中編3
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名前のない恋

 公園の真ん中に立つ、背の高い時計台の針が午前2時を指し示す。

 僕は、真夜中の冷たい空気に身を震わせながら、足早に時計台の足元へと向かう。

 そこにはショートヘアーの女性が、半袖短パン姿で佇んでいた。いつも通り、タバコをくゆらせながら。

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 僕はほっと小さくため息をついて、それから「こんばんは」と声をかける。

 どこか遠くを、見るともなしに見ていた彼女の顔が、僕の方へと向けられる。

 すべての拒絶しているようでいて、同時に捨て猫のように誰かを強く求めている、そんな彼女の瞳。

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「あら、またあなたなの?」

 彼女はつぶやいた。

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 僕は彼女の名前を知らない。

 だが、彼女がこの公園の近所に住んでいること、在宅でイラストレーターの仕事をしていること(ちなみに僕は在宅のプログラマーだ)、僕と同じで夜型人間で、深夜ラジオを聴きながら作業するのが一番はかどること、いつも深夜2時ちょうどにこの場所へ一服しに来ることなどを、これまで彼女と交わした会話によって知っていた。

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「そろそろ、この公園のバラ園が見頃になるみたいよ」

 そっけない口調で、彼女は言った。

 しかし、その言葉の裏には「よく知っていたね」と誉めてもらいたい気持ちがあることを、僕は知っている。

 心と身体が非常にアンバランスな、要するにかわいい人なのだ、彼女は。

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「へえ、そうなんですか。よければ今度、一緒に見に行きませんか、昼間に」

 僕がタバコの煙とともに軽口を吐き出すと、「起きれないくせに。まあ、私もだけど」と言って、彼女は微かに笑った。

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 時計の針が2時17分を指した。

 突如、彼女が苦しみだした。

 首筋を盛んにガリガリと引っ掻きながら、身体を震わせている。

 口の端からブクブクと泡を吐き、ついはガクンと頭を下げた。

 全身から力が抜けている。

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 と、彼女の脚、腕、首がザクリ、ザクリと見えない何かに切り裂かれ、次いで脚と腕の各関節も同様に切り分けられた。

 目の前の虚空には、バラバラになった彼女のパーツがフワフワとしばらく漂っていたが、やがてタバコの煙のように薄くなり、空へと立ち上って消えて行った。

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 ああ、今日も見られた。

 僕は胸を撫で下ろした。

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 半年前、まだ春先の時期に、たまたま夜の公園で出会った彼女。

 度々この場所でタバコをふかしながら、くだらない話をした彼女。

 彼女の装いが、半袖短パンという、若干目のやり場に困るようなものになってきた、初夏の頃。

 バラ園の花たちが、そろそろ見頃を迎えるという季節。

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 あの日の、午前2時17分。

 僕は背後から彼女に忍び寄り、丈夫な紐で首をしめた。

 その後自宅に背負って帰り、バラバラのパーツに切り分けて、翌日、この公園の土の下深くに埋めたのだ。

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 ーーなぜかって?

 彼女がかわいい人だったから。

 身寄りもなく友だちもなく、たまたま深夜の公園で出会った僕なんかに、警戒しながらも興味を持ってくれるような、そんなかわいい人だったから。

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 それにしても、殺害後も彼女とこうして深夜のひとときを過ごせるのは、予想外の幸運だった。

 加えて、彼女に僕の行為がバレていないことも。

 背後から彼女の首を締めた際、僕は念のため覆面を被っていたので、彼女は僕が犯人だとは思わなかったはずだ。

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 しかし、幽霊の理屈は僕にはわからない。

 身体から抜け出した彼女の幽霊が、自身の身体をバラバラに切り刻んでいる僕を見て、真実を知る可能性だって、あったかもしれないのだ。

 結局、それは取り越し苦労だったわけだが。

 だから彼女はいまだに、生前と変わらない態度で、僕との逢瀬を繰り返しているのだ。

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 自分を殺した犯人はおろか、自分が死んだことすら知らない、無垢でかわいい彼女。

 毎日、あの初夏の日を繰り返し、新鮮な驚きと恐怖の中、死んでいく彼女。

 いつか彼女に、すべてをバラしたらーー!

 そんなことを想像しながら彼女と交わす会話は、以前よりもずっと、僕の心をときめかせるのだった。

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 ああ、今日もいい息抜きができた。

 僕は大きく伸びをして、秋の夜中、のんびりと家路に着くのだった。

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