長編8
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氷の兵隊さん

あれは、数年前の真冬の時期。

私は友人二人と連れたって、雪国某県へと旅行に出かけました。

まだコロナが話題にすら挙がらなかった時分、せいぜい風邪とインフルエンザの予防に努めればよく、長距離移動も気楽なものでした。

現地に到着した我々は、宿泊先である格安のロッジに荷物を放り、さっそく街へと繰り出しました。

お目当ては、この時期恒例の目玉イベント。街の広場に、でんっ、と腰を据えた巨大なお城、動物、はたまた巨人たち・・・。

そう、「氷像祭り」です。

関東ではまず見られない、人の手の成す圧巻の雪景色に、我々三人はそれこそ氷で固められたかのように、その場で見とれてしまいました。

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しばらく時間が過ぎて祭りの出し物も半分ほど見回ったころ、友人Bが口を開きます。

B「なぁ、ごめん。先にロッジに帰っていいか」

友人A「なんだよ、もう疲れたのか?」

Aも私も、苦笑い気味ながらも(まあ、いつものことか)と内心つぶやきました。

Bは昔からほぼ体力がなく、出かける先ではいつも少し外を出歩くだけで、歩く屍のような有様へと変貌するのです。事実、この時すでに顔には覇気がなく、背筋も弓なりに曲がっていました。重力に逆らう気力もないようです。

友達のよしみで一緒に出掛けますが、ぶっちゃけ観光には一番向いていないタイプかもしれません。

ともあれBは先に帰り、あとは私とAの二人で楽しむこととしました。

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氷像を大方見回ったころ、Bから電話がありました。

B「おふたりさ~ん。楽しんでるかい?」

気も抜けて、間も抜けたBの声はさしずめ、コタツに寝転ぶイエネコのようでした。

スマホのスピーカーの向こう側で、暖房器具の音がやたら強めにゴウゴウ響いています。きっとBは今頃、暖かい部屋の中でヌクヌク、ゴロゴロしているのでしょう。

A「ああ、楽しいぜ。全部見て回らないと勿体ないくらい」

私「お前ももっと体力つけないとなw」

観光を途中リタイアしたBも、旅そのものを楽しむ気持ちは変わらず、離れていながらも談笑に夢中になりました。

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B「ああ、ところでさ・・・」

何か重大な発見を伝えたいかのように、Bの声のトーンが変わりました。

B「気づいてた?このロッジの庭先にも、一体だけ氷像が立ってるんだぜ」

え?

氷像?ロッジの庭に?

(そんなのあったかな・・・)

Aも私と同じことを思ったらしく、二人で顔を見合わせました。

私「それって、どんな像?」

B「んーとね、」

庭先をうかがいながら、その像の特徴の見当をつけている様子です。

B「あ、そうだ。動画で見せるわ」

Bの指示通りにカメラ通話に切り替えると、ロッジの庭先の映像が送られてきました。どうやら寝室の窓から外を撮影しているようです。その庭は外周を雑木林で囲まれており、ほかに人影は一切見えません。

そんな中、画面の中央、庭の外縁のところに私たちの視点が止まりました。

ぼんやりと、まっしろい”なにか”が立っているのが、確かに見えます。

A「これって、”兵士”・・・じゃね?」

映像のピントが結ばれてその全体像が明瞭になると、Aの言う通り”それ”は兵隊の姿をした氷像のようでした。

頭に軍帽を載せ、学ランのような軍服をまとい、足には脚絆を巻いている・・・というような、妙に時代を感じさせる軍装をしています。

それが直立不動の姿勢で、ぬぼーっと、Bのいるロッジの方を向いているのです。

B「な、二人とも気づかなかっただろ?おれもだよ」

Bは自分のアホさが可笑しかったのか、けらけら笑いました。

私とAは再び顔を見合わせました。

あんな目立つところに、しかもロッジの目と鼻の先に設置されている氷像を、三人そろって見落とした・・・?

