長編8
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高嶺の花子さん

僕は子供の頃から人の見えないものが見える。もちろん、幽霊とか物の怪の類の事だ。

それは二十代半ばになる今も変わらない。

小さい頃は、自分の見えるものが家族を含めて他の人には見えていないということが理解できず、怪訝な顔をされたり、変な事を言うなと怒られたりもした。

そんなことを繰り返しているうちに、自分にしか見えないものが区別できるようになり、更には自分にしか見えないものを見ないようにする、いわゆるアンテナを下げた状態にすることも出来るようになった。

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何故幽霊などが見える人と見えない人がいるのかについては諸説あるようだが、先日ネットで目にした解説が僕自身には非常にしっくりときた。

その説によると、その姿というのは見える人の目の中に存在しているということらしい。

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”幻覚”はご存知だと思う。

”幻覚”はありもしないものが見えることだが、幻覚を見ているその人の脳の中にはそれが存在していて、それを自分で視界の中に勝手に描き出している。

だからその人にとってはあたかもそこに存在しているように見えるけど、当然他の人には見えない。

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幽霊もそこに存在しているけれど、実際には目に見えない、空気みたいな存在なのだが、ただその幽霊は霊波というか”氣“を発していて、霊感の強い人はそれを脳で感じ取ることが出来る。

そしてその脳で感じ取った”氣”が五感に働きかけるのだ。

五感の何処へ落とすかはその”氣”の種類や強さ、そして受ける人の能力というか特性に寄って異なる。

幽霊が出るような場所に行くと、悪寒を感じたり、いろんな音や声が聞こえたり、変な臭いがしたりと言う話を聞く。

僕のように目に見える人の場合は霊感で脳が得た情報を視覚に落とす能力が強いということだ。

霊感のない人はそもそもその”氣”を脳が感じる力が弱いから、見ることも、聞くことも、触ることもできないということだし、

逆に言うと、多くの人が見たり、会話したり、触れることが出来るような霊は、霊の放つ”氣”が相当に強いということになる。

そして、直接目から視界に入ってくる情報と、脳から視界に落とし込まれる情報を区別することにより、前述したような霊を見ない、アンテナを下げた状態を作り出すことが可能なのだ。

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さて前置きが長くなったが、そういう事でここからが見える僕の話の本題。

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◇◇◇◇

僕が彼女を見掛けたのは一か月ほど前、まだ夏の盛りの日曜日だった。

その日、久しぶりに揚げたてのメンチカツが無性に食べたくなり、駅前の商店街にある肉屋へと買いに出かけたのだが、あろうことかメンチカツはすでに売り切れていた。

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この店の看板商品である揚げたてメンチカツが売り切れなんてちょっとひどい。

このクソ暑い中をわざわざ買いに来たのに。

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しかし面と向かって文句が言えるような性格でない僕は、申し訳なさそうに謝る店のおばさんに愛想笑いを返して店を出た。

そして気分直しを兼ねて涼を取ろうと、その商店街の端にあるコーヒーショップへ寄ることにした。

そしてその店の近くまで来たところで、店の横にある路地との角に立っている彼女に気がついたのだ。

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ひと目見て好みのタイプだと思った。

ロングヘアを後ろでまとめ、カジュアルシャツにフレアスカート。

その飾りっ気のない雰囲気が好印象だ。

一目惚れか?

しかしその様子からすると誰かを待っているように見える。

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コーヒーショップに入ると僕は彼女が見える窓際の席に座った。

彼女は依然として角に立ったまま、首を若干左右に振りながら通りを行き交う人を眺めている。

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アイスコーヒーを飲みながらその様子を眺めていた僕は、反対側の道路脇に血だらけの男の人が立っているのに気がついた。

しかし周囲の通行人は誰もその姿に気づかぬように通り過ぎて行く。

「おっと、いけね。」

交通事故死だったのだろうか。不愉快なものを見てしまった。

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ひと目でこの世の存在ではないと気がつき、慌ててあらぬモノを見る目にフタをした。

するとその途端、なんと角に立つ彼女も消えてしまったのだ。

彼女はこちらの世界の存在ではなかった。

なぜ最初に見掛けた時、すぐに気がつかなかったのか。

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食べたかったメンチカツが買えず、思い切り不機嫌になって他のことに無頓着になっていたのかもしれない。

そして彼女のルックスが好みだったために、あらぬモノを見ないようにする意識が働かないどころか、彼女の姿に意識が集中してしまったのだ。

まあいいか。目の保養だ。

僕はもう一度彼女の姿を視界に捉えた。

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それにしても彼女は何故あんなところに立ち続けているのだろう。

初めてくる店ではないため、あそこに存在するようになってからそれほど日は経っていないはずだ。

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「すみません。最近この店の前で人が死んじゃうような事件とか事故ってありましたか?」

テーブルの脇を通りかかった高校生のアルバイトと思しき可愛らしい女性の店員に聞いてみたが、”死”という言葉を聞いたからなのか、一瞬驚いたような表情を浮かべると、首を振ってそんな話は聞いた事がないと答えた。

もしあの場所で彼女が命を落とし地縛霊となったのなら、この店の店員が知らないということはないだろう。

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そうだとすると、ここで誰かと待ち合わせをしていたが何らかの理由で来られなくなり、その魂だけがここに来ているということなのだろうか。

