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長編8
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オヨセ

「また行方不明者が出たらしいよ」

「ん?」

顔を上げると、同僚の香山が険しい表情をしていた。

「最近ニュースになってるやつ?」

「大島くんはどう思う?」

スマホに流れてくるニュースでちらっと読んでいたが、

日本全国で、定期的に行方不明の事件が起きているらしい。

まあそんなものはニュースになるから不審に思うだけで、

実際は数え切れないほどに起きていると、どこかで聞いた。

「だから俺は特にどうとも感じないよ」

「だと思った」

「いやさ、人の命を何とも思わないわけじゃ…」

「それも分かってるわよ、じゃあまた明日」

18時。香山は定時退社した。

俺の残業は随分と前から習慣となっていた。

特に健康上の問題は無いが、もしかするとそういうのは既に機械に映らない部分を侵食しているのかもしれない。

それがどこか分かるのは、遠い将来のことだろう。

10年後か、20年後か…。

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「あー!」

大きく伸びをして、パソコンの電源を切った。

時刻は21時過ぎ。自分以外誰もいない。

何気なくスマホのニュース一覧を開いた。

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「行方不明の真相をお話しします」

大した興味も無くタップすると、動画サイトに飛ぶ。

「ご視聴ありがとうございます」

黒い背景に、白い字幕だけが映っていた。

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全国で発生している怪奇事件についての警告を発信します。

これは1年前から定期的に発生している行方不明事件のことを指します。

他の数多の事件とは関係ありませんが、うち13件は同じ要因です。

通り魔だと思ってください。

ターゲットは無作為に選ばれ、主に帰宅途中を襲われます。

次のターゲットは私には分かりませんが、

其れは唐突に話しかけてきます。

そのとき、相手の顔を決して見ないこと、話しかけられても答えないこと。

これを守り続けてください。

守らなければ間違いなく命を奪われます。

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「怖いな」

都市伝説と分かっていても、薄寒かった。

動画は続いた。

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あなたが守り続けるうちに、

私が除霊に向かいます。

だからそれまで耐えてください。

以上です。

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そこで終わった。

俺は除霊という文字を鼻で笑った。

バッド評価が大量に付けられている。

スマホを閉じ、施錠してエレベーターに乗った。

通り魔の幽霊とは迷惑な話だ。

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「ん?」

エレベータが3階で止まった。

背筋に嫌な感覚が伝う。

ごく普通のサラリーマンが入ってきた。

きっと残業組だ。この階で見かけるのは珍しい。

髪はボサボサで視線が泳いでおり、急いでいるようにも見えた。

自分と同じ生活なのだろう、同情せざるをえない。

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家につく頃には先までのことはすべて忘れ、

いつもどおりの時間にベッドに転がった。

今日はまだ火曜日。

疲れるには早すぎる。

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それから2週間後。

俺はニュースを読んで固まった。

「どうしたの?」

「いや…」

疲れていたから記憶違いの可能性もあるが、

記憶が正しいなら、この顔はあの夜のエレベーターに乗ってきた男性だ。

行方不明になっているらしい。

「何でもない」

香山を怖がらせても良いことは無い。

話を切り上げてパソコンに向き直り、残業に入った。

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やはり、どうにも集中できない。

手が自然にスマホに向かう。

例の動画サイトに新しいものは上がっていなかった。

「なんだよ」

こういうときはすぐに更新するものだろう。

と、俺はなぜか苛立った。

続きは明日にして退勤することにした。

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エレベーターがまた3階で止まった。

俺は俯きながら、「またあの人か」と予想する。

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いや違う、あの人はもう。

そこまで考えて急に寒気がした。

「う」

それは「誰か」というよりは「何者か」だった。

俺はその足元を視界に入れた直後に視線を反らした。

あのサラリーマンと似ているようで、何かが違う。

生魚のようなニオイ。

ひどく濡れた靴。

ズボンのサイズは大きすぎて引きずられている状態に近い。

以前と様相が違いすぎる。

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「どこに行かれる?」

野太い男性の声。

手足の筋肉が縮み上がり、俺は明確な危機を感じた。

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なんだその質問は。なぜ他人にそんなことを聞く。

俺は開くボタンを連打した。

1階に着き、もったいぶるようにエレベーターはドアを開けた。

が、飛び出そうと構える俺よりも先に、その何者かが前を歩く。

「嘘だろう…」

引きずるように歩くその足元しか見ることはできなかった。

俺はこの危険をどうすれば回避できるかだけを考えた。

そいつはビルを出て左に進んだ。

俺の帰り道と同じだが、当然、俺は右に向かう。

十分に距離を置いたところで、あの動画サイトを開いた。

すると新しいものが上がっていた。

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ご視聴ありがとうございます。

先日、また犠牲者が出ました。

住所までは書けませんが、大まかな場所は…。

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ここだ。

まさにこの場所を、動画の文字は示していた。

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其れが近くにいるかもしれませんのでお気をつけください。

以前の動画でお話ししたよう、

顔を見ないこと、会話しないことを徹底してください。

さもなければあなたも連れて逝かれます。

其れは連れ去った者の服を剥いで着ています。

着るというよりは、繕うとでも言いましょうか。

まともに服を着る術は知らないはずです。

またその姿は、狙われた者にしか認識することはできません。

少なくとも私以外には。

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どういうことだ。

この人は本当に除霊師か何かなのか。

文字だけなので実在する人かどうかも分からないが、

錯乱しつつある俺の頭は助けを求めていた。

家に帰るのも億劫になり、

タクシーを拾って近くのネットカフェに直行し、そこで夜を過ごした。

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爽やかな笑顔の店員に見送られ、頭がぼんやりしたまま店を出る。

