御影坂沙羅と嶋崎唯は中学の同級生だ。
家は近いのだが、小学校は学区の関係で別の学校に通い、中学に入学し同じクラスになったことで仲良くなった。
ふたりとも小柄で、沙羅は丸顔の可愛い顔立ちで優しい性格、そして唯はちょっと悪戯な子猫のような雰囲気で明るく可愛い。
このふたりは学校の男子達の間では評判の美少女コンビなのだ。
そして単に友達としてだけではなく、唯には沙羅と仲良くしたい特別な理由もあった。
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年の離れた沙羅の姉、御影坂伊織はいわゆる霊能者で、普段は真面目な銀行員として働いているのだが、裏稼業として『祓い屋』という仕事を持っている。
霊に取り憑かれた人に対するお祓いはもちろん、土地や家などに憑いている地縛霊や物の怪も祓う。
宮司である父親のもとに生まれ、幼い頃に両親を亡くした後、引き取られた禰宜であり呪術師である伯父からその力を習得した。
銀行員という本職を持っているため、その裏稼業は口コミのみなのだが、かなりの評判で相当な収入になっているようだ。
伊織の収入で、南新宿のマンションに住み、十四も歳が離れた沙羅を充分に養っていけている。
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このような姉を持つ沙羅は、学校でも有名なオカルトマニアである唯にとって、彼女から聞ける伊織の『祓い屋』としての話が楽しくて仕方がないのだ。
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◇◇◇◇
中学二年生になって間もない頃、唯が沙羅のマンションへ遊びに行くと珍しく伊織が暇そうにしていた。
「ねえ、伊織姉さん、私に憑いてる守護霊って見えますか?」
「そうね・・・」
普段はあまり愛想がいい方ではない、どちらかと言えば不愛想な伊織だが、妹の親友となると少しは気を遣うのだろう。
そう聞かれて、目を細めて何かを見通すような表情で唯を見つめた伊織は少し首を傾げた。
「守護霊として白髪のお婆さんがいるんだけど、それとは別に猫が憑いてるわね。」
「猫?」
「ええ、見たところ大きくてかなり歳を取った、尻尾の長い三毛よ。唯ちゃんには前から何か動物霊が憑いてるなと思っていたんだけど猫だったのね。別に嫌な気配がしないからいままで何も言わなかったけど。」
それを聞いた唯は驚いた表情でうん、うん、と頷いた。
「それ、たぶんミーコです。うちで飼ってた猫で四、五年前に死んじゃったんですけど、お婆さん猫で二十歳をラクに超えていたってお母さんが言っていたの。私は生まれた時からずっとミーコと一緒だったんですけど、もうそれから動物を飼っていないんです。ミーコは今も私の傍にいるんですね。」
「お姉ちゃん、ミーコも唯の守護霊なの?」
横で話を聞いていた沙羅が首をかしげて伊織に尋ねた。
「それは違うわね。こう言っては何だけど、動物霊って格下なのよ。人間の霊でも誰かの守護霊となれるのはごく一部の徳の高い霊だけなんだから、ミーコの霊は単に唯ちゃんに憑いているだけね。」
「ふーん。」
「でもミーコの霊は、歳を取ってるだけあってかなり強力ね。他の邪霊を寄せ付けないという意味では頼りになると思うわ。」
「そっか。今度ミーコのお墓参りに行ってこよ。しばらく行ってなかったわ。」
「うん、きっと喜ぶわよ。」
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◇◇◇◇
そして事件は、それからひと月ほど経った頃に起こった。
沙羅と唯は来月に迫った文化祭で発表する演劇の小道具を買いに出かけていた。
その帰り道、秋が深まるこの時期だけにもう陽はすっかり暮れ、家々の窓には明るく照明が灯っている。
「ずいぶん遅くなっちゃったね。」
「沙羅が、たかがオモチャのマシンガンであんなに悩むんだもん。」
「だってあんな見るからにプラスチックの水鉄砲じゃ、せっかくの舞台が台無しよ。」
「あら、美少女戦士にはお似合いだと思うけど。」
どのような舞台なのか分からないが、ふたりは楽しそうに家へと向かって歩いていた。
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そして唯の家の近くにあるコインパーキングの前に差し掛かった時だった。
