A君はB君C君D君の四人でチームを組んで廃墟巡りを楽しんでいる。それぞれにアンテナを張って情報を集め、面白そうなところにはなるべく四人で行こうと話し合っていた。
情報収集に抜群な才能を見せていたのはD君で、今回は
「廃村の話を聞いた。みんなで行こう!」と言ってきた。
「廃村ねぇ。どこら辺?」
「M県のZにエメラルドグリーンの湖があるんだよ。その付近を運転してたらあった」
「ほう」
その村には昔、どこから来たのか解らない若者がやってきて、多くの不思議なことをやってみせたのだそうだ。
村にとって喜ばしいことばかりで、死にかけた者を治したり、山津波や雪崩を言い当てたりしたという。しかし一番村に貢献したのは「水の種」と称する丸い水の塊を井戸に投げ、飲み水の不足を解消したことだという。
さすがに若者の不思議にも上限はあって、作物を豊かにするとか、田畑全般にまんべんなく水を行き渡らせることは無理だったというが、村の人たちにはそれだけでもじゅうぶんで、若者を歓迎し娘をあてがって喜んで村の一員に迎え入れたそうだ。
ところが不思議なことに、その村の伝承は若者を迎え入れたあたりでふっつりと途切れ、村が栄えたとも滅びたとも記述がない。現状は廃村になっているのだが、いつ廃村になったのか記録に残っておらず、調べた郷土史家も、他の村に嫁に行った娘がその土地で話したことであること、その土地の人たちは若者の起こしたことの不自然さに嫌悪感を抱き詳細を調べようとしなかったこと、その娘もそれ以上話さなかったことまでは推察したのだが、それ以上の事実を見つけることはできなかったようなのだ。
D君は車を運転しながらその歴史上のオデキのような村に三人を誘ったのだが、D君にとって重要なのは一番乗りの栄誉ので、慎重に情報を収集する一方で大胆な行動を起こす、そのパートナーに三人を選んだ理由はよく解らない。
まぁ三人は三人で
「その若者が起こした奇跡が本当だと仮定して、その伝承は怪しいよな」
「どこが?」
「そんな貴重な力を持った者を好意的に迎え入れるものかね?自分たちで独占しようと、逃げ出さないように監禁するのが人間ってもんじゃないかね。座敷童子の伝承それ自体はともかく、フィクションでどれだけの座敷童子が監禁されているよ」
「人間の欲望はいつの時代も変わらないか」
「いつでもどこでも同じものを〝普遍〟という。建築は文化だけど構造力学は普遍だとか、料理は文化だけど栄養学は普遍だとか書いてた人がいるぞ」
「エロは文化だけどやってることはいつだって変わらないとか?」
必ず誰かが混ぜっ返す、これが三人の関係で、D君は話を持って来つつ参加したり一歩引いたりのポジションを取っていた。
夜に出発してしばらくは盛り上がっていたが、そのうち眠る者運転する者の順番を決め、快調に高速道路を飛ばし、深夜から早朝、朝人々の活動が始まったくらいの時間にその村に着いた。
四人はカメラだのレコーダーだの文明の機器で完全装備をキメてから車を降りる。
降りた場所はかなり昔に廃線になったバス停で、早朝に一便街へ、夜遅く一便帰ってくる時間が書かれているのだが、廃線となったバス停が放置されているのは構わないのだろうか?と話し合いながら撮影をする。
選挙のポスターが貼られている。何年も前の選挙のものだが、そのときはバスに乗る人もいたのだろうし、投票に行く人もいたのだろう。ひょっとしたらまだ誰か住んでいるのかもしれない。
家の中で息を殺して四人を見ているのかもしれないし、寝ているのかもしれない、生活の時間帯が違って外に出ているのかもしれない。しかし四人にはこのバス停から見える何軒かが廃墟だとしても興味はない。近代建築、家だけでなく道も近代とは無縁で終わった村が目的なのだ。三人はD君が用意した地図を見て道なき道を進む。
