中編6
  • 表示切替
  • 使い方

七夕の話

これは、私が子供の頃に起きた出来事です。

私が通っていた幼稚園では、毎月ごとに、誕生日の子の名前と日付が教室の壁に書かれていて、当日になると、先生とクラスの皆でお祝いをする、という事をしていました。

「ハッピーバースデー」の歌を歌い、先生から、お菓子の入った小さな包みと、色紙で出来た花束をプレゼントで貰う、というものです。

しかし私は、そのお祝いがあまり好きではありませんでした。理由は、私の誕生日にあります。

七月六日なのです。

幼稚園で行われるイベントの中で、クリスマスの次に大きかったのが七夕。皆で短冊に願い事を書き、星の飾りを頭に付けて七夕の歌を歌い、先生やお母さん達が作ったお菓子を貰う。

それだけなら普通に楽しめるのですが…同じクラスに、七月七日が誕生日の子がいて、その子のお祝いも一緒に行われるのです。

先生やクラスの皆だけじゃない、皆のお父さんお母さん達からも「おめでとう」と言われる。前日の、私の時とは比べ物になりません。

誕生月が大幅に違っていれば、仕方無いと納得も出来たのでしょう。実際、クリスマスが誕生日の子に対しては、素直に喜べたのです。が…七夕は一日違い。

たった一日遅ければ、色んな人から注目され、主役になれる筈だったのに…と、子供心に、悔しさでいっぱいでした。

そして、誕生日が近付くにつれ、その気持ちは徐々にエスカレートし…「プレゼント何が欲しい?」という両親の問いかけにも、「おたんじょうびを、たなばたにしてほしい!」と無理難題を散々ごね、七夕イベント当日の朝は、「行きたくない!」と泣いて、かなり大変だったそうです。

その証拠に昔のアルバムを見ると、涙と鼻水でグズグズになりながら誕生日ケーキを囲むという…シュールな写真が沢山入っていました。家族がどうなだめてもダメで、やむを得ず、このまま撮るしかなかったそうです。

相応のプレゼントも貰い、家族皆からお祝いを受けた、というのは重々分かっていました。

しかし、それでも気持ちを抑えきれず…とうとう私は、短冊一杯に、七夕への嫌悪を書き連ねるという暴挙に出たのです。

「たなばたなんて いらない!」「たなばた きらい!」

気持ちが昂っていたせいもあり、先生から「どうして?」と何度も問いかけられるのが、不思議でなりませんでした。

自分の願い事を書く日なのに?と。

その年の七夕は結局、私は不満を爆発させて途中帰宅せざるを得ず…母にたしなめられながら一日が終わりました。

ですが…その夜の事です。

separator

ここからの出来事は、のちに母から聞かされたのですが…

不満大爆発で泣きまくる私の手を引いてどうにか家に帰り…その後、泣き疲れて眠ってしまった私を見て、母もぐったりと力が抜け、私の隣で眠ってしまったそうです。

しかし、暫くしてインターホンを連打する音で目が覚め、急いで起きて玄関に向かうと、インターホンに混じって数人の女性の声が聞こえ…

何事かとドアスコープを覗くと、女性の一人が凄い剣幕で「あんたの子供のせいだ!!」と、叫んでいた…

それは、前述した、七夕が誕生日の子…詩織ちゃんのお母さんだったそうです。

ただ事じゃないと察した母は、チェーンをかけてドアを開けたのですが、詩織ちゃんのお母さんはチェーンの隙間から手を入れ、掴みかかる勢いで母に詰め寄って来たそうで…他のママ友数人が、それをどうにか抑えている状況だったといいます。

そして、ママ友の一人が教えてくれたそうです。

詩織ちゃんが、七夕のイベントから帰る途中、突然行方が分からなくなった、と…

最初は自分の元に連絡が来て、思い当たる場所を探したけれど姿が見えず…他のママ友にも連絡入れ、一緒に捜索をしていたそうです。

しかし、それでも見つからず、もう警察に連絡した方がいいのでは?と思い始めた頃…詩織ちゃんのお母さんが突然、私が短冊に「七夕なんか嫌い」と書いていた事を思い出し、

「あの子があんなこと書いたから、詩織がいなくなった!」

と、ヒステリックに取り乱し始めたそうです。

確かに七夕への嫌悪をあからさまに態度に出していたけど…それと、詩織ちゃんがいなくなったのは別問題。そう説得しても、詩織ちゃんのお母さんは頑として聞かず、皆を振り切って家に来てしまった、と…

