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長編8
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踏みにじられた義憤

【今回は、大変に適切で無い言葉遣いや罵詈雑言が飛び交います。御注意下さい】

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街灯すら結構な距離に有る闇夜、舗装されてすらいない、泥や埃(ほこり)にまみれた道の隅で、二つの人影がひしめき合っている。

「んーっ!!んぅーっ!!」

女が口を塞がれており、ガタイの良い男が、力の差が圧倒的であるのを良い事に、組み強(し)いて無理矢理行為に及ぼうとしている。

「Oh………good day………」

軍服を着た男が、涎(よだれ)を垂らしながら、ギラギラした眼光で、濃い目の化粧をした女を今少しの状態で押し倒していた。

「Stop it!」

「Ahっ?!」

バゴォっ!!バキィっ!!

英語で制する言葉が発せられた直後に数発、棒状の得物を振り下ろされ、叩き打つ音が闇に響く。

「F*** you!Kill you!」

無言で得物を振り下ろす存在と対照的に、罵詈雑言を浴びせる軍服の男。

「Jesus!」

ガっ!!と軍靴(ぐんか)で棒で叩きまくっていた存在を蹴り上げ、顎(あご)を捉えた。

「うわぁぁっ!!」

「Ahっ!!」

男の声が響き、その存在も、のけぞりながら見事に軍服の股を捉えた。ズカっと急所を勢い良く蹴り上げる。

「Ah~っ!!Ah~oh~っ!!」

軍服の勇ましさとは正反対に剥き出したシンボルにクリーンヒットし、呻(うめ)き声を上げながら、四つん這いになりながら、ヒョコヒョコと退却する軍服と、顎を蹴り上げられた勢いで壁に頭をぶつけたのか、その場に伸びてしまった男………

起き上がった女がヨロヨロと立ち上がりながら、気を失った男を見る。

「ふんっ、礼なんか言わないよ。馬鹿な男だねェ。進駐軍を蹴飛ばしたんじゃあ、無事じゃ済まないだろうさ」

唾を吐き掛け、男に声を掛けるどころか、小馬鹿にした言葉を発して有ろう事か男の頭を蹴飛ばして、街灯の在る場所にヨロヨロと再び歩いて行く女。

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「又だよ、何人の餓鬼が訊いて来(く)んだ。細身の先生なんて、誰も知らないってのに」

貫禄の有る女………いわゆるパンパンこと戦後に居た娼婦の元締めである薊(あざみ)が、仲間達に愚痴っている。

「八千代(やちよ)の奴、一体何してんだろうね」

「あの馬鹿、夜遅くに帰って来てから、ずーっと変なんだよ。昼間は寝てばっかだしさ」

スパーと煙草を吹かしながら、八千代と言う仲間の一人に関して違和感を覚えている。

「米兵相手だろ?爆弾落として、親兄弟殺した相手に、良く抱かれようって思うわ。餓鬼が襲われたりしない様にって防波堤になってりゃ、それに越した事ァ無いけどね」

ボンヤリと薊は、卓子(テーブル)の端のチョコレートの箱をおもむろに引き寄せる。

「ふんっ」

すぐに興味を失ったか、再び遠くに放(ほう)る。

彼女等の過ごす建物は、管理人が居たらしい下宿の様な場所だが、その人物が戦災で焼け出されたかで行方知れずになり、いつの間にやら売春婦が住み着き、薊がそのパンパンないし立ちんぼの集団をまとめる様になっていた………が、此処数日に子どもが、先生と言う男の行方を訊きに来る事が頻繁に起こり、中々客を連れ込んで商売をする機会に恵まれないでいる。

やろうと思えばやれるのだが、男が困ってしまい臨戦態勢が整わないのと、その手の商売とは言え、見ず知らずの年端も行かぬ子どもの前で出来る様な、或る種の恥知らずでは無いと言う矜持も、一応は持ち合わせている。

そして、八千代と言う一応は仲間だが、反抗的な態度を取って来たり、米兵や金銭払いの良い客としか商売をしない鼻っ柱の強い奴が、この頃だと昼は寝ていて、夜になると起き出す………だが、商売目的で外に繰り出すで無く、バリバリと何故か畳に爪を立てたり、四つ足で背伸びをしたりと、奇妙な行動を寝起き部屋で取っているのである。時には変な唸り声を上げたり………盛(さか)りの時期を迎えた猫を思わせる行動が幾つか見受けられる。

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「八千代。あんたさァ、細身の男なんて知ってる?色んな餓鬼が何回も何回も訊いて来(く)んのさ」

「さあね。あっ、痛っ。何なのコレ」

「あんた、何引っ掻いてんの」

「知らないよ、こんなん」

猫の真似事と言うより、今度は猫に引っ掻かれた様な赤い筋が、八千代の腕に現れている。幾筋(いくすじ)も幾筋も。

「ヤブ医者だけど、診て貰いなよ。毒皿(どくざら)って爺さん」

「赤チン塗られて終わりでしょうよ」

「つべこべ言わないで行きなっ!!ホレ来なさいや!」

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「毒皿医院」と手書きの粗末な看板の建物に、八千代と付き添いで薊が入る。

歯の欠けた、眼帯で手がブルブルと震えている、明らかに危なっかしい老人が、グイグイと八千代の腕の引っ掻き傷の様な痕を確かめる。

「痛っ!!引っ張んなよ色ボケ!安か無いんだよ!」

「八千代っ!!取り敢えず黙ってな!悪いねェ先生よ」

薊がバシンと八千代の頭をはたき、八千代は薊を睨み付けながら、毒皿は毒皿で意に介さない感じで、鼻で軽く溜め息をついて、申し訳程度に軟膏を塗って行く。

「へっへ、赤チンよりは効くだろうけど、俺ァ狐憑(きつねつ)きならぬ、猫憑きみたいな感じだと思うね、こいつァ」

「?!」

「医者の分際で、あんた非科学的なのを信じるのかい。然し、確かにこいつの猫みたいな動き方は猫の呪いだと思われても仕方無いだろうね。八千代、猫に何かした事有んのかい」

