長編10
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祝賀

6歳下の弟の結婚が決まったのは、一昨年の暮れの事。季節はいよいよ年末とあって、俺の心も財布も、いつもより寂しくなりつつあった。

と言うのも、披露宴の日がクリスマスイブなのだ。

何もこんな寒い時期に…なんて愚痴をこぼす人も少なからずいたが、末弟の目出度い日が、世間的にも賑やかな時期と重なるとあれば、これほど良い事は無い。しかも、会場は最近出来たばかりだという、高級ホテルだ。

「お、誠一も呼ばれたのか」

「そうそう、弓子も来るよ!これってなんか、同窓会みたいだな」

同郷なのと、弟と何回か交流があったという事だろう。俺の高校時代の友達も、数人呼ばれていた。

「そういえば、皆プレゼント『幾ら』持ってきた?」

「幾ら、ってなんだよ。プレゼントなら『幾つ』だろ?」

「今日に限っては『幾ら』だろ?(笑)クリスマス結婚なんだから、あいつにとって、俺達のご祝儀がプレゼントみたいなもんだ(笑)」

「ばか!これをクリスマスプレゼントなんて言って渡す奴がいるかよ(笑)」

「まあ、そうだな!なんてったって、新郎にとってのプレゼントは花嫁だもんな~!」

「もう、声がデカいから(笑)やめてよね~あんたら!」

ホテルの中は、さすが高級とあって、いかにも高そうな調度品があちこちに置かれていた。披露宴会場も同様で、高砂席を照らすように大小幾つものシャンデリアが輝き、客席のテーブルには、色とりどりの薔薇が飾られていた。

「ユウイチの花嫁って、どんな人なんだろうな?」

と誰かが言っていたが、恐らく可愛らしい女性なのだろう。会場の雰囲気全体が、ピンクや白、パステルカラーと言った何とも「女性らしい色」で纏まっているのが、その証拠だ。

なんて考えながら、食事のメニューを眺めていると…向かいに座っていた弓子が聞いた。

「そういえば、何でタイチ君、家族席じゃないの?」

不思議がるのも無理はない。…実は、俺と両親はもう、10年以上交流が無い。

もっと言えば、弟ともあまり会話が無いまま、今日まで来てしまったのだ。

弟は、両親が付きっ切りで介助しないと生活出来なかった。その為、俺はほったらかしにされて…実家を出たきり、帰省はおろか、ロクに連絡も取り合わなかった。

結婚の話も親戚から聞かされた始末で、俺は既に、家族というより、家族「だった」人の部類にいた。

だからと言って、弟や親を恨んでるなんて事は毛頭ない。どちらかと言えば、俺の方から家族と距離を置いたようなもの。思えば、構ってもらえない寂しさも、そんなに感じていなかった気がする。

家族ってのは、「ただ血が繋がってるだけの他人」だと誰かが言っていたが、あながち間違いじゃない。

「まあまあ、良いじゃん?『先輩』、って事で」

誠一のフォローに、弓子は怪訝ながらも「ふうん」と言って、話は終わった。

そうこうする内に、会場の照明が少しずつ暗くなり、会場入り口のドアにスポットライトが当たる。そして…

「新郎新婦の入場です!」

大袈裟なアナウンスと共に両扉が開き、2人のシルエットが会場内に大きく伸びた。

拍手の中、強張りながらもはにかむ弟と、その隣を歩く花嫁。

俺の想像通り、そこには、「可憐」を絵に描いたような女性が、純白のドレスに身を包んでいた───

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1時間後。俺は、度々襲ってくる眠気と退屈に、どうにか抗っていた。

誠一は既にコクリコクリと舟を漕ぎ、ヨシトはさっきから、あくびを連発している。このテーブルが、高砂席から離れた隅っこにあるからいいものの…あからさまに眠い様子を見られたらまずい。

けど…さすがに長すぎる。諸々の挨拶が10分程度で終わり、乾杯も終わり、コース料理も出尽くした。それでもまだ、終わらない。

俺達は、もう40分以上も、花嫁の生い立ちビデオを見せられていたのだ。

産まれたての赤ん坊の時から始まり、そこからほぼ1か月刻みでスライドショーが流れ…今現在、まだ5年しか時が進んでいない。

雛祭りとかクリスマスとか、年中行事で沢山撮ったやつならまだいいが…殆どが、それ以外のどうってことない、日常の1コマを映したものばかりだった。

弟も無表情で、だいぶ疲労の色が見える。しかし…花嫁はさっきから満面の笑顔。2人の温度差の違いが、最初こそ面白く思えたけど、今はもう笑える元気が無かった。

ふと、向かいの席に目をやる。弓子の席は、さっきからずっと空席のままだ。「ちょっとお手洗いに…」と言って会場を出たきり戻って来ない。

授業や行事がだるくなった時の、彼女の常套手段だ。今頃トイレかどこかで、スマホ片手に暇を潰しているに違いない。

…そう思ったら、何だか俺も、トイレに行きたいような行きたくないような…いや、そうと決まれば、即行動だ。

「すみません…ちょっと、お手洗いに…」

「かしこまりました、扉を出て向かいになります」

睡魔にやられ、ぬぼーんとしている誠一とヨシトを置いて、俺はそっと、会場の外に出た。すまん…!でもな、俺も限界なんだ。許せ。と心の中で謝りながら、トイレを突っ切った突き当りの喫煙ルームに逃げ込む。

