短編2
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Moon

校舎の屋上につながる扉を、もらいものの非合法な合鍵で開ける。

夜空を背に、オリエが立っていた。

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「遅い」

「昨日の今日で、メールがあると思わないだろ」

「うん、来てくれて嬉しいよ」

彼女の無邪気な笑顔ひとつで、僕の苦労はあっさり報われてしまう。不平等だ。

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「見て、きれいな月」

夜空を見上げる。月齢15、十六夜。

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「ねえ、月っていつも同じ面を地球に向けてるんだよね。なんでだっけ?」

「それでも『天文部の屋上姫』かい?白鳥織衣さん?」

「私は星を見るのが好きなの。

それとも知らないの?『図書室のご隠居』、天野雅彦くん」

それ、若者には不名誉な二つ名だとは思わんか。

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「月の自転と公転の周期がほぼ一致してるから。

ちなみに月の裏側は、表側と違ってゴツゴツしてて、きれいじゃないらしいぞ」

どうだこの完璧な答え。

「へえ、よくわかんないけど」

織衣は一言で台無しにしながら僕を見る。

僕は目をそらす。

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「ドロドロしたとこを隠して、きれいなとこしか見せないのって、辛いんだよ?」

そう来るか。

「だから私は打ち明けた。

昨日の告白の答え、考えてくれた?」

織衣の視線を感じる。

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「……陽キャの美少女が陰キャの僕に何を望むって言うんだ、って顔してる」

「心を読むな」

世の中なんて、うまくいかないものなんだ。

幼い頃両親が離婚したことや、元々持病があった姉を心臓発作で亡くしたことなんかで、それは嫌と言うほどわかってる。

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「好き……だったよ」

「……過去形?」

「仕方ないだろ」

「……ありがと。返事をくれて」

僕は彼女に背を向ける。

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「私ここで待ってる、ずっと。

流れ星に願いをかけて」

振り返らずに扉を開く。

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さっきは気付かなかったが、足元に白い花束が置かれていた。

菊の花だ。

昨夜、ひとりの少女がこの屋上で、心臓発作で亡くなった。

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菊の別名は星見草というんだと、彼女に教えてやろうかと思ってやめた。

ここにはもう来ない。

僕は最後につぶやいた。

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「さよなら、姉さん」

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なんか、悲しいけど心に染みる話ですね。

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