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中編6
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祖父はアレを、提灯鮟鱇(チョウチンアンコウ)だと言った。

新月の夜、沖に薄らと見えるあの光は、提灯鮟鱇なのだと。

だからそれでいいだろうと、それ以上探らぬよう私に釘を刺す。

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だが私は知っている、アレは提灯鮟鱇などでは無いことを。

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幼い頃、祖父の船に乗って地引網を引くのを見た時、たまたまそこに混ざっていた提灯鮟鱇は、内臓を飛び出して絶命していた。

深海は浅瀬とは異なり、水圧が大きい。だからその高圧に対抗するよう、深海の生物は内側から身体を押し返すのだ。

その為、水圧の弱い水面近くへ来ると、内側から押し返す力が強くなり過ぎて、内臓が体外へ飛び出してしまう。

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深海魚は、水面へ浮上すると死んでしまうのだ。

だからあの水面に集まる光達は、決してアンコウでは無い。

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祖父達は何かを隠している。

この海に潜む“何か”を。

皆それを誤魔化す為に、私に嘘を吐いているのだ。

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◯◯◯

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その日、新月の夜、船を出してはいけないと大人達が言う日、私はカメラを装着したドローンを飛ばして、海の様子を見ることにした。

船を出すことは禁止されていても、命の危険の無い簡易的な無人探査機なら、例えバレても言い訳出来る。

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ベランダから飛ばしたドローンからの映像を、手元のタブレットで確認する。

映像が暗く操縦が難しいが、GPSの位置情報を頼りに海へと向かう。

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◯◯◯

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港を離れて十数キロ。

波も静かなその地点に、果たしてそれはあった。

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月明かりの無い昏い夜の海で光を放つその“何か”は、岸から遠目に見た時には分からなかったが、無数の光の群れであるようだった。

更に接近してみると、淡い白色に発光する光の群れは、ひとつひとつが丸く、確かに提灯鮟鱇の発光部位のようにも見える。

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その未知の光の発見に、私は「よしっ!」と小さくガッツポーズをした。

先ずは第一段階、新月の夜に沖へ現れる謎の発光を捉えることが出来た。

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近づきながら観察をする。その光の群れは、潮の流れに逆らって動いているようだった。

波に揺られて、少しだけ群れから離れる個体もある。

水面近くである以上提灯鮟鱇では絶対に無いが、やはり水棲生物の群れには違いなかった。

かと言って、ぼんやりとした丸いこの光り方は、ホタルイカの類でも無い。

私は興奮する。もしかしたら、新種の生物かも知れない。

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対象までの距離は5メートル弱、水面近くで発光するそれらは、小波にぼやけてはいるが、直径4センチほどの球状をしているように見える。

それらが密集して移動している様子は、ピンポン球を入れた箱を倒してぶちまけてしまったかのようにも思えた。

水面に見える光の数は40〜50程度だろうか、もしこの墨のように黒い海の中にもその光があれば、もっと大量に、ひょっとしたら百以上はいる可能性もある。

はやる気持ちを抑えながら、私は慎重に慎重にドローンを水面へと近づけた。

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そして……

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そして、その光る物体の正体を認識した瞬間、私は全身の血管が凍りついた。

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(え…、は……?)

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驚きと戸惑いと恐怖の中で、時が止まってしまったかのように錯覚した。

それ程までに、あり得ない光景だったのだ。

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その淡く発光する球体、数十からもしかしたら百はあるかもしれない“ソレ”は、全て人間の眼球だった。

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白くて、正面には黒目があって、細かい血管も、ちゃんとある。

そんなものが大量に、ゆうゆうと水中を泳いでいる。

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ヒトの顔面から引き抜かれたように、紐状の神経が伸びていて、それを尾のようにたなびかせながら、水の中を進んでいる。

