「父ちゃん、父ちゃん」
私………安永剛彦(やすなが・たけひこ)の息子である、我が子、伸道(のぶみち)が話してくれた不思議な話である。
私は、仕事の都合上、妻の実家には顔を見せる回数が減ってしまってはいるが、伸道や弟の秀明は妻と一緒に幾度と無く遊びに行っている為、長い休みの日に泊まる、第二の自宅になっているのかも知れない。
そんな暑い夏の或る日に、妻も仕事に出掛けて、秀明も昼寝をしている際に、伸道が私に話し掛けて来る。
「あのね、父ちゃん」
「どうした、自由研究か宿題か」
仕事の書類を片付けた私は、伸道に訊いて見る。
「あのね、ばあちゃんちに行ったときにね、ネコのぬいぐるみと、イヌのぬいぐるみがね」
何時か覚えていないが、伸道は夜中か夜明け近くに、彼に取っての祖父母宅………妻の実家に泊まっている際に、目を覚ましたらしい。太陽が出ていなくとも、空が白む時刻を考えれば、今の季節なら3:30~4:00位だろうと踏んで、この子は外の便所で用を足せるかな?と想像を巡らせていたら、事態は違う様だった。
「ネコのぬいぐるみとイヌのぬいぐるみがね、えーと、ばあちゃんちの人形とね」
チョコンと猫の縫いぐるみと犬の縫いぐるみをテーブルに置いて話す息子。
「いっしょにあそんでたの」
「!」
そう言えば、日本人形と言うか市松人形と言った種類だろうか、子どもの格好をした人形が妻の実家の二階に有ったなと、私は思い出す。
「でね、お目めこすったらね、人形のとなりにふたりともならんでたの」
幼稚園や買い物での御出掛け以外は、何故か猫の縫いぐるみと犬の縫いぐるみを傍に置いているから、妻の自宅にもこの子等を連れて行ったのだろう。
「帰るときにバイバイしちゃうから、ぬいぐるみにお人形さん見せて、おわかれしてきた」
二匹の縫いぐるみを撫でながら、我が子は怖い云々とは異なる感情で話している様に映る。
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妻に話して見ようか考えたが、冷静な彼女の事、私も含めて一笑に付されるかなと黙っていたが、その夜に兄弟が寝静まった後にこんな話をして来た。
「伸道、何か話してた?」
「どうして?」
「あのね………」
果たして、縫いぐるみと市松人形が遊んでいたと言う話だった。で、眠い目をこすったら、御行儀良くチョコンと二匹並んでいたとも。
「言おうか考えてたんだけどね」
全く同じ内容を話してくれたと、私は妻に話して見る。
「言ってくれたら良かったのに。あー、御盆でこっちも忙しかったから、聴いて貰いたかったのかもね。何回もあの子話してたから」
「そうか………有難う、御疲れ様。麦茶でも飲もうか」
御盆休みながら、実家の御盆や墓参りに子どもの世話と、頑張ってくれていた彼女の姿を思い描きながら、私は麦茶とコップを取りに、台所に向かう。
「ダンナサン、アリガトウ。オトウチャン、アリガトウ」
(………?)
可愛らしい声が三通り聞こえたが、不思議と怖さを感じさせない御礼が響いた。
作者芝阪雁茂
怖い話と言うよりは、夏のほっこり怪談。
某動画サイトの怪談朗読で、日本人形の話が有って、幼少期の自分を振り返って見て、着想を得ました(あっちの内容は、ゾっとして悲しい結末である)。
母方の祖父母宅に、幼少期は何故か縫いぐるみを連れて行っておりました。作中の猫と犬の縫いぐるみです。
「ファースト社 いたずら天使」で、就学前に買って貰いましたから、かれこれ30年の年季入り。撫で回し過ぎて汚れてしまい、地元自宅の段ボールに居ますが、勿論遊びに行った際は祖父母宅の人形と遊んでいた訳で無く、実際は幼い私めの枕元に居ました(汗)。
親御さんも御子さんも、私めや身内がモデルですが、家族全員が不器用で、作中の様なホンワカした家の雰囲気ではありませんでした。