長編11
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あるチャットの風景

「んじゃ、カンパーイ!」

これは、緊急事態宣言下で行われた、大学の同窓会。

本当は居酒屋で行うはずが、コロナ禍で出来なくなったため、急遽リモートにしたのだ。

僕が、大学時代の仲間に会うのは実に十五年ぶりだった。

他の皆が、SNSなどを通して繋がりを続け、一、二年の間隔で交流していたのに対し…卒業と同時に殆ど疎遠にしていた僕は、姿を見せるなり驚かれてしまった。

「コージ!?超久しぶりなんだけど!」

「ほんと!…しかも、なんかカッコよくなってない!?」

昔に戻る、っていうのは、まあ悪くない。若返った気分で、暫し話に花を咲かせた。

「あんたのとこ、娘いくつだっけ?」

「もう小学校五年生だよ~」

「うっそまじ!私まだいないのよ~アキっちは?」

「俺んとこは、この間三人目産まれたんだ」

「ええ~まじか。コージは?ねぇコージって今どうしてるの?」

「俺は…えっと…まあ、それなりに」

「なんだよ、それなりにって(笑)まあでも、こうして見ると、年食ったよなぁ俺達」

上三段に女子、下二段に男子という割り振りで画面が分かれていた。が…一人足りない。

そう、あの子だ。

「…ねぇ、フーコは?」

「ああ、居ないね」

「誰も呼ばなかったの?」

「あ、私ね、友達伝いに連絡入れたんだけど…予定があって無理っぼいって」

「…は?あいつ、マジでそんな事言ったワケ?」

「まあ、いーじゃん、でもあいつ来てくれたら面白かったかも~」

「だよねぇ(笑)」

突然、あの空気に引き戻された。モヤッとした、あの感覚…

僕達は元々、六人グループだった。正確に言えば、同じゼミのメンバー。フーコと呼ばれている女子は本名を若松潤といって、仲間内の中では、大人しく、ちょっと天然な子だった。

