長編15
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精霊の棲む森

大学生三年生の武藤慎二は、父親の影響もあって子供の頃から登山が趣味だ。

大学でも登山部に所属し、年に数回は険しい山頂を目指すクライミングにも出かけている。

しかし昨年から付き合い始めたひとつ年下の彼女、木下真理は本格的な登山の経験がなく、少しでも長く一緒にいる時間が欲しい慎二は、彼女にも登山の楽しさを知って貰いたいと思い、まずは山を登ったり山麓を歩いたりして山の景色を楽しむトレッキングへと誘った。

もともとアウトドアのアクティビティが好きな真理はふたつ返事で同意し、それぞれの友人であるひょうきんな池山悟志、そしてちょっと天然の入った桐谷由梨花を誘って出かけることになった。

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ひと気の少ない自然が満喫できる場所で、可能であれば野営も経験してみたいという三人のリクエストにより、慎二が選んだのは群馬県にある鍬柄岳から大桁山を目指すコースだった。

上信電鉄の千平駅から歩く大桁山は標高こそ1000mにも満たないそれほど大きくない山だが、隣の鍬柄岳と合わせて登ると岩場や険しい登山道など、それなりにスリリングな登山も楽しめる。

それでもコースを選べば比較的起伏も緩やかで初心者でも歩き易く、今回は無理せずに途中で適当な場所を見つけて野営するような計画を組んだ。

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梅雨が明けたばかりのその日は晴天に恵まれ、駅を降りると気温は都心程高くはないものの日差しは夏の訪れを感じさせる。

「さあ、行こうか。」

慎二の先導で駅を出発した四人はやがて舗装された道を離れ、山の中へと足を踏み入れた。

そこはすぐに森となり、空気がひんやりとして心地良い。

道幅が一メートルほどの細い山道を慎二、真理、由梨花、悟志の順で縦一列になって歩いて行く。

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「由梨花ちゃんは今回が初めての山歩き?」

悟志が後ろから声を掛けると、由梨花は笑顔で振り返った。

「うん。初めて。ねえ、途中でお土産買うようなところあるかな?」

「はあ?由梨花は何すっとぼけたこと言ってるのよ。ある訳ないでしょ。」

真理が笑いながら由梨花の問いに答えると由梨花は頬を膨らませた。

「え~、シュラフ貸してくれた友達にお土産買ってくるって言っちゃったのに~。」

どうやら真面目に質問していたようだ。

「あはは、帰りに駅で買えばいいさ。でも、ひょっとしたら途中で森の精霊たちがお店を出してるかもよ。」

「え、精霊たち?そのお店行ってみたい。どの辺?カード使えるかな?」

悟志の冗談に対する由梨花の反応に三人が笑うと、由梨花は再びムッとした表情を浮かべた。

森の中は涼しいとはいえ陽が高くなってくるとやはり汗ばんでくる。

休憩を取りながら歩いているとは言え昼食を取る頃になると、慎二以外の三人はかなりへばってきていた。

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「ここから先は結構厳しい岩場もあるから、鍬柄岳は諦めてもっと緩やかな道で、直接大桁山を目指そうか。」

