中編3
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アリス問答

ーー君の名前を教えてくれるかい、かわいいお嬢さん?

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「わたしはアリス。アリス・リデル」

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ーーではアリス、僕と少しお話をしよう。13年前の9月28日午後4時のことを覚えているかい?

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「もちろん覚えているわ。昨日食べた木苺のように。明日降るお砂糖雪のように。その日はわたしの生まれなかった日だから。なんでもない日のことだから」

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ーーそれは良かった、ではアリス。君はその時、病院の屋上にいたね。そこで誰かに会ったかな?

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「もちろん会ったわ。高い塀の上に、卵のおじさんが座ってた。みんな彼のこと知ってるわ。ハンプティ・ダンプティのことを」

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ーーそう。君はその卵男と何か話をしたのかい?

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「もちろんしたわ。彼はなぞなぞが大好きだから、あれこれ訊かれて困ったわ。『なぜ渡りガラスは机に似てるか?』とか、『スープをハサミで飲むコツとは?』とか。まあそんなお話よ」

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ーーそうかい。いやいや違うだろう?彼は君に訊いたはずだ。君は何かを答えたはずだ。彼はその後どうなった?

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「もちろん彼は塀から落ちたわ。落ちて割れた音がした。王様のお馬をみんな集めても、王様の家来をみんな集めても、もう彼をもとには戻せなかったわ」

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ーーそれはそうだろう。でも君は、落ちた後を見ていない。彼はね、フェンスを乗り越えて、確かに地上に落下した。だけどね、地面に叩きつけられた直後、まだかすかに息があったんだ。彼は言ったよ。『屋上で、アリスに答えを教えられた』と。そして彼は息絶えた。屋上にいたのは君だ、アリス!彼に何を吹き込んだ!

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「わめくなドクター。この娘(こ)が起きるぞ」

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ーーアリス、君は。

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「私はアリス。アリス・リデル。この娘の悪夢から生まれた、鏡の中の女の子。そうね、たしかに彼は訊いたわ。『妻はなんで自殺した?お前はアイツになに言った?』って」

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ーーそれで君はなんと答えた?

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「もちろん『お前の夫はわたしのことを、裸に剥いて舌なめずりして、たいそう喜ぶ変態だ』と、あの女に言った通りのことを。一字一句、寸分違わず。聞き漏らさないよう、ゆっくり、はっきり、大きな声で答えたわ」

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ーーそれで……父は落ちたのか。それで……母は死んだのか。

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「そんなことを訊くために、わざわざ医者になったのね。こんなことをするために、わざわざこの娘に近づいた。恋人になって、眠らせて、過去を覗いてみたかった?あの親にしてこの子あり。親はロリコン、息子は出歯亀。救いがないったらありゃしない」

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ーーそれでも父は……僕にとっては優しい父親だったんだ。

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「わたしにもとっても優しく口づけしたわよ、身体中ベタベタと。カエルに吸い付かれているようで鳥肌が立った。もういい?出歯亀息子さん。そろそろわたしも眠たいわ。せいぜいこの娘と仲良くね。もしもこの娘を泣かせたら」

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ーー泣かせたらどうするかい?

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「明日始まって昨日まで続く、終わらないお茶会にご招待するわ。わたしはアリス。アリス・リデル。悪夢の中で、また逢いましょう?」

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