中編6
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刀のようなもの

19歳(学生)

「へぇ、キューゴーじゃん!」

のんびりとオークションサイトを眺めていた俺は驚きの声をあげた。

「また変な物見つけて…」

台所に立つ母親が、振り返りもせず呆れた声をあげる。

希少!九五式軍刀!

登録証付き!売り切ります!

画面の商品説明はそれだけであり、開始金額は千円。

期間も3日だけとなっていた。

「うーん…欲しいけどすぐに値上がりするからなぁ」

そう言ってる間に入札が数件入り、千円だった刀は一万円を越えた。

九五式軍刀とは、その名の通り軍用の刀だ。

いや、刀の様な物と言った方が正しい。

少なくとも日本の法律下では刀ではない。

現代日本での刀とは兵器ではなく美術品であり美術品だからこそ

一般の所持が許されている。

対して九五式は将校の腰の飾りでもなければ儀礼用の刀剣でもない。

戦争に使うだけの物、刀剣用の鋼を軍事工場で刀の形に形成しただけの物だ。

故に美術的な価値は無いとされている。

求められたものは折れず曲がらずだけの実用一点張りである。

その点だけなら美術刀剣なんぞを凌駕するのは間違いはない。

刀匠の作った刀では寒冷地において簡単に折損してしまうから

作られたのが九五式だからだ。

驚くなかれ先人は第二次世界大戦で刀を大真面目に戦争で使ったわけだな。

美術刀剣全盛の今の世では登録すらままならず

発見されたら切断か溶鉱炉行きが運命だ。

もっとも登録を受け持っている刀剣界の連中は軍刀を蛇蝎のごとく嫌っているので

絶対に登録など許さないだろうけどね。

たまに出回る九五式は拵えだけで刀身は模造刀だったり

無惨に切断された残欠だったり…

よって登録された九五式は希少であり、そんじょの美術刀剣より高額で取り引きされているのだから皮肉なものだ。

俺は元から見てくれだけの美術刀剣には興味は無く、質実剛健な九五式にだけ関心を持っていた。

当時の先端技術が作り出した中世の兵器と言うアンバランスな存在を手に取ってみたいと

常々思っていたんだ。

今回の出品は願ったりな物だったが先月物入りが重なった事が響いたし

やはりと言うか最終日までに40万円台となり

高校を出たばかりの俺は購入を諦めるしかなかった。

三月ほど過ぎた頃、ポケットに入れた携帯がメールの着信音を鳴らした。

オークションサイトから九五式軍刀の出品を知らせるメールだった。

出品者からは他に欲しい物があり至急売りたいと書かれていた。

こんな短期間で出てくるのは稀だったが今回も俺は金が無かった…

そもそもオークションなんて奴は何時出品されるか分かりゃしない

潤沢な資金がある奴が羨ましい…

「なんてこったよ…」

だが、それからも二ヶ月か三ヶ月ごとに出品は繰り返し続いた。

値段も徐々に下がって来ており俺にも無理とは言えない金額に下がっては来ていた。

「このガタナは試斬に使えますか?」

オークションの質問欄にこんな質問が入れられていた。

ガタナとは刀剣趣味の人間がナマクラな刀を軽んじて使う蔑称だ。

残念だが彼等の多くは軍刀を後世に残すべき物だとは思ってはいない

敗戦と言う負のイメージはあれど、工場生産の軍刀も日本刀の進化の形だろう。

敗戦を軍刀の責任だとでも言いたげな彼等の物言いには辟易するしかない。

彼等は刀匠が作った軍刀ですら試し斬りに用いて台無しにした挙げ句

自分の腕の無さを棚にあげ、軍刀の品質が悪いと吹聴したり

拵えを外して江戸時代の物に変えて偽り、値を上げて転売したり

日本刀ではやらない事を平気で出来る存在と思っている。

軍刀の敵は刀マニアと刀剣商って事だろう。

この質問者も試し斬りで消費してしまおうと考えているようだ。

「お前、俺のバイク欲しがってたよな?」

以前、友人が欲しいと言っていたバイクを半値で売り

俺はオークションを戦える資金をかき集めた。

だが、結果はガタナ扱いしている奴の手に落ちてしまった。

10万も出せば江戸期の無銘ならそこそこあるだろうに…

大金を払ってまで軍刀を消滅させようってか!?

