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客寄せ(~守られる~番外編その3)

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客寄せ(~守られる~番外編その3)

半年の海外出張を終えて、地元に戻ってきたのはつい最近のこと。

帰国するなり足を向けたのは、行きつけの居酒屋だった。

「あらあら、お帰りなさい!」

「おお!久しぶり!いつものでいいよな?」

味良し値段良しであるのに加え、女将さんと大将との朗らかなやり取り…僕がこの店を行き付けにする理由だ。

初見で入って来る客も、いつの間にか馴染んで常連になる。

今日は金曜日。花金では無いが、店はいつも通り常連で賑わっていた。僕に気付いた人が、次々乾杯を求めてくる。

「海外行ってたんだって?すごいなぁ」

「いやいや、海外って言ったって…香港ですよ、そんな遠くないですって」

「香港かぁ~いいなあ」

常連客と一緒に酒を酌み交わす。あっという間に、いつもの情景が戻ってくる。

…と思っていたが、ふいに違和感に気付く。

この店の常連の一人である片品さんが、今日に限っていないのだ。

見た感じ、歳は僕より少し上。いつも決まった席で、時折他の人と言葉を交わしているが、基本誰ともつるまないので、女将さんと大将が話相手をしていた。

「あれ…片品さんは?来てないの?」

突如、さっきまで賑やかな空間が、スッと静かになる。見ると、皆どこか気まずそうだった。

「え、え…?」

戸惑う僕に、だれも応えようとしない。が…暫くして、女将さんが沈黙を破った。

「…片品さんね、逮捕されたの…しかも、そのあと行方不明になっちゃったのよ…」

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片品さんが逮捕されたのは、僕が日本を発ってから2ヶ月後の事だった。

女将さん曰く、逮捕される前から不審な兆候はあったそうだ。

「いつも持ってるカバンが異様に膨れててね…それ全部、御札だったのよ…」

その場に居合わせていた常連客数人も、カバンから溢れん程に詰め込まれた御札の類いを見て思わず尋ねたそうだが、片品さんは何も言わず、神経質に貧乏ゆすりをするだけだったという。

その神社の名前を聞き出した僕は、単身、取材に向かった。

プロのライター志望者として、こんな面白い話に食い付かない訳がない。

うやうやしく鳥居に礼をして神社の境内に入り、たまたま近くにいた神職の方に声をかけた。

「ああ、この方…」

神職の男性は、その日の事を結構詳しく覚えていた。

神社に着くなり、手水も参拝もせず、半ば乱暴に御札をくれと迫ってきたらしい。

理由を尋ねるも無言で睨まれ、そのまま逃げるように帰ってしまったそうで…顔色も悪く、何かに酷く怯えている様子だったそうだ。

「警察などには…」

「いえ、何か危害をと言う事は無かったので…ただ、」

「ただ?」

「どうやら、かなり厄介な事に巻き込まれているような…」

厄介な事。

それは…片品さんが数日後、地方のお寺の秘仏を無断で撮影し、地元民と乱闘騒ぎを起こして逮捕に至った出来事を指しているのだと、最初は思っていた。

古くから地元民の厚い信仰を集める、数十年に一度だけ開帳する秘仏…

「まったく…ああいう馬鹿な輩がいるなんて、世も末だよ…」

地元の年配女性は、溜息混じりにそう零した。

片品さんが地元の男衆に取り押さえられている時、女性は近くでその様子を目撃していたそうだ。

まるで何かに怯え、縋るように…撮影に使った携帯を握りしめていたらしい。

「何だか知らんけど…『俺も連れて行かれる、あいつと同罪だ』って、ずーっと繰り返し言ってたわ…」

「それは、どういう意味なんでしょう?」

「知らないね…フン、まったく、あのままくたばっちまえば良かったのに」

その後、更なる手掛かりを探すべく、ネットニュースや掲示板で片っ端から仏像盗撮事件についての情報を調べた。すると1週間後…僕はある人物と連絡を取る事が出来た。

「片品の事、ネットのニュースで見たよ、未だに馬鹿みたいな事やってんのか、ってね…」

片品さんの元同級生、白岩さんだ。

地元で経営するバーで話を伺いたいと言ったら快く引き受けてくれたので、すぐさま向かう。

さすが同郷なだけあって、白岩さんは色々と、上京する前の片品さんの事を話してくれた。

だがそれは…僕の知り得る彼の姿とは、余りにもかけ離れていた。

片品さんは学生時代かなりの不良で、不良グループの取り巻き的な立ち位置だったという。そして、日常的に町の至る所で、暴言や暴力を始めとした、愚行の限りを尽くしていたそうだ。

