6歳下の弟の結婚が決まったのは、一昨年の暮れの事。季節はいよいよ年末とあって、俺の心も財布も、いつもより寂しくなりつつあった。
と言うのも、披露宴の日がクリスマスイブなのだ。
何もこんな寒い時期に…なんて愚痴をこぼす人も少なからずいたが、末弟の目出度い日が、世間的にも賑やかな時期と重なるとあれば、これほど良い事は無い。しかも、会場は最近出来たばかりだという、高級ホテルだ。
「お、誠一も呼ばれたのか」
「そうそう、弓子も来るよ!これってなんか、同窓会みたいだな」
同郷なのと、弟と何回か交流があったという事だろう。俺の高校時代の友達も、数人呼ばれていた。
「そういえば、皆プレゼント『幾ら』持ってきた?」
「幾ら、ってなんだよ。プレゼントなら『幾つ』だろ?」
「今日に限っては『幾ら』だろ?(笑)クリスマス結婚なんだから、あいつにとって、俺達のご祝儀がプレゼントみたいなもんだ(笑)」
「ばか!これをクリスマスプレゼントなんて言って渡す奴がいるかよ(笑)」
「まあ、そうだな!なんてったって、新郎にとってのプレゼントは花嫁だもんな~!」
「もう、声がデカいから(笑)やめてよね~あんたら!」
ホテルの中は、さすが高級とあって、いかにも高そうな調度品があちこちに置かれていた。披露宴会場も同様で、高砂席を照らすように大小幾つものシャンデリアが輝き、客席のテーブルには、色とりどりの薔薇が飾られていた。
「ユウイチの花嫁って、どんな人なんだろうな?」
と誰かが言っていたが、恐らく可愛らしい女性なのだろう。会場の雰囲気全体が、ピンクや白、パステルカラーと言った何とも「女性らしい色」で纏まっているのが、その証拠だ。
なんて考えながら、食事のメニューを眺めていると…向かいに座っていた弓子が聞いた。
「そういえば、何でタイチ君、家族席じゃないの?」
不思議がるのも無理はない。…実は、俺と両親はもう、10年以上交流が無い。
もっと言えば、弟ともあまり会話が無いまま、今日まで来てしまったのだ。
弟は、両親が付きっ切りで介助しないと生活出来なかった。その為、俺はほったらかしにされて…実家を出たきり、帰省はおろか、ロクに連絡も取り合わなかった。
結婚の話も親戚から聞かされた始末で、俺は既に、家族というより、家族「だった」人の部類にいた。
だからと言って、弟や親を恨んでるなんて事は毛頭ない。どちらかと言えば、俺の方から家族と距離を置いたようなもの。思えば、構ってもらえない寂しさも、そんなに感じていなかった気がする。
家族ってのは、「ただ血が繋がってるだけの他人」だと誰かが言っていたが、あながち間違いじゃない。
「まあまあ、良いじゃん?『先輩』、って事で」
誠一のフォローに、弓子は怪訝ながらも「ふうん」と言って、話は終わった。
そうこうする内に、会場の照明が少しずつ暗くなり、会場入り口のドアにスポットライトが当たる。そして…
「新郎新婦の入場です!」
大袈裟なアナウンスと共に両扉が開き、2人のシルエットが会場内に大きく伸びた。
拍手の中、強張りながらもはにかむ弟と、その隣を歩く花嫁。
俺の想像通り、そこには、「可憐」を絵に描いたような女性が、純白のドレスに身を包んでいた───
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1時間後。俺は、度々襲ってくる眠気と退屈に、どうにか抗っていた。
誠一は既にコクリコクリと舟を漕ぎ、ヨシトはさっきから、あくびを連発している。このテーブルが、高砂席から離れた隅っこにあるからいいものの…あからさまに眠い様子を見られたらまずい。
けど…さすがに長すぎる。諸々の挨拶が10分程度で終わり、乾杯も終わり、コース料理も出尽くした。それでもまだ、終わらない。
俺達は、もう40分以上も、花嫁の生い立ちビデオを見せられていたのだ。
産まれたての赤ん坊の時から始まり、そこからほぼ1か月刻みでスライドショーが流れ…今現在、まだ5年しか時が進んでいない。
雛祭りとかクリスマスとか、年中行事で沢山撮ったやつならまだいいが…殆どが、それ以外のどうってことない、日常の1コマを映したものばかりだった。
弟も無表情で、だいぶ疲労の色が見える。しかし…花嫁はさっきから満面の笑顔。2人の温度差の違いが、最初こそ面白く思えたけど、今はもう笑える元気が無かった。
ふと、向かいの席に目をやる。弓子の席は、さっきからずっと空席のままだ。「ちょっとお手洗いに…」と言って会場を出たきり戻って来ない。