ゼミの課題や何かに取りかかっている時、いつも「ふうぅ~」と、面白い音程でため息をつくから、いつしかフーコと呼ばれるようになった。

最初は、それが可愛くて面白いと言われていた。…最初は。

「あの子さ、突然おしゃれ意識したりして、ちょっとあれだったよね」

「そうそ、痛い感じのね(笑)メイクもさ、垢抜けて無いし。そもそもダサかったよね」

「声も変な感じだし、論文評価されてたけど~」

「て言うかさ、バカなんだよ、バカでダサいのに、うちらと一緒のレベルになろうとするから、マジイラついたわ」

モヤモヤがどんどん大きくなる。隣の画面で、アキヒコが困惑交じりの笑顔を見せていたけど、僕はそこまで器用じゃなかった。

「あいつ来てくれたら、超面白かったかも」

「相変わらずのKYかましてくれたらね~」

「なんで来れないの?…もしかしてさ、合わす顔が無いくらい、見た目劣化してるとか?」

「有り得る~!ねえ、来れない理由連想ゲームしよ。秀逸な答え言えたら、皆の奢りで何か貰う!」

「いいね~、アキっちもやるよね!フーコの事ドジって弄ってたし、やらなきゃだよ!」

「あ…ああ、うん…そうだな、デートとか?」

「デート~?あ、セフレとデートね(笑)」

「セフレ(笑)フーコの相手したい奴なんかいるの?まあ、未だに処女かもね!」

「はいっ!はいはいっ!ふぅう~、あのぉ~、ワードってなんですかあ?」

「ブハハハハッ!似てる~!!それあるわ!」

「レポート原稿用紙で書いててさ、何アピール?って思ってたけど、デジタル音痴って事?」

「らしいよ!私、テニサーの男子から聞いたんだけど…あ、テニサーの皆も呼ぼうよ!」

「いいね!テニサーの方が、フーコのネタ超持ってると思うよ!」

「ネタ(笑)腹痛い、こんな歳になっても、未だにネタ扱いしかされないって(笑)」

「それな!(笑)コージもアキっちも、いいよね?ねっ、お~い?…どした?」

モヤモヤは、既に体の中一杯に充満していた。

「コージ、おい…コージ…」

「…ってか、え?何?大丈夫?」

「顔怖いって…何そんな怒ってんの??」

「…ふざけんな、さっきからフーコがどうとか好き勝手…胸糞悪い!切るわ!」

「ちょ、コージまっ────」

ポロン、という音と共に、画面がデスクトップに切り替わる。

「あー、もう…何やってんだ…」

家飲みだから気楽だし、さすがに顔出さないのは失礼だし…なんて、変に気を遣っていた自分のバカさが情けなかった。

昔だったら、どうにかしてこの空気をやり過ごそうなんて、クソ真面目に考えてしまっていたけど…もうさすがに、自分に嘘はつけなかった。

いつの間にか、誰からともなくフーコを弄り出すようになった。

彼女が大人しく、反論せずニコニコ笑っているのをいい事に、陰キャ、ダサい、と次々付け加えて笑う。

友達同士のコミュニケーションだと信じて疑わない。ちょっとした愛情表現────

耐えられず、僕はフーコを説得し、一緒にサークルを辞めた。

けど結局、周りのフーコに対する態度は、卒業の直前まで変わらなかった。

論文が学内で優秀な評価を貰った事実も、「コピペっしょ?」「教授に枕営業したんじゃね?」とネタにされっぱなしだった。

次々と記憶が甦って、気分が悪くなる。皆相応に年を取って、成長して家庭を持って、大人同士の楽しい会話が弾むと思っていたのに…

違う、そう信じすぎて、期待を裏切られたって思ってるだけ…

「はぁ…」

飲み直す気分も無くなったし、寝るには早すぎる。

そうグルグル考えていると…目の前でアラーム音が鳴った。

「『ケイタ・サガワ』があなたをチャットに招待しています」

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「…佐川?」

「よー!久しぶり!元気にしてる?」

佐川はテニサーのメンバーで、副部長だった男だ。彼も、一時期周りと一緒にフーコを弄っていた。恐らく、さっき呼ばれたのだろう。

「…まあ、なんとか…で、何?」

「ほら、さっきチャット中にキレたって、アキヒコから聞いてさ…フーコの事だろ?」

皆から僕を説得するように言われた…そんな口ぶりだった。

参加はしたくない。が…あの空気の中、アキヒコを取り残して自分だけ退室した罪悪感が、心の中をかすめた。

「…そう、いや…アキヒコを置き去りにしたのは悪かったと思ってるけど…さすがに…」

「あー、まあ…酒も入ってるしさ~!アキヒコは気にしてないって言ってるけど…それはそうと…ちょっとヤバい事になってんぞ?」

「…あいつら怒ってるのか?」

「んーまあ…でも…とにかく見てみ」

「…いや…」

「もう、フーコの話題は出てないよ、ちょっと待って…」

そう言って、佐川は画面の奥にあるPCを持ってきて、カメラに映した。

そこには、さっきまで参加していたグループチャットの画面が映っていて…アキヒコは右下の画面の中で、相変わらず苦笑いを浮かべている。

が…苦笑いを浮かべているのは彼だけではなかった。…サキコを除いて。

「最低!人の悪口言っちゃいけないんだよ!?学校の先生言ってたもん!!」

サキコの背後で、子供の声が響く。さっき言っていた、小学五年生の娘のようだった。

「わかったわよ…もう、部屋戻りなって」

「わかってない!お母さん悪口言ってた!謝って!」

「もう、うるさい!部屋に行っててよ~、ごめんねみんな(笑)」

娘の怒りを、サキコは笑いながらあしらう。その光景に、皆戸惑いながらも付き合っている感じだった。

「あはっ…大丈夫だよ、娘ちゃん激しいね…」

「佐川、これって…」

「自宅だから、ガッツリ聞かれてたみたいだね~…コージがチャット抜けてすぐだよ、さっきから、この繰り返し」

PC越しにPCを見ている為、はっきりとは見えないが…ロングヘアーの女の子が、サキコの後ろでずっと怒っていた。

「娘ちゃん落ち着いて~!なんかやっぱ、熱いねぇ~子供は…」

「そうなのよ、誰に似たのか…バカ真面目でね~」

「…バカって何!?なんでお母さんそんなこと言うの…最低…」

「ああ、ごめんミユ!ね、あの…大人の付き合いなの、そういう事なの」

「そうだよ~?ね、大人の世界だから…忖度、って、ね…」

「信じらんない……お母さん…大っ嫌い!!」

「ちょっともうやめてって…耳痛いから~」

「嫌い嫌い嫌い!!大っ嫌い!!大っきら────」

「うるさい!!!いい加減にしろよ!!!」

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サキコの絶叫が、けたたましく響いた。周囲の声は途切れ、一瞬の静寂が走る。

