『ソーセージ粉砕機』
お好きな方法でこの男を断罪しなさい。
俺の目の前に連れて来られたのは、かつてこっぴどく別れを告げた恋人だった。長い髪が印象的な、辛気臭い顔だがまあ美人と言えなくもない女。
女の傍らには、鋸やら鉈やら出刃包丁やら槍やらが雑多に詰め込まれたペンキの缶のような容器が置いてある。
缶は血だか錆びだかわからない赤い汚れに覆われ、刃物はひとつ残らず錆びていた。
過去の恋人は缶の中身を確かめて僅かに顔を赤らめると、先程「断罪しなさい」と言った相手にこそこそと耳打ちした。
よろしゅうございますよ。
彼女に手渡されたのは、十五センチ平方程の平面に隆起した棘がびっしりと付いたおろし金だった。全体が赤錆と汚れで真っ赤に染まり、軽く振り回すだけでざりざりと赤い粉が落ちる。
俺は恋人の恨みが思ったよりも深かったことを思い知った。
好奇心と悦びで顔を赤らめたまま、恋人は俺のズボンに手を掛けた。
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『食べない男』
立ち飲み屋で良く一緒になる男は、『食べない男』である。典型的な飲むと食べない酒飲み、ではなく、確かに食欲を感じて料理を注文するのだが、いざ目の前に来ると一口も食べられない。
「食べて良いですよ」
私の方に皿をよこしながら、純米酒の杯を傾けて男は寂し気に笑う。勿体ないので、手つかずの料理は私が片付けてしまう。
「何で食べないの?」
私は一度、聞いてみたことがある。大酒飲みの私としては、つまみの代金が浮くので大いに助かってはいるのだが。
「こんな話を知っていますか」
男は笑って、唇に付けたグラスをまた傾ける。
「死んだ人のお仏壇に、ご飯を備えるでしょう? 勿論、死んだ人はご飯を食べられません。ただ……」
男は言葉を切って、横目で私を見た。青白く澄んだ目だった。
「……湯気だけを、吸いこむんだそうです」
私は、口に入れた唐揚げが酷く冷たいことに気付いた。ごくん、と飲み下して考える。そう言えば、この男に譲ってもらう肴は何もかもが冷めきっている。
「お会計」
男は紙幣をカウンターに置くと、帽子を少し持ち上げて私に挨拶してから店を後にした。
「何だ。また、随分古いお札で支払って……」
店主がぶつくさ言うのを聞きながら、私は男が飲んでいた『はず』のグラスを見た。あれほど熱心に傾けていたはずのグラスの中身は、ほんの少しも減っていなかった。
まあ、余計な詮索はしないでおこう。
冷たくて固い唐揚げを噛みながら、私は考える。
金蔓ならぬ肴蔓だって、あれで結構貴重なんだから。
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『きしぼじん』
子供が嫌いである。更に言うなら、人生で子供好きだった瞬間が存在しない。もっと言うなら、意味がわからない。
奇声を発しながら所かまわず駆けまわり、少し強く言うと『ひぃーん』と耳障りな泣き声を上げる、一から十まで神経に触る小汚い生物。あいつらが私に触れようとするなら、私は決して自分の手は使わずに丸めた雑誌か蠅叩きで追い払うだろう。
そんな私だが、何の因果か子供服の売り場で働いている。自分でも意味がわからないが、例の小汚い猿未満生物の親御さんたちからの評判はすこぶる良い。
お姉さんがいるとうちの猿雄ちゃん、或いは猿子ちゃんがとっても大人しい。
頭の軽い母親連中か、或いは育児に協力する自分に酔いしれるお目出度い父親連中の言葉だ。
コツが居る。
猿雄ちゃん或いは猿子ちゃんを見かけたら、まずはにっこり笑顔で手を振る。手を振りながら、想像する。
この子供を殺して料理するなら、どうやってやるのが一番美味しいだろう。
柔らかそうな頬肉は、生きたまま鋭いペティ・ナイフで削ぎ落して、血の滴るところを炙ってレアで食べよう。両頬を削いでしまったら、抉れた頬から内側の小さな歯の並びを鑑賞できる。
鉈で頭を割る。まだ頭蓋骨が柔らかいから、きっとココナッツみたいに綺麗に割れるはずだ。ピンク色の脳味噌をたっぷりスプーンですくって、さっと湯がいて生醤油をほんの少し。
腕と足の無駄に脂肪の付いた肉も削ぎ落す。焚火で炙りながら、余分な脂を落とす。表面がカリカリしてきたら食べごろ。胡椒をたっぷり振って……おっと、肉を削いだ後の骨もきちんと焼いて食べなくては。何しろ肉は骨周辺にこびりついているのが一番味が濃いのだし、そうそう最後は背骨を煮込んで噛み砕いて、中の脊椎をちゅるちゅるっと……。
気が付くと、猿雄ちゃんないし猿子ちゃんは目を見開いて私を見つめている。半開きの締まりの無い口から涎が滴っていることもある。
「あら、どうしたの?」
私はますます笑顔になって、中腰で猿雄ちゃん(か、猿子ちゃん)に話しかける。子猿は、怯えた顔のまま何も言わずに後ずさる。
あらあら、猿雄ちゃんったら大人しくなっちゃって。よっぽど、お姉さんが気に入ったのねぇ。
頭の緩い母親が笑い出して、接客は成功する。
子供は感性が鋭いものだ。
いつか、この職場の先輩が言っていた。
愛想だけ口にしたって、何を考えているか見抜かれてしまうぞ。
ご心配なく。
私は今日も笑って、子供たちを何十、何百と餌食にする。
私が働くようになって以来、店先のザクロは毎年見事な深紅の実を付けている。
作者林檎亭紅玉