キョロキョロと、忙しなく黒目があちこちを向いていて、何かを探しているかのようだった。

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その様子を見ているだけで、私は自分の精神が擦り減っていくのを実感する。

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何度か、その内の幾つかの眼球がこちらを向いて、液晶越しに目が合い、その度にゾクリとする。

しかし幸いな事に、どうやらこちらには興味が無いらしく、例え目が合っても、直ぐに向こうが目を逸らす。

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自身の許容量を超える異常事態に、ただ、私はずっと体が硬直したまま、その無数の目玉から目を離せずにいた。

否、目だけでは無く身体全てが硬直してしまい、瞼はおろか、指先ひとつ動かせない。

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……あの泳ぐ眼球達を見ていると、何故だろう…、目の奥が痒くなる。

まるで、あのオタマジャクシの尾のようにたなびく神経が、自分の目の奥で伝染しているかのようだった。

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ああやって、昏い夜の海で、何かを探し続けるために、ひとりでに動き出すのだ。

……そう、ああやって、キョロキョロと、くねくねと、うねうねと…、この眼球が……自分の目を飛び出して……暗い、昏い、海の中を…………

うねうねと……うねうねと……うねうねと…………

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ずっと身体は動かない。

目線は液晶に固定されたまま、逸らすことも、瞬きすることも出来ない。

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――目の奥が痒い……――

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出来るのは、予感すること、想像すること。

この先の出来事を、自身に起こる、最悪の結末を……

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――うねうねと…うねうねと……――

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そんな想像なんて、止めたいのに、止めなきゃいけないのに、目の奥が、痒くて、かゆくて…、うねうねと…気持ち悪くて……、

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――泳ぐのだ、うねうねと…うねうねと…うねうねと……――

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ああ、痒い、目が、目が、目が、目が…………

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【――ポチャン】

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液晶の画面が、唐突にぼやけた。

ぼやけた映像の中で、無数の光へ落ちていく透明な何かが、キラリと光を反射して、海に消えたのが見えた。

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その瞬間、淡くぼんやりと発光していた眼球達が、一斉に赤く、強く光り出した。

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その光はとても明るく、海の深くからも水面を赤く照らしていた。

まるで、この海全体が真っ赤に充血したみたいだった。

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「うわあぁっ!!!」

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あまりの光景に悲鳴が上がり、ビクンッと体が跳ねた。

生きたまま心臓を銛で突かれたような衝撃だった。

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しかしそのショックで、何とか身体が動くようになった。

急いで手元のコントローラーでドローンの高度を上げ、赤い目玉の大群から逃げるように離れた。

冷や汗が止まらなくて、走ってもいないのに酷く呼吸が乱れる。

とにかく必死になって、GPSの情報を頼りに陸地の方へと、岸の方へと、ドローンを動かした。

何故かピントが大きくズレたみたいにボヤけていたから、あの眼球達がどこを見つめているのか分からなかったが、それでよかった。

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◯◯◯

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翌朝、十分に空が明るくなってからドローンを回収すると、どういうわけか、ドローンに装着させたカメラの外側のレンズだけが、抜き取られたように無くなっていた。

不可解なことに、レンズの周辺には破損はおろか、パーツやネジの緩みもなく、どうやってレンズだけが外れているのかは不明であった。

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◯◯◯

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あの光る目玉について、祖父は、この土地の人達は、何を知っているのだろう。

きっとその正体を知ることなど、私には一生出来ないのだろう。

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私はドローンに装着したカメラの映像ファイルを、未だに開けないでいる。

例え映像であっても、またアレを見ようとなどは、どうしても思えなかった。

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……そもそも私は、海に近付く事さえ出来なくなくなった。

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もし海に近付くと、痒くなるのだ。

……そう、目の奥が、痒くなって、ひとりでに動き出そうとするのだ。

ボトリと顔面から抜け落ちて、泳ぎだそうと……

この眼球が、うねうねと、うねうねと、うねうねと、うねうねと……

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