長編9
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怖話投稿裏話

「さて、今回はどんな話を投稿しようかな。」

基本はしがないサラリーマンなのだが、高校生の頃からちょっとした小話を書くのが好きで、とある怖い話を投稿するサイトに参加させて貰っている。

以前は時間が取れずにいろいろなテラーの方が投稿する話を読ませて貰うだけだったのだが、在宅勤務になり通勤時間が無くなったのと、在宅での仕事の合間にサボりがてら(笑)投稿するようになった。

投稿する話は、友人や知人から聞いた話や自分自身の体験、まるっきりの創作などだが、先日、自分の体験談のような形で創作話を投稿した。

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投稿したその話は要約すると、あるサラリーマンが仕事を終えて帰宅するために電車に乗り、その電車の窓ガラスに映る自分の背後に見知らぬ女の幽霊が映っているのに気がつくところから始まり、

電車を降りた後もその幽霊は離れず、最終的には自分のマンションでその女の幽霊に取り殺されてしまうという話だった。

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この話を投稿した翌日はオフィスへ出勤する日だった。

最近はコロナも落ち着きを取り戻しつつあり、出社する日も増えつつある。

このままコロナ前のフルタイム出勤に戻ると怖い話を投稿する時間もなかなか取れなくなるが、会社からは本人と仕事の都合で在宅と出勤を併用して可という事になっており、まだ当面は何とかなりそうだ。

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そんな中で出社したのだが、飲み屋の時短要請も解除されたこともあり、たまにしか顔を合わせなくなった仲の良い同僚と帰りに飲みに行こうという話になった。

仕事を終え、久しぶりの話で盛り上がり、楽しく飲んでいるとあっという間に時間は過ぎ、翌日は在宅勤務と言う気安さもあって、いつの間にか終電ぎりぎりの時間になっていた。

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それでも平日の夜であり、飲む量はそれなりにセーブしていたため、特に問題なく駅へ駆け込んだ。

反対方向の電車に乗る同僚と改札で別れ、階段を小走りに駆け上がるとすぐに終電が到着した。

世間一般が在宅から出勤へ徐々に切り替わってきたとはいえ、終電ともなるとやはり車内はガラガラだ。

同じ車両には十人ほどしか乗っておらず、コロナ前に比べると格段に少ない。

とにかく終電に間に合って良かった。いくら在宅とは言え、始発帰りはやっぱりきつい。

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長椅子の真ん中にどっかりと腰を下ろし、ほっと一息つくと上着の内ポケットからスマホを取り出してSNSやメールのチェックを始めた。

すると怖い話の投稿サイトから、昨日投稿した怖い話にコメントがついたとの通知が入っていた。

自分の投稿した話に何かしらのリアクションがあるのは素直に嬉しい。

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早速そのコメントを開いてみた。

― ♡ ―

ハートマークひと文字だけのコメント。

「なにこれ。」

どういう意味だろうか。

コメントをくれた人を確認するとこれまで全く見たことのない名前であり、プロフィールを見ても過去のアクションはこのコメント一件だけ。

このひと文字のコメントをするためにわざわざアカウントを作ったのだろうか、それともアカウントを作ってたまたま最初に読んだのがこの投稿だったのか。

いずれにしても、ハートマークであれば否定的なコメントではなさそうだ。

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さて、どう返信を返したものかと思いながらスマホから顔を上げると、真っ暗な正面の窓ガラスの向こうには、深夜でまばらになった外の灯りが流れ星のように次々と横に流れて行く。

