俺と友人のAは、大のつくほどの仲良しであった。
俺たちは同じ大学に通い、同じ学部に所属し、同じ講義を受けて日々を過ごしていた。
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俺たちの交友はもちろん、大学の中だけにとどまらなかった。
休暇が長いという大学生の特権を存分に生かして、夏には一緒に海に行ったり、冬には温泉旅行を楽しんだりした。
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そんな俺たちが仲良くなったきっかけは、アパートの部屋が隣だったことだ。
土産を持って挨拶にきたAとは、打ち解けるまでに時間はかからなかった。お互いはじめてのひとり暮らしということがわかると、つい話し込んでしまったのだった。
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彼の第一印象はとても気さくで、おそらく友人も多いのだろうと思えた。
そんな彼に対して、俺は口下手で人付き合いが苦手だったが、Aは俺との会話を楽しいものにするために、軽い冗談を言ってよく笑わせてくれた。
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それからは、どちらかの部屋で鍋を囲んだり、新作のゲームで一晩中盛り上がったりと、一緒に過ごす時間が増えた。
講義が終わると、たいていはどちらかの部屋で遊んでいた。
Aは俺の他にも友人は多かったが、それでも、俺と過ごす時間は彼の友人の誰よりも多かった。
俺はそれが少しだけ、誇らしいように感じていた。
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しかし、ここ最近、Aとの交流が少なくなってきた気がした。
Aはこれまでと変わらず大学に通っていたし、講義や食堂では今までと変わらず話をしたりした。
俺がAと疎遠に感じた理由は、どちらかの部屋で過ごすことがめっきりなくなったからだった。
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講義が終わると、Aはほとんどの時間を自分の部屋で過ごした。俺がAの部屋に行ってもいいか尋ねても、やんわりと断られるのだった。
もしかしたら、彼女でもできたのだろうか。それならば、どうして俺に教えてくれないのだろう。
口下手な俺はどう訊いたらいいかわからなかった。
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俺はA以外に友人はいないため、大学から帰ると仕方なく自分の部屋で暇を潰していた。
Aとの時間が減った途端に、大学生活がつまらないものになった。
Aは隣の部屋にいるのにもかかわらず、俺は耐えがたい孤独を感じていた。
俺たちの間にある部屋の壁が、薄いはずなのにとてつもなく分厚く感じた。
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それからの日々は、どうにかして彼との関係を修復できないかを考えた。
別に仲違いしたわけではなかったが、今の俺たちの関係は、あるべきものがあるべき場所にないような違和感があった。
俺はその違和感を、できるだけ早く拭いたかった。
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そして、俺はある作戦を思いついた。
それはAとの関係を修復する荒治療のような作戦だった。
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きっかけは、壁にあいていた小さな穴であった。
ある日の夜、風呂上がりの俺は偶然にも部屋の壁に小さな穴があいているのを見つけた。
意識しなければわからないほどの小さなものであったが、一度見つけてしまえば、確実に穴があいていると思えるくらいの大きさではあった。
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この壁の中に、シロアリでもいるのだろうか。虫嫌いの俺はぞっとしたが、そんな俺の気持ちとは別に、ふとアイデアが浮かんだ。
俺は、いつかネットで読んだことのあった、ある怪談話を思い出した。
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アパートの隣人による騒音に悩まされていた主人公が、その隣人に直接苦情を言ったところ、隣人もまた騒音に悩まされていることがわかった。
つまり、その騒音は、2人の部屋の壁の中から発せられていたということになる。
その壁の中には、果たして何がいるのだろうか。
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その話は、奇妙な後味を残して終わっていた。
俺はその話を再現しようと試みたのだった。
俺が虫嫌いなら、Aはホラー系がまったくダメだった。
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いつも俺を楽しませてくれたAに、少しでも楽しい気持ちになってもらいたいと思い、ネタバラシはLINEですぐにすることにした。
風呂上がりの俺はそれを思いつくと、いてもたってもいられなくなり、パンツだけ履いてAの部屋に向く壁の前に立った。
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そこでふと、もうひとつ、怪談話を思い出した。
こちらは有名かもしれない、赤い目の話である。
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その話の主人公は、壁にあいた穴から、隣の部屋が赤い部屋であることを確認した。何度覗いてみても、それはやはり赤い部屋であった。
しかし後日、大家さんに赤い部屋のことを聞いてみると、大家さんの答えは、隣には赤い目をした人が住んでいる、ということだった。
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つまり、主人公が見たのは、赤い部屋ではなく、こちらを覗いている赤い目であった。
そして、その部屋の主は、いつも自分の部屋を覗いていたということになる…
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俺はその話を思い出して、背筋を撫でられるような寒気を覚えるとともに(俺もまた、ホラー系はあまり得意ではなかったのだ)、もしかしたらこの穴からも、誰かが覗いているのではないかと疑った。