「知らないったら!」

全てを振り切り蓋をしたいが如き表情の八千代、その態度に明らかに何かを隠していると感じる薊と、ヤブ医者とは言え、未体験の事態の患者を前にして何も言葉を足せないでいる毒皿。

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「ニギャーオ!ぐぁぁぁっ!!」

「八千代っ!!いい加減にしな!えっ?!ひぃぃっ!!姐さん!姐さん!」

パンパンの一人である米実(よねみ)が、腰を抜かしながら薊を呼ぶ。

5:00前を指した柱時計が、カチカチと振り子を動かす中、寝起きの赤い目をした薊が、廊下を歩いて来る。

「米実………やっと飲んだくれが少し弾んでくれたのに、明け方に騒ぐんじゃ無………何コレ」

「わぁーっ、わぁーっ、わぁーっ、わぁーっ」

喰い縛られた八千代の口から、ベトベトと唾液が流れ落ちており、爪で引っ掻いた畳を濡らしている。

そして、棒読みの掛け声と共に、無表情の影の形をした子ども………正しくは、子どもの形をした影の集団が、目に当たる部分を白く光らせながら、八千代に棒状の得物をズドン、ズドンと突き立てているではないか。

────それは正に、「討ちてし止まん鬼畜米英」

とつい最近迄やっていた、精神論の塊とも言える、竹槍訓練の再現であった。

「鬼畜米英ーっ、先生を返せーっ、鬼畜米英っ!!先生を返せ────っ」

「先生って誰だよっ!!ウァギャーっ!!シャーっ!!先生なんて知るかよ!ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

身体中から血を滲ませながら、ゴロリと朝日の照らす部屋の真ん中で、八千代が力無く転がる。

子どもの形をした、棒読みの影の集団は消え失せており、八千代は畳の上の自身の血と唾液と涙にまみれていた。

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致し方無く、新しい布団に八千代を寝転がせて、眠い目をこすりながら朝食を済ませた薊達が、朝の掃除の前に暫し眠ろうとしたその時、カラカラと引き戸が勝手に開かれる。

「おいっ!!呼び鈴位押しなっ!!戸を叩く礼儀も知らな………」

米実が、他のパンパンと共に怒鳴り付けようとした直後、金属音が響いて、緑色の軍服に白いヘルメットの集団が、銃を構えた。

「代表者は誰だ」

「アタイだよ」

見た目が、アメリカと日本のハーフを思わせる彫りの深い感じの男が、薊を見て頷く。

「進駐軍が朝っぱらから何の用だい」

「幾日か前に、あんたの仲間に無礼を働いた事を、御詫びしたく、来た」

「無礼?あんた達、こいつ等に何やったか覚えてる?」

後ろに居た米実を含め、後ろに居た彼女等に訊いたが、全員が初めて見た顔と、首を傾げたり横に振ったりしている。

「それと、子ども等が先生とやらを捜してるらしい」

薊が「又かよ」とばかりに返す。

「こっちに、入れ替わり立ち替わりじゃ無いけどさ、餓鬼が来るんだよ。先生は先生は、ってさ。細身の優男ってのか、写真だと好青年な感じだったけどね」

「おばちゃーんっ」

「うん?」

薊よりも先に反応した、彼女等に訊いていたハーフらしき男────MPの通訳が、子どもを通そうと進駐軍連中に、拳銃や小銃をしまってから道を空ける様に促す。

「おばちゃんおばちゃん言うな。先生なんて知らないよ」

「ううん、違うんだ。先生見付かったから有難う、おばちゃん」

「はあ?そりゃ良かったろうけど、おばちゃん言うな」

「Hey!」

黒人の進駐軍の一員が、ギョっと驚いている。

「どうした、リチャード、………おや?」

「ちょっとアンタ等さァ、玄関先で何を………」

違和感に薊も気付いて、パンパンに進駐軍と、大の大人が十人近く、キョロキョロと辺りを見回している。

「………居ない」

好き勝手喋っていた筈の子どもが、煙や手品の如く消え去っていた。

────寝室で八千代が、そして進駐軍専用の医療施設では、あの八千代を襲うも男に妨害され、最後には急所を蹴り上げられた米兵が変わり果てた姿となっている。全身や顔に、猫の引っ掻き傷を受けた様な状態で。

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「ニャーン」

茶トラの猫が、スラックスの足元で一回りする。

「おー、チャコ。来てくれたか」

「先生、顔の傷は大丈夫なの?」

チャコと呼ばれた猫を抱き上げた直後に先生と呼ばれたスラックスの持ち主が、子どもの視点になる様に腰を下ろして、猫も優しく足元に下ろされる。

「有難う、君と皆の御蔭で顎は痛くなくなったよ」

「あー良かった」

男の子………パンパンの女達に、何度も訊きに来ていた少年が嬉しそうにはにかんでいて、先生と呼ばれた人物────子ども達の捜していた写真の細身の男────も微笑み、猫も足元にまとわりつきながら、彼等や子どもの集団を追い掛けて行く。

………彼等の歩き去った遥か後ろで、チョコレートや飴玉を積んだ進駐軍のジープが、土埃を上げて走って行く。

Concrete
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