俺は落札者のIDを睨んだ。

だが、それから半月もしない内に再び九五式は出品された。

出品者のIDは見覚えがある。

ガタナ扱いしていた前回の落札者だ。

前回落札された方ですよね?

試斬に使うと言われてましたが刃を痛めての出品ですか?

俺は質問欄に意地の悪い書き込みをした。

多分返信は無いだろうと思っていたのだが数分待たず返信が付いた。

試斬には使いませんでした。

刃は健全です。

よろしくお願いいたします。

「そりゃ、偽物を掴まされたってヤツだな」

ガタガタにされた物を買わされたらたまらない。

俺は刀に詳しい者が集まる匿名掲示板で相談してみると

そういう答が返ってきた。

つまり、登録証が偽物であり名義変更が出来ず

出品したのではないか?

と言うものだ。

登録が事実上不可能な九五式ならあり得る話だと思った。

「あぁ、それ知ってる何度も出品されてるのな」

まさかと思ったが、登録証の番号も刀に打刻された軍の個体番号も同じ物だと説明された。

どうやらネットオークションでババ抜きが繰り返されていた様だ。

こうなってしまっては残念だが購入は出来ない

トラブルを買う為に大金は叩けないからだ。

「俺が落札してやるよ」

暇をもて余した小金持ちだろうか?

掲示板住人の1人がトラブルを買って出た。

数日後

「キューゴー落札しますた」

と書き込みがあった。

「ソッコー送り付けて来てワロタ」

掲示板には梱包されたままの写真が貼られている。

発送票には送り主の名前すら書かれておらず

落札者が名義変更の為に名前を聞きたいと尋ねても

「変更届けに存じませんと書いて下さい」

とだけ言われたらしい…

じきに返信も無くなった様で間違い無く黒だろう。

落札したヤツは、これから登録証にある県の教育委員会に名義変更届けを出すと言っていた。

登録証ありで売りに出し、登録出来なければ詐欺だ。

なにより名義変更には期日があり購入から半月以上も過ぎて売り主が名義を変えていないなら銃刀法違反となる。

だから、登録証が不正だとは知らなかったは通じない。

登録されていない刀と知りながら出品したのなら悪質と警察に見なされるだろう。

法律違反者を捕まえろ!

掲示板は盛り上がりを見せた。

いくら実名を出さずともIDから捜査されるし

IDを削除しても同じ事だろう…

事の流れを見ながら俺は此処で相談した事を後悔した。

そうなってしまったら件の軍刀は警察に没収され

廃棄となるからだ…

たとえ登録が出来ない刀のような物であれ

生き残っていたなら、いつかは登録出来る世の中になるかも知れないのに…

法律違反は承知で俺は軍刀の行く末を案じた。

だが、話はそれだけになった。

名義変更をするとの書き込みを最後に彼から一切の連絡が無くなったのだ。

わざわざトラブルを買って出ることで掲示板を盛り上げ我が意を得た落札者が

ここに来て使った金を惜しむとは思えなかった。

だが、続報は待てど暮らせど無い。

そして半月もしない内に件の軍刀は素知らぬ顔で再び出品されていたのだった。

掲示板の閲覧者だろう数人が質問欄から事の次第を聞いてはいたが出品者は

代理出品であり精細は知らない

母親の友人からの依頼

としか答えられなかった。

そして再び数十万円で落札されて行き、数ヶ月もした頃に出品されていた。

何かが起きている。

俺は携帯の画面から鈍色に光る素延べの刀身を眺めながら思った。

登録証が偽造されている刀が転売され続けていると考えるのが普通なのだろう。

だが、違反者摘発に名乗りをあげた掲示板住人が何故その後プッツリと音信不通となったのか?

俺も何回かは、その時々の出品者に

何故それほど短期間で売るのか?

と尋ねたが、他に欲しい物が出来ただとか単なる金欠と答えるか

または返信してこないかであった。

何かがあることは間違いはない。

その謎は軍刀を購入したなら分かるのだろう。

そして、それを黙って売る事になるのだ。

現在、この軍刀はお気に入りからは外されている。

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