A「俺たちが出かけてる間に、誰かが置いてったんじゃないのか?」

B「それはないよ。だって足跡が残ってないもん」

Bの言う通り、あの氷像の周りには、誰かが「あ、よっこらしょ」と設置したような痕跡は一切なく、一面プレーンな雪景色でした。雪は朝から止んでいたので、あとから降り積もることはあり得ません。

A「じゃ、あの像がひとりでにニュッと現れたってのか」

B「ま、そーだったらコワイわw」

私もAも不気味というか、自分たちがマヌケだっただけなのかというか、なんともリアクションに詰まってしまいました。

A「まぁ、もしそこに最初から像があったとして、なんで兵隊の像なんだ?」

私「ああ、そりゃ多分・・・」

Aの問いの答えに一応の心当たりがあった私は、街の観光パンフレットを取り出しました。

なんでも、この街の近くの雪山では昔、旧陸軍の雪中行軍の訓練が行われていたそうです。でも、何分にも相手は大自然。時折遭難者が出て、そのまま帰ってこなかったということもあったそうです。

私「だからその像も、そこでの犠牲者を弔うために、特別に作られるものなんだよ。」

勿論、慰霊のために氷像を建てるなんてことは書いてありません。私の勝手な推論です。

A「なるほどな、それが俺たちの宿泊先にも置いてあって・・・」

B「はじめからあったものなのに、全員気が付かなかった」

・・・そういうことだな!

それを満場一致の答えとして、ひとまず氷の兵隊の謎解きはおしまい。祭りもたけなわに私もAも、ロッジへ引き返すことにしました。

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帰路の途中、再びBからビデオ通話がかかってきました。

応答して画面を見ると、さっきの兵隊の氷像が映っています。

B「・・・」

奇妙なことに、Bはカメラの中心に兵隊をとらえたまま一言も口を利きません。一体何を伝えようとしているのでしょう・・・。

A「なんだよB、氷像がどうしたってんだよ」

しびれを切らしたAが、Bに返答を促します。

B「・・・ちがうよ」

私とA「?」

B「あれ、氷像じゃない・・・」

私「・・・ふぇ?」

A「何言ってんだ?」

私とAは送られてくる映像に目を凝らしました。Bは窓際でスマホを構えたまま固まっているらしく、兵隊の様子がよく見えました。

私「・・・動いてる」

・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・

B「…こっちに来る」

Bの言う通り氷像は、

・・・いえ、それは氷像ですらありませんでした。

我々が見ている”それ”は、雪や氷を固めたものなどではなく、まるで蚊柱のように粉雪が舞い上がって、人の形を作っている”人間モドキ”だったのです。

兵隊は雪の上に足跡も残さず、ロッジへと向かってきます・・・。

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shake

A「おい、B!」

Aの一括で、私は正気に戻りました。現場にいるBも同じだったのでしょう、画面が少しぶれました。

A「とりあえず、玄関のカギ閉めとけ。建物の中が一番安全だから。ゼッタイ外には出るなよ!」

B「・・・ドアこわされたらどうするの?」

A「裏口から逃げりゃいいから!」

事態の異常性に気が付いたAが、Bに指示を出します。

A「いいか、絶対通話切るなよ?そいつを撮り続けろ」

私「俺たちもすぐ行くから!」

ホントいうと、あんなわけのわからないモノがいるロッジに行くのは怖かったです。でも、このままではBが危ないと思った私たちは、Bのもとへと駆け出しました。

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私「…なあ、なんか変な声がしないか?」

山道を駆け上る最中、スマホの向こうから奇妙な音声が漏れてきました。

A「なんだB、なんか言ったか?」

B「俺じゃない。でも、さっきから確かに何か聞こえる・・・」

Aがスマホを操作して、通話の音量を上げてみると・・・。

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「…よこ…さん…す…って…した…」

ーーーーーーーー

それは男性の声でした。ヒーターの音がかぶさって正確には聞き取れませんが、どうやら声の主は同じ言葉をずっと繰り返しているらしく、その後も似た内容の音声が届いてきます。

