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長編14
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私の救世主【前編】

子供の頃から海の近くに住んでみたかった。

それほど強い思いではなく、都会で育った俺が漠然と抱いていた自然へのあこがれだったのかもしれない。

しかしそれがひょんなことで叶うことになった。

大学を卒業し、都内に本社を構える機械メーカーの経理部に就職したのだが、この春から神奈川県の茅ヶ崎市にある工場の管理部に転勤することになったのだ。

三十歳で独身という気ままな生活を送っている俺は、せっかく湘南エリアに住むのだからと勤務先の工場から少し遠くなるが、東海道線を挟んで反対側となる海岸近くのアパートに住むことにした。

新しく借りた1DKのアパートは少し高台になった住宅地の中にあり、俺の住む二階の部屋の窓からほんの少しだけ海が見える。

アパートから海まではゆっくり歩いて十分程度であり、住宅地を抜けサザンビーチの交差点で国道を渡ると海岸に出られる。

すると少し離れたところに雑誌などで見たことのあるアルファベットのCの形をしたモニュメントが建っており、有名なポップグループの出身地ということもあって近所の人の犬の散歩だけでなく、デートがてらに訪れるカップルも非常に多い場所だ。

折角このような場所に住んでいるのだから、工場とアパートの往復だけでは勿体ない。天気の良い日は仕事が終わった後に海まで散歩に出かけることにした。

この季節は日を追って日没が遅くなっていく。

タイミングが良ければ、海辺に腰を下ろして缶ビールを片手に海に沈む夕日をゆっくりと眺めるということが平日でもできるのだ。

最近は海辺でビールを飲んだ後、週一回程度国道を渡り駅の方向へ少し戻ったところにある『しずく』という小料理屋で夕食を兼ねてさらに少し飲んで帰るというパターンが気に入っている。

五、六人ほど座れるカウンターとテーブル席がふたつという小ぢんまりとしたその店は、料理が美味しいことは勿論なのだが、その店の女将が、際立った美人ではないものの、しっとりと落ち着いた感じの可愛い人なのだ。

小料理屋の女将と聞くと和装を思い浮かべる人が多いと思うが、彼女はボーイッシュなショートヘアで、デニムのパンツかスカートにポロシャツ姿が多く、いつもその上に薄いピンクの割烹着を着ている。

年齢はおそらく俺よりも年上の三十歳半ばから後半くらいと思われるが見た目は若く、店に勤める近所の大学生だというアルバイトの女の子と一緒にいても姉妹のように見える。

『しずく』に行くようになったきっかけは、いつものように海に向かって歩いている時にちょうど店を開けて暖簾を掛けていた女将と何気なく目が合い、女将が軽く微笑んで会釈をしてくれたのだ。勿論商売からくる愛想笑いだったのだろう。

しかしプライベートでは知っている人など誰もいないこの街に引っ越してきて、初めて仕事以外の誰かに微笑んで貰ったような気がした。

そしてその日の帰り道に、お店の前に置かれた手書きのおすすめメニューのボードに誘われて店に入ったのが始まりだった。

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◇◇◇◇

その日も自転車で工場からアパートまで戻ってくると、軽くシャワーを浴びて普段着に着替え、海へと散歩に出かけた。

大勢の人で賑わっていたゴールデンウィークも過ぎ、街中は落ち着きを取り戻したが、これから梅雨入りまでは暑い日が続くだろう。

いつものように『しずく』の前を通りかかると、あの日と同じようにちょうど女将が店を開けるところだった。

いつもは日没前後に店を開ける為、海へと散歩に出かける時に出くわすことは殆どない。

「静香さん、こんばんは。」

「あら、佑二くん。また海へお散歩?」

「ええ、ちょっと夕涼みに行ってきますね。」

女将は、女将と呼ばれることを好まず、他の常連のお客も皆彼女を名前で呼んでいる。

勿論この静香という名が本名かどうかはわからないが、店の中では静香さんで通っているのだ。

静香さんに手を振り、そのまま海岸に出るといつものコンクリートブロックに腰掛けた。

目の前ではちょうど太陽が水平線に着水したところで、俺は持っているレジ袋から缶ビールを取り出すと沈みゆく太陽に缶を掲げて一日の終わりにひとり乾杯した。

太陽が高い位置にあるとよく分からないが、こうやって水平線に沈んでゆく姿を見ているとその動きが想像以上に速いことに驚かされる。

三百五十ミリリットルの缶を飲み切らないうちに太陽はさっさと沈んでしまい、オレンジ色だった空が徐々に紫色に変わり、その色がどんどん濃くなってゆく。

ここに座ってから二十分程経っただろうか、空に星が瞬き始めると、俺は来る時に静香さんとあったことを思い出し、今日の夕食は『しずく』にしようと、缶を握り潰して腰を上げた。