授業や行事がだるくなった時の、彼女の常套手段だ。今頃トイレかどこかで、スマホ片手に暇を潰しているに違いない。
…そう思ったら、何だか俺も、トイレに行きたいような行きたくないような…いや、そうと決まれば、即行動だ。
「すみません…ちょっと、お手洗いに…」
「かしこまりました、扉を出て向かいになります」
睡魔にやられ、ぬぼーんとしている誠一とヨシトを置いて、俺はそっと、会場の外に出た。すまん…!でもな、俺も限界なんだ。許せ。と心の中で謝りながら、トイレを突っ切った突き当りの喫煙ルームに逃げ込む。
「はあ~…」
開放感で満たされ、ため息が出る。と同時に、電子タバコの煙が、口から噴き出て頭上を覆った。
その光景が、何だか昔見た事がある気がして…換気扇に吸い込まれて消えていくまで、思わず見入ってしまった。
煙、白い煙…一体何だったっけ…?その場では思い出せず、顔を正面に降ろし、ガラスドア越しに広がる空間をぼーっと見ていた。
すると…トイレの方から、誰かがこちらに向かってくるのが見え…それが弓子だと分かった。
何だか酷く焦った感じで、、眼前に俺の姿を見るや否や、喫煙スペースのドアを開けた。
「あれ、弓子…」
「タイチ!…良かった…」
弓子は、俺にホッとした表情を向けながら、後ろ手でゆっくりとドアを閉めた後、胸に手を当てて呼吸を整えた。
「お前、上手い事逃げ出したな(笑)良かったって、何だよ?」
「……つまんないから外に出た訳じゃないの…ちょっと、気になる事があって…」
「え?あのビデオに?さては心霊写真があったとか?」
「……何ていうか…あの披露宴全体が、ちょっとおかしくない?」
さっきまで馬鹿話で盛り上がっていた弓子と、全く違う。でも、昔から弓子はおふざけが苦手だから、冗談ではない事はすぐに分かった。
「おかしいって例えば?」
「私達が呼ばれた事とか、タイチ君が家族席じゃない事とか…」
「それは、俺が家族と疎遠だからだよ、もう何年も喋ってないから、気まずいんじゃない?」
「だとしても、何で呼ぶの?わざわざ疎遠な人、呼ぶ必要ないじゃない」
弓子の言葉が、チクリと刺さる。親友とは言え、ここまで言われる筋合いは、正直無い筈だ。
「…さっきから、何、どうしたの?」
「……タイチには、凄く言いにくい事だって分かってる。でも私…もう会場には戻りたくない」
「だったら、このまま帰ればいいだろう」
「そういう事じゃないの。なんて言うか…あれって、新郎って…本当にユウイチ君なの?」
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え?
「ちょっと、ちょっと待ってよ、いくら疎遠でも、兄弟の顔ぐらいちゃんと覚えてるよ!あれがユウイチじゃないとしたら、誰なんだっつの!」
「そうだけどさ…」
「大体、ユウイチじゃないとして、誰が招待状送るんだよ。新手の詐欺にしたって、こんな手の込んだ事しねえよ、弓子、お前…離婚したからって、変に突っかかり過ぎじゃねえの?」
「そうじゃないよ」
「いや、そうだよ、…まあ、嫁さんはちょっと変わってる感じだけど…悪い、俺…戻るわ」
「だめ!」
「もお!何なんだよさっきから!」
「本当に気付かない?兄弟だからわかる?本当に?自動車事故の写真見ても、同じ事言える!?」
───お父さん、お母さん、ユウイチ!苦しいよ…
煙が充満する車内。体中が痛み、朦朧とした意識の中…割れたフロントガラスの向こうに、誰かの影を見た。
12歳の冬。ドライブへ出かけた俺達家族は、自動車事故に遭った。信号無視で横から走って来た車を避け切れず、ガードレールに激突したのだ。
両親と俺は、体を強く打ち、ガラスが体に刺さったものの軽傷だったが、幼かった弟は、運転する父親見たさに身体を前のめりにしていて…ぶつかった衝撃を一気に食らい、フロントガラスを突き破って、外に放り出された。
その事故以降、弟は、両親の介助無しでは生活出来なくなった。信号無視をした車には、弟と同じ年頃の女の子が乗っていたそうだ。遊園地に向かう途中だったらしい。
「4歳頃の写真の中に、事故を起こした車があった。子供の後ろ側…普通、ああいう写真ってちゃんと選ぶよね?…それに…ユウイチ君、いつから自立歩行出来るようになったの?」
それは、車中で撮られた写真だったという。アイスクリーム片手にピースサインをする女の子の背後。バックドアのガラス越しに、大破した車が映っていた。
嘘だ。嘘だ…ユウイチは、ちゃんと歩いてたじゃないか、花嫁を連れて。頸椎損傷して、体中にマヒが残っていたとは思えないくらいに、元気になっていたじゃないか!
