今、俺は右手に俺の手によって切断された猫の首を持っている。ピチャピチャと赤い血が断面から薄暗いアスファルトに滴り落ちて跳ねた。自然と血の臭いが俺の鼻の中に入ってくる。やっぱり、いい臭いとは思えないけど癖になる臭いだ。俺はもっと臭いたいと思い、猫の首にもっと顔を近づける。
「貴方の目、綺麗ね。」
猫を殺そうが誰も気づきそうにもない、気味悪く影の薄い路地裏なのに声をかけられた。声の主は上品そうな笑みを浮かべる60後半ぐらいのおばあさんだった。俺が持っている猫の首には目もくれず、俺の顔だけをじっと見つめてくる。おばあさんが高級そうなバックからどこにでもありそうな普通の包丁を取り出す。
「貴方の目、貰ってもいいかしら?」
俺の目をえぐって、取るつもりなのか。それは嫌だなと今だ血が滴る猫の首を見つめながら俺は思った。盲目になるとこういうことがしにくくなるから。それに俺は猫の首を切ることが最終目標じゃないんだ。最終的には人間の首を切るのが俺の目標。俺はまだ12歳でしかも小柄な方だから力はそんなにない。その為、まずは猫で首を切る練習をしているのに、目をとられちゃったら全部ぱぁだ。だから、俺は猫の両目をえぐった。
「すみませんが、俺は目を取られたくありません。代わりにこれで満足してくれませんか?青くて…宝石みたいできれいだから十分でしょう?」
「あら、貴方ほどではないけど美しい目ね…。ありがとう。私の秘密のコレクションに加えとくわ。」
秘密のコレクション…99%目のコレクションのことだろうが、とりあえずそれに加えとくぐらいにはおばあさんは青い青い猫の両目を気に入ってくれたらしい。良かった。
「ねぇ、ぼく。今から私の家に来ない?貴方の瞳をもっと見ていたいし、何より目をくれたお礼がしたいの。」
「お礼…俺でも殺せるような死にかけの貴方の夫に会わせてくれたりするんですか?」
「残念。私の夫はもう5年前に死んでいるわよ。…別に普通にお菓子をあげたりするだけ。さぁ、おいで。」
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意外なことにおばあさんの家は俺が住んでいる町___御桜町の中にある豪邸とまではいかないが、それなりに大きな洋館だった。
リビングに通された俺はアンティーク調のふかふかのソファに座り、特にすることもないので机に置いてあった新聞を読んだ。しばらくして、おばあさんが近所のスーパーに売ってある、極めて普通のチョコやクッキーがどっさり入った皿を俺に運んで来た。お礼というのだから、てっきり何か高級なお菓子をくれると思っていた俺は少し残念な気分になった。
それでもやはり、さすがお菓子だ。これまでに数えきれないくらい何度も食べたことがあったけど、美味しいと感じることができた。
「ぼく、お名前なんていうの?」
美味しそうにお菓子を食べる俺を、ニコニコというよりにたにたとした顔でおばあさんが俺に尋ねてきた。俺はお菓子を口に頬張りながらも「佐竹凪。」とちゃんと質問に答えてあげた。それを聞いたおばあさんは「凪くんっていうのね。私は国見香織っていうのよ。」と何も聞いていないのに、勝手に自分の名前を言ってくれた。
あれだけあったお菓子もいつの間にか後ひとつのチョコだけになっていた。俺は最後のチョコをどこか名残惜しそうに食べる。ただのお菓子相手に変な感じだ。
俺がお菓子を食べている途中でどこかに行っていたおばあさんは、なんと俺のナイフ…猫の血のこびりついたナイフをきれいにそれはもう首を切ったナイフとは分からないぐらいまできれいに洗浄してくれていた。俺はかなり面倒な事をやってくれたおばあさんに、感謝の気持ちでいっぱいになった。
ふと窓を見ると、空はもうすっかり夜の色だった。親には友達と遊んでくると言ったから、そろそろ帰らないとヤバい。俺はふかふかのソファから身を離す。
「お菓子とナイフ……ありがとうございました。」
「いえいえ…。ねぇ、凪くん。いつでもいいから、また来てくれないかしら?やっぱり貴方の目、とってもきれいなんですもの。何度でも見たい…。」
別れ際まで、おばあさんがうっとりとした表情で俺の目を見る。そんなに俺の目はきれいなのか。特に何も特徴のない普通の日本人の目だと思うけどな。まぁ、その辺はどうでもいいか…。俺はおばあさんの家を後にした。
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次に俺がおばあさんの家にいったのはそれから一ヶ月後のことだ。休んでいたクラスメートに宿題を届けた後の帰り道で偶然、おばあさんの家の前を通ったから、ついでに訪ねてみたのだ。