「俺んとこの飼い犬も、あいつらに蹴られた事があってさ…」

「何で警察に言わなかったんですか?」

「……言えなかった…怖かったんだ…当時は皆、そうだったと思う」

「証拠があるなら取り合ってくれるでしょう」

「そういう事じゃねえんだ…」

急に白岩さんの口調が険しくなり、僕はノートPCに向かっていた顔を上げた。

見ると…さっきまでの穏やかな表情は、苦虫を嚙み潰したようなものへと変わっていた。

それは、居酒屋の常連仲間の様子と全く同じもの…

「あんた、ライターなんだっけか…この事、記事か何かにするの?」

「まあ、一応…あ、個人名はちゃんと伏せさせて頂きますよ、謝礼もいくらか…」

「ふうん……じゃあ、あんた…これから俺が話す事、信じてくれるんだな?」

「ええ、勿論…」

易々と首を縦に振ったものの、内心かなりビビっていた。

皆が気まずそうにひた隠しにしている事を、どうしても知りたい…その気持ちと勢いだけでここまで来てしまったが、何だか、白岩さんに会ってからというもの、やけに背筋が寒い。

いや、考えすぎだ。きっと店の冷房が効き過ぎているのだろう。

「おい、どうした?」

「え、ああ!お願いします…」

白岩さんは、煮え切らない僕の様子に怪訝な顔をしつつ…深い溜息を付くと、カウンター越しに、僕の方に姿勢を直した。

「…神様がいるんだよ、いや、『いた』というほうが正しいか…」

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何とも、後味の悪い感覚が残る。

俄かには信じがたいが…白岩さんの言葉や所作に、嘘と思える要素は見られなかった。

1つだけハッキリと分かった事は、偶然と片付けるには難しい超常現象的なものが、この一連の出来事には絡んでいるという事だ。

片品さんがかつて所属していた不良グループのボス…玉木という男の信じがたい能力。

しかもそれが、玉木家で祀られている神によってもたらされているなんて…

呪いや祟りの類を信じていない訳では無い。生霊や、丑の刻参りの様な念を伴ったものは、現代でも確かに存在する。そんな事は、十分解っているが…このケースは、余りにも不条理過ぎる。

玉木の悪行を正当に叱責したり、暴力や脅しを拒否しただけで、その人達に大怪我を負わせたり、死に至らしめたりなんて…こんな事、あっていいのか?

それとも…先祖代々手厚く祀られているとなれば、位の高い神でも、簡単に守護を引き受けてしまうものなのか?