「はあ~…」

開放感で満たされ、ため息が出る。と同時に、電子タバコの煙が、口から噴き出て頭上を覆った。

その光景が、何だか昔見た事がある気がして…換気扇に吸い込まれて消えていくまで、思わず見入ってしまった。

煙、白い煙…一体何だったっけ…?その場では思い出せず、顔を正面に降ろし、ガラスドア越しに広がる空間をぼーっと見ていた。

すると…トイレの方から、誰かがこちらに向かってくるのが見え…それが弓子だと分かった。

何だか酷く焦った感じで、、眼前に俺の姿を見るや否や、喫煙スペースのドアを開けた。

「あれ、弓子…」

「タイチ!…良かった…」

弓子は、俺にホッとした表情を向けながら、後ろ手でゆっくりとドアを閉めた後、胸に手を当てて呼吸を整えた。

「お前、上手い事逃げ出したな(笑)良かったって、何だよ?」

「……つまんないから外に出た訳じゃないの…ちょっと、気になる事があって…」

「え?あのビデオに?さては心霊写真があったとか?」

「……何ていうか…あの披露宴全体が、ちょっとおかしくない?」

さっきまで馬鹿話で盛り上がっていた弓子と、全く違う。でも、昔から弓子はおふざけが苦手だから、冗談ではない事はすぐに分かった。

「おかしいって例えば?」

「私達が呼ばれた事とか、タイチ君が家族席じゃない事とか…」

「それは、俺が家族と疎遠だからだよ、もう何年も喋ってないから、気まずいんじゃない?」

「だとしても、何で呼ぶの?わざわざ疎遠な人、呼ぶ必要ないじゃない」

弓子の言葉が、チクリと刺さる。親友とは言え、ここまで言われる筋合いは、正直無い筈だ。

「…さっきから、何、どうしたの?」

「……タイチには、凄く言いにくい事だって分かってる。でも私…もう会場には戻りたくない」

「だったら、このまま帰ればいいだろう」

「そういう事じゃないの。なんて言うか…あれって、新郎って…本当にユウイチ君なの?」

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え?

「ちょっと、ちょっと待ってよ、いくら疎遠でも、兄弟の顔ぐらいちゃんと覚えてるよ!あれがユウイチじゃないとしたら、誰なんだっつの!」

「そうだけどさ…」

「大体、ユウイチじゃないとして、誰が招待状送るんだよ。新手の詐欺にしたって、こんな手の込んだ事しねえよ、弓子、お前…離婚したからって、変に突っかかり過ぎじゃねえの?」

「そうじゃないよ」

「いや、そうだよ、…まあ、嫁さんはちょっと変わってる感じだけど…悪い、俺…戻るわ」

「だめ!」

「もお!何なんだよさっきから!」

「本当に気付かない?兄弟だからわかる?本当に?自動車事故の写真見ても、同じ事言える!?」

───お父さん、お母さん、ユウイチ!苦しいよ…

煙が充満する車内。体中が痛み、朦朧とした意識の中…割れたフロントガラスの向こうに、誰かの影を見た。

12歳の冬。ドライブへ出かけた俺達家族は、自動車事故に遭った。信号無視で横から走って来た車を避け切れず、ガードレールに激突したのだ。

両親と俺は、体を強く打ち、ガラスが体に刺さったものの軽傷だったが、幼かった弟は、運転する父親見たさに身体を前のめりにしていて…ぶつかった衝撃を一気に食らい、フロントガラスを突き破って、外に放り出された。

その事故以降、弟は、両親の介助無しでは生活出来なくなった。信号無視をした車には、弟と同じ年頃の女の子が乗っていたそうだ。遊園地に向かう途中だったらしい。

「4歳頃の写真の中に、事故を起こした車があった。子供の後ろ側…普通、ああいう写真ってちゃんと選ぶよね?…それに…ユウイチ君、いつから自立歩行出来るようになったの?」

それは、車中で撮られた写真だったという。アイスクリーム片手にピースサインをする女の子の背後。バックドアのガラス越しに、大破した車が映っていた。

嘘だ。嘘だ…ユウイチは、ちゃんと歩いてたじゃないか、花嫁を連れて。頸椎損傷して、体中にマヒが残っていたとは思えないくらいに、元気になっていたじゃないか!

