天然の狸(たぬき)と狐(きつね)女房

中編4
  • 表示切替
  • 使い方

天然の狸(たぬき)と狐(きつね)女房

 今回は狸(たぬき)と狐(きつね)についての雑談コラム話。昔話や怪談でよく出て来る動物キャラクターについて。

nextpage

 一般に狸(たぬき)というと、太った間抜けなイメージがあるが、野生動物がブクブク太っているわけがない。どうも毛皮で「着膨れ」しているだけで、本体はスマートで、割と足も速いとか(調べたらわかった)。

 いわゆる「筋肉ダルマ」の熊やライオンは別として、一般的には牧場の家畜の方が太っているに決まっている。ちなみにパンダは熊に近い類で、実は肉も食べられるらしく、家畜を襲った前科があるそうだ(見た目に騙されてはいけない)。

 本題の「狸」(たぬき)は実物と一般的イメージに大きな差異があるようで、どうも外見からして、アライグマと混同されている説がある。実は耳は三角形で、尻尾に縞模様もないらしい。

 あの、狸の間抜けなイメージは、見た目の雰囲気や、餌を漁りにわざわざ人里に出て捕獲されることがしばしばだったからなのか。字(狸)からして「里の獣」であり、村里近い里山などでぶらついている習性でもあったのかもしれない。

nextpage

 たぬき汁にされる話も昔話でよく出て来る。

 狸は犬に近い類で、昔は世界中で犬が食用されており、現在にも朝鮮半島・中国大陸・東南アジアなどでは食べられる。犬肉は意外と美味しい説があるが、狸も美味なのかもしれない。

 遭遇率の高かったであろう昔の村人からすれば、毛皮と肉を持って、わざわざ人里に出没するのだから、「間抜け」な「天然ボケ」した動物キャラクターになる。

 あの「カチカチ山」ではないが、お馬鹿な感じ。

 あるいは見た目に反して肉が少ないことで逆恨みされたり、「化ける」イメージが連想されたのだろうか? 太っているという偏見も、「これでもう少し肉付きが良ければ」という願望が原因だったかもしれない。

 ただし、狸は「ぶんぶく(分福)茶釜」の題材にされたり、陶器の置物(縁起物)にされたり、昔の貧しい村人たちには「お人好し」「性格が良い」との善意の解釈で喜ばれていた面もあるかもしれない。

 それに毛皮で「着膨れ」とは、つまり「富んでいる」イメージでもあっただろう。狸の変身は「大怪獣」などの「ビッグになる」場合も多いが、そこから成長・発展・秘めた実力などの良い縁起が連想されたか?

nextpage

 一方の狐(きつね)はより狡猾で賢いイメージがある。

 また見た目がスマートでエレガントなせいなのか、「狐女房」の昔話もあるようだ。見た目は案外に大切である。

 昔の「大鏡」という歴史物語の類似品・シリーズ作品で「水鏡」という書物があり、そちらにも狐女房の逸話が登場している。かなり古くからあるイメージであるらしい。

nextpage

 なお、狐で有名な「お稲荷さま」は、実はインドの密教呪術が起源らしい。

 平安時代に空海(弘法大師)が密教を輸入したわけだが、当時には、仏教は国家鎮護や繁栄のための白魔術(良い魔術)として有難がられたらしい。

 そして「お稲荷さま」は、その民間普及バージョンみたいなもの。シバ神の妃の眷属であるとされる。インドでは本来はジャッカル(野干)だったそうだが、日本にジャッカルはいないので、狐と解釈されたとか。

 なお同じ時期に最澄(伝教大師)が天台宗も輸入している。

 天台宗はインド由来の法華経を中心として中国で発達した宗派・学説である。奈良・飛鳥時代に聖徳太子が法華経についての注釈を書いており、平安時代には広く普及していた(当時の古典にも登場)。

 鎌倉時代にその伝統をリバイバルしたのが日蓮上人。ただし、現在の創価学会は在日コリアンなどが偽装したカルトで、伝統・法華経を偽装して日本人を騙しており、日蓮宗と争っているとか。

 現在の日本では伝統宗派の寺や神社などでも、左翼や在日コリアンに乗っ取られている場合があるそうで、問題になっている。

nextpage

 なお、中世のフランスでは「ルナール狐」という昔話(笑い話)のシリーズがあり(邦訳あり)、そちらでも狡猾なイメージがある。

 狐が「賢い」とされるのは、実物の理由がないわけでもないだろう。

 アーネスト・シートンの動物記に、銀ギツネ(ドミノ)の話がある。

 その銀ギツネは逃げ方が巧妙で、追跡してくる犬をわざと線路の逆走に誘い込み、正面から列車が来てライトで目が眩んだ犬どもは皆殺し(自分だけ川に飛び込んで逃げたとか)。

 更には、川の氷の上をピョンピョン逃げて、追いかけた犬は体重が重いので、氷が割れてドボン。凍えながら溺死させて一巻の終わり。

 もしわかっていて「わざとやっている」のだとしたら、狡猾なことこの上ない。

nextpage

 狐の場合には見た目と雰囲気も賢そうなので、そういう「賢くて狡猾」と解釈されたのか。

 逆に考えれば、「美人でスタイルが良く、しかも賢い」女房を欲しがる男の願望が「狐女房」の昔話になったのか。ただし悪い狐女に騙される話もあるようで、狡い女を「女狐」と呼ぶのが定番でもある。

 逆に「狸女房」の話をあまり聞かないのは、あまり極端にお人好しすぎる(間抜け・お馬鹿な)女房も考えものだからかもしれない(太りすぎや、着膨れするほど服を欲しがられて困るとか?)。

 罵倒で狸扱いされるのは男性が多いようだ。ただし(味方である限り)「分福茶釜」のように友人である場合には歓迎らしい。

 いずれにせよ、人間のエゴというものである。

Concrete
コメント怖い
0
1
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