夜八時。僕は、都内から電車で二時間掛け、数年振りに生まれ故郷に戻った。
母方の祖父が亡くなったと連絡があり…葬儀の為に、どうしても戻らざるを得なかったのだ。
冠婚葬祭だから仕方無いと思う反面、足取りは重い。別に、喪主を務めるとか、何か責務がある訳では無いが…子供の頃から、何となく母方の地元は苦手だった。
一見、何の変哲も無い、どこにでもある普通の田舎町なのだが…何というか、やる気とか活気とか、そういうのが全部吸い取られていく…そんな空気が纏わりついて、馴染めなかったのだ。
「ごめんね、中々仕事が片付かなくて、帰国出来ないのよ…代わりにお願い!」
国際電話から聞こえる母親の声は、ハツラツとしていた。
口には出さなかっただけで、母もきっと、この町の空気が苦手だったのだろう。だから…離婚時、一人息子が迷わず父に付いて行くと言ったのを、受け入れたのだと思う。
地図アプリを頼りに、見慣れない道をひたすら歩く。十年前、この辺りは少しだけ区画整理があったそうだ。
何でも、ある一家が自分達の家を増改築する為に、周辺の土地を買い取ったらしい。
「ああ、あれか…」
自分が今いる場所から、斜め右上の方向。外灯に照らされた、まるで大名屋敷のような立派なその屋根は、何の特徴も歴史も感じさせないこの土地には、酷く不釣り合いだった。
暫くして、地図アプリが案内終了のアラームを鳴らす。そして、年季の入った、擦りガラスの嵌めこまれた木戸を開けると…廊下の奥にいた喪服姿の女性が、僕の気配に気づいて振り返った。
「フミヤ君?…久しぶり」
それは、母の姉、ユキミさんだった。
「伯母さん、お久しぶりです…遅くなってすみません」
「いいのよ、急でごめんね…さ、上がって」
玄関を上がり、伯母の後に付いて廊下を進む。そして、突き当りの大広間に入ると、既に親族が十人程、中央に敷かれた布団を囲む形で座っていた。
「おお、お前も来たんか、久しぶりだな」
と言われたものの…正直僕は、伯母以外の親族とは殆ど関りが無い。
だから、いきなり「お前」と言われて内心ムッとしたが、「ご無沙汰しています」と当たり障りのない言葉を返し…一通り挨拶を終えた僕は、広間の奥に進んで座布団に腰を下ろした。
眼前には、布団に横たわる祖父の遺体…母曰く、僕が物心付くか付かないかの頃に、数える程度の関わりはあったらしいが…正直、全く記憶に無い。
それ以上に、僕の中では、失礼ながら「これが祖父なのか?」という疑問が沸いていた。顔に白い布を掛けられ、その下はしっかりと掛布団で覆われていたから…なんて言うか、遺体というより、「白い布の塊」という風にしか見えなかったのだ。
その後、特にやる事も無く…「白い塊」のある空間の居心地の悪さに耐えられなかった僕は、一時間もしない内に家を出て、予約していた隣町のビジネスホテルに向かった。
すると…入るなり、見覚えのある顔と目が合った。
「もしかして幡山?……だよな…!?」
「え、もしかして…フミヤ!?」
幡山は、母方の地元に住んでいた頃の、唯一の幼馴染だ。
両親の離婚で僕が地元を離れた後も、時々連絡を取り合う中で…さっき電車で地元に戻る途中も、「そういえば」と、気にしていた…そんな矢先の再会。宿泊手続きも放って、僕らは暫し再会を喜んだ。
聞けば、幡山も用事の為に日帰りの予定で戻って来たのだが、思いの他用事が長引いた為、ここに来たらしい。しかし部屋は既に満室で、他に泊る所と言えばラブホしかないし…と、立ち往生していた所だったそうだ。
そう聞いて…僕は、ある提案を持ちかけた。
「幡山さえ良ければなんだけど…僕の部屋に来ないか?シングルだけど(笑)」
「えっ…いいの?」
幸い、フロントスタッフが見て見ぬふりをしてくれたお陰もあり、交渉即決した僕らは、連れ立って客室に移動した。