「…あれは、ユウイチだよ…」
喫煙ルームを出ると、親族の中で唯一出席していた伯母が、青褪めた顔でトイレから出てくるのを見つけた。
「伯母さん…大丈夫?」
「あぁ、タイチ君…私もう帰るわ、あんな恐ろしいもの見てられない…!あんたも帰ったほうがいいよ」
「…どういう事ですか?」
「あんなのおかしいわ…」
嗚咽混じりの伯母さんの言葉を振り切って、会場に戻る。そこにはもう、可愛らしい子供の写真は映っていなかった。写真の代わりに写っていたのは、ゴシック体の大きな文字だった。
「ぼくは このおんなに めちゃくちゃにされました」
それは、いつか聞いた、視線入力型のキーボードによるもの。ユウイチが使っていたものと同じ…
「違う、違う…やめて…やめてよ…!」
花嫁に、もう笑顔は無かった。彼女の両親であろう男女2人は、映像を止めるでも何するでもなく…ただ茫然と、目の前で起きている事が信じられない様子だった。
「…なあ、ユウイチ…?お前、ユウイチだろう?」
「ぼくは ゆるすことは できません」
…なあ、どうしたんだよ。俺は…お前がずっと不憫だった。だから、自分から両親の愛情から身を引いたのに…!
「たいち うそついて ごめん」
嘘って…何だ?そういえば、両親は…?親父とお袋、どこにいるんだ?こんな時に…なんで…
「君のおばあさん、良い人だな…息子に必要なお金、君の家族の代わりに全部負担してくれたよ」
「息子?…ユウちゃん、何言ってるの…?」
「息子は幸せになるはずだった。君のように。何一つ罪悪感を感じる事無く…何の苦しみも味わう事無く…」
何で、何で誰も、映像を止めようとしないんだ…
「ユウイチ!!…もうやめろ!お前、十分頑張ったじゃないか、こんなに歩けるようになって…」
「…タイチ、久しぶりだな…」
眼前に佇む男は、確かにユウイチの筈…なのに、何だろう、この違和感。
体の中を、デカい毛虫が這うような、そんな感覚。
「ユウイチ…?」
「済まなかったな…俺は…お前に親らしい事、何も出来なかった。母さんも悔やんでいたよ───」
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気付くと、俺はベッドの上に寝かされていた。うう、と声をあげると、体の右側から足音が聞こえ、誠一が俺の顔を覗いた。ここはホテルの客室で、俺はスタッフに担ぎ込まれたらしい。
「起きたか、心配したぞ、大丈夫か?」
「ああ…ヨシトと弓子は?」
「弓子は帰った。ヨシトは一服。あと…言いにくいんだけど、式は中止になったよ」
「えっ…なんで」
「俺も分からない。途中から何故かすごく眠くて…オレもヨシトも、スタッフに起こされてさ。気が付いたら、新郎新婦もいないし。会場の片付けが始まってたよ」
「…俺は、なんで倒れたんだ?」
そう聞くと、誠一は急に口をつぐんだ。言うべきかどうか、明らかに気まずい表情を浮かべている…俺は、誠一の腕を掴んだ。
「なあ、なんでだ…あいつは…ユウイチだった───」
「お前な、だいぶ酔ってたぞ、ペース配分考えないと!なっ」
誠一は、俺の手を腕からゆっくり外して、ベッドに寝かせた。見え透いた嘘。彼なりの配慮だろうが、つらい。
「おぉ、タイチ起きたか、大丈夫か?まあ…これ飲んで元気出せ!」
一服から戻ったヨシトが、そう言ってテーブルにワインを置いた。ご祝儀はスタッフから返却され、その金で奮発したそうだ。
「独身男3人が、ホテルの部屋で高級ワインか…、色気もくそもねえな(笑)」
「まあ、良いじゃんか、クリスマスプレゼントだよ、ほら」
「…乾杯」
窓を見ると、既に日が暮れていた。中庭を、大きなクリスマスツリーや、イルミネーションが彩る。
そして、「メリークリスマス!」という掛け声と共に、別の新郎新婦が、カメラに笑顔を向けていた。
ユウイチ達も、もしかしたら、あんな風になれたかも知れない。
「ぷはぁー美味い!それにしても、変な披露宴だったよなあ?他の招待客、どうしたんだろうな?」
「…寝てたよ、全員…おかしいよな」
「だよなぁ?おれも途中から眠くて…緊張してたのかな?タイチ、お前途中からどこ行ったの?」
「ああ…俺も眠くて、一服してた」
嘘だ。けど、そうした方がいい。今日はクリスマスイブ。
「俺達、悪い夢でも見てたんだよ」
ふと、視線を感じて、中庭の奥に目をやる。建物の陰に、男の姿が立ってこちらを見ていた。
「ユウ、イチ…?」
違う。あれは…
男は手を振ると、陰の中に消え入るように、去っていった。
作者rano_2
毎月お題の掲示板より。