長編8
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軽石の間に有るものは

どうも、園部元蔵(そのべ・もとぞう)です。

新型ウイルス蔓延の措置法が一段落して、動きが緩和された為、勤務先や探偵事務所から重複休暇を貰って、実質連休になってしまったので、隣県に足を伸ばしたなんて言う話を、今回は致しましょう。

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南方の中原(なかはら)県に足を伸ばした私は、卸売市場をちょっと観察しようとした所、魚介類が極端に少ないなと感じた。

それもその筈、海底火山噴火に伴う軽石が中原の地にも海にも飛んで来て、漁船を出そうものならエンジンやスクリューに軽石が詰まって始動が難しく、無理繰り行こうものなら故障して動かせなくなると言う事態に陥っているとの話である。

そんな中で、学生時代の悪友である、安河地康七(やすかわち・こうしち)────通称、アンコウが今回の騒動も手伝って、逢ってくれる事になった。

でっぷりと肥えた恰幅の良い鱈子唇(たらこくちびる)ながら、走るのが速かったりと体力面でもスタミナの有る、頼れる存在だ。

もっとも、今だと私と同じくマスクを着けている為に、食事中以外は目から下が見えない訳だが。

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「調査員って研究者でもあるよな。凄いよ」

「いンや、漁場にも足を運ぶし、漁師さんの手伝いもするしよ。肉体労働って意味では、君のサービス業や物流と余り変わんないね。そうそう、漁船に乗るのはだな………」

スマートフォンを操作したアンコウは、「ほい」と私に画面を見せる。

────海面スレスレを飛ぶ無人探査機、と言うよりは、ドローンの下に無人探査機がセットされている様だ。

「ドローン式で、水質調査だったりをやるんだけども」

「今だと火山噴火の軽石が、か………」

「やっぱ、ニュースで知ってるわね」

────会計を済ませて、私達が食堂を出た瞬間、「海洋調査研究所」のロゴの刻まれたライトバンがギィとブレーキを踏み横付けして来た。

「休みン所、済まない。安河地、すぐ乗ってくれ」

「客人はどうします」

ヒョイと隣の私を手で示すアンコウ。

「一緒に乗せて。後部座席に済みませんが」

「ハイ、御願いします」と私は一礼して、ライトバンの後部座席を開けて乗り込み、シートベルトを着用する。

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白亜の正に研究所と言った見た目の建物の玄関口に車輛が到着し、アンコウと私はそこに降ろされる。

乗せて貰った礼を言って、私はアンコウに連れられて、研究所に入る。

「おう、休みなのに悪ィな」

「いえいえ、緊急事態でしょうから」

「そうなんだよ。実はな、地引き網に変なのが掛かったんだ」

「??」

軽石の調査用に、敢えて地引き網を引き上げずに放置したエリアに異変が生じたのだと言う。

「部外者を連れてますが、良いんですか」

「確か彼は、オカルトに詳しいって話をしていたよな。おっと紹介が遅れました、安河地の上司の梶盛(かじもり)です」

「あっ、御邪魔致します。園部です」

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無人探査機の有る部屋に移動し、そこから防水のSDカードを手慣れた感じで取り出すアンコウ。

パソコンのカードスロットに差し込み、フォルダをクリック、ファイル内のデータを確認する。

「………網が酷いな。軽石が絡まってる」

私が呟くと、アンコウが頷き梶盛氏が返す。

「実はですね………変なのは、軽石だけでは無いんですよ」

「??」

画像をクリックして、私もアンコウも目を疑った。

黒い海藻(かいそう)………そう、ヒジキに見えなくも無いフヤフヤとした長い物体が、軽石に絡み付いている。

「この一本を取り出して来た………乾かしてある」

換気扇を回しながら、実験用の皿………シャーレを卓子(テーブルに)置いて、その上でライターで火を点(つ)ける梶盛氏。

何と無く私は拝んでしまい、アンコウも梶盛氏も怪訝な顔をする。

その黒く細い物体はチリチリと燃え、弱い煙が出た直後に独特の臭気が一瞬漂う。

「うっ」

明らかに海藻を燃やした感じでは無い。

「………まさか、蛋白(タンパク)質のケラチンが燃えたんじゃ」

「検証に回すが、有り得ないものが軽石に絡んだって考えられるな」

そう、蛋白質であるケラチンを構成しているものと言えば代表的なものがすぐに出て来る。

────髪の毛だ。

「!」

ふと梶盛氏が顔を上げて窓のサッシから外を見る。

「………おかしいな」

「どうされました」

何と無く気付きはしていたが、梶盛氏に私は訊く。

「────御覧下さい。ほら、中庭ですね」

手入れの行き届いた植物が有るが、誰かが侵入出来る空間で無いのは確かである。

指で軽く開いたサッシを戻した直後、私は軽い眠気を覚える。

ボグっ!!