田舎の、簡素なビジネスホテルの一人部屋に大人の男が二人ともなると、ベッドも風呂も俄然小さいが…この時ばかりは気にならなかった。
積もる話もあるし…何より、地元に戻った途端に、僕は酷く…心細くなっていたのだ。
「なあ、フミヤは何で戻って来たんだ?」
「母方の祖父が亡くなって…母親の代理で。と言っても、殆ど絡み無かったけどね」
「そうだったのか…あ、という事は…フミヤはあの家、見たのか?」
「家?」
「デカいお屋敷だよ、オレ、実はさ…あの家について調べたくて、戻って来たんだ」
あの家が出来たのは、幡山が進学の為に上京して、すぐの事だという。
父と一緒に地元を出てから、殆ど足を向ける事の無かった僕に対し、幡山は年に数回の頻度で帰省していた。そして、帰る度にあの家は増改築を繰り返し…今の姿になったという。
所有者は地元の人間では無く、どこからかこの町に移り住んできた、「玉木」という一家だそうだ。
だが、玉木家は悪い噂が後を絶たなかったそうで…それは、今でも地元民の間での語り草なのだという。子供の間では、特に…
「俺、学習塾通ってたろ?その時の、クラスメイトの子供が、『チョコレートおじさんが出る』って言ってるらしくてさ」
チョ…チョコレートおじさん…!?なんだそれ…!?
余りにも奇妙なネーミングに…酒で酔っていた事も相まって、思わず噴き出した。幡山もつられて笑い出し、話を中断せざるを得なかった。
何とか一段落ついて、話の続きを聞く事には…そのおじさんと言うのは、いつもチョコレートを持ちながら町を徘徊しているそうなのだ。
出没する時間や場所もまちまちで、いつもいる訳ではないのだが…ただ、遭遇した場合の不快感は、半端じゃないそうだ。
「なんか、チョコレートを素のまま手に持って食べ歩いてるとかで…風呂も入ってないのか、チョコの溶けたのと体臭で、見た目がぐちゃぐちゃらしい。その子の親はまだ遭遇した事無いらしいんだけど…子供の間ではだいぶ噂になってるんだと」
「うえっ…なにそれ…でもそれって、ただの浮浪者なんじゃないのか?警察に言えばすぐに解決するんじゃ…」
「実害が無いからって、相手にしてもらえてないんだよ…」
「マジかよ…ほんっと警察ってアテにならねーな…それで、幡山に連絡をしてきたのか」
「そうそう…まあ、俺も…個人的に…気になってて、な」
幡山は、何かためらうようにそう言うと、手に持っていた缶ビールを飲み干した。
チョコレートおじさんについては全く知らないけど、その「玉木」という家の事は、そういえば僕も、少し聞いた覚えがあった。
そこの一人息子が結構な問題児で…トラブルが絶えなかったとか…何とか。実際は、もっと色々な話があるんだろうけど…当時、周囲の出来事に余り関心の無かったので、殆ど覚えていない。
だから、今になって幡山から話を聞いた僕は、酷く興味に駆られた。こんな退屈な田舎町にも、曰くのある怪しい話があるのか、と…
「幡山、それ、僕も参加してみたいんだけど…どうかな?」
「えっ!?あ、いやまあ…いいけど、その…お爺さんの葬儀は?」
「親族の一人として顔出しに来ただけだし、それもさっき終わらせてきたから」
僕は、酔っぱらって上手く回らない頭からどうにか理由を考え出し、幡山を説き伏せた。こんな事言ったら残酷だけど…正直祖父の葬儀には、最初から何の関心もなかったのだ。
「…じゃあ、決まりだな。しっかし、チョコレートおじさんって…ヤバいな(笑)とりあえず、俺、先に風呂入って来るわ」
「…ああ…」
幡山は、窓の外をしきりに見つめていた。
外は、時折車のヘッドライトが光るのを除けば、ほぼ真っ暗闇。
特に、何かを探しているとか、目で追っている訳では無い…けど、幡山の顔つきは…その暗闇の奥にある「何か」に対して、注意を払っているようだった。