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しかし、それはありえなかった。
なぜなら、その穴は目の前の壁ではなく、俺の右側にあった。
右側の壁は、窓のついている、外向きの壁だ。
俺の部屋は2階だったし、そこから人が覗くなんてのは不可能なのだ。
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俺は気を取り直して、これから決行する作戦の段取りを復習した。
といっても、俺がするのは、Aの部屋に向いた壁を、だんだんと強く、何度も叩くだけだった。
そして、俺はそれを実行した。
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はじめは手のひらで軽くタップするようにした。少し間を置いて、次はトイレのドアをノックするように拳を丸めて、結構な力を込めて叩いてみた。
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俺は壁の向こうでAがどんな顔をしているか想像した。怖くなったAの方から自分にLINEをしてくれることを、ひそかに期待していた。
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しかし、壁の向こうも、自分のスマホも、張り詰めたように静かだった。
あまり怖がらせてしまうと逆効果なので、そろそろ次の段階に移ろうか。
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俺は叩くのをやめて、LINEでAに送る文面を頭の中で反芻した。
そのとき。
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shake
「うるせーぞ‼︎」
隣の部屋から、おそらくはAの声であろう、怒鳴り声が聞こえた。
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俺は血の気が引くのがわかった。
やってしまった。
俺は作戦を破棄して、一刻も早くAに謝らなければならないと思った。
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しかし、ここでやめてしまえば、俺はただ壁を叩いただけの迷惑な奴になってしまう。
そうなれば、俺とAの関係は崩壊する一方だろう。
それは嫌だ。
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そこで俺は、強引に作戦を続行する決意をした。
半ば震える指で、AにLINEを送る。
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俺 : なんか、Aの部屋からラップ音みたいなのがしたんだけど…
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返信はすぐにきた。
A : 俺も、聞こえたよ。○○(俺の名前)が叩いたんじゃないよね?
俺は作戦のために、まだ嘘をつき通すことにした。
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俺 : 俺がするわけないだろ。むしろ、俺はAがしたんじゃないかと思ってLINEしたんだ。
最近、一緒に部屋で遊んだりしなくなったじゃん。Aに何か悩みでもあるのかって心配だったんだ。
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毒を喰えば皿まで舐める気持ちで、俺は開き直って嘘をついた。しかし、Aを心配しているというのは、決して嘘なんかではなかった。
事実、さっきの怒鳴り声は、いつものAからは考えられないような声だったのだ。
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A : いや、悩みがあるわけじゃないよ。心配してくれてありがとう。
それよりも、今はラップ音の正体について明かすのが先だ。さっきのは本当に、○○がやったんじゃないの?
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その文面に、俺はさっきまでの不安を忘れ、だんだん普段のAに戻ってきたように思えて、楽しい気持ちで満たされていった。
やはり、Aと共有する時間は、楽しかった。
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そして、Aが怖がり始めたのが、まるで直接見ているようにその文面から伝わってきた。
俺は自分の作戦がうまくいっていると思った。
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俺 : 冗談やめてくれよ。Aが怖がりなのを知ってるのに、そんなことするわけないだろ。
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もうそろそろ、いいだろうか。
俺はいよいよネタバラシしようと、わくわくしながら文章を打ち込んでいた。
その前に、Aからの返信がきた。
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A : 俺も実は、○○のことが心配だったんだ。だって、いつもの○○じゃ、あんな怒鳴り声考えられないからさ
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え?
俺は画面に浮かんだ文章に、思わず息を呑んだ。
それまで打っていた文章を消去し、急いで打ち直す。
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俺 : いや、俺はてっきりAの怒鳴り声だと思ってたんだが。
A : いや、俺が極度の怖がりだって知ってるだろ?俺は怒鳴るどころか、ぶるぶる震えてただけだよ
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だとしたら、あの怒鳴り声は誰のものなのか。考えられるのは…
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俺は目の前の壁を一瞥して、思わず後退った。
俺の体が震え始めたのは、決して風呂上がりにパンツ一丁で長居したからではなかった。
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A : 怖すぎるから、そっちの部屋行っていい?