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B「あいつ、もうすぐそこまで来てる・・・」

兵隊はさっきよりずっと近くまで来ており、Bも思わず窓際から身を引き、キッチンの方へと身を引いています。

どうやら兵隊が近づくにつれ、例の”謎の声”も明瞭になっているようです。

B「あの兵隊、ずっとワケわからないこと言ってるんだよ・・・!」

粉雪の人間モドキがしゃべってる・・・?信じがたいことでしたが、どうやらそれが真実のようです。

私たちにも言葉の内容がはっきりと聞こえてきました。

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ーーーーーーーー

「”みよ子”・・・

お父さんです・・・

帰ってきましたよ・・・」

ーーーーーーーー

何度も聞こえてきた言葉だから、その内容は覚えているのです。しかし、とにかくBのもとへ急ぎたかった私たちはその言葉の意味、あの兵隊が何を言いたいのか、そこまで気を回すことはしませんでした。

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B「あ・・・」

Bの声をきいて画面に目を落とした時、私もAも固まってしまいました。

・・・います。

玄関の入り戸のすりガラスの向こう、二つの真っ白い目がロッジの中をのぞいています。

私もAも、そしてBも、ガラス越しに、画面越しに、あの兵隊の凍えるような白い目と視線を交わしてしまったのです。

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ーーーーーーーー

「”みよ子”・・・ですか・・・?」

ーーーーーーーー

兵隊が語り掛けてきます。

画面のブレる様子とマイクに吹きかかるBの荒い呼吸から、Bが全力で首を横に振っているのが伝わってきました。

Bの返答を理解したのか、兵隊はその後何も言いませんでした。

私にはこの時の兵隊の表情が、まるで迷子の子供が人違いで、見ず知らずの大人に声をかけた時のような、悲しみをたたえていたように思えてなりません。

そして、はじめからそこには何もなかったかのように、兵隊は粉雪となって消えていきました。

三人「・・・」

(あれは一体何だったんだろう)目撃したことが信じられず、三人そろってスマホを片手に立ち尽くすばかりでした。Bのスマホから送られてくるのは、暖房の音が鳴り響く何の変哲もない、ロッジの玄関の映像です。

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私たちはロッジの管理人を呼んで、ことの次第を話しました。

しかし、内容が現実離れしているうえに、物的証拠もなく信じてはもらえません。

兵隊を映した映像も、ビデオ通話の際に一時的に使用したものであって、メモリには残らないのです。

このロッジ自体に、何か曰くがあるんじゃないのか、と問い詰めましたが、

管理人「そんなこと、このロッジじゃ今まで一度もないし、これからもありゃしないよ」

老年の管理人は薄くなった頭をかき、まったく取り合う様子もありません。

管理人「ただ・・・」

三人「?」

管理人「ここではまるで聞いたこともないが、その手の話は、特に山間の街ではよく聞くモンだがなぁ・・・。迷信かもしれんがな」

管理人は、ロッジの庭から見える雪をまとった山々を、意味ありげに見つめていました。

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旧陸軍の雪中行軍。

それは、まさにあの冬、私たち三人が降り立ったような寒冷地で行われるものでした。

もちろん、全員の帰還を第一に万全の体制を整えての訓練でしたが、なにしろ相手は大自然。

壮大にして、神秘にして、きわめて無慈悲。

ときおり遭難者が出ることもあったのです。

中にはそのまま帰らなくなった方も。

軍人といえど、人は人。

家族を持つ方もいたことでしょう。

隊でもなく、同期のもとでもなく、他のどこよりも家族のもとへ帰ろうとする強い思いが思念となって、この世にあらわれることもあるのです。

家族のもとへ帰る、という終わりなき任務の達成を信じて。

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