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翌朝、僕は一足先に部屋を出て祖父の家に向かった。
玄関の引き戸を開けると、数人の足音と共に線香の薫りが漂う。
廊下を進み、祖父の遺体がある大広間の手前から中を覗くと、昨日の親戚達が朝飯を食べている最中だった。
とりあえず、形だけでも祖父に挨拶を、と思っていたのだが…その立ち入れない空気に、僕は廊下を引き返し、何も言わず立ち去ろうとした。が…
「フミヤ君」
ふいに、背後から伯母の声がして…思わず小さな悲鳴を上げた。振り返ると、眼前に険しい表情の伯母が佇んでいた。
「どこ行くの?遅かったね。これからこの後、焼き場に行くんだけど」
「あ、いや…それが…仕事で呼ばれてしまって、帰らないと行けなくて…最後に挨拶をしようと…」
「そう…帰るのね、随分急なのねぇ」
「あの…本当ごめんなさい!…大した力になれくて…」
「いいのよ、あんないい加減な姉さんの代わりに、時間かけて来てくれたんだもの」
「すみません…今、帰国が難しくて…」
「難しい、ねぇ…まあ、フミヤ君そもそも、お爺ちゃんと大して関り無かったもんね…退屈よね…本当に」
ユキエさんの声と佇まいに、疲労が滲んでいた。加えて…一刻もこの場から離れたいという、浅はかな思惑を読まれた焦りで、背筋と頬に嫌な汗が伝う。
「…伯母さん…あの…」
「大丈夫よ、もういいわ…ありがと…」
「すみませんでした……失礼します」
「……あの家には、近付かないでね…」
「え…?」
気が付くと、ユキミさんの姿は目の前から消えていた。あの家には近付かないで…って、一体何なんだ…?あの家って…?
───大丈夫か?こっちはいつでも行けるが。
幡山からのチャットを確認して、待ち合わせ場所に向かう。…葬儀の参列を、自分本位な嘘の理由で断った事による罪悪感からか、心なしか体が重かった。
「おい、大丈夫か?顔色…」
幡山曰く青褪めていたそうだが…構わず僕は足を進めた。
顔色とは裏腹に、大屋根が近付く毎に高揚感が増す。なんでも、お屋敷はこの十年で色々あって今は廃墟同然だそうで…「チョコレートおじさん」は、その家の住人だという。
どんよりとした雲がさっきよりも厚みを増して、夜と見紛う程に辺りが暗い。
「俺、職場の同僚からさ、相談されたんだよ」
ふと、幡山の声が、静まり返った空気に響く。
「相談?」
「それがさ…結構ヤバくて…高校の同級生だった奴らが、行方不明なんだってよ」
「何それ…それって今回のと、関係あるのか?」
「しかも、行方不明になる前、結婚式の招待状が送られて来たって…それが、あのお屋敷から送られてたんだよ」
「え…!?何それ…つうかそれって…警察に言った方が…」
「チョコレートおじさんの時と同じ、アテになんねぇんだよ…」
気付くと、幡山の表情は…昨夜と同じように、何か暗がりの奥をぼんやりと見つめている…
「おい…幡山…?おい、大丈夫か───」
「あっ!!!」
…と声を出すと同時に、幡山は僕の袖を引っ張ると…横の細い路地に身を隠すよう促した。
「…あれだよ…あれ…!!」
それは、僕が想像していたよりもずっと…醜い有様だった。
暗がりの中…ズッ…ズズッ…と、力無く足を引き摺る男…振り乱した、バラバラでボサボサの髪、見るからに古く傷んだジャケットとズボン…
その体全体から、甘ったるいのと、浮浪者に遭遇した時の…あの何とも言えない臭いが混ざりあったものが、十メートル先にいる僕と幡山のいる場所まで容赦なく漂ってきて、思わずえづいた。
その間、男はしきりに
「……ん…だ…だよ…」
「やだ…んだ…よ…」
と…何かブツブツ言いながら、握った右手から、ボタボタ、と泥に似た茶色い液体を漏らしていた。
「うぇええ…ヤッッッバ…!思ってた以上だわ…どうするよ、幡山…」
