺はすぐ先の●●公園の入り口に目を向けた。

ブロッコリーとは●●公園のど真ん中に生えている一本の木のことだ。

その姿がブロッコリーに似ていることからここ近辺に住んでいる人の間では謎にブロッコリーという呼び名が浸透していた。

その呼び名がすっと出てくるということは電話の相手もこの近辺に住んでいる、ということか。

「大丈夫ですけど・・どのくらいかかりそうですか?」

俺は公園の入り口を過ぎ、砂利の上を木に向かって歩きながら訪ねた。

「あ、ほんとすぐ着きます!ごめんなさい、仕事帰りとかですよね?早く家に帰りたいところ申し訳ないです・・・今向かってーーーー」

木の下にはついている。

ついてはいるのだが、電話の向こうでまくしたてるように話し続ける声を聞きながら、俺はあることを考えていた。

(俺、自分の居場所伝えたっけ・・・)

酒でぼんやりとしていた意識が急にすっと晴れた。

(なんで俺がいる場所知ってるんだこの人)

ザワザワとした不安が徐々に膨らんでいく。

耳に着けたままのスマホからは変わらず相手が話し続けている。

「もしもし?聞こえてます?もしもーーーし!あ、ちょ、動かないで」

疑問が確信に変わった瞬間だった。

相手には確実に俺が見えている。

思わずバッと顔を上げた先ーー

公園の真向かいにある一軒家ーーー

その二階の窓に誰かが立っていた。

30メートルほど離れている為表情までは判別できないが、街路灯で照らされて人の形ははっきりと確認できた。

こちらをまっすぐと向き、耳に受話器のようなものを当てている。

一瞬頭が真っ白になった。

「そうそう、そこで止まってて」

スマホからの声とほぼ同じタイミングで窓辺の人の口元あたりがぱくぱくと動く。

自分の置かれた状況がいまいちの見込めない。しかしそれ以上に得体のしれない恐怖を感じていた。

じりじりと後ずさる俺を見て、電話の相手が口を動かす。

「あ、もう!なんで動くの!待ってって・・・」

動け…俺の足・・動け・・・・

恐怖で固まり思うように動かない俺の足に必死で呼びかける。

「そこにいろっていってんだろ」

今までの声とは打って変わった男の低い声に俺は思わずスマホを投げ捨てた。

反動でよろけた俺の耳をチッと何かがかすめた。

「いっ・・」

耳を抑えた俺のすぐ隣、頭の高さぐらいに何かがぶら下がっている。

(何だこれ・・・・・

ワイ、、、ヤー・・?)

頭上の木からU字に垂れ下がったそれを見上げるように目で追っていき、

木の枝の間から覗くものを認識するまでに数秒かかった。

人だった。木の上にワイヤーを手に持った人がしゃがみこんでいたのだ。

上下グレーのスウェット、裸足の足に白い軍手をつけた両手。

ぼさぼさの長い髪の間からのぞく白い顔は何の感情も無い無表情そのものだった。

次の瞬間俺はものすごい速さで走っていた。

叫ぶことも忘れ、公園の反対側の出口から外に走り抜けた。

一瞬後ろを振り返る。

木の上からぴょんと飛び降りこちらを振り返るその姿を見て、俺はさらに走る速度を上げた。

酒が入っているのに、もつれず走り続けた自分の足にとにかく感謝した。

どのくらい走ったかは分からない。俺は自宅のアパートの前までたどり着くと、息つくこともなく玄関の鍵を開け、部屋へと転がり込んだ。

鍵を閉め、チェーンをかける。

恐る恐る覗き穴から外を覗き、外に誰もいないことを確認した瞬間、俺の足は役目を終えたかのように膝から崩れ落ちた。

(死ぬとこだった・・・・)

あのワイヤー、確実に俺の首を狙っていた。

もしあのままぼやっと何も考えずに待っていたらと思うと鳥肌がとまらなかった。

一人でいたくない、友達の家に転がり込みたい。

そう思ったが、近くに友人は住んでいないし、そもそもまた外に出る勇気なんてない。

俺はもう一度外を覗いた。

外には誰もいない。

俺はバクバクと脈打つ心臓を落ち着けると、部屋着に着替える為クローゼットへと向かった。

「先に風呂入るか・・」

こんな時はいっそいつも通りに過ごしたほうが不安もまぎれると思った。

風呂に入り、歯を磨き、テレビをつけたまま布団に入った。

いつもなら気になって眠れないだろう深夜番組の笑い声にも、今回は寧ろ安心できた。

もう二度と落とし物なんて拾わない。

ーーーーーーーーーーーーーー

スマホから鳴り響くアラームを、俺は眠たい目をこすりながら止めた。

カーテンを開けるとまぶしい朝陽が差し込む。

近くで雀のさえずる声も聞こえる。

「普通に朝来たな。」

俺はそんなことを考えながら、顔を洗おうと洗面台へと向かう。

ふと、玄関のドアに付いている郵便受けに目が留まる。

俺はその場で固まった。

そんなはずはないと思いたいが、不安はどんどん大きくなる。

俺はゆっくりと玄関まで近づくと、震える手で郵便受けの中でぼんやりと光るそれを手に取った。

顔から血の気が引いていくのが分かる。

スマホだ。

ひび割れた画面にはウェブの画面が大きく広がっていた。

”悪用厳禁!!ピッキングの手口と道具:ドアのチェーンは簡単に開けられる!?”

どうしよう…何も考えられない・・

俺は絶望したまま玄関の覗き穴に目を付けた。

外には誰も・・・・と思った矢先、視界の下部で何か黒い影のようなものが動いた。

頭頂部のようだった。

誰かが玄関のすぐ前にしゃがんでいる。

思わず玄関から後ずさった時、手に持っていたスマホが振動した。着信だった。

「ひっ・・・」

思わず床にスマホを落とす。

床の上に転がるスマホの着信のバイブレーションがピタリと止まった。

『留守番電話に接続しますーーー』

無機質な留守電のアナウンスへと切り替わる。

俺は床のスマホの画面を見つめたまま、動くことができなかった。

『ピーッという発信音の後に、お名前とご用件をお話し下さい』

留守電のアナウンスと共に、背後の浴室のドアがキィ・・と開く音がした。

ピー―――――――――――――

「だからそこにいろっていってんだろ」

背後から俺の首にワイヤーがかけられた。

Concrete
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@珍味
珍味さんお久しぶりです!自分もここまで間をあけるつもりもなかったのですが・・。
早速読んで頂けたみたいで大変うれしく思います。先の見えない不安も大きいですが、お互いこの辛い期間を乗り越えましょうね。

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