「グェっ!!」

鈍い殴打音に加えて、可愛げの無い奴が踏み付けられるか殴られた際に発するイメージの、気味の悪い声が聞こえた気がした。

「先刻(さっき)から変な感じだよなァ。済まん、明日又頼む。企業秘密って話でも無いから、客人に社会科見学も兼ねて、ちょっと同行もして欲しいんだが」

すぐさま眠気の消し飛んだ私は、こちらも連休なので異論も無く、梶盛氏の提案に乗る事にした。

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翌日、アンコウと梶盛氏等と合流した私は、辻岡(つじおか)湾へと向かう。

心なしか、梶盛氏の顔色が悪そうに見える為、私は思わず訊いて見る。

「大丈夫ですか」

「済まん客人、変な夢を見てな………拝むべきだったかもだよ」

何でも、就寝していた際に黒いフヤフヤした物体に首を絞められる、気味の悪い中身だったと言う。

私の拝む姿を思い出しつつ、動けない身体で念仏を唱えて「申し訳無かった、申し訳無かった」と意思表示をして見た所、何故か般若の面の様な表情の日本人形が現れ、勢い良く飛び上がって、両足で物体に蹴りを入れたそうな………そう、いわゆるドロップキックの感じで。

「ヂグジョ───────────────っ!!」

と企みを暴かれて無様な姿を曝す性悪の末路の様な絶叫を上げて、黒いフヤフヤした物体は炎に包まれて焼失して、金縛りの解けた梶盛氏は振り返った日本人形に礼を言おうとしたら、日本人形は首を横に数回振って消えた………のだと言う。

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海岸に到着したライトバンから降りて、漁船以外の手段で沖に出るのかと思いきや、洞窟の様な場所に迷い無く梶盛氏もアンコウも近付いて行く。

「地引き網を、特殊な位置に仕掛けてあるんだ」

持たされていたヘルメットを被りながら、アンコウが説明してくれる。

小さな真四角の目覚まし時計サイズの懐中電灯をヘルメットの穴から出ている、頑丈なワイヤーに着ける。頭上嵌め込み式の懐中電灯よりは操作し易いが、私は思っては行けない事を考えてしまった。

────中肉中背の梶盛氏はともかく、アンコウも私もふっくらしているので、どうも提灯鮟鱇を思わせるシルエットである。

パチリとスイッチを入れると、明るいを通り越して眩しい光が灯ったのが分かる。

洞窟の様な場所手前の岩場の広い割れ目から、奥へ奥へと網が長く張られている。

良く見える。

割れ目に張り巡らされる様に張られた網には、昨日画像で確認した軽石が、転がり込むと言うより大量にへばり付いている様にも見えて来る。

「………あー、まだ絡み付いてやがる」

梶盛氏の嘆息の籠った声が空間に響き渡る。

「!!」「!」

────軽石に絡み付くのは、正にひじきやフノリよりも遥かに細い、人毛同然の代物だった。

バシャァァァ!

「えっ!!」

アンコウが驚く。

私も驚いた直後に、岩壁に頭をぶつけてしまい意識が飛ぶ。

「園っち!」

アンコウが駆け寄る。

「気絶か………参ったな………」

実質一人欠けてしまい、アンコウも梶盛氏も波音のした方に顔を向けて、息を呑む。

『出せよォっ!!出せよォ────────っ!!浮気して、更に旦那殺したって、ちゃんと白状したじゃんかよォっ!!何で沈められなきゃなんないんだよォ─────っ!!自首してやるって言ったのによォ──────っ!!』

喉をぶっ潰す様な絶叫、網から出られない塊は、どうやら女だった様だ。実際喉を潰したのか、口許から血を出しているのが分かる。

腰を抜かした梶盛氏にアンコウ、網に掛かり軽石まみれで絶叫する女が、背後から出て来た腕に身体を掴まれ、網の中で腕に殴られまくる。

ビシャっ!!バゴっ!!ベキっ!!ゴギギギっ!!

現実の殴打音に近付いた直後、女の首に腕が絡み付き、骨のへし折られる音が響いて、一瞬アンコウが腕の主の顔を見た。

(………え、般若の表情)

女は完全に絶命したらしく、腕は何故か梶盛氏とアンコウに向かい、右腕の親指を立てて女を引きずり込んで行った。

「………ン、うぅっ」

「園っち!」「園部さん!」

私は意識を取り戻した。

洞窟の様な空間の乾いた岩場に寝かされている。

「………ああっ、御免なさい。気絶しちゃったんですかね」

「とんでも無いのが出ましてね」

「引きずり込んでったんだ」

「??」

梶盛氏とアンコウに、絶叫する女が出た事と、引きずり込んで行った両腕の持ち主である、水面から覗く般若の顔をした存在が、最後に右手親指を立てたと言う奇妙な話を聴く。

「旦那に浮気を問い詰められた女が、夫を銃殺したんだが、銃を手配したのがその筋だったから、四課に捕まるのを恐れた連中が、依頼者である筈の女を消しに掛かりましてな………女は岩場で顔が変形する迄痛め付けられて、そんで水面に顔を浸けられて窒息死させられたなんて、酷い事件が昔有りましてね………然し、海の主か分からないけど、般若の顔ですか………殺された旦那さんの身内か女に取られた、彼に思いを寄せていた女性か誰かの念が、怒りで引きずり込んだんですかね」

漁師を引退した古老(ころう)が、梶盛氏とアンコウと私へと話してくれた内容である。

女と般若の腕が消えたあの空間では、軽石のみが網に絡まっていた。

然し、怪奇現象は解決しても私が遭遇出来ていないって意味では、或る意味では解決していなくもあるのだけど。

「おーい、園っちー」

アンコウが呼んでいる。スッキリはしないが、気を取り直して私は連休の残りを消化し直そうと、彼の用意してくれた車輛に走って行く。

Concrete
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