夕方。買い物からの帰り道のこと。
いつもの大通りを歩いていると、反対側の歩道から声がした。
『私は間違えないのです!間違うことなんてありません!私はいつだって正しいのです!』
拡声器を使って話している背の高い成人男性。話しながらずっと同じ場所をうろうろ行進している。
結構広い道路の反対側まで聞こえるので、相当うるさい。
また、「私は間違わない」というようなことを延々と喋っているので、周りの人たちは関わり合いになるのは御免だとばかりに避けて行く。
他には野次馬とおぼしき人がちらほら遠巻きに眺めているだけだ。
参ったな、あそこを通らなくちゃ家に帰れない。
反対側に渡るか迷っている間にも彼は
『私が間違うことなんてあり得ないのです!安心してください、皆さんが間違っても私だけは正しいのですから!』
と、意味不明なことを叫んでいる。
拡声器はかなりの安物らしく、時折ノイズが入り、音質も良くない。
だが、地声が大きいのだろうか、選挙カー並みの大きさで話しているものだからたまったものではない。
今さらはっきり言わなくてもわかるだろうが、はっきり言って迷惑極まりない。
喋っていることがことなので、ずっと聞いているとこっちまで気が狂いそうになってくる。
ため息をついて遠回りになるが別のルートを通って帰ろうかと思いつつ方向転換すると、パトカーが近くに停まり、警官が三人ほど出てきた。
野次馬か近隣住民の誰かが通報したのだろう。
何はともあれ、ひとまず助かった。
男と警官は少し話し合ったかと思うと、男が警官に掴みかかり、揉み合いに発展した。
「何故です!?
私はいつだって正しいのですよ?
そんな私に何をするんですか!やめてください!」
揉み合っている最中も男はそんなことを言っていたように思う。
拡声器は地面に落ちてしまっていたが、十分こちらまで聞こえる大きな声だった。
警官はそんな男をどうにかこうにかなだめてパトカーの中に押し込んだらしい。
男の声は聞こえなくなり、パトカーの走り去る音だけが後に残った。
ことの顛末を見ていた人たちは皆安堵の表情を浮かべ、嵐が過ぎ去ったかのような感覚が広がった。
自分もようやく帰れる、と思い、さっきまで通れなかった反対側の歩道にわたり、家への道を急ぐ。
先ほど、男が警官ともみ合っていた場所を通ると、男が使っていた拡声器が落ちていた。
近くで見ると、ひどく古く、また予想していたよりも安物感があった。
きっと回収し忘れてしまったんだろうな、と思ったが、拾うのもなんとなく嫌だから通りすぎようとすると。
『…ザー…ワタシハ…ガガ…マ…チガエナイ…
マチガエル…コト…ジジ…ナンテ…ガー…ナイノ…デス…』
拡声器から音がした。
叫んでいた男性とは違う声。
『ワ…タシ…マチ……ナイ
マチガ…ナイ』
先ほどよりもノイズがひどい。
それに、見た感じ録音機能なんてものはついていない。
勿論だが、拡声器に向かって話す人なんていない。
…拡声器からひとりでに声が出ているのだ。
背筋がヒヤリとした。
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『ワタ…シ……タダ…ザー…シイ…
タダシイ…ガガ…マチガ…ジジ…エナイ
タダシイ…ザ…マチガエナイ…ガ…タダシイ…マチガエナイ…タダシイマチガエナイタダシイマチガエナイマチガエナイマチガエナイマチガエナイマチガエナイマチガエナイマチガエナイマチガエナイマチガエナイマチガエナイマチガエナイマチガエナイ…』
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慌てて家に逃げ帰ったのは言うまでもない。
だが、今でも時折私の耳にはノイズ混じりの音が聞こえるのだ。
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『…ザー…マ チ ガ エ ナ イ 』
作者退会会員
こんにちは、こんばんは。にゃんころべえでございます。
怖いというより奇妙な感じで書いてみました。
一応フィクションではあります。