慎二はこのような細い道が記載された山歩き専用の地図を持っており、既に歩く予定だった道がラインマーカーで塗られている。

慎二が地図を指差しながら別のルートを示し、それに同意した三人は、真理と由梨花が持ってきたおにぎりで昼食を済ませるとルートを変更して歩き始めた。

森の木々が増えたのか、それとも生えている木の種類が変わったのか、午前中よりも薄暗くなってきたような気がする。

しかしそれによる涼しさで幾分元気を取り戻した一行は、お喋りな悟志の冗談に笑いながら、先へと進んだが、しばらく進むと道が二股に別れていた。

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「あれ?こんな分岐なんてあったかな。」

先頭を歩く慎二が地図を取り出して見直すと、確かに分岐があるのだが、左側の道は数十メートル進んだところで、そこから先がない。

それでさっき地図を確認した時は気に留めなかったのだろう。

「こっちは行き止まりみたいだから、右だな。」

そう言って慎二が右へと足を進めようとすると、悟志が呼び止めた。

「慎二、ちょっと向こうを見てみろよ。何か注連縄(しめなわ)みたいなものがあるぜ。」

悟志は左側の道の先を指差しており、そちらを見ると確かに数十メートル先の木の間に太い注連縄が見える。

「本当だ。この先に祠か何かがあるのかな。」

「ちょっと行ってみようぜ。精霊たちのお店があるかもよ。」

それほど遠くはなさそうであり、時間にも余裕があるため四人は道を逸れてそちらに行ってみることにした。

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注連縄は胸の高さで道の両脇に生えている木に結び付けられ、まるで行く手を遮るゲートのようだ。

地図ではちょうどこの辺りで道が終わっていることになっているが、注連縄の先へ道はまだ続いている。

「ここから先へは行かない方がいいかも。」

慎二がそう呟いたが、悟志はそのまま注連縄を潜った。

「この先に何があるのか気になるじゃん。ちょっと見るだけだから行ってみようぜ。」

三人はしぶしぶ悟志に続き注連縄を潜って更に奥へと進むと、急に周囲の木々が途切れ、目の前にテニスコートほどのちょっとした広場が現れた。

大小様々な形の岩が転がり、その為か大きな木はなく、背の低い雑草が疎らに生えているだけであり、どうやらここが道の終着点のようだ。

見たところ特に社や祠のようなものはない。

広場の向こう側は一段高くなっており、ちらほらと苔がむした高さが五メートルもありそうな岩の壁が見えている。

「断層かな。かなり古いみたいだけど。」

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そこで突然由梨花がしゃがみ込んだ。

「え~、何このお花、かわいい!」

見ると、由梨花の足元には濃い紫色の不思議な形をした花が咲いていた。

花の形はウラシマソウに似ているが、花全体が均一に紫色で、大きさはスミレの倍くらいと言えばいいだろうか。

見たことのない花だ。

ぷちっ

由梨花はその花を何気なく摘み取った。

「あ、こら!」

慎二が由梨花の手を掴んだ。

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「山の中の植物は勝手に採っちゃ駄目だよ。」

「あら、何で?自然に生えてるんだから誰の物でもないでしょ?」

由梨花が口を尖らせて不満そうに反論した。

「山歩きでは自然に生えているものに手を出さないのが基本ルールだ。それにさっき注連縄を潜ったという事は、ここはもう神の領域だ。神社の境内みたいなものだから絶対に殺生してはいけないんだよ。」

「チェッ、慎二さんって、意外にオジサン臭い事を言うのね。分かった。もうしないわ。」

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「ねえ、慎二、何だか雨が降ってきそうよ。」

真理の言葉に空を見上げると、先ほどまで晴れていたはずの空にどんよりと黒い雲が立ち込めている。

「天気予報では雨が降るなんて言っていなかったけど、山の天気は解らないからな。」

このまま先へ進むか、駅へ引き返すか、慎二が思案していると悟志がいきなり声を掛けてきた。

「おい、慎二、あそこに洞窟みたいな穴があるぜ。」

悟志が指差す方を見ると、切り立った岩の壁の途中に三角形の穴が開いていた。

近づいてみると、幅は二メートル弱で高さは三メートル近くありそうな二等辺三角形の大きな穴だ。

「浸食じゃなくて、岩の亀裂みたいだな。」

穴の縁を手で触りながら慎二はそう言うと、穴の中に頭を突っ込んだ。

中は入り口よりも広くなっており、天井は三角だが床部分は六畳一間くらいの岩の転がったスペースがあり、洞窟はそこから幅を狭めカーブしながらさらに奥へと続いているようだ。

ここから見る限り、この中に面白そうなものは特に何もない。

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来た道を引き返そうとしたところで、ぽつりぽつりと雨が降り出してきた。

