長編10
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あ~こりゃあ大変だなぁ

友人から聞いた話です。

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中学生の頃、三年間陸上部に所属し短距離の選手として活躍していました。

友人の身体能力は非常に高く、小学生の頃から遺憾なく発揮されていました。

中学校に上がると噂を聞きつけた複数の先輩達から勧誘を受けました。サッカー部、空手部、柔道部、野球部、陸上部…etc、中には不良グループもありました。

その中で陸上部を選び入部してすぐに結果を出していき、一年生で全国大会に出場しました。部活の中で上級生達よりも足が速く、大会に出場する度にトロフィーを取ってくる事をよく思っていない者が何人もいました。同じ部活の同期や先輩の他に、他校の選手から虐めを受ける事もありました。

練習で走っている時にわざと肘を当ててきたり、夏の海での練習では練習中に砂をかけられたり、靴や鞄を隠されたり、全て顧問の見ていないところで行われました。

いくら虐められても誰にも相談せず、じっと我慢し続けました。

そんな中でも心を許せる友人、佐藤がいました。佐藤とは小学生の頃からの仲で、何でも話せる間柄でした。佐藤はあまり自分の意見を主張せず、少し臆病な性格で、二人の性格は正反対のものでした。

小学生の頃から足が速く、運動会の時は必ずリレーの選手に選ばれ、友人と競い合う仲でもありました。

部内でも他の先輩よりも速く、リレーの選手の候補に挙がる位の実力がありました。

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佐藤は友人が部活内で虐められているのを知っていましたが、虐めている者に虐めをやめるよう意見することはありませんでした。佐藤は苦しい表情をしながら見て見ぬふりをしていました。友人は佐藤のその振る舞いを残念に思いましたが、余計な事を言えば虐めの矛先が自分に向くかもしれないし、本人の性格上相手に対し強く出られないのは分かっていたので仕方のないことだと諦めました。現に、他の部員も見て見ぬふりをしていました。

虐めの主犯格は体格もよく不良との繋がりがあるという噂があり、本人も強面であり皆はなにも言えませんでした。

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佐藤は部活の帰りにいつも、今日も何も言えなくてごめん、助けられなくてごめんと謝りました。

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「今日も助けられなくてごめんね…本当にごめん…」

「いいよ、いつもの事だし」

「どうして虐めを先生に言わないの?僕だったらすぐ先生や親を頼るよ」

「相談したことある、でも虐めは止まらなかった。むしろエスカレートした、だからもう頼らない。意味ないよ、誰に相談しても」

「そ、そうか、そうだよね…何も言わないでただ一緒にいる事しかできなくてごめん」

「部活で一人ぼっちだったらもっときつかったかも、佐藤がいてよかったよ」

「へへへ…照れるな、でも、そう言ってくれるのはお前だけだよ」

「うん。明日の大会、お互い頑張ろうな」

「うん!」

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大会当日、友人は決勝で優勝し佐藤は7位という結果となりました。

レース後に他校の友人と話し、スタンドに行くと大会を観に来ていた両親に録画した自身のレースを確認しました。

その時、佐藤の家族も大会を見に来ている事を知り、辺りを見渡すと離れたところに座っているのが見えました。タイミングよく振り向き、佐藤の父親がこちらに向かって会釈してきました。立ち上がりこちらに向かって来る気配を感じたので、両親にはそろそろ行かないと、と適当な理由をつけてその場から離れました。

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その後、競技場の近くで一人クールダウンをしていると、遠くから呼ぶ声が聞こえました。

「お久しぶりです、この前の大会以来ですね」

声をかけてきたのは大会で仲良くなった学年が一つ下の他校の友人でした。彼も常に上位の成績で、あることがきっかけで二人は友人関係になりました。

「久しぶり!この前会ったけど」

声をかけてきた主のもとへ行くと、同じ短距離の選手で友人と話したいという生徒がいるので、一緒にテントに来てくれないかと言われました。学校によっては他校の選手とは関わるのを禁止しているところもありましたが、自分の学校はそこまで厳しい決まりはなかったので相手の学校のテントに行くことにしました。

二人で歩きながらレースの話やお互いの部活内の話をしました。

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「ずっと気になっていたのですが、龍之介さんの部員の皆さん、感じ悪いですね」

「…なんで?」

「龍之介さんの学校のテントの近くにうちの学校もテント張る事多いんですよ。こちらから龍之介さんが嫌がらせの様な事をされていたり、無視されている所を何度か見かけました。帰り道でも度々そういった場面を見かけました。僕は他校だからとか、自分が出しゃばる事によって状況が悪くなったらどうしようとか考えて、何も言えませんでした。すみません。顧問の先生はその事は知っているのですか?他の周りの人達も何も言わないのでしょうか」

「顧問に一度相談したけど、状況は変わらなかった。だから諦めた、一生続くわけじゃないし」

「仲間も、見て見ぬふりするのですね…」

「シノだったら、どうする?仲間の誰かが虐められていたら」

「虐めてる奴に止めるよう言います、顧問の先生にも言います。僕も過去に虐められた経験があるので、龍之介さんの気持ち分かります」

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shake

ガサガサッ!!