コーヒーを飲み終わると僕は店の外に出て、彼女の目の前に立ってみた。

間近で見てもやっぱり可愛い。

しかし彼女の目は正面に立つ僕の事など見えないように、相変わらず行き交う人を目で追っている。

ここまであからさまに無視されると悲しい気分になってしまう。

「あの・・・」

声を掛けてみても変わらない。

試しにその肩の辺りに触れようとしてみたが、案の定、僕の手は空を切った。

近くを通る人はそんな僕の様子を怪訝そうな顔で見ている。

やはり他の人に彼女の姿は全く見えていないのだ。

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◇◇◇◇

その日から僕は時間があればそのコーヒーショップへ行って窓越しに彼女の姿を眺めていた。

テーブルに片肘をついて、ぼっと彼女自身のことや彼女と楽しい時間を過ごしているところを妄想していた。

もちろん彼女はそんな僕の事などまったく気にとめることもなく、暑い夏の日差しの中で汗ひとつ掻かずに、文字通り涼しい顔をしてじっと通りを見つめている。

幾度となく彼女の前に立っても見たが、彼女の目の焦点が僕に合うことはない。

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そんな空しいことを繰り返す自分に対し、まるで生きている人間が幽霊に取り憑いたようだなと自嘲した。

僕はただ見えるだけで、お祓いをしたり、霊と交信するような能力はない。

彼女をあの角から解放する呪文。

彼女の地縛を解き、僕の方を向かせるような呪文ってないものだろうか。

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しかし地縛を解いた途端、彼女はきっと待ち続けている誰かの元に行ってしまうに違いない。

彼女が待っているのはどんな人なのだろう。

女友達だといいけど、ああやって地縛霊になってまで待ち続けるのだからきっと恋人に違いない。

きっとカッコいい奴なんだろうな。

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◇◇◇◇

僕のそんな日々に、ある日突然終りが来た。

その日も僕はコーヒーショップの窓際に座り彼女を眺めていた。

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相変わらず陽炎が立つ暑い日差しの下で、彼女は通りを歩く人の姿を目で追っている。

ずっと立ち続けても幽霊は疲れるということなどないんだな、と意味もなく考えていた時だった。

突然彼女が動いたのだ。

すっと滑るように通りへ出て行く。

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「あっ!ちょっと待って!」

僕は思わずそう叫ぶと、彼女の後を追うために店を飛び出した。

待ち続けていた人を見つけたのだろうか。

数十メートル離れたところに彼女の後姿が見える。

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彼女を追い掛け、僕は猛ダッシュした。そしてあと数メートルで彼女に追いつくと思ったその瞬間・・・

彼女の姿は消えてしまった。

その場所には、背広を着て歩く男の後ろ姿があった。

彼女が待ち続けていたのはこの男だったのだろうか。

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幾ら感覚を研ぎ澄ませてももう彼女の姿は何処にも見えなくなっていた。

この男に逢えたことで成仏してしまったのか。

男は何事もなかったかのように平然と歩いて行く。

その背広姿の男の前に回って顔を見てやろうかと一瞬思ったが、やめた。

そんなことをして何になる。

彼女は消えてしまったのだ。

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◇◇◇◇

翌日、もう彼女はいないだろうと思いながらも、あのコーヒーショップへと出かけてみた。

店の前まで来たが、やはりあの角にその姿はなかった。

「やっぱりな・・・」

大きくため息を吐き、それでもコーヒーショップに入ると、いつもの窓際の席に座りアイスコーヒーを注文した。

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ここから見ても、暑い日差しと陽炎が揺らめくだけで、当たり前だが、彼女の姿はない。

胸の中を重苦しい気分が埋め尽くし、窓の外の風景が非常につまらなく思える。

こんな形で失恋をするのは、世界中で僕だけだろうな・・・

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そうなんだ、僕と彼女はそもそも棲む世界が違う。

どうあがいても、とても手の届く存在ではなかった。

*************************

何となく泣きそうな気分になったところに、あの店員がアイスコーヒーを持ってテーブルに近寄ってきた。

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「あの・・・昨日のコーヒー代、私が立て替えておきました。」

そうだ。

昨日は金も払わずに店を飛び出してしまったのだ。

「あ、ご、ごめんなさい!すぐに払います。」

「いえ、今日もいらっしゃると思ってましたから、大丈夫です。」

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まあ、これだけ頻繁に店を訪れ、同じ席に座っていれば店員も顔を憶えるだろう。

しかし常連とはいえ、名も知らぬ人のコーヒー代を立て替えるなんてあまりしないと思う。

僕はすぐに財布を出して五百円玉を彼女に渡した。

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「どうもありがとう。」

「いいえ、でもいつもその席に座るんですね。」

「ええ、ここからの眺めが気に入っていたんです。でも・・・今日で終わりかな。」

すると彼女は何故か少し寂しそうに微笑み、窓の外を見た。

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「そうですね、あの人、いなくなっちゃいましたものね。」

僕は驚いて彼女の顔を見た。

「君にも・・・見えていたの?」

彼女は小さく頷いた。

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「ええ、綺麗な人でしたよね。

でも・・・こっちの世界で、そんなあなたを見ている人もいるってことにも、

気がついてくれると嬉しいんだけどな。」

彼女はそう言って俺の顔を見つめると優しく微笑んだ。

◇◇◇◇ FIN

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