ひとりあそび Ⅱ 【ジロウくん】

中編6
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ひとりあそび Ⅱ 【ジロウくん】

私は今年30になるシングルマザーです。

これから話す話は、私が一人娘と一緒に遭遇した恐ろしい体験です。

そしてその恐怖は今もまだ続いているのです。

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「ねえ、ママー、今日はジロウくん、いるかなあ?」

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助手席でうつむき退屈そうに足をぶらぶらさせながら一人娘の莉菜が呟く。

ピンクのトレーナーにジーンズのつなぎ姿が可愛い。

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「大丈夫大丈夫、だって今日はお天気も良いし、たぶんジロウくん、いつもみたいに魚釣りしながら莉菜ちゃんを待っててくれてると思うよ」

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私は右前方の「S 山入口」という標識の手前でハンドルを切りながら言った。

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「ほんと!?

じゃあ今日はジロウくんと、いっぱいいっぱい遊んでいいんだね?」

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「もちろんだよ だからゴムボールとかも持ってきたんでしょ?」

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「うん!ジロウくんと一緒に遊ぶんだ!」

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「ジロウくん」というのは最近の莉菜のお気に入りの友達だ。

友達といっても現実ではなく想像上の友達だ。

なんでも河原で暮らす、釣りが大好きなお兄ちゃんだそうだ。

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離婚してようやく3カ月が過ぎた。

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最近やっと安定した職が見つかり古いけど母子二人には十分な広さのアパートで、私たちは懸命に生きている。

ここ数年7歳の一人娘の莉菜には本当に悲しい思いをさせてしまっていたと思っている。

恐らく「ジロウくん」も莉菜の寂しい心が構築した世界の住人なのだろう。

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市街地から北方へ1時間ほど走ったところにあるS 山中腹にある川辺のキャンプ場に着いたのは午後2時過ぎ。

キャンプシーズンも終わったせいか、広い河原には人の姿はないようだ。

川幅は割と広くて向こう岸に見える山肌や草木までは、たぶん100メートル以上はありそうだ

水深は浅くて一番深いところでも大人の膝くらいだろうか。

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「わああ!お水がきれい!

ここなら、お魚いっぱい釣れるね」

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莉菜が興奮しながら河原を走る。

私はブルーシートを敷いて横座りすると、あらかじめ準備していた缶コーラの蓋を開けた。

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見上げると雲一つない秋晴れが広がっている。

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川のせせらぎが耳に心地好い。

水はとても澄んでいて肉眼でもはっきり川底が見えそうだ。

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ふと後方に視線をやると、大きな岩を背にしてブリキの立看板が設置されているのに気づいた。

かなり錆び付いていて年月の経過を感じさせる。

看板には黒い文字で何か書かれているようで、気になった私は立ち上がり、そこまで歩いてみる。

看板には、次のように書かれていた。

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男の子を探しています!

平成○年8月8日午後未明。

夏休みに家族とともにキャンプに来ていた立花二郎君(8歳)が、この河原付近で消息不明となりました。

身長は1メートルくらいで中肉中背。野球と釣りの好きな明るい少年です。

何か情報をお持ちの方おられましたら、ご一報ください。

なお当時の風体は以下の写真のとおりです。

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看板下方には、白いTシャツに紺の半ズボン姿の瞳の大きな男の子の写真が貼ってある。

その下には、連絡先の携帯番号が記されていた。

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─二郎といえば、最近莉菜が遊んでいる想像の友達と同じ名前だ。

8歳といったら莉菜の一つ上。

ご両親の心痛は半端ないだろうなあ。

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等と思いながら私はまた元の場所に戻ると、ブルーシートの上に座った。

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莉菜はしばらくの間川辺から川に石を投げていたのだが、しばらくすると動かずにじっと対岸の方を見だした。

その表情があまりに真剣なので、

「莉菜ちゃん、どうしたの?何かいるの?」

と声を掛けてみた。

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すると人差し指を口元で縦にして、

「しっ!静かにして!今、ジロウくんが釣りしてるんだから」

と嬉しそうに微笑んだ、、、

もちろんそこには誰もいない。

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莉菜はそれからジロウくんの釣りの邪魔をしないように河原で石を拾ったりして遊んでいたが、じきに飽きて今度はピンクのゴムボールで遊びだした。

裸足になってジーンズの裾を捲り川の水に足を入れている。

少し不安になったが水深は浅いので見守ることにした。

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莉菜は川の中央よりも少し手前辺りで立ち止まると、持っていたボールを力一杯前に投げた。