「……お母さん…ごめんなさい…」

「さっきから私の後ろでグチグチグチグチ…父親そっくりって言われてぇのかよ!!」

「…サキコ…ちょっと…」

「子供だからってホント…ユウスケに似たから良かったと思ってたのに…」

「ユウ…え?ユウスケって…あのユウスケ君?」

「サキコ…まさか…?」

「おかあさん…それ誰…?」

「だから、うるさいの、あっち行けって言ってんだろ!!!」

画面の左後ろにあるドアを指さして、サキコが娘に詰め寄る。

娘はサキコの剣幕に押され、嗚咽交じりに後退りしながらドアに向かい…画面から消えた。

「ごめん~、変な所見せちゃって」

サキコは、娘が消えるのと同時に、何事も無かったかのようにビールを煽った。

アキヒコの姿は画面からいつの間にか消え、その代わりに、佐川のものらしき海辺の風景が、画面を埋めている。

「ユウスケ…そう、そっくりっしょ?旦那との間に、あんなの絶対出来ないから!メイクだの服だの、おしゃれに興味沸く年頃になった時にさ、自分が親父そっくりのブスって絶望しないようにね~」

「そういう事ね…どおりで顔立ちが…」

僕も佐川も、そのユウスケという男は知らない。だが…サキコが浮気をし、先ほどの娘が、その相手との間に出来た子供だというのは、明白だった。

「勘違いしないでね?浮気だなんて、そんな軽いもんじゃないから!仕方無く旦那と結婚したの。でも?その分、子どもくらいはさ~」

「まあ、女の子だし、ブスに産んじゃうのは酷だよね…」

「生意気なのが玉にキズだけど、まあ…顔がイイから!いつかは分かるわよ」

「ユウスケ君、奥さんいるらしいけど…どうすんのバレたら」

「あ~!ほら、さっきのは忘れて…あ、見てこれ!娘のダンス教室での写真~、いいっしょ?我ながら上手くいったな…さ、飲み直そ?」

「佐川…なにこれ」

「ああ…なんだろな…あいつ…托卵したのかよ」

色々とバカバカしくなった。もう、同窓会じゃなくて、女子会に間違えて男が参加したみたいな…ただの女同士の悪口と暴露じゃないか。

ケイタの含み笑いが聞こえる。僕も気が付くと、口元が笑っていた。

「今の事秘密ね!今日は旦那帰ってこないし、娘もすぐ忘れるでしょ」

「わかった!秘密ね!サキコやるねぇ~私も見習いたい!」

「でしょでしょ?私、娘ファーストだから(笑)イケメンの優秀な遺伝子は残さないとね!」

「旦那かわいそ~、夜の生活してるの?」

「はぁ?出来る訳ないし、二人目とか言われたけど無視した(笑)だから平気」

何故か手が震えていた。もし…自分の嫁がこんな事をしていたら…こんな事を当たり前のように、笑い話にしていたら…

「もう、しんどい…見せなくていいよ…」

佐川に呼びかける。だが、いつの間にか、画面から佐川の姿が消えていた。

トイレにでも行ってるんだろうと思って待っていたが、一向に戻って来る気配がない。

「お~い、佐川~!」

盲点だった。

PC越しに、サキコ達が僕の方に振り向いた。

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「コージ…いたの!?」

「うわ…盗み聞き?」

「何…あんた、ふざけんなよ」

声が、画面を二重に通して僕の方に向かってくる。…そう、思い出した。

フーコと一緒にサークルを抜けた時、SNS上で、僕がフーコに迫って辞めたという噂が立った。そんな根も葉もない恋愛沙汰を拡散され、責められるという事があったのだ。

「フーコの事話題にしたらキレたのって、もしかして今付き合ってるから?」

「まあ、あの『駆け落ち事件』あったもんね~(笑)いい年して純愛貫いちゃってるの?」

「…良く似合ってるよ?あんたとフーコ。自分からサークル盛り上げようって意志もない。金魚のフンみたいに、くっ付いてくるだけでさ…そこがウザかったんだよね!」

「…駆け落ちじゃない。…僕もフーコも、忙しくてやめたんだ」