四人が慌てて駆け戻り、先ほどの洞窟に飛び込むと、数分も経たないうちにまるでバケツをひっくり返したような土砂降りに変わった。

「まいったな。とにかくこの洞窟があって助かった。すぐにやむといいんだけど。」

時刻はもう三時を回っている。慎二はスマホで雨雲レーダーを見ようとしたが圏外だった。

「とにかく、今日はここで野営だな。今日中にもう少し進んでおきたかったけどこの天気じゃ仕方がない。」

慎二の言葉に由梨花は明るく反応した。

「わーい、一度こんな洞窟で夜を過ごしてみたかったんだ。」

そう言いながら適当な岩を見つけると、自分のリュックを開け、お菓子や食料を岩の上に並べ始めた。どうやら由梨花のリュックの中身は大半がお菓子のようだ。

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「まあ、どうせどこかで野営するつもりだったから、テントを張らなくて良くなった分は楽だな。」

悟志も自分のリュックを岩の上に置き、上に乗せていたテントを外すとリュックの口を開いた。

「ねえ、慎二ちょっと来て。」

洞窟の入り口から雨の様子を眺めていた真理が慎二を呼んだ。

「これ見て。」

真理は入り口のすぐ脇の地面を指差している。

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そこには黄土色の蛇のような塊りが落ちていた。所々に白い紙も見える。

注連縄だ。どうやらこの洞窟の入り口に飾ってあったものが落ちてしまったらしい。

「この洞窟が神様を祀っている場所だったのかな。」

それを見た慎二は顔をしかめてそう呟くと、ゆっくりと後ろを振り向き、奥に向かって二、三歩進むと、姿勢を正して、二度頭を下げ、続けて大きく柏手を二回打った。

真理も慌ててそれに倣ったが、悟志と由梨花はいきなり二人が何を始めたのか理解できずにぽかんとその様子を見ている。

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「いずこにおわす神かは存じ上げませぬが、かしこみ、かしこみ申す。我ら四人、雨に降られ、恐れ多くもこの場所を暫しお借りしたく。寛大なお心を以って見守りくださることを、かしこみ、かしこみ、お願い申し候。」

慎二は大きな声で洞窟の奥に向かってそう述べると、真理と共に再び深々と頭を下げた。

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「へえ、慎二さん、そんなことを何処で覚えるの?」

由梨花の問い掛けに、慎二は岩に座って由梨花がガスバーナーを使って淹れてくれたコーヒーに手を伸ばしながら答えた。

「登山する時はちゃんと山の神や精霊たちをリスペクトしなきゃダメだって、父親や先輩が教えてくれたのさ。」

「ふ~ん、ここ、神様がいるの?」

「ああ、おそらくね。ちょっと奥の方を見てくるよ。」

慎二はそう言って立ち上がると、スマホのライトを点けて穴の奥へと入って行った。

他の三人は怖いのだろうか、座ったままで彼を見送ったが、五分もせずに穴の奥でパンパンと柏手を打つ音が聞こえ、すぐに慎二は戻ってきた。

「やっぱり、そうだよ。一番奥に石でできた祭壇があった。ちゃんと供物を置く台や燭台も置いてあったし、たぶんご神体だと思うけど、中央の上段にすごく綺麗な拳大の青い石が置いてあったよ。ラピスラズリかな?」

「え~、それ、私も見たい。悟志さん、一緒に見に行こ。真理は?」

「わたしはいいや。」

手を振る真理を置いて、由梨花は悟志と共に穴の奥へと入って行った。

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「雨は止みそうもないわね。」

真理はコーヒーマグを片手に立ち上がると、薄暗くなってきた穴の外を見た。

北東斜面になるこの周辺は思ったよりも暗くなるのが早いようだ。

「え?何、あれ・・・慎二!」

穴の外に見える林の中に、背丈が一メートル程の、先の丸い円筒形の黒い影のようなものが雨で煙る林の間をゆらゆらと動いていた。

それにはふたつの目がついており、こちらを見ている。

ムーミンに出てくるにょろにょろの黒い奴と言えばいいのか、鼻のないポケモンのディグダ?水木しげるの描く海坊主?