更に、園や他の親御さんには連絡が繋がったけど、私の母にだけ繋がらなかった、というのも猜疑心を煽ったようで…ママ友が話すその背後でずっと、詩織ちゃんのお母さんは、

「あんたの子供が!なんで!うわああああーっ!!!」

と、激しく泣き叫んでいたそうです。

しかし母は、あらぬ疑いを掛けられた事への怒りや戸惑いよりも先に、恐ろしい気持ちになったといいます。

というのも、私と詩織ちゃんは同じクラスだけれど、お互い別の決まった友達と一緒にいる事が殆どで、二人だけで遊ぶことは無く、母親同士も挨拶程度の交流しか無かったのです。

つまり、お互いの家がどこにあるか知らない筈なのに、どうやって家の住所をつきとめたのか────?

ママ友に確認するも教えた覚えは無く、園から住所が漏れるのは考えにくい。

しかしママ友曰く、途中迷う素振りも全く無く、真っすぐここまで辿り着いていたそうです。

その後、どうにかママ友達が説得したのもあって、詩織ちゃんのお母さんは渋々家から離れ、再び捜索に出向いていったそうです。程なく母も、眠る私を祖母に預け、別の保護者達と捜索に参加しました。

そして、居なくなってから五時間後…詩織ちゃんは見つかりました。

幼稚園から数キロ離れた先の竹藪で、体を丸めて眠っていたのです。

separator

幸い、詩織ちゃんは怪我も無く、命に別状はありませんでした。

発見したのは、たまたま通りかかった近所のご老人で、ガサガサと何か動く音が聞こえ、小動物かと様子を見に行ったら子供だった、と…

詩織ちゃんが、何故そんな場所にいたのか…それは、「天の川に行きたかった」から。

そう聞いて、なるほどと思いました。何故ならその竹藪の近くには、「雨の河橋」という、橋が架かっていたからです。雨の河、と書いて、「あまのがわ」と呼ぶ…

詩織ちゃんは、自分の住む近くに「天の川」があると知り、七夕になったら必ず行こうと密かに決めていた。そして、幼稚園からの帰り、一人で出掛けてしまったようなのです。

しかし途中で迷ってしまい、その場から動けず、いつの間にか眠ってしまった…

とにかく大事件にならなくて良かった、と、母も他の保護者の人も胸をなでおろし、一件落着、と…傍から見ればここで終わりなのですが…

「だけどね…無事に保護されて良かったと安心するどころか…お母さん、詩織ちゃんを酷く怒鳴りつけたそうなのよ、『何で死んでないんだ!!』」って…

詩織ちゃんが見つかった翌日、詩織ちゃんのお父さんが、家に謝罪に来たそうです。母は、知らない間に自宅を知られ、怒鳴られた経緯を話し、当の母親が来てない事への不満を訴えた。

すると、詩織ちゃんのお父さんは、保護された時の状況…上記のセリフを娘に吐いた事を話し、「妻が謝る事は多分無理です」と頭を下げたそうです。

「とにかくもう、これで三回目なんです!って…しんどそうだったわ」

一人で出掛けたと思っていたけれど…真相は、お母さんが竹藪に連れて行き、娘を一人置いて行方不明になったと騒ぎ、周囲の同情を貰おうとしていた、という事だったそうです。

既に夫婦間には亀裂が生じ…娘の親権をどちらが取るかという、協議のさなかの出来事だったとも。

「家を知ってたのは、私のパートの帰りを尾行してたんだって、それに…あなたが七夕嫌いっていうのを知って、母親の私が嫉妬で娘を隠した、って…そうしたかったみたい」

「わざわざそこまで!?」

「そうよね…まあ、女の執念よね。もう会ってないからいいけど…最悪のシナリオをあらかじめ用意してあったなんて…ゾッとする」

因みに、小学校にあがったタイミングで、私の七夕嫌いはいつの間にか消えていました。そして今では毎年欠かさず、「お金が欲しい」と短冊に願い事を書いています(笑)

これと言ったオチも怖さも無いかも知れませんが…身近な場所でまさかこんな事が?と、母からしたら怖いと感じた…そんな話です。

Concrete
コメント怖い
2
8
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信