「ちょ!マジ今更何!こう見えてちょっと心配したんだけど…言い訳ウザッ!」

「ユリカ、いいってもう…大昔の話だし。それなりの人生しか送ってないコージ君に、追い打ち掛けるのは、さすがにね」

「そうそう!サキコみたいにさ、公私ともに上手いことやってるのが、悔しくなったんでしょ?コージ、よく見たらカッコイイんじゃなくて、ダサいの隠すのが上手くなったんだね!」

「…佐川は?」

「はぁ?佐川?え、何、誰?」

「あー、ほら、テニサーの副部長やってたやつ!」

「…ちょっと、もしかして、あいつと二人して盗み聞きしてたの!?」

話が嚙み合わない。佐川は、皆が連絡してチャットに参加したんじゃないのか?画面にだって、海辺の写真があった…はず。

「え、佐川は…」

写真が消えている。そして、目の前の画面からも、姿を消したまま。もしかして…抜け駆け…嵌められた!?

「コージ、あんたサイテーだわ」

「つうか誘ってないし、アキヒコがチャット抜けた時点で、うちら三人で話してたんだけど」

「そんな…え、見えてなかったのかよ、佐川の事」

「だから!佐川は誘ってないんだけど!?」

「…あんたにも見せてあげる。私の娘…ほら、可愛いでしょ?コージには無理だよね(笑)良い遺伝子無ぃ────」

ゴッ!!!!!

何かの細長い黒い影が、鈍い音を響かせたと同時に、サキコの姿が一瞬で消えた。

缶ビールが転げて床に落ち、空っぽになった椅子と、その奥の部屋の光景が映し出される。

「え…サキコ…」

ユリカが小声で呟いた。と…次の瞬間、画面一杯に、男の姿が現れた。

フードを目深に被り、頬のあたりに、赤黒い水滴のようなものを付けた男…

「皆、ありがとな。本当の事聞けて嬉しかったよ、じゃ」

ポロン、と音を立て、画面がブラックアウトした。女子二人も、僕も、まだ、何が起こったのか信じられなくて、ただぼーっと画面を見つめていた。

「大丈夫か?フーコの話、酷かったよな、オレも聞いててツラかった」

手元のスマホに、ラインの通知がが届く。さっき登録したばかりの、アキヒコからだった。

震える手で、何とか返信を打つ。

「だいじょうぶ」

「まあ、気にするなよ。皆、酒飲むと調子乗るのはいつもだったし、サキコも、ストレス溜まってるんだろうな」

アキヒコは、今の状況を知らない。大丈夫、何もない…何も知らない。

「そうだな、大人だからな」

「まあね。そうだ、コージ知ってたか?」

「何を?」

「オレもついさっき知ったんだけど、サキコの旦那って、テニサーの佐川なんだって!意外だよな!…まあ、別居中って噂もあるけど?」

separator

その後の事は、何も知らない。

サキコがどうなったのか、娘は無事なのか、佐川はどこに行ったのか…

そして、あの画面一杯に映った男は何者だったのか…

いや、何者も何も、あの声は、あれは佐川だった。

アキヒコから聞いたなんて言ってたけど、ずっと、ああやって僕達のやり取りを見てたんだ。

でも、ネットやニュースの記事の中に、該当する事件はどこにも無かった。

アキヒコとは、たまに連絡を取り合うけど、他の女子とはもう関わりは無いし、関わりたくも無い。リモートアプリのアカウントも、データも全部消した。

だからもう、真相なんて分からないし、知らない。

「ハッピーホリデイ!元気にしてますか?────潤より」

ふと、棚の真ん中に飾ってある、国際郵便のハガキが目に入った。二年前に届いた、グリーティングカード。

観光地の、大きなクリスマスツリーの前で、家族と一緒に笑顔で映る彼女の姿。

男の子と女の子、そして背の高い、ハンサムな現地の男性。

────優秀な遺伝子は残さないとね!────

バカ!なに変な事を思い出してるんだ!

そんな事、する訳無いだろう…

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