中編4
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カラス2

注意:この噺はロビンⓂ︎様の「カラス」を読んでからお読みください。

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「『たとえ酔っぱらったとしても、決してこの事は誰にも言わないでおこうと決めた。了』

…よし、投稿っと」

俺はマウスを操作して、『利用規約に同意して公開』のボタンを押す。

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ふと気付くと、怖話を書きながら飲んでいた純米大吟醸『露美夢』の一升瓶がすっかり空になっていた。知らず知らずのうちに、ずいぶんと呑んでしまったようだ。

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仕方がない。今日はあんなものを見てしまったのだから。

近所の神社の上空で、死にかけのカラスが空間の裂け目のようなものに飛び込んだかと思うと、別の裂け目から若返った姿で飛び出してきたのだ。

その直後、頭の中に響いた『今見た事は忘れろ』という何者かの声。

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怖ろしい。

俺は見てはいけないものを見てしまった。

そしてそのことを、相手にも気づかれている。

超自然的な何かに、俺は目をつけられてしまったのかもしれない。

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だが、この「怖話のホワイトマスク」ことロビンⓂ︎。転んでもただでは起きないのだ。

『誰にも言わないでおく』とは言ったが、『投稿しないでおく』とは一言も言ってない!

怖話に投稿するには絶好のネタじゃあないか!

こんな貴重な体験を無駄にするわけにはいかんのだよ、ひひ……。

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「お!さっそく『りこ-2』さんが『怖い』とコメントをくれたぞ。

なになに?『言わないけど投稿しておこう。』?

そうそう!まさにその通り!

あー、ほかの人もコメントくれないかなー。反応が楽しみだ、ひひ……」

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俺は椅子から立ち上がると、うん、とひとつ伸びをする。

そして、明日の仕込みをしようと、自室のドアを振り返った。

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ぽっかりと。

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そこには、あの『裂け目』があった。

カラスを飲みこんだ、あの空間の裂け目。

まるで墨汁のように、黒色の中で別の黒色が蠢いているような、流動的な闇。

それが日常の景色の中に、ちょうど猫の目の形で口をあけている。

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俺はごくりと喉を鳴らした。

背中に冷たい汗が流れ、Tシャツを濡らす。

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なぜ再び、これが俺の前に現れるんだ?

偶然か?

それとも、『誰にも言うな』という警告に対して『んじゃあ投稿ならいいんだべ』という屁理屈で返したことが、何かの怒りを買ったのか。

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いや、しかし待てよ。

あのカラスだって、死にかけの状態から、むしろ元気になって出てきたじゃないか。

見た感じ、若返っていたような気がするし。

『声』は確かに気になるが、この『裂け目』自体は、意外に便利なシロモノなのではないだろうか。

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酒の力で気が大きくなっていたのかもしれない。

俺はフラフラと裂け目に近づくと、「よっこいしょ」とまたぐ形でその中に足を踏み入れた。

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裂け目の中は薄暗い空間だった。

狭いのか、奥行きがあるのかすらよくわからない。

俺は手さぐり、足さぐりで周囲を調べつつ進む。

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どれくらい進めば再び元の空間に出るのかわからないが、その時には俺は幾分若い肉体を取り戻しているはずだ、ひひ……。

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裸足の指先になにか冷たいものが触れた。

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shake

「ふええええええええええ」

俺は思わず情けない声を上げてしまう。

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だが、二三度つま先で感触を確認するも、動いたり、まして噛みついてくるような気配もない。

危険はないと判断して、それに手を伸ばす。

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表面はつややかなものが重なっているようで、端の方は何やらガサガサしている。

片側に硬質な感触の突起。

これは……

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「カラス……?」

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薄暗くてよくは見えないが、なぜかその時俺は、今腕の中にあるものが、昼間見た死にかけのカラス『だった』モノだということを確信していた。

羽毛の中の肉体は乾燥し、皮と骨だけのミイラのようになっている。

この固いのはクチバシだ。

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だがおかしい。

あのカラスは若返って元の世界に舞い戻ったはずだ。

なのになぜ、その死骸がここにある…?

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俺の頭は混乱したまま高速で回り始めた。

そして次の瞬間には、恐ろしい結論にたどり着く。

すなわち、

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shake

「うおっ!?」

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不意に何かが絡みついてきた。

その姿は暗闇に溶けて見えないが、蛸の足のような形態のなにかだ。

それが俺の腕、脚、胴、首、それに頭に一瞬で絡みついた。

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そして凄まじい力で締め上げながら、同時に俺の身体の中から何かを吸い出していく。

血液、体液、筋肉、精力、そして記憶。

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俺のすべてが吸い取られていく。

何かに。

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いやだ、俺は「怖話のホワイトマスク」ロビンⓂ︎、こんなところで

俺は「怖話のホワイト……

俺は怖マスク……

俺はロビ……

俺……

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何だっけ……?

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気が付くと、俺は自分の部屋にいた。

机には開きっぱなしのノートPCと、空になった酒瓶。

俺はさっきまで何をしていたんだっけ……?

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なんだか身体が軽い。

昨日までの肩こり、腰痛、坐骨神経痛が嘘のようだ。

まるで十歳くらい若返ったような気分だ。

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「よし、明日の仕込みをやっちまうか」

俺は、うん、とひとつ伸びをする。

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開きっぱなしのノートPCの画面を見ると、書きかけの怖話が下書きの状態で表示されていた。

俺はそれを読まずに消した。

なぜだか、口元が綻ぶ。

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「…ヒヒ……」

俺はひとり、いつも通り笑った。

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<了>

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