窓から柔らかい秋の日差しが差し込む子供部屋。小学二年生の天川陸はひとり3DSで遊んでいた。
(お母さん達、遅いなぁ…。)
陸の両親は昨日の夕方以来、一度も家に帰ってきていない。そのため、まだ一人でご飯を作る能力もない陸はお腹を空かせていた。
(お菓子食べようかな…。でも、勝手に食べたら怒られちゃうし…。)
陸がリビングに置いてあるお菓子を食べようか迷っていたときだった。急に陸に影がかかった。
「…わっ!」
陸の目の前に、いつの間にか見知らぬスーツ姿の大人が立っていた。亜麻色の艶やかな髪に中性的で綺麗な顔立ちの大人である。陸はその大人が放つ威厳に少したじろぎながらも疑問を口にした。
「えっと…誰ですか?」
「私は死神だ。」
線の細い見た目からは想像もつかない、地の這うような低い声だった。
(死神……さん?変な名前…。)
陸はまだ死神というものを知らなかった。それ故、死神という言葉を、その大人の名前だと勘違いしてしまった。
「あのっ、死神さん!死神さんは……僕の家に遊びに来たのですか?」
「違う。」
「えっ、じゃあ何しに来たのですか?」
「お前の残りの寿命を言いに来た。」
陸は首をかしげる。陸は寿命という言葉もまた知らなかった。だが、何となくスゴいモノだということは感じ取った。死神が厳かに話を続ける。
「お前は後、10日で死ぬ。」
「と、10日後?10日後に僕死ぬの…?」
「……私の用はこれで終わりだ。」
死神が陸に背を向ける。陸は直感的に死神がもう帰ってしまうということを悟った。死神が帰ったらまた自分は一人になる。陸は思わず「死神さん!」と叫んだ。死神が振り向く。
「僕、今お母さんとお父さんが帰ってこなくて暇なんです…。」
「だから何だ。」
「僕と遊んでくれませんか…?」
「断る。」
「……そっか。」
陸は悲しそうに俯く。陸は幼いながらも理解していた。子供より大人は遥かに忙しいということを。そして恐らく大人の「死神さん」もまた忙しいのだ。陸は邪魔をしてはいけないと思った。
「死神さん、お仕事頑張ってくださいね!」
陸は悲しい気持ちを必死に隠し、笑顔で死神を見送った。死神からは何も返事が返ってこなかった。
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それから2日後。陸は家にある全てのお菓子をたいらげてしまっていた。
(全部お菓子を食べてしまった…。どうしよう…。というかお母さん達まだ帰ってこない…。)
陸は玄関の方を見る。静寂の空間が広がっているだけである。陸は途端に寂しくなった。自分が一人ということをまた感じてしまったからだ。
(お金、何円持ってたっけ…?今日の夜、お母さん達が帰ってこなかったから明日ご飯を買いにいこう!)
陸は財布の中を確認する。そこには一円もお金が入っていなかった。陸は絶望した。これで最後の希望は絶たれてしまったのだ。
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3日後。陸は酷い空腹感に苛まれていた。蛇口を捻れば水は出るがそれだけでは足りない。陸は次第に動くことが億劫になってきていた。
(どうしてお母さん達帰ってこないの?ねぇ…。)
そう思いながらも、陸はもう両親はこの家に帰ってこないと言うことを心のどこかで分かっていた。それでも認めたくない。葛藤が涙となって溢れてくる。
その時、陸は後ろに気配を感じた。ゆっくりと後ろを見る。「死神さん」が椅子に座っていた。
「……死神さん?ね、ねぇ!死神さん。何で僕のお母さん達帰ってこないの?知ってる?」
「死んだからだ。」
陸は一瞬、死神が言った言葉の意味がわからなかった。死んだからだ。陸の頭でグルグル回る。陸の体が震え始める。全身から気持ち悪い冷や汗が流れた。
「死んだって…何で?」
「事故だ。ハンドル操作を誤り落下した。」
死神は淡々と事実を告げる。陸は声を出せなかった。あまりのショックで声の出し方を忘れてしまったかのようだ。
「5日後にお前も死ぬ。」
「…僕が死んだらお母さん達と会える?」
陸がポツリとこぼす。死神は「恐らく。」と言った。
「じゃあさ!今すぐ僕をお母さん達の所へ連れていってよ!もう寂しいのは嫌だ!」
「お前が死ぬのは5日後だ。それは変えられない。」
「……なら、無理矢理でも変えてやる。それを。」
そう言うと陸は勢いよく窓を開けた。そして窓枠に足をかける。
(ここから飛び降りて死ねばお母さん達に会える…!)
陸は笑顔でパッと足を離した。重力に基づいて真っ逆さまに落ちていく。ぐしゃりと音が響いた。
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(……ここはどこ?)
気がつくと陸は真っ暗な空間に立っていた。
「もしかして死ねたのかな?」
「…お前は今、意識を失っているだけだ。」
不意に死神の声が聞こえた。陸は慌ててまわりを見渡すが死神の姿はどこにもない。
「……変わらずお前が死ぬのは5日後だ。」
「そう…。」
「5日後、お前の魂は地獄へと行く。」
陸は地獄という言葉に身の毛がよだつ。死神が冷酷に言う。
「お前はもう両親に会えない。」
作者りも