「ねえ、君達、これから遊びに行かない?」
大学生くらいだろうか。いかにも遊び慣れた雰囲気の二人組が突然声を掛けてきた。
表通りではなく、周りに人影の少ない薄暗い通りで声を掛けてくるところからして、かなり危険な感じがする。
「私たちもう家に帰るところなの。行かないわ。さ、行きましょ。」
唯がそう答えて沙羅の腕を掴み、男達の横を通り過ぎようとするとひとりが沙羅の腕を掴んだ。
「まだ夜はこれからだよ。おっ、君、可愛いじゃん。俺の好みだ。」
「やめてよ。私たち中学生なんだから変な事したら警察沙汰だからね。」
唯がそう叫んで、沙羅を掴んでいる男の腕を振り払おうとした。
「やめろよ。大人しくついてくればいいんだよ!」
「きゃっ!」
男が唯を突き飛ばすとその勢いで唯が倒れ、道路に後頭部をぶつけたのか、ゴンという鈍い音がした。
「やだ!唯、大丈夫?」
沙羅が頭を抱えて四つん這いにうずくまっている唯の傍に駆け寄った。
「何やってんだよ、ジュン!冗談じゃなく警察沙汰になるぜ!」
「いや、そんなに強く突き飛ばしたわけじゃねえよ。」
男達が言い争いを起こしたところで唯が頭を抱えたまま、上体を起こした。
「唯、大丈夫?唯?」
「ぐるるる・・・・」
「唯?」
唯は顔を伏せたまま、まるで獣のような低い唸り声を上げ始めた。
「何だ、この女。もっと痛い目に遭いたくなかったら、大人しく俺達についてきな。」
ジュンと呼ばれた男が再びふたりの傍に寄ってしゃがみ込むと、そう言ってにやにやと笑った。
自分が唯に怪我をさせたという意識は全くないようだ。
そして男が再び沙羅に向かって手を伸ばすといきなり唯が顔を上げた。
「しゃーっ!」
まるで猫が威嚇するような叫び声を上げ、唯の右手が男の顔を一閃した。
「うわっ!」
男が仰け反って、唯が触れたところに手をやった。
唯の爪が男の頬を引っ掻いていたのだ。男の頬に痛みと共に血が滲んでくる。
男が手で頬を撫でると、かなりの出血であり、傷は浅くはなさそうだ。
「ぐるるる・・・・」
唯は四つん這いのまま、鋭い目つきで男を睨んでいる。
街灯の光の角度のせいなのか、その目は何と金色に光っているではないか。
「やりやがったな、このアマ!ただじゃ帰さないからな!」
「ぐるるる・・・」
沙羅は唯の異常な姿に驚きと恐怖を感じたが、男達がいる以上は唯の傍から離れるわけにはいかない。
男はまた引っ掻かれるのを警戒しているのだろう、その威勢の良い口調とは異なり、じりじりと慎重にふたりとの間合いを詰めてくる。
「おい、ジュン、周りを見ろ!」
その様子を少し離れたところからにやにやしながら見ていたもうひとりの男が、突然周囲を見て顔をしかめた。
「なんだよ!うるせえな。」
男は詰めていた唯との間合いを一歩下がって広げると、周囲を見回した。
「何だ?猫か?」
薄暗い闇の中、五匹、いやもっといるだろうか、尻尾を立てて音も立てずに、ふたりの男を取り囲む様に近づいてくるではないか。
そして唯と沙羅の両脇にも、まるでふたりを警護するように二匹の猫が寄ってきた。
「ぐるるる・・・」
まるで唯の唸り声に操られているように、今度は猫達が徐々に男達との間合いを詰める。
男達は逃げ場を求めて背後を振り返ったが、背後からも数匹の猫が近づいてきていた。
「何だよ、この猫どもは!お前が操っているのか?」
「ぐるるる・・・」
「なんだよ、この女、ば、化け猫か?き、金色の目をしてやがる。」
男達は近寄ってくる猫達から少しでも離れようとふたりで道の真ん中に背中合わせに立ち、猫達の動きを不安げにきょろきょろと見ている。
すると、頃合いと見たのか四つん這いになっている唯が、まるで招き猫がするように左手を上げ、手首を前に曲げる仕草をした。
「シャーッ!!」
唯の叫び声を合図として、それまでゆっくりと間合いを詰めていた猫達が一斉に飛びかかった。
「うわーっ!」
「ぎゃーっ!」
顔や首、そして手と、衣類から皮膚が出ているところをものすごい勢いで引っ掻かれ、男達は堪らずにしがみついている猫達を振り払いながら走って大通りの方へ逃げていった。
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「唯?唯、大丈夫?」
男達に気を取られていた沙羅が振り向くと、唯は道路にうつ伏せて倒れていた。
