皆さん、『赤い蝋燭と人魚』というお話をご存じですか?
separator
人間の優しさを信じてある海辺の町の神社に自分の子供を置いた人魚の母。
その人魚の子は蝋燭屋の老夫婦に拾われ、美しく元気に育った。
そしてその恩返しにと人魚の娘は蝋燭に魚や貝の絵を描き始め、その絵付蝋燭は神社で灯してその燃え残りを持って漁に出ると安全に帰ってこられると評判になった。
蝋燭屋は繁盛し、娘は毎日老夫婦のために手の痛みをこらえて必死に蝋燭に絵を描き続けた。
その娘の噂を嗅ぎつけた香具師が、「人魚は不吉だ」と老夫婦に吹き込み、法外な金を積んでその老夫婦から娘を買い取ったのだ。
涙を流し嫌がる娘が真紅に塗り染めた蝋燭を残して引き取られたその夜、色白でずぶ濡れの女が蝋燭屋に現れ、その赤い蝋燭を買っていった。
それ以降、神社に赤い蝋燭の炎が灯ると、海が荒れ狂い、多くの死者が出ると噂され、その海辺の町は神社と共に廃れていった。
(ウィキペディアより抜粋)
1921年(大正10年)に発表された作家小川未明によって書かれた、新潟県上越市大潟区の雁子浜(がんごはま)に伝わる人魚伝説を元にした、人間に潜むエゴイズムと異形の者が抱く怨念をテーマとした創作童話とされているのですが・・・
nextpage
◇◇◇◇◇◇◇◇
念願だった新車が三か月待ってやっと納車になり、嬉しくてじっとしていられなかった私は週末に彼氏をドライブデートに誘うことにしました。
すると彼氏がせっかくだから海が見たいと言い出し、海無し県に住む私達は車を走らせ新潟の海へとやって来ました。
空は快晴で、お気に入りの音楽を聴きながら海岸沿いの国道一二九号線を走り、途中で休憩がてら景色の良い路肩の駐車スペースに車を停めた時です。
nextpage
「ねえ、あそこにあるの、鳥居かな?」
海岸線の脇に小高い丘があり、その木々の間に鳥居のようなものが見えています。
「ほんとだ。その向こうに青銅色の屋根みたいなのも見えるね。」
彼氏は普段から神社仏閣を訪れるのが趣味なのですが、ナビの地図を見てもそこに神社はありません。
「面白そうだから、ちょっと行ってみようか。」
nextpage
近くへ行ってみると、どうやらそこは廃神社のようでした。
鳥居はかなり傷んでおり、本殿への石段も雑草が生えて苔が生し、所々崩れてしまっています。
最近、人が立ち入った様子はまったくありません。
車を停めてある国道沿いからそれほど離れていないはずなのですが、周囲は静かで時折鳥の鳴き声が聞こえるだけ。
多少薄気味悪く感じながらも彼氏に手を引かれ、足元に気を配りながら石段を登って行くと、やがて目の前に本殿が見えてきました。
石段を登り切り、本殿の前まで来ましたがやはりぼろぼろです。
いつ頃から廃神社になったのでしょうか。相当古い建物のようです。
nextpage
「せっかくだから本殿の中を覗いてみようぜ。」
「え~、やめようよ。バチが当たるわよ。」
「大丈夫だよ。廃神社になってすっかり朽ちているんだから、もう神様なんかいないさ。」
nextpage
崩れかけた賽銭箱の横を抜け、彼氏は本殿の階段を登って正面扉の前に立ちました。
私も仕方なくそれに続きます。
nextpage
朽ちている割にしっかりと閉じられている正面扉の隙間に指を掛け、ミシミシと音を立てながら彼氏が強引に扉をこじ開けると埃臭さが鼻につきました。
恐る恐る薄暗い本殿の中を覗き込むと、正面に立派な祭壇が見えます。
「何だ、これは?」
nextpage
足を踏み入れてみると、祭壇には無数の燭台が並んでおり、それには燃え尽きかけた絵付蝋燭が残されているではないですか。
このような状態の祭壇はこれまで見たことがありません。
そして祭壇の中央にはひときわ大きな燭台があり、半分ほど燃えて蝋を垂らした赤い蝋燭が二本立っていました。
nextpage
「赤い蝋燭と人魚・・・?」
ふと小学校の頃に読んだ有名な童話が頭を過りました。
「何言ってるんだよ。あれは作り話だろ?きっとその話に見立てて誰かが作ったんだよ。」
「こんなに手間暇かけて、誰も来ないこの廃神社に?何のため?」
「そんなこと知らねえよ!」
nextpage
バタン!