ボールは対岸には届かずそのまま川に落ちると、逃げるようにさぁぁぁっと流れていく。

遠ざかるボールを唖然とした様子で見送りながら莉菜は力一杯泣きだした。

私は慌てて立ち上がり走ってボールを追ったが、思ったよりも流れは速くあっという間に視界から消えていった。

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「大丈夫 ボールならまた買ってあげるから」

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そう言って私の胸で泣きじゃくる莉菜の柔らかい髪を優しく撫でていると、すぐに可愛い寝息が聞こえてきた。

恐らく遊び疲れたのだろう。

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一人娘の小さな頭を膝に乗せて川辺に座り、心地好い清流の音色を聴いていると太陽はいつの間にか彼方に望む山の端辺りに移動していて、空も川も木もそして莉菜の横顔も全てが黄金色に染まっていた。

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─このまま、この素敵な瞬間が永遠に続いたらいいのに、、、

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そんなことを一人考えていると、いつ起きたのか莉菜が半身を起こし「ママ、お腹すいた」と言う。

「じゃあ今晩は、お家でハンバーグ食べようか?」

と笑顔で返すと「うん!」と元気よく立ち上がった。

そして「じゃあ、ジロウくんにさよなら言ってくるね!」

と言って川の方に走りだした。

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シートを折り畳みジーパンのお尻を叩いて車のところまで行こうと歩きだしたのだが、莉菜はまだ川の真ん中辺りに立ち何かしゃべっている。

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─もう、しょうがないなあ

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私は一つため息をつくと靴を脱いで裸足になりジーパンの裾を捲ると川に足を入れ、小さな背中の方に向かって歩いていく。

相変わらず莉菜は下を向いてひそひそと水面に向かって何か話している。

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「ほら莉菜、もういい加減にジロウくんにさよならしなさい」

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と莉菜の背中に向かって声を掛けながらいよいよ真後ろに近づき、肩越しに顔を近付けたその時だった。

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一瞬で身体中に悪寒が走り、

心臓が激しく鼓動を始める。

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莉菜の視線の先の澄んだ川底に、水流でユラユラ歪む男の子の白い顔があった。

何故だか首も肩も何もなくただ大きく両目を見開いた幼い男の子の白い顔だけが、莉菜に向かって無邪気に微笑んでいる。

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「莉菜ちゃん、ダメ!」

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咄嗟に私は莉菜の胸を抱きかかえると、そのまま岸辺に走った。

そして靴も履かずに車のあるところまで全力疾走した。

ようやく白い軽自動車が見えると、立ち止まり莉菜を下ろして息を整えた。

それから車まで歩いて二人車に乗り込みエンジンをかけた時だ。

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「ママ、ボールが、、、」

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助手席の莉菜が前を指差しながら呟くので、見ると驚いたことにボンネットの上にあのなくなったピンクのゴムボールが乗っている。

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「え!どうして?」

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私は急いで車から出るとボールを取り、莉菜に渡した。

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「ああ、良かった。 たぶんジロウくんが持ってきてくれたんだ。 ジロウくん、ありがとう!」

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莉菜はそう言うと嬉しそうにボールを抱きしめた。

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車が動きだしたときも莉菜は、

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「ほら、ママ、あそこにジロウくんが立ってるよ!」

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と座席に胸を付けて後方に手を振っていたが、私は怖くてミラーを見ることが出来なかった、、、

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市街地の賑やかな灯りが見えてきてやっと、私の心臓の鼓動は正常に戻った。

莉菜は川辺で少し寝たせいか、時々今日の楽しかったことを話しかけてくる。

そしていよいよ帰り道最後の信号で車を停めたときだった。

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莉菜がポツリとこう言った。

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「ねぇ、ママ、今日のハンバーグ3人分あるのかな?」

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その言葉に、ぞくりと背筋が凍った。

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shake

─パーン!

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いつの間にか信号は青に変わっており後方の車がクラクションを鳴らす。

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慌ててアクセルを踏み込んだ。

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先ほどから心臓の激しい鼓動が止まらない。

そしてハンドルを握る手のひらが気持ちの悪い汗で濡れているのを感じる、、、

というのは、

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さっきから私は気付いているのだ。

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ルームミラーに時折映りこむ、後部座席に座るうつ向いた男の子の姿に、、、

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Fin

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Presented by Nekojiro

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怖い!ジローくんは、憑いてきちゃったのかな?

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