とある地方の方面本部の交通課に勤務する警察官の体験。
今から数か月前のこと。
乗用車が単独事故を起こしている、との通報を受け、現場に急行した。
事故現場は、住宅もまばらな郊外の幹線道路。
緩やかな左カーブを越えると、対向車線の側溝に乗用車が落ち込んでいるのが見えた。
単独の路外逸脱事故だった。
急いで近寄ると、車に目立った破損はなく、フロントガラスも割れていなかったが、運転手は全身血まみれで意識を失っていた。
心肺停止状態だったようで、ほどなく駆けつけた救急車によって救急搬送されたが、その後、搬送先の病院で死亡が確認されたとのことだった。
のちに、病院から署に入った連絡によると、死因は心臓疾患による病死と断定されたとのことだった。
現場に立ち会った彼は、少々違和感を感じながらも、「運転中に心臓発作を起こしたことによる交通事故」という、よくある事故のひとつとして、警察署に戻ってから事故処理に関する書類を作成していた。
すると、それを覗き見してきた同僚が、急に表情を曇らせた。
「この人、知ってる」
「え?」
「間違いない。検挙したことあるから」
「容疑は?」
「動物虐待…」
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この男は以前、仔犬や仔猫を虐待して死なせ、その様子を撮影して、インターネットに動画を投稿して逮捕された経歴の持ち主だった。
「まさか動物たちの怨念とか?」
「まさかね。それにそんなこと書類に書けるわけないしな」
しかし、その翌日、事故の目撃者から連絡が入り、彼は驚愕することになる。
事故の数分前、対向車線を走っていて、当該車両とすれ違ったトラックドライバーが証言したのだ。
「動物を乗せて運転していましたよ。
しかも、何匹も。
両手や顔にまとわりつかれて、ハンドル操作を誤ったようで、正面衝突寸前でした。
サイドミラーへの接触だけで済みましたが、そのまま逃げられたので、こうして警察に連絡をしに来たのです。
その後、事故を起こしたことは知りませんでしたが…」
その言葉を聞いて、彼は、自分の感じていた違和感の正体がわかった。
運転手が全身に負っていた傷は、交通事故のものとしては不自然で、無数のひっかきキズのように見えたからだ。
車の破損状況から見ても、運転手のケガは不可解なほど多かった。
トラックドライバーの証言が正しかったとしても、現場に駆けつけた彼の知るかぎり、車内に動物がいたということもなかった。
可能性がないわけでもない。
例えば、本当に動物を乗せていて事故の際に逃げ出したとか、事故直後にキツネなどの野性動物が車内に侵入して運転手をエサと思ってキズをつけたとか…。
だが、
「怨念や呪いの類いというものは確かに存在するのかも知れない」
そう思わざるを得ないような奇妙な体験だったと、その警察官は語っている。
完
作者とっつ
「クリスマスケーキ」などと同様に、僕の中で「お仕事シリーズ」として分類している作品です。
勝手に想像して書いているので、本職の人からは「そうじゃない」と突っ込まれるかもしれません。
この警察官は全くの架空の人物です。