例えそれが、傍若無人な悪童だったとしても…

いや、神の意思など分かる訳ない。

だが、今までに様々な人から聞いた片品さんの言動から考察するに、全てはこの、玉木家で祀られている「神様」が原因だと言って良い。

「信じたか?俺の話」

「ええ、いや…何とも…ムカムカするというか…」

「だろうな…でも、俺達だって、決して正しい訳じゃない…」

「と言うと?」

「余所者嫌いの『村社会』だからな…玉木の家の事、元々良く思ってなかった奴も大勢いるんだよ。

だから、奴の行動が目につくようになったのを良い事に、両親を執拗に責め立てたんだ…住人全員でな」

「え、でもそうすると『神様』から…」

「その頃はまだ、『お仕置き』は無かったらしい、俺の親父が色々聞いたんだが…まだその時、『神様』は奴の祖母に付いてたらしいんだ、認知症のな…」

「何と言うか…隔世遺伝のように、その『神様』を受け継ぐんでしょうか…」

「さあ、そこまでは知らねえ。ただ…そもそも玉木家がいつ、どういう経緯で越して来たのか、誰も知らないんだ」

「謎が多い一家ですね…」

「まあ、俺の知り得る事は、全て話したから…後は神社にでも行って聞いたらいい」

「ええ、そうします」

町の小高い丘には古い神社があり、白岩さんの父方の親族が、そこで神職をしているという。

僕は、白岩さんに通常より少し多めの謝礼金を渡して店を出ると、ビジネスホテルに戻った。

シングルと言うにはかなり狭いが…その窓からは、町を一望出来る。

時刻は既に深夜0時を回っていた。外の様子は、街灯が微かに住宅街を照らすだけで、ほぼ暗闇に近い。

だが…僕はその暗闇の中に、一際大きな屋根があるのを見つけた。

目を凝らすと…その大屋根を囲むようにして、小さな家屋が敷地内に建てられている。

白岩さんの言っていた、「大名屋敷さながらの造り」…それは紛れもなく、玉木の邸宅だった。

ある時期を境に両親の事業が成功し、元々住んでいた住人から半ば強引に土地を買い占め、新たに建てたという…豪華な屋敷。

まさか、これも「神様」のご利益か?なんて思ったら、余計にモヤモヤする。

「理不尽だな…」

仕事上、インタビューには慣れっこだが、何故か今回に関しては、まだ序盤だというのに…想像以上に心が疲弊している。

寒気も疲れも未だ取れず、むしろ悪化していた。

それでも、僕は白岩さんから聞いた神社へと足を進めた。

小高い丘の、本殿に続く細長い階段をどうにか上り、鳥居をくぐる。境内は静まり返り、鳥のさえずりすら聞こえてこない。

それどころか…いつまで経っても人が来る気配は無い…

「してやられた」

と気づいた時には…神社に来てから2時間も経っていた。

仕事上、テキトーな事を言って謝礼金をタカる人間は多く見てきたが…今回ばかりは凹む。

神社が無人だったなんて…白岩さんはなんでこんな嘘の情報を話したんだろうか?

信用されてなかった?「村社会」が故?

「はぁ~……」

脱力し、見晴らし場のベンチに寝転がる。

身体の奥がキリキリと締め付けられる感覚に不快感が増す。

加えて、視界の先の空は、晴れとも曇りとも言えない変な色で、時折…黒いモヤの様な何かが見えた。

…おかしい、なんかおかしい…

身体を持ち上げて、見晴らし場から町を見る。

一見、何の変哲もない普通の住宅街。なのに、何故か不気味な空気を感じる。それも…ある箇所を地点として。

「あっ…」

真っ先に目に映ったのは、玉木の家だった。

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自然に足が向く、と言うのはこの事だろう。重い体をどうにか動かし、僕は住宅街の中を、玉木家に向かって進んだ。

白岩さんの話が「本当」であれば、玉木は今でも、あの家に住んでいるという。

ならば、本人に直接会うのが一番だ。

入り組んだ区画を進む内に…自分がまるで、RPGの主人公のような感覚に陥る。自分はこれから、ラスボスの本拠地に乗り込むのだ…と想像すると、嫌でも気分が高揚した。

どれくらい歩いただろう、いつの間にか大屋根は視界から消え、のっぺりとした石塀と、木製の門が姿を現した。

神社と同じで静まり返っている。もっと言えば…ここの町自体が、平日の日中だというのに、余りにも静か過ぎる。

「ごめん…ください」

位置からして裏門だろう。咳き込むのを抑えて、扉の奥に向かって声を掛けた。

体調はもはや、朝よりもずっと悪くなっている。

湿気と暑さも相まって、意識がぼんやりとしかけていたが…その時、扉が開く音が聞こえた。

見ると、扉の隙間から女性の顔半分が、じっ、とこちらを覗いていた。

思わず悲鳴が出そうになるのを咄嗟に抑えて、僕は声を掛ける。

「あの、あ、恐れ入ります、私ですね…」

「お祓いなら必要ありません」

「えっ…いや、違います…私ですね…」

「必要ありません」

「私は片品さんの…」

途端に、女性の目がハッ、と見開き、扉が開く。

と同時に…女性が僕の目の前に飛び出した。

「今、何て…」

「え、あ、僕は片品さんを探して…」

ボサボサの髪に、生地が伸びて傷んだ服…かなり見ずぼらしい格好だが…女性は、玉木家に雇われている家政婦だと言う。

僕は、敢えてライターである事は一切伏せ、ここに来るまでの経緯を簡潔に説明した。

心配で色々探している内にここに辿り着いた、と…

すると家政婦は…話が終わるや否や、屋敷の中に僕を引き入れた。

大屋根の家の両側に、離れであろう日本家屋が並ぶ。庭は少し荒れているが広大で、小さなゴルフコースまで作られていた。

しかし、家政婦は無言のまま屋敷を横切ると、背後に回った所で足を止めた。

そこには、コンテナが一つだけ、むき出しの地面に置かれていて…家政婦はエプロンのポケットから鍵を取り出すと、鍵穴を回して、コンテナのドアを開けた。

「どうぞ」

唖然とした。

そこには、薄い敷布団と、衣装ケースが数個のみという、簡易的な生活スペースが広がっていた。

家政婦はずっと、この中に住みながら玉木家に仕えていた。

「なんでこんな…」

「そういう御所望ですので」

「何で…こんな扱い…!」

これだけの造りだ。家政婦を住まわせる部屋なんて幾らでもあるだろう。

なのに…というか食事は?風呂は?トイレは?