AからのLINEに、俺は涙の出そうな思いで承諾した。
俺はせめて服を着ようと、急いでクローゼットの棚を漁った。
久しぶりに部屋でAと会うのに、ほぼ全裸で涙目で震えてるなんて、情けないこと甚だしいじゃないか。
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しかし、そんなことを思えるくらいには、俺は少し落ち着くことができた。それもすべてAの存在のおかげだった。
途端に、Aに対して申し訳ない気持ちが募った。
俺は誠心誠意、彼に謝らなければいけないと思った。
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やがてAは俺の部屋にやってきた。
俺は事情を説明して、何度も謝った。そして、Aが遊んでくれなくなったことが寂しかったのだと、正直な気持ちを伝えた。
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「なんだ、そんなことしなくても、言ってくれればよかったのに」
Aは笑って俺を許してくれた。
そして久しぶりに、たわいのない話をした。
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と言いたいのだが、俺たちには解決しなければならない課題があった。
俺はなんとか声が震えないように、腹に力を込めて、きいてみた。
「それで、さっきの怒鳴り声は…」
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「ああ、それは俺」
そう言ってにかっと笑うAを見て、俺は危うくその場に崩れそうになった。
それまでの緊張が一気に解けたためであった。
「なんだ、よかった〜」
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俺はAに騙されたことも忘れて、ただ安堵した。
Aは、さっきの俺がしたように詫びると、堪えきれないように吹き出した。
「でも、俺の作戦を一瞬で理解して、そのうえ仕返しまでできるなんてすごいな」
「○○のことなんて、すべてお見通しだよ」
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それから俺たちは、ようやくたわいのない話で盛り上がることができた。
俺は前から気になっていた、Aに彼女ができたのかきいてみると、Aは「そんなものいらない」と言って笑った。
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俺たちはまるで初めて会った日のように話し込んでしまい、気づけば夜は明け、窓からは朝日が俺たちを覗いていた。
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「じゃあ、俺そろそろ帰るわ」
「おう、今日はありがとな」
「もう壁叩かないでね。握り拳で叩いたりしたら、壁に穴があいちゃうよ」
「すまん、もう絶対にしない。だからAも、もう怒鳴ったりしないでくれよ」
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そう言ってまた、俺たちは笑った。
帰り際、Aは何か呟いていた気がしたが、俺は気に留めなかった。
それよりも俺は、とりあえずの作戦の成功に安堵していたのだった。そして、Aと大学以外で話せたことを喜んだ。
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Aが部屋から出ると、途端に気が抜けて、俺は睡魔が襲ってくるのがわかった。
俺はベッドに横になった。
今日の講義は午後からでよかった。
そんなことを考えつつ、俺は大学でまたAと会うのを楽しみに思った。
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そこでふと、自分がとんでもない服を着ていることに気づいて、そういえばAが来るからって、無茶苦茶に棚から引っ張り出したことを思い出した。
はじめから服を着ていたら、きっとこんなダサい格好でAに会うことはなかっただろう。
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でも、まあいいか。
ベッドの上でうとうとしながら、俺はさっきまでのAとの時間を思い出していた。
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しばらくして、俺はさっきまでのAとのやりとりの中で、おかしなところがあることに気がついた。
もしかしたら、その時すでに気づいていたのかもしれなかったが、Aへの申し訳なさと、久しぶりに楽しく話したいという気持ちが、俺に疑うことをさせなかったのかもしれなかった。
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どうしてAは、俺が壁を叩いている時の手の形がわかったのだろうか。
彼ははっきりと、俺が握り拳で壁を叩いたことを注意した。壁を叩くなという忠告ならまだしも、手の形まで指摘するのは、まるでその場で見ていたようではないか。
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さっきまでの眠気はどこへいったのか、俺の目はとっくに冴えていた。
俺は咄嗟に、壁の穴の方を振り返った。
そうしたのも、これまでばらばらだった何かがひとつに繋がったような気がしたからであった。
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俺は大切な友人であるAを疑いたくはなかった。しかし、俺の思考は俺のそんな考えとは別に働いていた。
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Aはある時から俺の部屋に来なくなった。彼は講義が終わると、自分の部屋で過ごすようになった。
俺は、Aの他に友人がいないため、仕方なく自分の部屋で暇をつぶしていた。
そして、俺は壁にあいている不自然な穴を見つけた。
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ここから考えられるのは、Aは自分の部屋で、ずっと俺のことを見ていたのではないか?
もしそうだとしたら、彼は俺とただ一緒にいるよりも、もっと濃密な方法で、俺と一緒にいたことになる。
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待てよ。
じゃあ穴が二階の外向きの壁にあいているという問題はどうなる?