それが何体も広場の向こうの林の中に見えるのだ。

「何?どうした、真理。」

慎二が傍に寄って林の方を見たが、もうその姿は掻き消すように見えなくなっていた。

「あれ?いなくなっちゃった。雨の中で何かを見間違えたかな・・・」

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由梨花と悟志はすぐに戻ってきた。

「ほんとね。綺麗な石だったわ。」

「あの石って売ったらいくら位になるのかな。」

悟志がにやにやしながらそう言うと、真理が眉間に皺をよせた。

「やめなさいよ。ラピスラズリの原石なんて大したお金にならないわよ。精々数千円程度ね。それっぽっちの為にご神体に手を出すなんて罰当たりな事しない方が身のためよ。」

「そんなことするわけねえだろ。それよりもそろそろ夕飯の支度を始めようぜ。」

そもそも本格的なキャンプをしに来たわけではなく、夕食と言っても缶詰とお湯で温めるだけのレトルトで簡単なものだ。

それでも吞兵衛の四人はそれぞれ自分の好きなお酒はしっかりリュックの中に忍ばせていた。

「じゃあ、飲み残しても荷物になるだけだから、全部飲むぞ~。夜は長いしな。」

悟志がそう言って嬉しそうにコップに酒を注ぐと、皆それぞれ手酌でコップに注ぎ乾杯した。

レトルトの夕食をつまみに酒を飲みながら楽しく話が弾み、夜は更けてゆく。

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「私、トイレに行きたくなっちゃった。真理、ちょっと怖いから、付き合ってよ。」

「うん。私も行きたいかなって思ってたんだ。男性諸君、覗いちゃダメだからね。」

「ああ、見たい、見たくないは別にして、俺らは紳士だから絶対にそんなことしねえよ。早く行っといで。」

悟志の言葉に、ふたりは傘を広げて穴の外へ出た。

夕方ほどではないが、まだかなりの勢いで雨が降っている。

穴から直接見えない位置まで移動すると、ふたりは草むらでお互いが見えない場所にしゃがんだ。

「ねえ、真理、何か周りにいるような気がしない?」

しばらくしてしゃがんだまま由梨花が声を掛けてきた。

「うん、何かが歩き回ってるような気配がする。」

降り続ける雨の音が聞こえるだけで足音が聞こえるわけではないのだが、何かの気配が周囲で蠢いているような気がするのだ。

「何だか、気味が悪いわ。ねえ、もう終わった?早く戻りましょ。」

真理の言葉にふたりはほぼ同時に立ち上がると、傘を差したまま器用に身繕いすると急ぎ足で洞窟へと戻った。

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「気のせいだろ、何でもない事を怖い話に持っていくなよ。」