「?」

その窓ガラスに映る自分の姿にふと違和感を覚え、流れ去る光に合わせていた目の焦点を窓ガラスに映る自分の姿に移した。

「ひっ!!」

思わず声が出た。

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座席に座る俺の肩の上には、髪の長い女の顔が乗っていた。

顎を乗せているという表現が的確かもしれない。

青白く、痩せたその顔に全く見覚えはない。

瞳が異様に小さく、横目で俺の顔を見ている。

そもそも俺は座席に背中を預けて座っているのに、この女の体は何処にあるのだろう。

まさか首だけなのか。

神経を自分の顔の横に集中させると何かそこに居るような気がする。

恐る恐る首を捻って直接自分の肩を見てみたが、そこには何もない。

女の長い髪は前に流れ、俺の胸へと垂れているはずなのだがそれも見えない。

酒に酔った上での幻覚なのだろうか。

それとも四六時中、怖い話のネタを考えていたことによる幻覚か。

いつも怖話で幽霊とか物ノ怪の話を書いている割に、幻覚なのだという考えしか出てこない。

もう一度窓ガラスに目をやると、女は窓ガラスに映る俺の顔を見つめてにっと笑った。

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「うわっ!」

慌てて座席から弾かれるように立ち上がった。

他の客が何事かとこちらを見ている。

ドアの近くへ移動し、今まで座っていた座席を振り返ってみたが、そこには何もない。

いままで女が映っていた反対側の窓ガラスを見ても空の座席が映っているだけだ。

一体今の女は何だったのか。

幽霊なのか、何かしらの物ノ怪の類なのか。

それともやはり目の錯覚だったのだろうか。

しかし多少ほっとしたのも束の間、ドアのガラスに目を移すと、自分の背中にはっきりとその女の姿があった。

顎を肩に乗せ、両腕で肩を抱き、両脚を俺の胴体に巻き付けて背中に貼りついている。

しかし重さは全く感じない。

俺はそのまま声も出せずに固まってしまった。

(何だこれ、何だこれ、何だこれ・・・)

頭の中で同じ言葉が繰り返される。

走る電車内で逃げても無駄だと思ったのか、他の乗客の目を気にしたのか、自分でも分からないままガラスを見ないように下を向き、ただひたすら早く消えてくれと祈りながらじっと立ち尽くしていた。

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そして電車が下車駅に到着すると急いで電車を駆け降り、改札へと向かった。

しかし依然として自分の耳元に何かの気配がしてならない。

そして改札を抜ける時、横にある駅員の詰め所に目をやった。

詰め所の窓ガラスに改札を抜けようとしている自分の姿が映っている。

その背中には相変わらず女が貼り付いていた。

「うわっ!」

再び声をあげると慌てて改札を抜けて自宅マンションの方へ駆け出した。

駅員に呼び止められなかったという事は、駅員にも背中の女は見えていないという事だろう。

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そこでふと思いついた。

これは昨日自分が投稿した怖い話と全く同じ展開ではないか。

あの話を書いた時に、自分ならこのように行動するだろうなと想像して書いていた。

だから今日のこの状況で自分が無意識のうちにその通り行動しても何の不思議もない。

しかしこの背中の女も投稿ストーリーとまったく同じなのだ。

あの話はまるっきり自分の作り話。現実であるはずがない。

とは言え、このままマンションへ帰るとあの話の通り、この女に取り殺されてしまうのだろうか。

そんなはずはないと思いながらも、とてもマンションに真っ直ぐ帰る度胸はなく、そうかと言って背中に貼り付いているのだから、何処へ逃げても無駄なのだ。

少なくともこの女をこのまま自分のマンションへ連れ帰るのだけは何としても避けたい。

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泣きそうな気分で取り敢えずマンションへ向かう道を逸れて、深夜でひと気のない駅前商店街へ入った。

