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中編4
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浮遊していたもの

大学生の頃に体験した話です。

十年位前のちょうど今頃…私はクラスメイトの友人二人と、水族館に遊びに行っていました。

私は海の生物を観察するのが好きだったのですが、地元は海から離れた場所にあり、一番近い海岸も遊泳禁止の場所が多く、近くで海を感じられる場所が、水族館しか無かったのです。

その日は土曜日とあって来場客も多く、人込みをかき分けながら、あの魚の柄が面白い、あのフグ小さくてかわいい、と…あれこれ楽しく話しながら、館内を歩いていました。

そうして、海の水槽、川の水槽、と順に進み、いつもならそのまま出口に向かい、お土産コーナーを見て、外の軽食喫茶でご飯を食べて過ごすのですが、その日はなぜか、友人の一人が「アレ、久々に見てみようよ」と提案をしたのです。

それは、メインの水槽から外れた所にある、クラゲの展示室でした。

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正直、海の生物が好きと言っても、クラゲにはさほど興味が沸かず…水族館に行っても、その展示だけはいつもスルーしていました。

ただ、糸が沢山付いた風船のようなものが、水中に浮いているだけ…魚達が見せる面白い動作も表情も無く、とても地味に感じていたのです。

それに、都心部の水族館にあるような、個性的なクラゲがいるでもなく…そこだけが、館の中でも、特別人気の無いエリアでした。

だけど、友人はその日何を思ったのか、入ってみようと誘ってきました。

断る理由も無く、まあ、チラッと見るだけだろう…そう思った私と、もう一人の友人は快諾。トイレ休憩をした後、出口に繋がる道を右に曲がり、展示室に向かいました。

…案の定、人は殆どおらず、私達だけ。

長方形にくりぬかれた入り口をくぐると、ドーム型の薄暗い空間が広がり…そこに、グルリと囲む水槽と、水槽を埋め尽くさんばかりのミズクラゲが浮遊していました。

ただただ、大して珍しくも無い、半透明の物体がひしめき合う…それだけの光景。

なんだやっぱり…

そう心の中で思いながらも、どうにかこの雰囲気を乗り切る方法を考えた結果…ふと頭に浮かんだのは、「クラゲの胃袋の数を調べる」という事でした。

クラゲの傘の中心にある、水玉のような丸い部分がそうだ、と知っていた私は、二人にもそれを教え、観察を始めました。

するとこれが意外と面白く…五つあるものや、六つあるもの、三つだけ…と、なるほど一個一個違いがある。

「見てこれ、六個あるよ!」

「凄い!大食い~」

「あ!五個発見!」

自分達だけしか居ないのを良い事に、あっちこっちと行き来しながら、浮遊するクラゲを追いかけ…気づけば夢中で、「クラゲの胃の観察」にハマっていました。

そして、どれくらい時間が経ったのか…

私はふと、目線の端に何かがチカチカと光るのを感じました。

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それは、自分の立っている水槽の右端当たり…ちょうど目線と同じ位置に、クラゲと一緒に、反射しているのが見えたのです。

ただの照明の反射だと最初は思ったのですが、ライトは緑や青で、光る何かは、白か銀色…

気になって反射する物に目を向け、水槽ギリギリに顔を近づけて見てみると、どうやらそれはクラゲの胃袋の中にあるらしく、そのクラゲはまさに、他の個体に押されて奥へと引っ込む所で…

「あ、待って…」

焦った私は、そう言いながら、目を思い切り凝らしました。

すると、まるで私の念を感じ取ったかのように…一旦は周囲に押されて隠れかけていたそのクラゲが、奇跡的に、私の前に姿を見せたのです。

胃袋の中にあったのは、見覚えのある指輪でした。

「ギャーッ!!!」

次の瞬間、真後ろで友達の悲鳴が響き、間も無くバタバタと走る音が聞こえ…水族館の制服を羽織った職員の人が、「どうしました!?」と、駆け寄ってきました。

ですが私達は、黙って水槽に指をさす事しか、出来ませんでした。

友人の目の前を浮遊するクラゲの胃袋には、誰かの「指」が収まっていました。

それは、つい一か月前の雨の降る夜。

恋人と車で出かけたまま消息を絶った、ある男性のもの。

失踪届が出された事は、親づてに聞いていたのですが…

次第に騒がしくなる展示室の中、私は…胃袋の中で揺れる指輪を、ただただ眺めていました。涙も流さずに。

「お前、ここで降りて?悪ぃけど俺、これから新しい女と会うんだわ」

海岸に向かう途中の山道で、茫然と、雨の中をびしょ濡れで立ち尽くす私の姿を、

「ひと昔前のドラマのヒロイン気取りかよ、うぜぇ」

そうケラケラと笑い、去っていく光景を何度も思い出しながら。

「こんなところで会うなんてね…」

何故なら私は…その「恋人」だったのですから。

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一週間後、腐敗した体のパーツが、遊泳禁止の海岸から発見されました。

雨で道が滑りやすく、かつ見通しの悪い中…勢い良くアクセルを踏んでいた為に起きた、単独事故だったそうです。

車は、目の前の断崖にも、断崖注意の看板にも気づかず…あっと言う間に海に落ちて、そのまま波に流され、防波堤に打ち付けられた…そう、警察から聞かされました。

そして、あのクラゲ。

私達が見ていたあのクラゲの中には、つい最近、その海岸付近で捕獲したものが入っていたそうです。

海水ごとバキュームのようなもので吸い込む為、一個体ずつ調べる事が難しく…友人が悲鳴を上げるまで、気づかなかったといいます。

当然ではありますが、指輪と指を飲み込んだ個体は取り上げ、そのまま証拠として警察に提出したそうです…なんとも、不思議な感じではありますが。

クラゲを介した、何とも後味の悪い再会…

最初で最後の、私が体験した出来事でした。

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