中編3
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縁起の良い果実

「こんな時期に取材なんて珍しいねえ。まだ5月だよ?」

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「ええ、本当は出荷時期の方がネタが有るとは思うのですが、大学の課題なので、しょうがないです」

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「いいよいいよ、寧ろリンゴ農家は出荷時期以外も忙しいんだって知ってほしいしね」

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「有難う御座います。

えーと、今は何をされているのでしょうか?」

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「ああ、摘果だよ。実が付き始めたら、養分を一部の果実に集中させるために、まだ丸くもなっていない子どものうちに木から落とすんだ。

こうやって1つの枝先に4つくらい結実した内、形がいいのをひとつだけ残して、後のクズは全部摘み落としちまうんだ」

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「へー、なんだか勿体無いですね」

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「大人になってもミカンくらいにしかならない上に、スカスカな甘くもないリンゴなんて、誰も買わないからな。

だけどな、このクズリンゴだって売れるんだよ」

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「え、こんなに青い身がですか?」

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「需要があるからなあ。

…なあ、君は“落ちないリンゴ”って知ってるかい?」

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「えっと…」

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「受験生への縁起物のリンゴだ。

ある年に大型の台風がこのリンゴの産地を直撃してね、収穫直前のリンゴの9割やられて、農家に大打撃を与えた。

だが、多くの農家が地面に落ちたリンゴを見て嘆いている時にね、ある1人の若い農家が、まだ木に疎らに残っていたリンゴを見て言ったんだ。

“落ちないリンゴだ”ってね。

大きな台風にも負けなかったリンゴは、必勝祈願の神社で販売されると、かなりの高額であったにも関わらず、受験生の子どもを持つ家庭に飛ぶように売れていった。

縁起が良いからっつってな。

お陰であの時は俺たちも救われたよ。

このチビっこい実は、その時のリンゴと同じ木のモンなんだ」

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「へぇ〜、じゃあこれも神社に売られるんですね」

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「まあそうだな。と言っても、こちっちは別の神社で売られるけどな」

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「別の神社?」

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「ほら言うだろ、“拾う神ありゃあ、捨てる神あり”ってよ。いや、逆だったか?まあ、どーでもいいか。

“落ちないリンゴ”ってのは、さっきも言った通り受験祈願に行くような神社で売られる。

だが、これはそれとは真逆の“真っ先に落ちたリンゴ”だ。あいつが、あいつの家の子どもが受験に落ちちまえって、タチの悪い贈答用に、縁起の悪いクズリンゴをそういう曰く付きの神社で買ってくれるのさ。

これは食用じゃ無いから、プリザーブドリースにでもして、飾り物にしちまえば部屋に置いてくれる。

受け取った奴が、ネットで“落ちないリンゴ”で有名になったうちの農園を検索するように仕向ければ、その時の美談を見て受験生を持つ親なんかは勝手に縁起物だと勘違いしてくれる。

馬鹿だよなぁ。お前らが渡されたのは“落ちないリンゴ”じゃ無くて、“真っ先に摘み落とされたクズリンゴ”だってのに。

お陰で卸先の神社からの注文は毎年増えて、がっぽり儲けさせて貰っているよ。

なんて言ったって、“落ちないリンゴ”はデカい台風が来た時しか採れねえが、こちっちは毎年売れるからなあ」

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ガハハ、とさも愉快に笑う男の声の中、小さな鋏がチョキンと実を落とす冷たい音が、やけに大きく、耳に刺さった。

Concrete
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