ジロウくん─ひとりあそびⅡ

中編5
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ジロウくん─ひとりあそびⅡ

「ねえ、ママー、今日はジロウくん、いるかなあ?」

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助手席でうつむき、退屈そうに足をぶらぶらさせながら、一人娘の莉菜が呟く

ピンクのトレーナーにジーンズのつなぎ姿が可愛い

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「大丈夫、大丈夫、だって、今日はお天気も良いし、たぶんジロウくん、いつもみたいに、魚釣りしながら莉菜ちゃんを待っててくれてると思うよ」

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私は右前方の「S 山入口」という標識の手前でハンドルを切りながら、言った

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「ほんと!?

じゃあ今日はジロウくんと、いっぱい、いっぱい遊んでいいんだね?」

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「もちろんだよ だから、ゴムボールとかも持ってきたんでしょ?」

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「うん!ジロウくんと一緒に遊ぶんだ!」

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「ジロウくん」というのは、最近の莉菜のお気に入りの友達だ

友達といっても現実ではなく、想像上の友達だ

なんでも、深い山奥で両親と3人で暮らしているらしく、釣りが大好きな一つ上のお兄ちゃんだそうだ

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離婚してようやく3カ月が過ぎた

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最近やっと安定した職が見つかり、古いけど母子二人には十分な広さのアパートで、私たちは懸命に生きている

ここ数年、四歳の一人娘の莉菜には本当に悲しい思いをさせてしまっていたと思っている

恐らく「ジロウくん」も、莉菜の寂しい心が構築した世界の住人なのだろう

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市街地から北方へ1時間ほど走ったところにあるS 山中腹にある川辺のキャンプ場に着いたのは、午後2時過ぎ

キャンプシーズンも終わったせいか、広い河原には人の姿はないようだ

川幅は割と広くて、向こう岸に見える山肌や草木までは、たぶん100メートル以上はありそうだ

水深は浅くて一番深いところでも、大人の膝くらいだろうか

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「わああ!お水がきれい!

ここなら、お魚いっぱい釣れるね」

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莉菜が興奮しながら、河原を走る

私はブルーシートを敷いて横座りすると、あらかじめ準備していた缶コーラの蓋を開けた

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見上げると、雲一つない秋晴れが広がっている

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川のせせらぎが耳に心地好い

水はとても澄んでいて、肉眼でもはっきり川底が見えそうだ

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莉菜はしばらくの間、川辺から川に石を投げていたのだが、しばらくすると動かずにじっと対岸の方を見だした

その表情があまりに真剣なので、

「莉菜ちゃん、どうしたの?何かいるの?」

と、声を掛けてみた

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すると人差し指を口元で縦にして、

「しっ!静かにして!今、ジロウくんが釣りしてるんだから」

と、嬉しそうに微笑んだ、、、

もちろん、そこには誰もいない

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莉菜はそれから、ジロウくんの釣りの邪魔をしないように河原で石を拾ったりして遊んでいたが、じきに飽きて、今度はピンクのゴムボールで遊びだした

裸足になってジーンズの裾を捲り、川の水に足を入れている

少し不安になったが、水深は浅いので見守ることにした

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莉菜は川の中央よりも少し手前辺りで立ち止まると、持っていたボールを力一杯前に投げた

ボールは対岸には届かず、そのまま川に落ちると、逃げるように、さぁぁぁっと流れていく

遠ざかるボールを唖然とした様子で見送りながら、莉菜は力一杯泣きだした

私は慌てて立ち上がり、走ってボールを追ったが、思ったよりも流れは速く、あっという間に視界から消えていった

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「大丈夫 ボールなら、また買ってあげるから」

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そう言って私の胸で泣きじゃくる莉菜の柔らかい髪を優しく撫でていると、すぐに可愛い寝息が聞こえてきた

恐らく遊び疲れたのだろう

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一人娘の小さな頭を膝に乗せて川辺に座り、心地好い清流の音色を聴いていると、太陽はいつの間にか、彼方に望む山の端辺りに移動していて、空も川も木も、そして莉菜の横顔も、全てが黄金色に染まっていた

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─このまま、この素敵な瞬間が永遠に続いたらいいのに、、、

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そんなことを一人考えていると、いつ起きたのか莉菜が半身を起こし「ママ、お腹すいた」と言う

「じゃあ今晩は、お家でハンバーグ食べようか?」

と笑顔で返すと、「うん!」と元気よく立ち上がった

そして、「じゃあ、ジロウくんにさよなら言ってくるね!」

と言って、川の方に走りだした

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シートを折り畳み、ジーパンのお尻を叩いて、車のところまで行こうと歩きだしたのだが、莉菜はまだ、川の真ん中辺りに立ち、何かしゃべっている

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─もう、しょうがないなあ

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私は一つため息をつくと、靴を脱いで裸足になり、ジーパンの裾を捲ると川に足を入れ、小さな背中の方に向かって歩いていく

相変わらず莉菜は下を向いてひそひそと、何か話している

いよいよ真後ろに近づき、肩越しに声をかけようとした、その時だった

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一瞬で身体中に悪寒が走り、

心臓が激しく動き始める

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莉菜の視線の先の澄んだ川底に、

水面に歪む男の子の白い顔があった

首も肩も何もなく、ただ大きく両目を見開いた幼い白い顔だけが、莉菜に向かって無邪気に微笑んでいる

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「莉菜ちゃん、ダメ!」

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咄嗟に私は莉菜の胸を抱きかかえると、そのまま岸辺に走った

そして靴も履かずに、車のあるところまで全力疾走した

ようやく白い軽自動車が見えると、立ち止まり、莉菜を下ろして息を整えた

それから車まで歩いて二人車に乗り込み、エンジンをかけた時だ

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「ママ、ボールが、、、」

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助手席の莉菜が前を指差しながら呟くので、見ると、驚いたことにボンネットの上に、あのなくなったピンクのゴムボールが乗っている

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「え!どうして?」

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私は急いで車から出ると、ボールを取り、莉菜に渡した

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「ああ、良かった たぶん、ジロウくんが持ってきてくれたんだ ジロウくん、ありがとう!」

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莉菜はそう言うと、嬉しそうにボールを抱きしめた

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車が動きだしたときも莉菜は、

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「ほら、ママ、向こうで、ジロウくんのパパとママがお辞儀しているよ」

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と、座席に胸を付けて手を振っていたが、私は怖くて、ミラーを見ることが出来なかった、、、

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市街地の賑やかな灯りが見えてきてやっと、私の心臓の鼓動は正常に戻った

莉菜は川辺で少し寝たせいか、時々、今日の楽しかったことを話しかけてくる

そしていよいよ、帰り道最後の信号で車を停めたときだった

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莉菜がポツリとこう言った

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「ねぇ、ママ、今日のハンバーグ、3人分あるのかな?」

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その言葉を聞いたとき私は、キャンプ場を出るときに莉菜が最後に言った言葉を思い出し、ぞくりと背筋が凍った

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shake

─パーン!

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いつの間にか信号は青に変わっており、後方の車がクラクションを鳴らす

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慌ててアクセルを踏み込む

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ハンドルを握る手のひらが、気持ちの悪い汗で濡れているのを感じる、、、

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さっきから私は気付いていた、、、

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後ろの座席に、誰かが座っているのを、、、

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だが、私はミラーを直視することが出来なかった、、、

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Fin

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Presented by Nekojiro

Concrete
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怖い!ジローくんは、憑いてきちゃったのかな?

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