小顔になりたいんでしょう?

中編5
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小顔になりたいんでしょう?

猫も杓子も「小顔」「小顔」と、腹が立つ。

どんなにスタイルが良くて美人でも、小顔でなければ完璧じゃないように言われる。

男の人に対しても、顔が小さいと羨ましがるのは何?

顔さえ小さければ、可愛さもスタイルも三割増し。

小顔がそんなに価値が高いの?

私は、大抵の部分で標準より上のランクだと思っている。顔の造形もスタイルもセンスも羨ましがられる。

でも、顔が小さいと言われた事はない。

別に、小顔が羨ましくはないけれど、同意しないと負け惜しみのように思われる為、会話には合わせている。

「小顔になったって、アンタは可愛くはなれませんから!!」

…なんて事はおくびにも出さず、

「そうだねー。羨ましいねー。」と言っておく。

もう、女子にとって、とりあえず小顔を羨ましがるのは、子猫を見て「可愛い~!」と言うのと一緒だ。

条件反射のような物なのだ。

あとは、あれだ。先に小顔を羨ましがる事で「私は身の程知ってます。」と先手を打っているのだと思う。

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「あなた、小顔になりたいんでしょう?」

大学の帰り、不意に声をかけられた。

「は?」

見ると、スーパーによく居るような、半分白髪混じりのオバサンが立っていた。

その人は、自分を神だと言った。

無視して通り過ぎようとすると、オバサンは言った。

「小顔にしてあげようか。」

「…結構です。」

「残念だねぇ。あなた、顔が小さかったら、もっと可愛くて、スタイルも良く見えるのに。」

はぁあぁああ?!余計な御世話じゃ!

スピードを上げて歩く私に、いつの間にか並んでいたオバサンは、尚も言った。

「お試しで2日間、小顔に見えるようにしてあげる。きっと気分が良いわよ。

あなたの場合…そうだねぇ。お試し頬骨&顎ライン小顔コースね。

ちなみにお試しの間は、小顔に見えるのは自分だけだから。気に入ったら、本契約って事でね。

こっちは、完璧な小顔にしてあげるわよ。」

言葉が出ない私の目の前で、オバサンは消えた。

唖然としていると、周りにいた人の内の誰かが言った。

「あの人、一人で何やってんの?」

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アパートに帰って鏡を見たが、顔の大きさは何も変わっていない。

くだらない。あれは何だったのか。恥をかいた。

…でも、認めたくはないが、私にも小顔になりたい気持ちがあったのだろうか。

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だが次の日。

自称神が言ったように、私は小顔になっていた。スタイルはかなり良く見えるし、顔も何割か増しで良く見える気がする。

確かに気分は良いが、自分じゃないみたいだ。

見えている大きさと実際の大きさは違うようで、触っているはずの輪郭と、鏡に映る場所が合致していない。小さく見えているだけだ。

知り合いが何も言わないのを見ると、そう見えているのは自分だけなのだろう。

本契約すれば、実際に小さくなるのか。

だが、これはメイクで何とかなるレベルでは無い。周りに整形を疑われるに決まってる。

「本契約すれば、昔からの小顔って事に、他の人の記憶を変えちゃうからねぇ。」

不意に、自称神が現れた。こちらの考えは筒抜けのようだ。

「そこが、整形とは違って、面倒臭く無いんだよ。」

「…でも、昔撮った写真は?」

「疑り深いねぇ。私は神だからね。そんなもんは、訳ないのさ。」

神…。だとしても、人に有益な神ばかりではないだろう。

「何の為に、こんな事を?」

「多くの人からの嫉妬のエネルギーだね。

あとは、優越感からくる人間の快楽感情。

それを頂戴したいのさ。」

手間をかけてまで、そんな物を求めるのか。

「明日、また来るよ。」

そう言って、姿を消した。

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お試し終了の日。今日は大学を休んで、外に出ないようにしていた。

夕方、自称神は現れた。

「多少迷ったようだけど、気持ちは変わらなかったかい。」

小顔がもてはやされるなんて、そんな物は、時代や地域で、いくらでも変わる価値観に過ぎないと思う。

「…もっと、願望の強い人を選んだら?」

「必ずしも、そうとは言えないんだよ。

人間って言うのは未だに難解な生き物でねぇ。

違う側面からの方が、効率良くエネルギーを集められたり…知らずに私に貢献してる人もいたりね。どこに種を蒔いて、どこに芽が出るのか…。ま、私は残さず頂戴するだけさ。

…さて、あなたの記憶も、弄らせて貰うよ。この先に差し障りが出ちゃ困るからね。」

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昨日は、体調が悪くて大学を休み、1日寝ていた。

何となく記憶が曖昧でスッキリしないけど、寝てばかりいたからだろう。

友達には、"休む前の日、いつもよりテンション高めで、鏡を良く見てたし、新しい彼でも出来たのかと思った"と言われたが、身に覚えがない。

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それから何という事無く、日常が過ぎた。

変わった事と言えば、友達が芸能事務所にスカウトされた事。

スタイルが良くて整った顔立ちをしていたし、何より顔が小さくて、皆に羨ましがられてた子だった。

余計な御世話だけど、良く考えるように本人に言ったら「嫉妬は見苦しい」って鬼の形相で言われてしまった。

その後、彼女は大学を中退してタレントになった。

でも、少しテレビに出るようになったら、ネットで 叩かれ始めたらしい。

"顔が小さいからっていい気になるな"

"小顔なだけの一般人" "身の程知らず"

"この程度の小顔は芸能界では普通"

…等と書き込まれているのだそうだ。

別の友達が、気の毒を装って教えてくれた。

顔に "ざまあ" って、書いてあったけど。

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少し時が経ち、タレントになった友達をテレビで見る事は無くなった。

どうやら、彼女は活動を休んでいるらしい。

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ある日、彼女が大学の前に現れた。

異様な人がいるなと思ったら、酷い風体をしている彼女だった。

バザバサの髪の毛から見える小さい顔と落ちくぼんだ目。痩けた頬。ガサガサの唇。

周りも、ヒソヒソと遠巻きにしつつ、警備員を呼ぶべきかと話している。

彼女は私を見ると、フラフラと近づいてきた。

「ねぇ。教えてよ…。私さぁ。せっかく小顔になれたのに、上手くいかないんだよね。

…ねえ、なんで断ったの?小顔になる必要が無い位、自分は可愛いと思ったの?」

と言い、ポケットからナイフを出してきた。

声を出せず、後ずさる事しか出来ない。

「可愛くてキレイな顔だよねぇ。でも、私の方が、顔は小さいなぁ。ねぇ、羨ましいって言ってよ。」

ナイフが頬骨に触れた時、周りから悲鳴が聞こえ、同時に、勢いよく顎まで切り裂かれた。

取り押さえられる彼女。うずくまる私の耳に入るのは、彼女の喚き声や、私に駆け寄る人達の声よりも、野次馬の声。

「何!?うわっ!顔切られたの?!」

「可哀想ー!絶対跡残るよね。」

「取り押さえられてるの、タレントになったあの人じゃない?」

「えー!変わりすぎー!身の程知らないと哀れだよね。」

「あの、干された人?メンタル弱かったら、芸能界は無理だってー。」

「いくら小顔でも、ねぇ…?」

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救急車のサイレンが聞こえる頃、耳元で、どこかで聞いた声がした。

「確かに、頂戴したよ。」

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