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…いや、別に、直接穴から覗く必要はないのだ。
彼はおそらく、壁の中に仕込んだカメラで、俺のことを見ていたのだ。
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まだそうと決まったわけではない。すべては俺の勘違いかもしれない。
しかし、俺には自分の考えがどうしてもぬぐいきれない理由があった。
彼は、無類のヌード好きだった。
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男子が下ネタで盛り上がるのはもはやこの世の真理のように思われるが、俺たちもそれに漏れず写真集や動画を片手に猥談に走ることも少なくなかった。
そして、彼は行為そのものではなく、人の裸について話すことがほとんどだった。
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それも、女性ではなく、男性の裸に関心があるようだった。直接的に言うことはなくても、会話の節々にそう感じられるものがあった。
性癖なんて人それぞれだと思うから、これまでは別段気にしていたことではなかったが、今回はそうはいかなかった。
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もし。本当に壁の中にカメラがあるならば、俺の裸も、当然見られていたことになる。
俺はよく、風呂上がりに裸でぶらぶらする習慣があったから、なおさらだった。
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俺はぶるっと身震いした。まだ風邪でもひいていた方がましだと思った。
赤い目の話に感じた、背筋を撫でられるような寒気が蘇ったのであった。
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俺はもう、自分の確信を覆ることのないものとして、彼とのこれまでを振り返った。
思い返せば、長期休暇の俺たちの旅行先は、すべてAが決めていた。
その行き先は、海に温泉…。どちらも、服を脱ぐ場所だ。
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そういえば、彼はさっき、彼女はいらないと言っていた。それも、俺がいるからなのだろう。
俺の作戦を利用して彼が俺にドッキリを仕掛けたのも、俺の様子を見ていたのなら、当然できることだ。
俺がパンツ一丁で壁を叩いていたことなんて、彼にはすべてお見通しだったのだ。
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…そして。
俺はさっき帰り際に彼が呟いた言葉を、突然に理解して、雷に打たれたようなショックをうけた。
彼は、こう言っていたのだった。
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「服着てて残念」
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とりあえず、俺は壁の穴を覆うように、グラビアのポスターを貼った。
思えばそのポスターも、彼が俺の部屋に来た時に、趣味が悪いと言って剥がすよう勧められたものだった。
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それもすべて、彼の作戦だったのだろう。
俺はポスターの、たしかにあまり可愛くない女の子を見つめながら、いろいろと思いを巡らしていた。
この壁の中には、おそらくカメラが仕込まれている。
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俺はまだ、得体の知れない人間が壁の中に住んでいたほうが、よっぽどマシだと思ってしまった。
Aと大学も学部も、受けている講義も同じことに対して、今では恐怖以外の何の感情も浮かばなくなっていた。
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明日にでも、業者に頼んで壁を壊してもらおうか。そもそも、彼はいつのまに、どのようにしてカメラを仕込んだのだろうか。
俺はまた、いいようのない寒気に身震いした。
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いや、いっそ引っ越してしまおう。
いくらカメラがあろうが、俺の思考までは彼にばれていないだろう。なんとか彼に知られずに、引越しできないだろうか。
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…彼の部屋が隣である以上、知られずにというのは無理か。
そして、もし引っ越すにしても、彼がついてこれないような場所に引越さなければならない。
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彼のついてこれないところとなると、曰く付きの物件か?彼は怖がりだから、幽霊がでるような部屋には住めないだろう。
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…もっとも、そんなところには俺自身が住みたくなかった。
いや、そもそも、彼の怖がりというのも、きっと嘘だろう。
そういえば、俺とホラー映画を観たとき、怖がりという理由で、ずっと俺にくっついていたっけ。
そのときの彼の体は、今の俺のようには、全然震えていなかったのだ。
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俺は八方塞がりに感じられ、部屋の中央で思わず頭を抱えた。
俺はもう、何も考えたくなかった。
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俺の部屋には静寂がこだました。
隣の部屋からは、何も聞こえてこなかった。
俺はゆっくりと、目を閉じた。
いっそのこと眠ってしまえればよかったが、俺は自分の聴覚をくすぐるわずかな物音に、どうしても耳を傾けないわけにはいかなかった。
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静かな部屋の中で、ジー、という機械音が、まるで壁を這うように、そこらじゅうから聞こえていることに、俺ははじめて気づいた。
作者こわこわ
今週は2つ、話を拵えました。
どちらも短編のつもりだったのですが…