中編4
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指切り

 ゆーびきりげんまん うそついたらはりせんぼん のーます ゆびきった

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 僕が幼なじみのアキと再会したのは、取引先の重役に誘われて訪れたキャバクラでのことだった。

 はじめのうちはお互い気が付かなかったが、子供時代の話題になり、近所の公園でよく一緒に遊んだ女の子がいたこと、思えば彼女こそ自分の初恋の人だったことなど、とりとめもない話をしているうちに、「もしかして、カズくん……?」とアキの方から訊いてきたのだった。

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 二十八になったアキは、美しい大人の女性になっていた。どこか陰のある表情もまた、僕の目には魅力的に映った。

 僕らが男女の関係になるのに、そう時間はかからなかった。

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「帰るの? たまには泊まっていけばいいのに……」

「ごめん、明日朝から会議なんだ。また今度」

 アキの住む部屋で行為を終えた僕は、シャワーで汗を流したあと、いそいそと帰り支度を始める。灯りを消した部屋は、情事の匂いに満ちていた。

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「……ねぇ。私たち、どういう関係?」

「なんだい、いきなり。恋人だろ?」

「会えるのは私がオフの日の夜、ちょっとの時間だけ……。ねぇ、わかるでしょ? 私たち、大人になったのよ。公園で遊んでた、あの頃とは違う」

 ついにか。

 いつかこういう日が来るとは思っていた。

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「うん、そうだね。僕だってちゃんと考えてるよ、その、結婚とか……」

「本当?」

「本当さ」

「本当に本当?」

「本当に本当さ」

「嬉しい。……ちょっと待ってて」

 アキは裸のまま部屋を出ていった。 

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 ゴトン。

 台所からなにやら音がしていたかと思うと、青い顔をしたアキが、それでも口もとに笑顔を浮かべて戻ってきた。小さな紙袋を手に持っている。

「これ、持っていって。あとで家で開けてね」

「なんだい、これ?」

「私の気持ち」

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 アキの部屋を出た僕は、暗い夜道を歩きながら、財布の小銭入れに入れていた結婚指輪を取り出すと、左手の薬指にはめた。

「潮時だな……」

 さあ帰ろう、家族が待つ我が家へ。

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「馬場さん、お疲れ様です……」

「おう。どうだった? 例の取り調べは」

 若い刑事はげんなりした顔で応える。

「あの女、ガイシャと交際していたこと自体は認めてるんですが……」

「ヤったのは自分じゃない、と」

「ええ……」

 ガイシャは伊藤健治、29歳、会社員。一方、ホシと思われる人物は門倉亜希、29歳。

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「伊藤は自分が既婚者であることを隠して、門倉と交際していたようです」

「悪い男だね」

「なんでもふたりは元々幼なじみだそうで、昨年、偶然門倉が働くキャバクラで再会して、関係を持つようになったそうで」

「この門倉って女は、ヤクザもんの情婦と調書にあるな……。その店も息がかかってんだろう。アブナイ職場恋愛もあったもんだ」

 伊藤健治が死んだ。疑われたのは門倉亜希。なぜなら。

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「ガイシャの口の中に、女の小指が入ってた、っていうんだな?」

「はあ……。で、調べたところ門倉亜希が浮かんだそうでして……」

「最近小指をなくした女なんて、探し回ればすぐ見つかるだろうからな。しかし奴さん、なんでそんなもの咥えてた?」

「さあ……。その点以外も、ちょっと異常ですからね。俺、このヤマ関わりたくないっすよ、正直……」

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 男の口の中からは、女の小指以外にも無数の針が出てきた。口だけでなく、食道からも、胃袋からもだ。飲み込まれたであろうそれらは、当然体内のあちこちに突き刺さっていた。

 加えて、男の顔面は原形をとどめてはいなかった。そして、男の両手は血に染まっていた。自らの拳で、自らの顔面を破壊していたのだ。そんなことあり得るか?

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老刑事はしばし黙ったあと、つぶやいた。

「これはあれだなぁ……。『指切りげんまん』だな」

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 指切りげんまん 嘘ついたら針千本飲ます 指切った

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「なんすか、急に」

「知ってるか? 江戸の昔、遊廓の女は、客の中でも心に決めた相手には、自分の小指を切って渡したそうだ。『きっと貴方と一緒になります』という証としてだ。この風習が、のちに形を変えて世間一般に浸透して、『約束のおまじない』になった。約束を破ったらひどい目にあわすぞ、と脅す文言を加えてな」

 門倉亜希の切断された小指。苦界に身を沈めた女の、覚悟の証。

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「『げんまん』は『拳万』だ。約束を破ったら、拳でボコボコにするぞってことだな。同じく『針千本』の下りは針をたくさん飲ますぞ、ってことだ。どちらも契約不履行の際のペナルティだな」

 拳で破壊された顔面。体内に刺さった無数の針。

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「……やっぱり、約束を反古にされた門倉亜希がやったんすかね?」

「やるってどうやってだ? テメェの拳で顔面殴ってんだぞ? 針だって、自分で飲まなきゃ胃袋までは届かねぇだろ」

 門倉亜希も言っている。やったのは自分ではない、と。

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「でも、そんなことって……」

「だから言ったろ、『まじない』だって。そういうヤマもあるんだよ、ごくたまにな。にしても、痛かったろうなあ……」

「そりゃ、『げんまん』に『針千本』ですからね。あ、それとも女が自分で小指切ったことですか?」

 老刑事は若い者の尻を平手で叩く。

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「馬鹿お前。約束を破られた女の心が、だよ」

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