「…尾行するぞ、しっかし、意外にあっさり遭遇出来たな…」
幡山はそう言うと、慎重に横路地から出て足を進めた。
男の後姿を、持って来たビデオカメラで撮影しながら気付かれないように進む…が、男の歩く速さはかなりゆっくりな為、十メートル先の屋敷に到達するのも時間が掛かった。
お屋敷は、幡山の言っていた通り荒廃している。元々はインターホンが付いていて、遠隔操作で開くシステムだったであろう巨大な門も、とっくに機能を失い、朽ち果てていた。
ユキミさんの、「あの家には近付かないで」と言うのは…きっと、荒れていて物理的に危険だから、という事かも知れない…
そんな事を考えながら、ただひたすら黙って歩いている内に、僕はふと違和感に襲われた。
民家の密集地だというのに、さっきから僕ら以外の誰の気配も無く、一つの生活音も聞こえてこないのだ。
普通なら、通勤通学の人々とすれ違ってもおかしくない。実際、時計を見ると朝の八時…しかも平日だというのに、人の気配は未だ無に等しかった。
「…何で玉木家が退廃したか、知ってるか?…この家に昔から祀ってる神様のせいなんだよ…」
「…それって、祟り的な…?」
「ここの一人息子の妻子が事故で死んだのも、次の女が消えたのも…神様のせいなんだ…どうにか世継ぎを作らないと、って躍起になる内にどんどん家が傾いて…可哀そうだよなあ…」
「幡山…?」
「あの神様は、あいつに取り憑いて離れないんだよ…本当はな。でも、玉木の家はそれを知らねーんだ…ククッ…フッ…可哀そうになぁ…バレンタインの日に…妻子失って…ざまぁみろ…ざまあ…」
幡山の目は、もはやどこに焦点があるのか、分からなくなっていた。男は尚も歩き続ける…まっすぐ行った先には、小高い山があるだけだ。
一体、僕らは何をしているんだ…?
怖い。背中が、全身が…寒気で覆われる。引き返して帰りたい…なのに、僕の意思に反して、体は山に向かっている…
「そうそう…さっき言ってた、同級生の行方不明…いなくなる前に、あの屋敷から招待状が送られて来たそうだよ…しかも、その場所に…フフッ、クククッ…その場所に向かった奴が…心霊写真が撮れたって…騒い…フッ…ハハハハッ…騒いだって…!」
「なあ、幡山…もうやめよう…?もう帰ろう…やめてくれ…」
「あいつら、視ちまったんだよ…視ちまったんだ…」
気が付くと、僕と幡山は山に足を踏み入れていた。雑草が生い茂る獣道を、男はズンズン歩いて行く。
既に幡山は、何かに取り憑かれたように…さっきからずっと同じ話を繰り返していた。岩や根っこを避けずに無理やり進んでいる為に、両脚のあちこちに血を滲ませながら。
涙が止まらない…進みたくないのに、何かに引き寄せられて、足が勝手にどこかに向かっていく。
どれくらい歩いただろう…突如開けた空間に、複数の人影が見えた。
女性…それも二十人程の、生気の無い全裸姿の若い女性が…広間の至る所に立ち尽くしたり、寝転がったりしている。
呆気に取られ、その異様な光景を唯々見つめていたその最中…男の首の付け根辺りから、何か黒い煙のようなモノが湧き出てきた。
それは、次第に人型の形を帯びて…一人一人、女性の近くを通って行く。
そして、通り過ぎたその瞬間に…女性の体が、まるで蝋燭のロウが溶けるかのように、頭部からグズグズと…皮膚や肉が流れ臓器が崩れ…一瞬で辺りは凄惨な光景と化した。
悲鳴なんて出ない。恐怖で喉が締め付けられ、ただ震えるしか無い。
「な、んだよ…これ…」
幡山は、跪いて首や腕をくねらせながらケタケタ笑っているだけだった。
「助けて…誰か助けて…助けてくれ…!!!」
誰ともなく、泣きながら心の中で叫んでいた…その時。
───なんで、まだたりないんだよぉ…もうやだよぉ…ちが、血が…たりない───