時間は余っていたので徒歩で会社に向かうことにした。

気分は悪い。

得体の知れないことに生活を狂わされる苛立ちと、

得体の知れないものが意外と恐ろしい事実に対してだ。

今日一日、仕事をしつつ冷静になろう。

きっと偶然が重なっただけの、くだらない日常だ。

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人通りの少ない路地の角を曲がったとき、俺は息を呑んで静止した。

「こんにちは」

「ぐ…あ」

俺は何か叫びそうになってこらえた。

あの生臭いニオイがする。

そして靴は前と同じだ。

逃げ出そうとしたが、背を向けるのも怖くて動けずにいた。

すると視界の上から黒くて長い髪の毛が降りてくるのが分かった。

「!」

顔を近づけてきている。

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「やめろ」

俺は目を瞑って走り出した。

すると数秒後には自転車のベルが鳴った。

「危ないなあ!」

人だ。普通の人だ。

急いで会社へ向かった。

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「どうしたの?」

「何が」

「なんていうか、遅刻でもないのに大慌てで来たみたいな」

「あああ」

椅子に掛けた途端に俺は頭を掻きむしった。

もうごまかしていられなかった。

「通り魔だ」

「え?」

「通り魔だよ!香山が言ってた…行方不明の」

香山は目を大きく開き、黙った。

「どうしよ、本当なの?それ」

「…」

俺は深呼吸した。

「本当だという根拠は何も無い。

 けど俺はそいつの顔を見れない。

 見たら殺されるかもしれない」

「どうして?」

「ご丁寧に解説している動画があった」

香山にURLを送る。

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「なんなの、こんなことが本当に」

「もう一度言うが根拠は無い。

 俺が錯乱しているだけの可能性はある」

この期に及んで取り繕う自分が恥ずかしい。

本当は助けてほしくて仕方なかった。

「ねえ、この人に連絡してみたら?」

「このオカルト配信者にか。

 お金をたっぷり取られるんじゃないだろうな」

「それはそのときに考えようよ。

 ふざけた金額ならやめればいいし」

「そうだな」

俺はメッセージに自分の連絡先を添えて配信者に送った。

するとすぐに電話が来た。

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「大島さんですね。アカリと申します」

女性の声だった。

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「あれは海からやってきたモノです。

 人から堕ちた怪物の類ですね。

 あなたの勤務地の近くで、其れが動いています。

 大島さん。あなたが狙われていると見てよいでしょう」

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その一言に頭からつぶされそうな重みを感じた。

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「俺は死ぬのか?」

「信じないのであれば近いうち、確実に死にます。

 それはさておき、死なれると件の怪物はまた姿をくらますので面倒なのです。

 明日にはそちらに向かうので、今日だけ乗り切っていただけませんか」

それはさておきって…。

「いくら要求するつもりだ」

「お金?仕事ではないので結構ですよ。

 成功する保証は全くありませんし」

「なんで俺が狙われる?」

「理由を教えても今のあなたには無意味です」

電話が切れた。

事が進んでいるのが良い方向か、悪い方向かさっぱり判断できない。

そしてなぜ自分がこんな目に遭うのか理解に苦しんだ。

余命宣告をされた人の気持ちが少し分かった気がした。

「どうだった?」

香山に説明すると、少し考えた後に口を開いた。

「今日は定時で帰ったら?

 あと路線も変えて」

「なるほど。残業する会社員を狙うクリーンな怪物か」

「ふざけてる場合じゃないよ」

香山は真剣だった。

確かにここまでされると笑い事ではない。

仮にストーカーということなら、香山の提案は有効な手段だ。

「じゃあそうするよ」

「良かった。じゃあ今日は一緒にごはん食べよ」

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フォークで生ハムとチーズを刺し、

ビールで流し込む。

「久しぶりにこんなもの食べたよ」

「やっぱり残業が良くないんだよ」

「そうだよな、やっぱりそうか」

「エナジードリンクも、飲みすぎると頭にエナジーが溜まって爆発するらしいよ」

「んなばかな…」

香山は、一連の出来事をただの思いこみとして、

忘れさせようとしてくれているようだった。

俺も除霊師に電話までさせておきながら、

すっかり酔いが回った頃には、どうでもよくなりつつあった。

久しぶりに贅沢な時間を過ごしたものだ。

「俺ばっかり残業したところで何も変わらないもんな」

「そうよ!生産性につながらないもん!」

「明日から定時で帰ります」

「それでよし!」

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「ちょっとトイレ」

会計後、俺はふらふらと外に出た。

「そっちにトイレは無いよ!」

香山が店内の奥を指さしている。

「ああそうか、こっちか」

そのとき靴が抜け、危うく転びそうになる。

「大島さんですね。お待たせしました」

「ん?」

横から聞いたことのある声がした。

黒いパンプスが視界に入る。

「ああ、除霊師さん。来てくれたのか。

 せっかくだけどもう…」

「残念です」

俺は顔を上げた。

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「大島くん!返事して!」

後ろの方で声がする。

返事って。俺はトイレに。

視線を落とすとコンクリートがあり、自分が上半身だけで移動していることに気づいた。

妙な現象だ。足はどこだ?

どんなに酔っ払ったらこんな芸当ができるのか。

何かに腕を強く掴まれている。

「残念です」

除霊師の声だ。

妙に力が強い。腕ひとつで自分をぶら下げているらしい。

「残念です」

何をそんなに急いでいるのだろう。

全部解決したんじゃないのか。

「ああ」

腹が痛い。

まだ何も終わっていなかった。

揺さぶられながら、その顔を覗こうとすると。

「テニイレタ」

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なんてことだ。

俺はこんなものに狙われていたのか。

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