公園の真ん中に立つ、背の高い時計台の針が午前2時を指し示す。
僕は、真夜中の冷たい空気に身を震わせながら、足早に時計台の足元へと向かう。
そこにはショートヘアーの女性が、半袖短パン姿で佇んでいた。いつも通り、タバコをくゆらせながら。
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僕はほっと小さくため息をついて、それから「こんばんは」と声をかける。
どこか遠くを、見るともなしに見ていた彼女の顔が、僕の方へと向けられる。
すべての拒絶しているようでいて、同時に捨て猫のように誰かを強く求めている、そんな彼女の瞳。
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「あら、またあなたなの?」
彼女はつぶやいた。
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僕は彼女の名前を知らない。
だが、彼女がこの公園の近所に住んでいること、在宅でイラストレーターの仕事をしていること(ちなみに僕は在宅のプログラマーだ)、僕と同じで夜型人間で、深夜ラジオを聴きながら作業するのが一番はかどること、いつも深夜2時ちょうどにこの場所へ一服しに来ることなどを、これまで彼女と交わした会話によって知っていた。
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「そろそろ、この公園のバラ園が見頃になるみたいよ」
そっけない口調で、彼女は言った。
しかし、その言葉の裏には「よく知っていたね」と誉めてもらいたい気持ちがあることを、僕は知っている。
心と身体が非常にアンバランスな、要するにかわいい人なのだ、彼女は。
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「へえ、そうなんですか。よければ今度、一緒に見に行きませんか、昼間に」
僕がタバコの煙とともに軽口を吐き出すと、「起きれないくせに。まあ、私もだけど」と言って、彼女は微かに笑った。
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時計の針が2時17分を指した。
突如、彼女が苦しみだした。
首筋を盛んにガリガリと引っ掻きながら、身体を震わせている。
口の端からブクブクと泡を吐き、ついはガクンと頭を下げた。
全身から力が抜けている。
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と、彼女の脚、腕、首がザクリ、ザクリと見えない何かに切り裂かれ、次いで脚と腕の各関節も同様に切り分けられた。
目の前の虚空には、バラバラになった彼女のパーツがフワフワとしばらく漂っていたが、やがてタバコの煙のように薄くなり、空へと立ち上って消えて行った。
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ああ、今日も見られた。
僕は胸を撫で下ろした。
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半年前、まだ春先の時期に、たまたま夜の公園で出会った彼女。
度々この場所でタバコをふかしながら、くだらない話をした彼女。
彼女の装いが、半袖短パンという、若干目のやり場に困るようなものになってきた、初夏の頃。
バラ園の花たちが、そろそろ見頃を迎えるという季節。
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あの日の、午前2時17分。
僕は背後から彼女に忍び寄り、丈夫な紐で首をしめた。
その後自宅に背負って帰り、バラバラのパーツに切り分けて、翌日、この公園の土の下深くに埋めたのだ。
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ーーなぜかって?
彼女がかわいい人だったから。
身寄りもなく友だちもなく、たまたま深夜の公園で出会った僕なんかに、警戒しながらも興味を持ってくれるような、そんなかわいい人だったから。
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それにしても、殺害後も彼女とこうして深夜のひとときを過ごせるのは、予想外の幸運だった。
加えて、彼女に僕の行為がバレていないことも。
背後から彼女の首を締めた際、僕は念のため覆面を被っていたので、彼女は僕が犯人だとは思わなかったはずだ。
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しかし、幽霊の理屈は僕にはわからない。
身体から抜け出した彼女の幽霊が、自身の身体をバラバラに切り刻んでいる僕を見て、真実を知る可能性だって、あったかもしれないのだ。
結局、それは取り越し苦労だったわけだが。
だから彼女はいまだに、生前と変わらない態度で、僕との逢瀬を繰り返しているのだ。
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自分を殺した犯人はおろか、自分が死んだことすら知らない、無垢でかわいい彼女。
毎日、あの初夏の日を繰り返し、新鮮な驚きと恐怖の中、死んでいく彼女。
いつか彼女に、すべてをバラしたらーー!
そんなことを想像しながら彼女と交わす会話は、以前よりもずっと、僕の心をときめかせるのだった。
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ああ、今日もいい息抜きができた。
僕は大きく伸びをして、秋の夜中、のんびりと家路に着くのだった。
作者綿貫一
ふたば様の掲示板、今月のお題は「バラ」「時計」「タバコ」。
それでは、こんな噺を。