家一軒どころかそれなりの集落をまかなう資材がどう運ばれたか、昔は現代人の想像のつかない苦労をして運んだのか、その場所にある木を切ったり石を積む地産地消だったのか、あるいはそのときも搬入路は作られたのだがその道は永年放置され消滅したのか、よく解らない土地はかなり多い。家が誰も住まなくなって世話をしなくなってどれだけの期間で消滅するかは廃墟マニアとしておおよその知識を持っていても、道となると専門外である。
草が伸び地面が壊れて石だらけ岩だらけになり木が増殖して道が消滅する、戦乱の時代には外敵の侵入を防ぐために道を隠したり破壊することもある、その土地を治める支配者から隠れて生産したり、落人が隠れ住んだり、捨てられた土地に追いやられた人が行き着いたりだの、ケースは複数考えられる。
四人が向かう廃村はそこまで閉鎖的ではない、他の村との行き来はあったのでそれほどの苦労はせずに進めるのだが、にしてもD君は迷わず快活に三人を案内する。こういうことの探索に向いているのだろう、三人も今ではD君を信頼して従っている。今までの経験が「実は三人を何かの生け贄にしようと企んでいる」なんてことも想像させない。
てくてく歩いて、まだ日が真上に登らないうちに、気をつけてみれば家々の基礎部分というのか、上物としての建物はほぼ無いが、部屋の区切りの礎のようなものは認識できるものが見えてきた。
「う~ん、廃村かー。明るいうちに来ないと解んねえなぁ」
しかしそれでもD君は足を止めない。悪路を踏みしめて進み、小高い丘に進み、頂上らしきところでようやく止まる。
三人が続き、D君と肩を並べると、盆地の中に潰れた家、かろうじて建っている家、そして奥に1/3ほど崩れた寺があった。
四人とも息を整え景色を堪能していると、一人が
「神社はないのかな?」
「神様はいないってことはないだろうけど、社はどうかな」
思った事を口に出す者がいて、それに応える者がいる。
四人はザ・廃村に降りていく。
寺は最後のお楽しみとして二人ずつになって分かれ、探索を開始する。どの家も生活用品はあるのだが、骨となった死体もないし、騒動が起きた形跡もない。みんな円満に村を出て行ったのか、どこか集まる場所に移動したのか。
書き物もないので具体的な情報は得られない、といって書かれた物があっても読めるかは難しいところであろう。
食器も箸も現代のようなスッとしているものではなく、かなり不格好だ、木製が多い。子供のおもちゃのようなものもいくらかは見つかるのだが破損が激しい。
おおよそ見終わって、さて寺に行こうと集合したとき、D君が「あ」と声を上げた。
「ここ、住居エリアか。田畑がないじゃん」
そういえばそうだ、生活必需品の生産は各々の家でやっていたのだとしても、食料生産の場が無いことに気がついた。
「となると村としての規模はまだ大きいのか。田畑が別のところにあって、ひょっとしたら畜産もそこで」
「それは調べなかったな。気がつかなかった」
D君にも見落としがあるのかと知って、どこかほっとする。
四人は石段を登って寺に向かう。さっきの丘からは墓地が見えなかったが、寺の裏にあるのだろうか。
階段を上りきると寺の入り口がまっすぐに見えるのだが、そこからしてかなり荒れているのが見えた。
建物はかなり大きいのだが、かなりのスペースが本堂になっていて、その他の部屋はとても少ない。
本尊が置かれているはずのスペースも横に広く前後には狭いので、複数の仏像が置かれていたのだろうか、しかし一体も無い。床が壊され地面が見える穴が複数あり、ここでようやく何か事件が起こったことが解る。