頭のどこからか…男の声が響き渡ったと同時に、僕の意識は途切れた。
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…ぃ、お~い、フミヤ…
聞き覚えのある声で目が覚める。
視線の先には、見覚えのある広間の風景…
「お…やっと起きたか!おい、起きたぞ~」
親族の男性が、僕の、頭の先の空間に向かって呼びかける。自分が布団に寝かされているのが感触で分かり、自分は何らかの方法で、祖父の家に運ばれたのだとようやく理解出来た。
「あら、起きたんかい…良かった良かった」
「ちょっとユキミさーん?ご飯、ご飯」
広間の手前にある台所で、他の親族の声が聞こえ始める。暫く経つと…ご飯の匂いと共に、僕の顔を伯母が覗いた。
「…あの、あの…これ、どういう…」
「フミヤ君ね、倒れてたの…家を出てすぐ。あのお屋敷の手前の所で」
「えっ…いや、そんな筈…僕、幡山と一緒に…」
「……通学中の学生が連絡してくれたのよ?さぞ怖かったでしょうね…大の大人が、居もしない誰かと会話して、突然倒れたんだもの」
え──────?
いや、いや違う…確かにあの時…僕は幡山と一緒に居た。通学中の学生…?いや、だって…あの時、僕と幡山以外、誰の姿も見ていない。空だって、異様に暗くて…変に静かで…
「うっ…眩し…」
庭に面した襖の外からは、燦燦と柔らかい光が差し込んでいた。携帯の時刻を見ると、ここから出て一時間も経っていない。そんな短時間の内に、僕は一体…
「…さっさと食べて、帰りなさい」
「あの…伯母さん…」
僕は、伯母に頼んで祖父の火葬に付いて行った。結局、興味が無いだの云々思っていても…罪悪感には勝てなかった。遺体が炉に収まり、そして全てが終わると…僕は伯母と共に、その足で駅まで向かった。
幡山はどこに行ってしまったのか…あの、グロテスクな光景は夢だったのか───?そもそも、どこからどこまでが現実だったのか分からない。
本来なら、心配して、必死で探し回る筈だが…何故かそんな気も、気力すらも無くしていた。
「心配かけました、すみません…」
ユキミさんの表情は、依然として険しいままだった。実の父の葬儀をほったらかす実姉と、同じくいい加減な甥に、ほとほと愛想が尽きたのだろう。
しかし、頭を下げる僕の後頭部に向かって、ユキミさんは思いもよらぬ事を口にした。
「あの家に必要なのは…人の肉体と魂なの、世継ぎじゃない…それが…あの家の人間の宿命…約束を破り、長年力ずくで縛り付けて『無理やり守らせていた』ツケなのよ…」
「え、そ、それって…あの…」
次の瞬間、電車のドアが閉まり…ユキミさんは背を向けてホームを後にした。
電車の窓から、遠ざかる町を眺める。何の変哲のない、どこにでもある町…
だが、そこを取り巻く空気は、あの町が抱えるものは、重く忌々しい。あれは、夢ではない…確かに僕は見たのだ。
「お疲れー、今日って帰ってくるんだっけ?」
婚約者からのメールに安堵する。そう…早く家に戻ろう…それが一番良い…
「今、帰りの電車の中。午後にはそっちに着くよ」
「そっか!気を付けてね~そうだ…ちょっとコレ見てよ!」
送られてきた画像は、どこかの日本家屋の門を写真に撮ったものだった。そこには、男女の後ろ姿が映っていて…
「これ、スパムだよね…?突然送られてきてさ…」
見覚えのあるその造形、その姿…背中を、冷たい何かが通り過ぎる。
「スパムだよ、早く消しな」
離れないと、早く…早く!!!
もう、あの町には二度と訪れないだろう。
例え誰が死んでも…
作者rano_2
「守られる」番外編その2です。
本編はこちら ↓
https://kowabana.jp/stories/35694
番外編その1はこちら ↓
https://kowabana.jp/stories/35872