意外に怖がりの悟志が怒ったように言うと、慎二がその様子を見て笑った。

「そうだな。じゃあ、まだ九時だけど残りの酒をやっつけて、そろそろ寝るか。外が明るくなったら起床だな。」

酒を飲み終え、ざっと周りを片付けると四人はシュラフを出して比較的平らな場所を選んで横になった。

LEDのランタンは灯したままだ。

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◇◇◇◇

皆が寝静まった頃、由梨花がもっそりと起き上がった。

他の三人が眠っているかどうか覗き込むようにして確認すると、音を立てないように静かにシュラフから出た。

そしてスマホのライトを点けるとこっそりと奥へと入って行った。

由梨花は、小さい頃から我慢のできない子だった。

欲しいものがあれば、駄々をこねてでも手に入れたい、そんな我儘に育った子なのだ。

真理の言うように、金額的には大したものではないのかもしれないが、あの神秘的な青い光を放つ石がどうしても欲しくなった。

どうせこんな山奥の洞窟に放置されているものだ。なくなっても誰も困らない。

由梨花は足音を忍ばせて祭壇の前に立った。

スマホのライトに照らされ、石は美しく輝いている。

そして由梨花が祭壇に向かって手を伸ばした時だった。

祭壇の奥にいきなりマントヒヒのような大きな顔がヌッと現れ、由梨花に向かってガッと牙をむいたのだ。

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「ぎゃ~っ!」

突然洞窟に響き渡った悲鳴に慎二、そして悟志と真理も飛び起きた。

何が起こったのかと見回すと、由梨花が寝ていたはずのシュラフがもぬけの殻だ。

そして間髪を入れず、由梨花が洞窟の奥から飛び出してきた。

「いや~っ!助けてっ~!」

すると由梨花の後を追うように、身長二メートルもあろうかという巨大なマントヒヒがゆっくりと姿を現した。

「うわ~!」「きゃ~!」

先に洞窟を飛び出していた由梨花の後を追って、他の三人も外へ飛び出した。

いつの間にか雨は上がっており、洞窟の外は青白い月の光に照らされている。

洞窟から飛び出した四人が十数メートル離れたところで振り返ってみると、ランタンの光に照らされている洞窟の入り口にマントヒヒの姿はなかった。

「いったい何だったんだ、今のは。」

慎二の言葉に悟志と真理は青い顔をして首を横に振った。

由梨花はその場にしゃがみ込んでガタガタと震えている。

穴の中へ戻る勇気はないが、こんな山の中で何処へ逃げたらいいのかも分からない。

慌てて飛び出したため、靴も履いていないのだ。

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四人が立ち尽くしていると、周囲からがやがやと声が聞こえ始めた。

周りを見回すと月明りの下で森の木々の間に、先ほど真理が見た黒いにょろにょろがいた。その目が白く光っている。

そして木の陰にはまるで蛍光塗料のようなぼんやりとした光を放つ人型のモノが何体かゆらゆらと動いているのも見える。

そいつらが遠巻きに四人を囲み、何かを喋っているのだ。

四人は恐怖で固まっている。

最初はごにょごにょと何を喋っているのか解らなかったが、その声はやがてカエセと言っているように聞こえ始めた。

カエセカエセカエセカエセ・・・

「返せ?俺達は何も盗っていない!何を返せと言うんだ!」

慎二がそう叫ぶと、カエセという声が一段と大きくなった。

カエセカエセカエセカエセ・・・

カエセカエセカエセカエセ・・・

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「分かったわよ!返すわ!返せばいいんでしょ!」

突然、しゃがんでいた由梨花がそう叫ぶと、ポケットからあの青い石を取り出した。

「お前、持ってきちゃったのか!」

「だって・・・だって・・・」

「よこせ!」

慎二はその石をひったくると、そのまま洞窟の中へと駆け込んでいった。もちろん祭壇へ戻すつもりなのだろう。

(むおおお~っ!)

慎二が洞窟へ入るのと同時に図太い雄叫びのような声がしたかと思うと、周囲の木々の間から何体もの青白く光る人の形をしたモノが現れ、宙を飛ぶようにして慎二の後を追って洞窟に吸い込まれていった。

「わ~っ!」

間髪を入れずに洞窟の奥から、慎二らしき悲鳴が聞こえた。

それは一回のみでその後は洞窟の中は勿論、周囲からの声も聞こえなくなり、辺りは静まり返った。

「慎二⁉」

真理が洞窟に向かって大声で呼び掛けたが返事はない。

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「お前のせいなんだから、中に入って慎二を探して来いよ!」