彼氏がぶっきらぼうに返事をした途端、いきなり背後で大きな音がしました。
今入って来た正面扉が勢いよく閉じたのです。
開ける時にあんなに渋っていた扉が、大した風もないのに勝手に閉まるなんて。
nextpage
そして扉が閉まり急に暗くなった本殿の中で、祭壇にある二本の赤い蠟燭にいきなりポッと火が灯ったのです。
nextpage
『真紅の蝋燭が灯るのを見た者は海難に遭い溺れ死ぬ』
あの童話のエンディング。
nextpage
「うわ~っ!」
彼氏はいきなりダッシュすると閉じている正面扉を蹴破り、私の手を握って本殿の外へと飛び出しました。
さっきまで晴れていた空は、いつの間にか今にも雨が降り出しそうな黒い雲に覆われつつあります。
夢中で石段の方へ駆け出す彼氏に手を引かれながら、私は本殿の方を振り返りました。
すると開いている本殿の扉の中に髪の長い女の人が立ち、私達の方を見ている姿が見えたのです。
あれは人魚の娘だったのか、母親だったのか。
未だに人間への恨みを忘れていないという事なのでしょうか。
nextpage
そんなことを考えながらも、石段で転びそうになるのを必死に耐えて車まで掛け戻り、そして車のエンジンを掛けたところで、いきなり激しい雨が降ってきました。
「とにかく、すぐに海から離れよう!」
彼氏の言葉に私は頷くとハンドルを握りしめ、すぐに海岸線を離れ山側の道へと逃げたのです。
nextpage
◇◇◇◇
その日はそのまま無事に家まで帰り着きました。
帰ってきてからいろいろ調べてみましたが、やはりあの『赤い蝋燭と人魚』は創作話であり、モデルとなった雁子浜の住吉神社も今は石碑と灯籠が残るのみになっているそうです。
では、私達が訪れたあの神社は何だったのでしょうか。
ストリート写真を見ても、衛星写真で見ても、あの場所にそれらしい建物を見つけることは出来ませんでした。
nextpage
しかし彼はその出来事をそれほど重く受け止めていなかったのでしょう。
この夏、友人と出かけた海水浴で行方不明となり、溺死体で発見されました。
偶然なのでしょうか・・・
nextpage
私はもうこの海無し県から絶対に出ません。
nextpage
私は間違いなく、あの神社で真紅の蝋燭に灯る炎を見てしまったのですから。
nextpage
誰が何と言おうと、海に近寄ることなんて怖くて出来ないのです。
nextpage
・・・
nextpage
でもディズニーシーは行ってみたいな・・・・ダメかな?
◇◇◇◇
FIN
作者天虚空蔵
この話はふたば様の掲示板に投稿させて貰ったお話に、文字数制限なしで加筆修正を加えたものになります。
『赤い蝋燭と人魚』は、自分が小学生の頃は国語の教科書にも載っていたお話で、皆さんご存じかと思ったのですが、「時代が違う!」と仰る方、もしくはもう忘れてしまったと仰る方の為に、冒頭にあらすじを書いておきました。
いまでもこんな怪異話が教科書に載っているんですかね?