投稿した話では、駅を出た後はすぐマンションのシーンであり、駅からマンションの間については何も触れていない。

従ってその途中でどこに寄り道しても、投稿した話には含まれないはずだし、マンションへ帰るまでの間に俺の身が危険に陥るような何かが起こることはないはずだ。

そう思ってもやはり怖いものは怖い。

消えていることを祈りながら、すでに閉まっている商店のガラスに映る自分の姿を見ると、やはり女は背中に貼りついたまま。

なぜこんなことになったのだろう。

自分が投稿した話の通りになるなんて。

あの話の中で何か抜け道になるようなヒントはないか。

必死で考えたが思いつかない。

夢オチにしておけば良かったと後悔したが後の祭りだ。

夢なら覚めろと硬く目を瞑り、再び目を開けてみたがやはり女は存在し、ガラスに映った顔は俺の方を見て笑っている。

ひょっとするとこれはあのストーリーを書き上げ、サイトに投稿したことによって、俺自身が作り出した怪異なのだろうか。

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その時、ふとあの一文字のコメントが思い浮かんだ。

― ♡ ―

あれがあの投稿に反応した、この背中に貼りついている物ノ怪の意志、すなわち同意?共感?を示すものではなかったのか。

慌てて上着の内ポケットからスマホを取り出すと、怖い話の投稿サイトにアクセスし、昨日の自分の投稿を開いた。

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もちろん読み返すわけではない。

画面に自分の投稿したページが表示されると、中央に青い《内容変更》、そして茶色の《削除》のボタンが並んで表示される。

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葛藤が生まれた。

このまま手っ取り早く《削除》するのか。

《内容変更》にして何事もなく女が消えることにするか。

どっちだ?

《削除》するよりも《内容変更》の方が安全な気がした。

《削除》してもダメだった場合には、その後は何も手掛かりが無くなってしまう。

しかしサイトに棲みつく物ノ怪がこの投稿に反応したのなら、完全に《削除》した方が確実な気もする。

これはある意味、命を懸けたギャンブルかも知れない。

どっちだ?

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《削除》は後からでもできる。

腹を括って《内容変更》のボタンを押すと、震える手で駅を出てからの後半部分を削除し、商店街の通り沿いにあるお寺へ行ってお参りすると女はいなくなり、無事にマンションへ帰り、平穏な日常に戻るようにストーリーを書き換えた。

そして《投稿する》のボタンを押し、アップされたのを確認すると、急ぎ足で書き直したストーリーの通りにお寺へと急ぎ足で向かった。

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そしてお寺の山門を潜ろうとした時、いきなり冷たい何かが首に巻きつくのを感じた。

その感触は女の手に違いない。

慌てて自分の首に手をやるが、俺の指先は自分の首を撫でるだけでその手を掴むことは出来ない。

するとその手はいきなり凄い力で首を締め上げてきたのだ。

「ぐっ!」

そんなはずはない、こんな話は書いていない。

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しかしお寺にお参りすればこの女は消えるはずだ。

それだけを信じ、這うようにして本堂の前に辿り着くと、薄れそうになる意識の中で手を合わせ、背中に貼りついている女がどこかに消えていなくなるよう必死で祈った。

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徐々に意識が薄れてくる。

もうダメかと思ったところで首を締め上げていた感触が突然亡くなり、先程まで耳元に感じていた気配がふっと消えた。

いなくなったのか?

締め上げていた手が無くなり、戻った呼吸を整えながら周りを伺ったが、境内は静まり返ったまま何も起こる様子はない。

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急いで境内を出て商店街の通りまで戻り、近くの店のガラスに自分の姿を映してみると、そこに女の姿はなかった。

人には見せたくない姿だが、その場でくるくると回転してみた。

何処にも貼り付いていない。

やった、正解だった。

思わずガラスに映る自分の姿に向かってガッツポーズをした。

そして再投稿した後のコメント欄を見ると、削除されたのか、あのハートマークのコメントもなくなっていた。

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◇◇◇◇

こうしてとりあえず事なきを得たのだが、結局あの物ノ怪は一体何だったのだろう。

この怖い話の投稿サイトで集められたみんなの怖い話に巣食う雑霊なのだろうか。

フィクション、ノンフィクションに関わらず、これだけの量の怖い話をかき集めれば、何かあっても不思議ではない気がする。

それとも、やはりサイトには関係なく俺自身が生み出した怪異なのだろうか。

このことがあってからバッドエンドの投稿が怖くてできなくなった。

そして投稿に対しコメントが来たと通知を受け取ると、以前とは違った意味でドキドキしてしまう。

まあ、軽い後遺症と言って良いかも知れない。

じゃあ、投稿するのをやめればいいじゃんと思うかもしれないが、これがなかなか・・・

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そして最後にもうひとつ。

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なんで最後の部分を書き換えた時に、

高額当選の宝くじを拾うことにしなかったのだろう・・・

もったいない事をした。

◇◇◇◇ FIN

Concrete
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