動揺する僕を、家政婦はまるで他人事のように傍観していた。そして…布団に腰を下ろすと、静かに言った。

「片品は生きてるんですか?」

「多分、生きてるかと…貴方は、片品さんとどういう関係で?」

「……」

「あの…」

「片品には妻子がいます。…知りませんでした?」

白岩さんの事があってから、僕は家政婦の言葉にやや懐疑的な姿勢を取った。

妻子の存在は知らない。もし居たら、真っ先に居酒屋の大将か女将さんが教えてくれただろう。

「あなたが、ご家族ですか?」

「……」

「玉木さんは今、家にいるんですか?」

「さあ…」

「片品さんは、何かに怯えていたそうです。連れていかれると…何か知りませんか?」

「……」

「ここには、位の高い神様が祀られている、と人づてに聞いたのですが…本当ですか?」

「……みたいですね……」

ああ、駄目だ。

恐らくこの人は、多くを知らないまま、ここに留まっているのだろう。となれば、諦める他無い。

「すみません、失礼します」

苛立ちを抑えながらも、会釈をしてコンテナの戸を開ける。…が、

開かない。

「あれ…何、で…」

さっきまで軽々と持ち上がっていたのが、びくともしない。それどころか…途端に、背中の寒気が全身に広がっていくのを感じた。

同時に、黒いモヤが徐々に視界を埋め尽くし、手足まで震えてくる。

「な、んで…」

すぐ後ろで気配がする。…でもそれは家政婦じゃない…家政婦の姿をした「何か」…

嫌だ、怖い…ここから出たい…悲しい…

負の感情が渦を巻く。

苦しい、苦しい、ここから出して…!

元居た場所に帰りたい…お腹が空いた…お腹が空いた…

よこせ…寄越せ…

寄越せ!!!

「うわあああっ!!!」

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見た事の無い光景。

いつの間にか、僕はコンテナから別の場所に移動していた。

身体を包む布団の感触に、額に当たる冷風、イ草と木の香り…そして暫くすると、神職の格好に身を包んだ青年男性が、僕の前に姿を現した。

「あ、あの…」

「ああ、良かった起きたか…君ねえ、あそこのベンチでぐったりしてたんだよ」

…状況が分からない。僕は確かに、玉木の邸宅に足を運んで…え?え?

「夢…夢見てた…?」

「そうみたいだね。いや~申し訳ない、来るのが遅くなってしまって」

白岩さんの話に、嘘は無かった。

神主は、僕が見晴らし場の地面に横たわって苦しそうに寝ていた所を、どうにか背負って本殿の中まで運び…介抱してくれていた。

「すみません…ご迷惑を…」

「いやいや、大丈夫。…それはそうと、君、玉木家の夢を見たんでしょ?どうだった?」

「…どうって…」

「人の気配が無い、空気がおかしい、黒いモヤが見えた…そうじゃなかったかい?」

「なんでそれを…!」

「今までに、何人もの人が同じ夢にうなされている。そして、決まって皆、あの家には絶対近付けないんだ。勿論、君もね。で、その逆も然り…」

言葉は何となく入って来るが、頭が追い付かない。だが、神主は飄々とした佇まいで、話を続けた。

「君が知りたがっている事をハッキリ言おう。全ての原因は、玉木家と、そこで祀っている神様によるものだ。そして…君の探している人は、もう取り込まれていると思う」

「片品さんが…!?」

「彼は玉木君と密に繋がっていたからね。玉木家については…長年、色々調べていたんだ。それで考察した結果、玉木君は『ただのタチの悪い不良』でしかなかったんだよね」

以下、改めて神主さんから聞いた内容。

玉木家の祀る神様は、元々はどこかの土地で多くの人から信仰されていたものだが、玉木家の先祖が何かしらの方法で独占し、閉じ込めたと考えられる。

玉木は「守られている」のではなく、あくまで「客寄せ」。だから、良くも悪くも、彼と密な関わりを持った人間は、その意識や生命を『神様への生け贄』として持っていかれてしまう。