悟志が由梨花の肩を突き飛ばした。

「嫌!そんなことできない!わ~っ!」

由梨花は声を上げて泣き出してしまったが、それで他の二人の同情が買えるはずがない。

しかしその二人も自ら穴の中に入ってみる勇気はなく、慎二が自力で穴から出て来てくれるのを期待して穴の前でじっと立ち尽くしていた。

しかし慎二が洞窟から姿を見せることなく、三人はその場に座り込んだまま朝を迎えた。

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「慎二さんは大丈夫かな・・・」

由梨花が小さな声で呟いた。

「お前が言うな!気になるなら自分で見に行って来いよ!」

不安と寝不足、そして慎二を案ずる気持ちで相当に苛立っていた悟志は大きな声で怒鳴った。

「そんなの、絶対無理!無理よ!」

「まったく、無理、無理って少しは責任感じろよ!もういい、このままじゃ埒が明かない。俺が見てくる!」

既に夜が明けて明るくなっているため大丈夫だと思ったのだろう、由梨花の態度に腹を立てた悟志は立ち上がって洞窟へ向かって歩き出した。

「えっ?悟志、待ってよ。私も一緒に行く!」

真理も立ち上がり、由梨花に冷たい一瞥をくれると走って悟志の後を追い、すぐに二人の姿は慎二の名を呼ぶ声と共に洞窟の中に消えた。

ひとり取り残される形になってしまった由梨花は、後を追いかけようかと思ったが、あのマントヒヒや慎二を追った青白い人型の光が脳裏を過り、どうしても体が動かなかった。

もう朝だし、今度は二人一緒なんだからすぐに戻ってくるだろう。

しかし慎二の名を呼んでいた二人の声もふっと聞こえなくなり、辺りは静まり返った。

洞窟の入り口をじっと見つめたままいくら待っても二人が出てくる様子はない。

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やがて洞窟に対する恐怖よりも、自分がこの場所でひとりぼっちになってしまった不安が上回った。

由梨花はゆっくりと洞窟の入口へと近づき、そして恐る恐る中を覗き込んだ。

主のいないシュラフが散らかり、全員分の荷物もそのままだが、誰の姿もない。

「真理?慎二さん?悟志さん?」

由梨花の呼ぶ声は若干のエコーを伴い穴の中に広がるだけで、返事が返ってくる様子はなかった。

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◇◇◇◇

結局、由梨花はひとりで山を降り、警察や救助隊に助けを求めた。

そして洞窟の祭壇の前で折り重なるように息絶えている三人が発見された。

あの青い石は祭壇の元の位置に戻っていたらしい。

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由梨花は自分のしたことに対し、猛烈に後悔したがもう後の祭りだ。

石を盗んだのは私なのに、何でこうなってしまったのだろう・・・

何で私だけが生き残っているの?

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しかし由梨花は知らない。

あの森の精霊たちは、禁足地に立ち入った三人に死の罰を与え、

さらに由梨花に対しては死よりももっと過酷な罰を与えたのだ。

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その罰が何なのか。

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それはこれから先、自ら死を選ぶことすら許されない長い人生の中で、

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由梨花は、嫌でも思い知ることになるのだ。

◇◇◇◇ 

FIN

Concrete
コメント怖い
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@たくたく 様、
いつもコメントありがとうございます。
いま、お盆休みで充電してますので、休みが明けたら、また頑張りますので宜しくお願いします。

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@たいまい 様
怖ポチ&コメントありがとうございます。
グッドクエスチョンですね。
おそらく戦場で赤十字の旗を掲げて、遺体や負傷者の救護に当たる部隊と同じように、そこは紳士協定で…
なんて冗談はさておき、
その様な曰くのある土地の場合、決まった神社があり、捜索に当たる人達は必ずそこにお参りしてから捜索を開始すると言う話を聞いたことがあります。
でも、行きたくないでしょうね。

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良いですわ〜 文章も上手くて読みやすいし, 登場人物もちゃんと個性があるし
何よりオチが絶望感いっぱいで読んでてゾクっとしました!

しかし、いつも思うのですが、こーいう場合は警察や救助隊は大丈夫なのかしら?

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