短編2
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この図書館には幽霊が出るらしい。

そんな噂を聞いた。

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金木犀の香りが街を包んだ、秋の日の夜のことだった。

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閉館後の真っ暗な図書館。僕はこの時間が好きだ。

静寂の中、月明かりで本を読む。司書の特権だ。

ところが、その日は先客がいた。

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天窓から月の光が降り注ぐ一席に、白菊の花を生けた花瓶が置かれている。

そしてそこには、学生服の少女が座って本を読んでいた。

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月光に浮かび上がる肌は、透き通るように白い。

ああ、彼女が噂の幽霊か、と僕は妙に納得した。

恐ろしくはない。

ただ、美しかった。

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僕は書棚から一冊の本を抜き出して、それを持って彼女の向かいの席に腰を降ろした。

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イワン・ツルゲーネフ・著、二葉亭四迷・訳、『片恋』。

僕はあえて、背の書名を彼女から見えるように持ちながら、黙って本を読み出した。

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そんな僕の珍妙な行動に、彼女は驚いたように目を丸くした。

とっつきにくそうな印象は一瞬で消え失せ、代わりに悪戯好きの子供のような笑みが浮かんだ。

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結論を云えば、彼女は幽霊ではなかった。

閉館後もこっそり隠れて本を読んでいるような、ただの本好きの、僕の初恋の人だ。

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「こんばんは」

図書館の入り口で、私は馴染みの老守衛に声をかける。

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「ああ奥さん、どうも。今年ももう金木犀の時期ですか」

彼はにこりを笑うと、閉館後の館内に、私を招き入れた。

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私は持参した白菊を花瓶に生けて机の上に飾った。

あの日と同じ本を手に、月明かりの席に着く。

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夜が日付をまたいだ頃、暗闇の奥からおずおずと、白い影が歩み出てきた。

あの日の姿で、彼が。

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「儂は本が好きだ。

多くの本は儂に深い感動を与えてくれた。

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だがもし、すべてを忘れてもう一度、初めての感動を味わえるのなら、それもまた素敵なことかもしれないな」

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夫は生前、そんなことを言っていた。

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私との出逢いも、貴方にとって大切な初めてだったのね?

私、もうしわくちゃのお婆ちゃんなのよ?

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幽霊は澄んだ瞳で、あの頃の私を見つめていた。

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なんだか自分のその年頃が懐かしくなるような......素敵なお話をどうもありがとうございます(о´∀`о)ノ

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