「唯?唯?」
揺すってみても意識が戻る様子がない。
慌ててスマホを取り出し救急車を呼ぼうとしたが、たった今の唯の異様な様子を思い出した。
救急車ではだめだ。
沙羅は伊織へ電話した。
「お姉ちゃん?唯が、唯が大変なの!」
唯が簡単に今起こった出来事を説明すると、伊織はそのままそこを動くなと言って電話を切ると、五分もせずにコインパーキング脇に現れた。
「丁度マンションへ帰ろうとしたところだったの。ラッキーだったわね。」
「お姉ちゃん!唯が、唯が化け猫になっちゃったの。」
沙羅が半泣きの声で訴えると、伊織はうんうんと頷いて唯の体を抱き起こした。
「ミーコに憑依されたのね。でももう大丈夫だわ。」
伊織は左手で二本の指を立て口元に寄せると何か短い呪文を唱え、唯の背中をぱんぱんとふたつ叩いた。
「う、うん・・・」
唯は目を覚ますとキョトンとした表情で、沙羅、そして伊織の顔を交互に見た。
「あれ?何?何が起こったの?いたたたた。」
やはりかなり強く打ったのだろう、唯はぶつけた後頭部を押さえて顔をしかめた。
しかし沙羅が触ってみると若干のたん瘤になっているだけで、出血はなく酷い怪我ではなさそうだ。
「何で伊織さんがここにいるの?何があったの?」
「ゆっくり話してあげるから、とにかく家に帰る前にウチに来て頂戴。浄化してあげる。」
「浄化?」
「悪い霊ではないとはいえ、一旦完全に乗っ取られたからね。」
「え?え?何が何だかよく解らないけど、お願いします。」
唯がそう言って伊織の顔を見上げると、伊織はじっとコインパーキングの方を見ていた。
その視線の先には数匹の猫がたむろしてこちらを見ている。
先程男達に飛びかかっていった猫だ。
それを見ている伊織の表情は、怒っているわけでもなく、笑っているわけでもなく、しかしかと言って無表情と言う訳ではない。
穏やかな、愛しむような表情、仏像のような表情と言えばいいのだろうか。
「伊織姉さん、何見てるの?」
「ミーコの霊があそこにいるの。何を話しているのか分からないけど、たぶん、猫達にお礼を言っているのかな。唯ちゃんを助けてくれてありがとうって。」
「ふーん、じゃあ私もお礼を言わなきゃ。あいたたた・・・」
急に立ち上がった唯が頭を押さえると、伊織が微笑んだ。
「大丈夫。唯ちゃんのその気持ちは伝わってるわ。今度また通りかかった時にでも猫達に挨拶すればいいのよ。」
「は~い。」
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◇◇◇◇
伊織のマンションで浄化の呪文を唱えて貰い、ソファに座って何が起こったのかを沙羅が唯に話すと、唯は何やら怒ったような表情を浮かべた。
「でも、ミーコはちゃんと唯ちゃんの事を守ってくれたんだね。唯ちゃんのことが本当に好きだったんだわ。」
伊織がそう言って唯に向かって頷いて見せたが、しかし唯は依然として不機嫌そうな表情を浮かべている。
「唯、どうしたの?まだ頭が痛いの?」
「頭が痛いのは痛いんだけどね、私、小さい頃から子猫ちゃんとか猫娘って言われてきて、自分でも猫っぽいなって自覚してたのよ。でもさ、でもね、言うに事欠いて”化け猫”って酷くない?こんな可愛い女の子を捕まえてさ。」
「あはは、でも唯ちゃんは本当に猫みたいよね。」
伊織は大笑いしながら、両手を自分の頭に寄せて猫耳を作って見せた。
「まあ、ミーコが憑依してた時の唯ちゃんを指して”化け猫”って言ったんであって、普段の可愛い唯ちゃんを見ても化け猫なんて誰も思わないわよ。」
「そうよね。そうだよね。」
伊織に可愛いと言われて、唯は途端ににこにこと機嫌を直し、沙羅はその様子を見て肩を竦めた。
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◇◇◇◇
その日、唯は信じて貰えるか判らなかったが、帰りが遅くなった理由として両親にその日あった出来事を正直に話した。
すると両親はそれを疑うどころかふたりで顔を見合わせ、驚くべき事実を唯に話してくれたのだ。
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********************
あの駐車場があった場所は、唯の曽祖父母の家があった場所だった。