床や壁、柱の破損が甚だしく、破片も穴も多数あって、廃墟としての度数もかなり高いのだが、仏像の破片らしき物が見当たらないのが気にはなる。廃仏毀釈運動で持ち去られたのだろうか?だとしたら明治になってからも人の出入りはあったのだろうが、その記録もD君には見つけられなかったという。
住居エリアよりも詳細に写真を撮りビデオを撮影しICレコーダーに気がついたことを吹き込み、建物の裏に回ってみると何も無い。
周辺を歩き回るのだが森になっていて進める範囲は限られていて、墓が一基も見つからない。可能な限り高いところに上って周囲を見渡すのだが、墓もそうだがやはり耕作可能エリアも見つからない。
「ここの人でなければ行けない場所があるのだろうか」
「それこそ道が森に塞がれて行けないのかね」
思い思いに可能性を口にするが、これという決め手には結びつかない。
さんざん探して見つからず、ではもう帰ろうかと石段のところに集合し、四人で半壊した寺に頭を下げ階段を降り始める。
すると一人が、階段の途中に歩けそうな筋を見つけた。
獣道かと進んでみると、小さな拓けた場所に進めた。
その真ん中に、井戸がある。
井戸の高さは腰ほどまで、壁面は石積みでしっかりと作られている。
薄い板を貼り合わせて厚みを作った蓋がしてあり、風で飛ばされないよう石が乗せられている。
石をどけて中を覗いてみるか。一人が躊躇するが三人がやる気を口にしたので手早く石をどかし始める。全てそれなりの大きさで、誰とはなしに一つ二つ三つと数を数え始め、二十にならないうちに全ての石をどかし終えた。
蓋を持つとこれがまたとても重い。この厚みでここまで重い物だろかと不思議に思いながら四人で力を合わせ、少しずつずらしていき、そっと井戸壁に立てかけるように下ろす。
日はようやく中天となって、井戸の中をまっすぐ照らす。
水面はかなりの高さまで来ており、井戸が生きていることにも驚くが、手を伸ばせば水に触れそうなところまで来ていることにも驚く。が、誰も触れようとは思わないし、飲もうとも思わない。もともと石を投げ込んでみようと思わない者たちなのだ。
ここには天井がなく釣瓶もないが、当時からこの高さまで水が来ていたのだとすれば、水くみは容易であろう。
井戸の静謐さ水の綺麗さにあてられ、誰からともなく手を合わせる。そのまましばらく井戸を見て、ようやく撮影を始める。
「あ、この井戸が〝水の種〟を入れた井戸かな」
「そうかもな。そういや他に井戸、見なかったな」
「でもここも見つけづらいところじゃん。他の井戸もこういう土地の人しか解らないところにあるのかもよ」
「うーん、寺に向かう石段の途中からってのが神秘的だな」
話をしながら記録をつけ、見落としがないか確認し、四人でまた苦労しながら蓋をする。
住居エリアに戻り、もう大丈夫だろうと四人が別々に最後の探索を行い、見落としていたものはないか、どこかに道がないかなど思い思いに散策するのだが、特に何も見つけられずに、まだ日が高いうちにこの村を後にした。
この日は近くの温泉街に泊まる。
観光案内所や話し好きの人に村のことを聞いて回るためだ。が、やはり芳しくない。D君が来る前に調べたこと以上のことは解らず、温泉と料理を堪能するだけに終わった。
家に帰り、四人はそれぞれに記録したものを整理し新たな廃墟巡りの一項目に収めようとしたのだが、いくつかの場所の写真は廃棄しなければいけなかった。
人の顔が写っていたのである。
思い返していれば、D君が調べた話の中には、「どこから来たのか解らない若者が」何人いたのかは調べられていなかった。四人にとって壁に等しかった森の一カ所に写っている男とは。〝水の種〟の正体とは。
これらの写真を持ってもう一度あの村に行けば解ることはかなりあるようなのだが、この顔を見ると徒やおろそかでは行けないなと思わせられ、画像データを消去するしかなかった。
作者吉野貴博