「…あれは、ユウイチだよ…」

喫煙ルームを出ると、親族の中で唯一出席していた伯母が、青褪めた顔でトイレから出てくるのを見つけた。

「伯母さん…大丈夫?」

「あぁ、タイチ君…私もう帰るわ、あんな恐ろしいもの見てられない…!あんたも帰ったほうがいいよ」

「…どういう事ですか?」

「あんなのおかしいわ…」

嗚咽混じりの伯母さんの言葉を振り切って、会場に戻る。そこにはもう、可愛らしい子供の写真は映っていなかった。写真の代わりに写っていたのは、ゴシック体の大きな文字だった。

「ぼくは このおんなに めちゃくちゃにされました」

それは、いつか聞いた、視線入力型のキーボードによるもの。ユウイチが使っていたものと同じ…

「違う、違う…やめて…やめてよ…!」

花嫁に、もう笑顔は無かった。彼女の両親であろう男女2人は、映像を止めるでも何するでもなく…ただ茫然と、目の前で起きている事が信じられない様子だった。

「…なあ、ユウイチ…?お前、ユウイチだろう?」

「ぼくは ゆるすことは できません」

…なあ、どうしたんだよ。俺は…お前がずっと不憫だった。だから、自分から両親の愛情から身を引いたのに…!

「たいち うそついて ごめん」

嘘って…何だ?そういえば、両親は…?親父とお袋、どこにいるんだ?こんな時に…なんで…

「君のおばあさん、良い人だな…息子に必要なお金、君の家族の代わりに全部負担してくれたよ」

「息子?…ユウちゃん、何言ってるの…?」

「息子は幸せになるはずだった。君のように。何一つ罪悪感を感じる事無く…何の苦しみも味わう事無く…」

何で、何で誰も、映像を止めようとしないんだ…

「ユウイチ!!…もうやめろ!お前、十分頑張ったじゃないか、こんなに歩けるようになって…」

「…タイチ、久しぶりだな…」

眼前に佇む男は、確かにユウイチの筈…なのに、何だろう、この違和感。

体の中を、デカい毛虫が這うような、そんな感覚。

「ユウイチ…?」

「済まなかったな…俺は…お前に親らしい事、何も出来なかった。母さんも悔やんでいたよ───」

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気付くと、俺はベッドの上に寝かされていた。うう、と声をあげると、体の右側から足音が聞こえ、誠一が俺の顔を覗いた。ここはホテルの客室で、俺はスタッフに担ぎ込まれたらしい。

「起きたか、心配したぞ、大丈夫か?」

「ああ…ヨシトと弓子は?」

「弓子は帰った。ヨシトは一服。あと…言いにくいんだけど、式は中止になったよ」

「えっ…なんで」

「俺も分からない。途中から何故かすごく眠くて…オレもヨシトも、スタッフに起こされてさ。気が付いたら、新郎新婦もいないし。会場の片付けが始まってたよ」

「…俺は、なんで倒れたんだ?」

そう聞くと、誠一は急に口をつぐんだ。言うべきかどうか、明らかに気まずい表情を浮かべている…俺は、誠一の腕を掴んだ。

「なあ、なんでだ…あいつは…ユウイチだった───」

「お前な、だいぶ酔ってたぞ、ペース配分考えないと!なっ」

誠一は、俺の手を腕からゆっくり外して、ベッドに寝かせた。見え透いた嘘。彼なりの配慮だろうが、つらい。

「おぉ、タイチ起きたか、大丈夫か?まあ…これ飲んで元気出せ!」

一服から戻ったヨシトが、そう言ってテーブルにワインを置いた。ご祝儀はスタッフから返却され、その金で奮発したそうだ。

「独身男3人が、ホテルの部屋で高級ワインか…、色気もくそもねえな(笑)」

「まあ、良いじゃんか、クリスマスプレゼントだよ、ほら」

「…乾杯」

窓を見ると、既に日が暮れていた。中庭を、大きなクリスマスツリーや、イルミネーションが彩る。

そして、「メリークリスマス!」という掛け声と共に、別の新郎新婦が、カメラに笑顔を向けていた。

ユウイチ達も、もしかしたら、あんな風になれたかも知れない。

「ぷはぁー美味い!それにしても、変な披露宴だったよなあ?他の招待客、どうしたんだろうな?」

「…寝てたよ、全員…おかしいよな」

「だよなぁ?おれも途中から眠くて…緊張してたのかな?タイチ、お前途中からどこ行ったの?」

「ああ…俺も眠くて、一服してた」

嘘だ。けど、そうした方がいい。今日はクリスマスイブ。

「俺達、悪い夢でも見てたんだよ」

ふと、視線を感じて、中庭の奥に目をやる。建物の陰に、男の姿が立ってこちらを見ていた。

「ユウ、イチ…?」

違う。あれは…

男は手を振ると、陰の中に消え入るように、去っていった。

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