中編3
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≪三題怪談≫天体観測

僕はある女性に恋をした。

同じ学校に通う女子生徒だ。

学校の図書館で熱心に天体に関する本を読み耽る彼女の横顔に一目惚れしたのだ。

僕は思いきって彼女に手紙を送った。

「星に興味があるのですか。僕も天体に興味があります。今度お話しませんか」

それはラブレターと呼べるようなものではなかったが、彼女はすぐに「私も夜空の話ができる友達が欲しかったの。私で良ければ喜んで」と返事をくれた。

その日から、僕と彼女は放課後、毎日のように図書館で会っては、他の利用者に迷惑がかからないように、手紙をやり取りしながら、天体や夜空の星々について、時間が許すまで語り合った。

それは僕にとって、とても大切な淡い青春の一ページになるはずだった。

あの日が来るまでは…。

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ある日、彼女から、こんなお誘いの手紙を受け取った。

「今夜は十五夜ですね。実は私、月が綺麗に見えるとっておきの場所を知っています。よかったら、今夜そこで一緒に月を見ませんか」

僕は舞い上がるように喜んだ。

「これはデートのお誘い?二人だけで夜空を眺めて、そして…」

僕は色んな妄想が沸き上がって来るのを必死にこらえながら、もちろん

「はい。喜んで。楽しみにしています」

と返事をした。

僕はこれまでの人生で最高の幸せを噛み締めていた。

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ところがその晩のこと。

約束の時間に間に合うように、こっそりと家を出ようとしていたとき、血相を変えた両親が僕の部屋に飛び込んできた。

「じいちゃんが危篤だ。今すぐ病院に向かうぞ」

僕は家族にはデートのことを秘密にしていたので、断りきれずに病院に向かうはめに。

まだ、お互いの連絡先すら交換していなかったので、彼女にドタキャンの連絡ができなかったが、「きちんと理由を話せば許してくれるはず。明日ちゃんと謝ろう」と心に決めていた。

が、その願いが叶えられることは永久になくなってしまうこととなる。

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じいちゃんは峠を越え、容態が安定したので、深夜に家族揃って帰宅。

夜が明け、目覚めたとき、衝撃のニュースを目にした。

彼女が亡くなったのだ。

ニュースによると、昨夜、特急列車に轢かれ、即死したという。

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あれから一年。

僕は今、彼女との約束の地に来ている。

壁も屋根もなく、木の板を骨組みに張り付けただけの短いホームしかない、いわゆる秘境駅だ。

ホームの片隅には、彼女のために手向けられた菊の花束がそっと置かれていた。

今日は十五夜。

僕はそこで一人、夜空を眺めていた。

「なるほど。本当に綺麗だ」

たったひとつの外灯に照らされた無人駅。

まっすぐに伸びる線路の両脇に連なる赤蝦夷松の防風林。

澄んだ光を放つ十五夜の月。

それらが、まるで絵画のように光と影のコントラストを織り成している。

彼女が僕に見せたかった光景は、本当に美しいものだった。

頬を伝う一筋の涙が、キラリと月明かりに照らされた。

そのとき、僕にはハッキリと見えた。

線路の向こうに佇む彼女の姿が。

あれほど恋い焦がれ、会いたくても会えなかった彼女が、手を伸ばせば届きそうな距離にいるのだ。

僕は思わずホームを飛び下り、彼女のもとへ駆け出した。

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「次のニュースです。昨夜、ろう学校に通う男子学生が駅のホームに飛び下りたところを特急列車に轢かれ、即死する事故が発生しました。警察は事故と自殺の両面で捜査をしているということです。この場所では一年前にも、同じろう学校の女子生徒が死亡する事故が起きており、JRでは安全面での対策を…」

Concrete
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悲しい話です。2人は今一緒に月を見ているのでしょうか?

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