祖父母は仕事の都合で離れた場所で暮らしており、年老いた老夫婦ふたりの暮らしを見守るために孫である唯の両親は、職場が近いこともあって、近くにあるこのマンションへ結婚を機に引っ越してきたのだ。
曾祖父母の家は古い家であったが、庭はそれなりに広く、庭で何匹もの猫を飼っていた。
猫達は時折様子を見に来る唯の父親にもよく懐き、もともと動物好きだった父親は、曽祖父母の面倒を見に来ているのか猫の世話をしに来ているのか分からなくなるくらい猫達を可愛がっていた。
そして曾祖父母が他界した後、その家は取り壊されることになり、父親は猫達の中でも特によく懐いていたミーコを引き取ることにしたのだ。
幸い唯の住むマンションは小動物を飼うことが許されていたが、唯の母親が面倒を見るなら近所の手前一匹だけにしてくれと言ったため、父親はやむなくミーコだけを連れ帰ったのだった。
それが今から十五、六年前のこと、その時ミーコはおそらく四、五歳だった。
「その時残してきた猫の中には、たぶんミーコの子供達もいたんだ。」
父親は寂しそうに唯に語った。
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そして家は取り壊され、残された猫達は一旦は何処かへいなくなったが、しばらくすると駐車場となったあの場所に戻ってきていた。
唯が生まれると、ミーコはまるで自分の子供のように常に唯の傍に寄り添い、唯もミーコが傍にいるといつもすやすやと穏やかに眠っていたという。
そして唯が小学校高学年になった頃、ミーコは二十年を超える寿命を終えた。人間に換算すると百歳を超える大往生だ。
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その日の事は唯もはっきりと憶えていた。
朝、ミーコはいつものように父親と唯を玄関でみゃーと鳴いて送り出してくれた。
そして学校の帰り、友達と遊びながら家へと向かっていた唯の耳に、みゃーというミーコの声が聞こえた。
まだ家まではかなりの距離がある。
空耳かと思ったが、間髪を入れずにもう一度、今度はみゃーーーっと長く尾を引く、ミーコの悲しげな鳴き声が聞こえた。
唯は、一緒にいた友達にサヨナラも言わずに走り出していた。
マンションへ戻ると靴を脱ぐのももどかしく家の中へ飛び込み、夕飯の支度をしていた母親にミーコは何処だと尋ねると、その辺でお昼寝でもしているんじゃないかと言う。
唯が家の中を探すとミーコは窓際のクッションの上で丸くなって寝ていた。
ほっとした唯はランドセルを放り投げるとミーコの傍に寄り、寝ているその背中を優しく撫でた。
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冷たい・・・
いつもは暖かいミーコの背中もお腹もどこを触っても冷たく、そしてピクリとも動かない。
「お母さん・・・ミーコが・・・ミーコが動かないよ!」
これが唯にとって生まれて初めて身近なところでの”死”に直面した瞬間だった。
その夜、唯は泣きながらミーコの冷たくなった亡骸を抱きしめたまま眠った。
そして翌朝、唯から引きはがすようにミーコの亡骸を奪い取った父親を本気で殴ったことを唯ははっきりと憶えている。
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****************
「ミーコはね、時折家を抜け出してはあの駐車場に行っていたんだ。会社の帰りにあそこでミーコを見かけては連れて帰っていた。」
父親はそう言って唯の頭を撫でた。
「でもミーコは唯の事を本当に大切に思っていてくれたんだね。」
ミーコに憑依されたという唯の話をまったく疑おうとせず、うっすらと涙まで浮かべてそう言う父親を見て、また涙が浮かんできた。
「でも、沙羅ちゃんのお姉さん、伊織さんだっけ?彼女は本当に凄い人ね。そんなことを何も知らないのに、そこまで解かるなんて。」
母親もそう言いながら唯の頭を撫でた。
普段の唯であれば、子ども扱いするなと言って怒りだすのだが、今日は素直に撫でられている。
「うん。伊織姉さんは、ミーコは優しくていい霊なんだけど、憑依されたのは間違いないからって、私の体の浄化までしてくれたのよ。」
霊の良し悪しに関わらず繰り返し憑依されると、霊に憑依されやすい体質になってしまうと言う。
伊織はそれをリセットしてくれたのだろう。