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「探したよ…いつまで経っても帰ってこないから心配したよ」

通常、人が通らないであろう場所から植木をかき分けて突然現れました。

予想外の出来事に二人は驚愕しました。

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「びっくりした、佐藤いきなりそんなところから現れるなよ、俺がここに居るのがよく分かったな」

「当たり前じゃないか…僕は分かる、友達だもの。まったく…ダメじゃないか、他の学校の生徒と一緒に居るのは禁止されているだろ?みんな心配しているよ、早く戻ろうよ、ほら早く」

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草や土が付いているのも気にもせず淡々とした振る舞いに、篠宮は違和感を覚えました。

「すみません、他校の生徒との関わりは禁止という決まりはないと聞いているのですが」

篠宮が話すと、佐藤はキッと一瞬睨みつけるとすぐに視線を龍之介へ戻し冷ややかな声色で言いました。

「誰こいつ」

「他校の友達の篠宮だよ。それから俺らの部活にそんな決まりないだろ、初耳なんだけど」

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shake

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ギリ…

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「前から決まっているたんだよ、だからほら早く戻ろう」

佐藤は腕をつかみ強引に連れて行こうとし、掴まれている本人は嫌がっていたので篠宮は止めました。

「龍之介さん、嫌がっているじゃないですか!なんなんですかこの人」

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ギリ…ギリギリギリ…

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shake

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「お前は龍之介と呼ぶなああああああ!!!」

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ガリガリガリガリ!!

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「お前は龍之介と呼ぶなああああああ!!!」

ガリガリガリガリ!!

佐藤は叫ぶと自身の頭を両手で激しく搔きむしり暴れ始めました。

止めるよう叫んでも止まらず、二人がかりで抑えるとようやく収まりました。下ろされた手に視線を向けると爪の間が真っ赤になっており、頭の方を見ると血が滲んでいるのが分かりました。

急な大声に周りを通る選手や他校の生徒達も驚き、佐藤達を怪訝な目で見ていました。

俯きボソボソと呟いている佐藤から離れ、龍之介は篠宮に自身のテントに戻るよう伝えました。

篠宮は一瞬何か言いたげな表情をし龍之介を見ると、佐藤の方は見ずに自身のテントのある方向へ走っていきました。

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その日から龍之介は佐藤を警戒するようになり、距離を置くようになりました。

小学生の頃からの友人の豹変ぶりに恐怖を感じたのです。

クラスはお互い違ったので教室で話すことはなかったのですが、部活中や部活の帰り等、適当な理由をつけて一人で行動するようにしました。

相手も避けられてる事に気がついたのか、休み時間や昼休憩になると度々教室を訪れるようになりました。龍之介はクラスメイトに協力してもらい佐藤と会わないようにしていました。廊下でばったり会ってしまった時や部活で話しかけられた時は普段通りに接し、当たり障りのない会話をしました。時には、どうして自分を避けるのかと詰め寄られる事もありましたが、そういう場合はとぼけてはぐらかしました。

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帰り道、1人夕暮れの下歩いていると反対道路から声を掛けられました。

顔をあげると、佐藤の父親が走ってくるのが見えました。軽く挨拶をして帰ろうと思いましたが、佐藤の父親は龍之介に並んで歩き話かけてきました。

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「龍之介くん、元気にしてたかな。この前の大会、優勝したね、おめでとう」

「はい…ありがとうございます」

龍之介は佐藤の父親が少し苦手でした。話をしている目の奥がぎらぎらしており、笑っていても笑っていないような冷たさを感じ不気味に思っていました。同時に、佐藤の父親はきっと自分の事をよく思っていないのだろうとも考えていました。

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「うちの子はまた優勝できなかったよ。どうして優勝できないのかな?どうしてだと思う?」

「…」

「足の速い子が沢山いるのがいけないよなぁ、そう思わないかい?」

「…分かりません」

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shake

ガシッ!