「生け贄…」

「食べないと身体は動かない、ガソリンが無いと車は走れない、それと同じ。神様が神様でいるためには、それだけのエネルギーが必要なんだ。

だけど…玉木家はそれを怠った。だから、玉木の奥さんも子供も居なくなってしまった…」

玉木には、かつて妻子がいたという。

だがある時、玉木が運転する車が自損事故を起こした為に…2人共亡くなっていた。

それでも世継ぎを、と…その後数人と再婚したものの、多くがトラブル続きで、相手方が怪我や病気に見舞われ…長く続かなかったという。

そう聞いて、やっと疑問が解けた。

片品さんが怯える理由…玉木の様に、身近にいる大事な存在を神様への供物にされるからだ。

しかも片品さんの場合、自分自身もその中にカウントされている。だから、連れて行かれまいと必死に御札を買い漁り、秘仏を写真に納めた。だが…

「片品君は既に、あっちの世界に取り込まれて戻って来ないと思う。見染められると、もうダメなんだよね」

神主さんは静かにそう言うと、穏やかな顔を僕に向けた。

「…玉木は、まだあの家にいるんでしょうか?」

「いると思うよ?」

「その…まだ悪さを?」

「どうかなあ…」

「近付けないとしたら、ここから見える玉木の家は…」

「あそこはもう廃墟だよ。でも、来月皆で取り壊すんだ。そうすれば神様も解放できるし」

「良いんですか?勝手にそんな…」

「知ったこっちゃないね!…元々あそこには、僕の家があったんだ。それを奪ったのはあいつなんだから…」

「はあ…」

「せいせいするなぁ…ほんっと、どいつもこいつも…この町の奴らは全員、クソみたいな奴ばっかりだからねぇ!」

…神主は、満面の笑みで僕に言った。

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1泊2日の現地調査を終えて地元に帰ると、さっきまでの体調不良が嘘のように回復した。

「あら、お帰りなさい!いつもので良いわね?」

「お帰り~!」

女将さんに大将、常連仲間数人が僕を迎える。いつもの和やかな光景…

「どこ行ってたの?仕事?」

「まあ、ちょっとね…」

いつもの席から、片品さんがかつて座っていた席を見ると…そこには、別の新しい客が座っていた。

ボサボサの髪に、生地が伸びて傷んだ服を着た女性…

───え?

「はい!お待ちどう!」

女将さんが、僕の前にいつもの酒を置く。その声に反応して、女性はこちらに顔を向けようとしていた。

いやだ…やめてくれ…見るな…!

「あ…」

「え?」

振り返った女性は、家政婦と似ても似つかない顔で、不思議そうにこちらを見ていた。

「ねえ、飼い猫が脱走したんだって?も~、髪ボサボサ!その様子だとだいぶ頑張ったみたいね(笑)」

「そうですよ〜!もう、飲まないとやってらんない!あ、生中もう一杯お願い出来ます?」

「はいよ!」

何だ…人違いか…

安堵と共に酒を喉に流し込んだ為か…家路のさなか、一気に疲れと酔いが襲う。

だが…カバンに入れていた携帯の着信バイブが鳴りっぱなしである事に気付き、どうにか怠さを抑えて通話ボタンを押した。

「もしもし…」

「やっと出たか…白岩だけど」

「白岩さん!?あ、あの、今回はお世話になりました…」

「お前…一体どこに行ってたんだ!」

「…白岩さん?え…」

「神社に行くって言ってただろう!こっちから神社の方に話を通しておいたのに、全然来なかったって言ってたぞ!どういうことだ!」

「え、え、ちょっと…何言ってんすか…僕、行きましたよ。て言うか…大体、向こうが遅れて来たんですよ!」

「…何言ってんだお前…」

そんな訳ない。僕はちゃんと約束を守った。嘘言って謝礼を追加で貰おうだなんて…幾ら僕でも舐めてかかりすぎ。

「ちゃんと居ましたよ!なんなら特徴言いましょうか、神主の格好で…顔は……顔は……」

思い出せない。

あれだけ色々話した筈なのに、顔のパーツどころか、髪型も声も、全く思い出せない。

「おい、どうした!」

そもそも僕は、どうやってここまで帰って来たんだっけ?

いや、だって居酒屋で飲んだじゃないか…これは現実だ、これは…

人の気配の殆ど無い道を引き返す。おかしい…こんなのっておかしい…!

「女将さん?大将?みんな───」

…お腹が空いた…お腹が空いた…お腹が空いた…お腹が空いた…

よこせ…よこせ…

寄越せ!

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「ねえ、大将…最近あいつ見ないねえ」

「ん?ああ…また出張じゃないの?なあ、お前何か知ってるか?」

「知らないねえ…ホント、片品さんといい、急に居なくなっちゃうんだから…」

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