「そう、それは良かったわ。今度お礼をしなくちゃ。」
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「それでね、帰る時に伊織姉さんが言ったの。私がその気ならミーコの霊を祓うことが出来るけど、どうする?って。」
「ミーコの霊を唯から祓う?何でそんなことを。」
父親が不思議そうな顔をして唯を見た。こうやって唯を助けてくれたミーコの霊を祓うということが理解できないのだろう。
彼もミーコの事が大好きだったのだから当然だ。
「うん。ミーコのことをきちんと弔った上で送り出して、静かに虹の橋を渡らせて向こうの世界に送ることもできるわよって。
もちろん、そうなるとミーコはこの世にはいなくなっちゃうけど、向こうの世界へ行けばいつかきちんと転生できるからって。」
「そういうことか・・・」
父親は黙ってしまった。
そしていつもはお喋りな母親もどこか悲しそうな顔をして、黙ったまま父親の顔を見ている。
そのままどのくらいの時間が過ぎただろうか。長い間の沈黙を破ったのは唯だった。
「私、伊織姉さんにミーコを送って貰うのはやめる。」
両親は驚いたような表情で唯の顔を見た。
「いつか、そう、五年後か十年後か、私がミーコの、そしてお父さんやお母さんの力を借りずに自分の力でちゃんとやっていける、生きていけると思える時が来たら、その時にきちんと伊織姉さんにミーコを向こうへ送って貰うことにする。私の我儘だけど、今は、それまでは、傍にいて欲しいの。」
「うん。そうだな。唯がそう思うなら、それが一番の選択だ。」
父親は穏やかな表情で唯に微笑みかけた。
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◇◇◇◇
「わかったわ。唯ちゃんがそう思うなら、私は何も言わないわ。」
翌日、唯は自分の決心を伝えに伊織のマンションを訪れた。
「夕べ、ミーコが夢に出てきたの。いつものように私の隣に座って、嬉しそうに喉をゴロゴロ鳴らしてた。だから、ああ、私の決心は間違っていなかったんだなって思った。」
「そう。良かったわね。」
伊織は唯の気持ちを慮ってにこやかに返事をしたが、その態度からすると本心では虹の橋を渡らせてあげた方が良いと思っているのかもしれない。
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唯が帰った後、沙羅は伊織に言った。
「でも、唯ちゃんに憑いているミーコの霊は偉いね。あの状況で必死に唯ちゃんを守り抜くなんて。飼い主を慕う動物霊の話は時々聞くけど、憑依してまで守り抜こうとするなんて。」
「そうね。ミーコはもう母親の感覚なんだろうね。自分がどうなってもこの子を守り抜くんだって。最近は人間の母親だって、それだけの愛情を子供に持っているのか、自分の子供を殺すなんてニュースなんか見ていると悲しくなるわよね。」
「唯ちゃんが一人前になって、ミーコが穏やかに虹の橋を渡れる日が早く来るといいな。」
唯の言葉に伊織は黙って頷いた。
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◇◇◇◇
ペットの霊が飼い主に取り憑くということはあまりないようだ。
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よく言われているのは、先立ったペットの霊は虹の橋のたもとで飼い主が来るのを同じような仲間と遊びながらずっと待っているということらしい。
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しかし、もちろんそれが本当かどうかは誰も知らない。
…
◇◇◇◇ FIN
作者天虚空蔵
ちょっとネタ切れ気味なので、以前に書き溜めた大長編十部作の『祓い屋 伊織シリーズ』(未発表)から、一部分を抜き出して改編、加筆し投稿しました。
この作品は、長過ぎてとてもここに投稿できるシロモノではないのですが、時間のある時に小間切れにして投稿できればいいなと思っています。
ちなみに個人的には犬派で、家の中を二匹走り回っています。
虹の橋の袂で飼い主を待っているという話は、自分が死んだ時に、もしワンコ達が待っていてくれなかったら悲しいので信じないことにしています。(笑)