佐藤の父親は龍之介の肩を掴み、捲し立てるように言いました。

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「どうして分からないんだ!分からないわけないだろう!分かるだろう!」

「わ、分かりません!すみません、すみません!」

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「そうか…そうかそうか、分からないよなぁ、そうだよなぁ、急に大声を出してごめんなぁ、怖かったよなぁ、ごめんね」

佐藤の父親は、人が変わった様に優しい口調になり、謝りながら龍之介の肩を優しくさすりました。子供をあやすような手つきと口調に困惑していると、佐藤の父親は再びごめんねと謝ると去って行きました。

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大会に向けて部活後の自主練に励んだあと校庭を一人整備しました。スパイクで穴だらけになった場所をトンボ掛けし、自身の持ち物を持って部室へ行きました。

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部室のドアを開けると佐藤が一人帰り支度をしているのが見えました。龍之介が入ってくるのに気が付くと立ち上がりそそくさと出ていきました。

「お疲れー」

「…お疲れ様」

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一人校門から出ていつもの帰り道を歩いていると、自分に向かってゆっくり近づいてくる車がありました。

車は龍之介に並走すると窓を開け話しかけてきました。

「龍之介くん、元気にしていたかな。今一人?」

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佐藤の父親でした。

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適当に返事をし、用事があると嘘をついて走って帰ろうかと考えていると。

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「龍之介くん…もうすぐ雨が降ってくるからお家まで乗せていってあげるよ、もうすぐ大会があるから怪我したら大変だ…ご両親にも連絡してあるから大丈夫だよ」

「いえ、でも…雨降りそうにもないですし、歩いてかえれます」

「いいから、いいから」

「いえ、自分で…」

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shake

「いいから乗っていきなさい!」

ビクッ!!

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龍之介は佐藤の父親からの圧に耐え兼ね、車に乗ってしまいました。

車に乗ると佐藤の父親は自身の息子について一人語り始めました。学校生活ではどう過ごしているのか、家ではどうなのか、部活ではどうなのか。特に、自分の息子はいかに陸上の才能があるのか、どれだけ自慢の息子であるのかを聞かされました。

話が長すぎるのと、学校から自宅までの距離なのにまだ到着しないのはおかしいと思い、龍之介は佐藤の父親に問いました。

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「ああ、今家に向かってないんだよ。龍之介君に見せたいものがあってね、きっと驚くと思うよ」

知らない人にはついて行ってはいけない、知らない人の車に乗ってはいけない、知っている人でも乗らない方がいい。自分はいったいどこに連れていかれるのだろう。

「着いたよ」

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佐藤の父親に車から降りるように促され、降りてみるとそこは来たことのある公園でした。少し長い階段があり、時々近所の人が階段を駆け上がりトレーニングをしているのを見たことがありました。

自分が考えていた場所とは異なり安全な場所だったので龍之介はほっとしました。

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「龍之介くん、そこの階段のところに立って見てごらん、綺麗だろう…これを君に見せたかったんだよ」

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言われた通りの場所に立つと、そこには綺麗な夕日がありました。

日頃、立ち止まって夕日をゆっくり見る時間がなかったので、改めて見る夕日に圧倒されていました。

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「龍之介くん…」

「はい!」

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佐藤の父親に呼ばれ振り向こうとしたその時

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「え…」

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shake

ドタドタドタドタバタバタバタ…!!!

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激しい衝撃、階段と地面にぶつかる身体。

龍之介は階段から落ち、身動きが取れなくなりました。

痛みを我慢して体を動かそうとした時、頭上の方から声が聞こえました。

顔を上げると、佐藤の父親がそこにある景色を見るような関心のない表情で龍之介を見下ろしていました。

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「あー、こりゃあー大変だなぁ。大変だ大変だぁーこりゃあ走れねぇなぁ、残念だなぁ。もう走れねぇなぁー」

龍之介はただそれをしたから見上げることしかできませんでした。

佐藤の父親は言い終わると、何もなかったかのように車に乗り去っていきました。

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龍之介は全治三か月の怪我を負い、陸上の大事な大会に出る事ができませんでした。

リレーの選手に選ばれていましたが、龍之介の代わりに佐藤が出場することになりました。

高校進学後、佐藤は陸上部には所属し、龍之介は所属しませんでした。お互い違う高校に進学したこともあり、二人の関係は疎遠になりました。

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あの時、自分は何故階段から落ちたのか分からないそうです。気が付いた時には落ちていたそうです。

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「怪我して自宅療養してる時、家に佐藤と佐藤の父親が見舞いにきたんだ。部屋でたまたま佐藤の父親と二人きりになった時、言われたんだ」

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“あの時の事、絶対に誰にも言うなよ”

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「あの言葉が忘れられない、あの顔が忘れられないよ、本当に怖いのは人間だよ」

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