「あら、凪くん!久しぶりね。元気にしてた?」
「まぁ、はい。……あれ?」
俺はおばあさんが、赤ちゃんを抱いていることに気づいた。すやすやとおとなしく眠っている。そういや、ちょうど今俺、図工があったから彫刻刀持ってるんだよな…。赤ちゃんだったら頑張ればその首、落とせるかもしれない。俺はその為におばあさんにこう聞いた。
「…これ、戸籍持ってますか?」
「多分ないわ。だって、道端に落ちてたんだもの。可哀想だし、貴方ほどではないけど曇ってない美しい目だったから拾ったの。実はね、今からこの子の目を取るつもりなんだけど…。」
思わず俺の口がつり上がる。
「そうですか。じゃあ目を取ったら俺にそれ、くれませんか?」
「全然いいわよ!さて、貴方のためにも早速取りかかるわね。」
おばあさんが声が出ないように赤ちゃんの口にタオルを押し込み、いつぞやの包丁で器用に目を取り始める。あまりの激痛からか赤ちゃんが目を覚まして泣こうとしたけど無駄だった。
赤ちゃんの弱い抵抗など空しく、目のあったところは空洞になった。おばあさんが満足げに取り出した目を眺めている。……次は俺の番だ。
彫刻刀にぐっと一気に力を込めて赤ちゃんの首をはらう。一瞬だった。いくら赤ちゃんとはいえ、思いの外呆気なかった。まだ猫の方が強かったかもしれない。転がった赤ちゃんの頭を俺は失望した目で見る。
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彫刻刀を俺が一生懸命、洗っている途中におばあさんが
「凪くん。赤ちゃんの後片付けは私がするわ。うふふ…。」
と大変ありがたいことを言ってくれた。愛おしそうに赤ちゃんの目を見ながら。
何とかきれいにした彫刻刀をランドセルに俺はしまい、赤ちゃんの片付けをおばあさんがしてくれるから、お礼だけ言って俺は家に帰った。
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それからまた一週間後。俺はまたおばあさんの家に来ていた。7歳なのに小学校には通ってないし、家でろくに食べ物を貰っていないから睡眠薬をいれたハンバーガーを食べて眠ってくれた男の子、飯井くんを引きずりながら。
「おばあさん。ここでこれを殺すつもりなんですけど、片付けてくれますか?」
「もちろんよ。この子は……あまりきれいな目じゃないわね。秘密のコレクションにはできないわ…。」
おばあさんが無理矢理、目を閉じている飯井くんのまぶたをこじ開けながら残念そうに言う。本当あの時、おばあさんに猫の目をあげといて良かった。これもまた俺へのお礼かどうかは分からないが、とにかくおばあさんは俺が殺したモノの良い処分係になってくれたから。
飯井くんはろくに食べ物を貰ってないお陰か、見た目だけなら3歳ぐらいの子に見える。体型は華奢をこえてガリガリだ。さすがに、赤ちゃんほど楽に首を切れないだろうが…いけるだろう。俺は何も持ってきてなかったので、おばあさんの台所にある…あの包丁を借りた。
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俺の目の前には、首と体が歪に離れている飯井くんが転がっている。俺が持っているおばあさんの包丁は当然のことながら血に濡れている。
「ねぇ、凪くん。前から私…思ってたのだけど貴方って生き物を殺すのが好きなのね。」
おばあさんが飯井くんを片付けながら俺に話しかけてきた。生き物を殺すのが好き…。決して間違ってはいないけど、ちょっと違う。俺は殺すのではなくて首を切るのが好きなんだ。そして、溢れる血から臭うあの臭いを嗅ぎたい……。だから俺は生き物の首を切るのだろう。
「……私、貴方の目が本当に好きよ。何回も言っているけど、とってもきれいだもの。ずっとずっと秘密のコレクションに加えたいと思いながらも我慢してきた。凪くん。そろそろいいと思わない?貴方にあれからずっと尽くしてきたんだもの。」
このおばあさんは馬鹿なのだろうか。
俺が手に包丁を持っていることを忘れたのか?
俺はすかさず、おばあさんに包丁を突き刺した。おばあさんが突き刺された衝撃で倒れる。俺はその上から何度も急所を刺した。おばあさんが動かなくなったので、俺はゆっくり時間をかけて首を切る。ポタポタ垂れる血から臭う臭いはやはり癖になる。独特の臭いを十分堪能したあと、俺はおばあさんがずっと秘密のコレクションに加えたかったという俺の目の片方をえぐっておばあさんの遺体の隣に優しく置いといた。
「俺に人間の首を切らせてくれてありがとう。俺の共犯者。」の気持ちを込めて。
作者りも
凪にとって人間とは、知恵があり力がある「大人」のことである。