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***************

「あれ?」

『しずく』の前まで来たのだが、驚いたことに店は閉まっていた。

先程静香さんと言葉を交わしたのは三十分程前で、彼女は店の入り口に暖簾を掛けようとしていた。しかし今は固くシャッターが降ろされている。

何か急な都合で店を開けるのを止めてしまったのだろうか。

「佑二くん・・・」

シャッターの前でキツネにつままれたような気分で立っていると不意に後ろから声を掛けられた。

誰だろうと振り向いてみたが、後ろには誰もいない。

周囲を見回すと買い物の途中らしい主婦や会社帰りのサラリーマンなど数人が歩いているが、今の声は確かに真後ろから聞こえたように感じた。

しかしそんな至近距離には誰もいないのだ。

声は静香さんのように聞こえたのだが、もちろん彼女の姿も見えない。

『しずく』で楽しく食事をするつもりだったのにと、がっかりした気持ちがそのような空耳を引き起こしたのかもしれない。

しかしよくよく考えてみると今日は火曜日で、『しずく』の定休日であり、そもそも開いていないのが当たり前なのだ。

そうすると不可思議なのは、店が閉まっている「今」ではなく、静香さんが暖簾を掛けていた「三十分前」ということになる。

しかし俺は間違いなく静香さんとここで言葉を交わしたはずだ。

夢や幻なんかじゃない。

しかしここでこのまま悩んでいても仕方がなく、俺はもやもやした気分で自分のアパートへ帰った。

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*******************

何かの勘違いだろうと思ったが、やはり何が起こったのかを確認したい気持ちを抑えきれず、翌日の夜も『しずく』へと出かけた。

「あら、佑二くん、いらっしゃい。」

店に入るといつものように静香さんが笑顔で迎えてくれ、俺はカウンターに腰を下ろした。

「佑二くん、昨日はどうしちゃったの?店の前まで来ていきなり帰っちゃって。お財布でも忘れたの?」

俺が尋ねる前に静香さんから話を切り出され、その内容に俺は更に混乱した。

昨日は定休日だったのだが、遠方から友人が来るという常連さんの頼みで店を開けたのだそうだ。

夕方店を開ける時に店の前で言葉を交わしたことで店が開いていることを俺は認識していると彼女は思っていた。

そして日が暮れた頃にふと気がつくと店の引き戸のガラス越しに俺が立っていたので、そのまま入ってくるだろうと思っていたが、立ったまま入ってこない。

おかしいなと思って「佑二くん」と名前を呼ぶと、俺は驚いたような表情できょろきょろと周りを見回し、そのまま立ち去ってしまったというのだ。

「いったいどうしたの?」

重ねて問いかけてくる静香さんに、俺は正直に昨日あったことを話した。

「え?どういうこと?あの時、佑二くんの目の前ではお店のシャッターが閉まっていたの?でもその前に私が暖簾を出しているのを見ていたじゃない。」

「そうなんだ。だから昨日は店の前で混乱していたんだ。それがなければ、ああ、今日は定休日だったな、で終わっていたはずなんだけど。」

結局、おかしな点はあの時俺の目の前で閉まっていたシャッターということになる。

静香さんは店を開けていたし、店の中から静香さんが掛けてくれた声は目の前にシャッターがあったため真後ろから聞こえたと勘違いしたのだろう。

「まあ、悩んでも仕方がないんじゃない?今後は開いているはずの時間にシャッターが閉まっていたら念のために確認してね。」

他のお客が入って来たところで、静香さんはそう話を締めくくり、俺の目の前に美味しそうな料理を並べた。

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◇◇◇◇

それから何事もないまま数週間が過ぎ、梅雨入りしたこともあって海岸へ散歩に出る頻度も減っていた。

そんな日々の中、その日もしとしとと雨が降っていたが引き籠りがちの日々の気分転換に傘を差して海岸へと散歩に出かけた。

まだ開店前でシャッターが下りたままの『しずく』の前を通り過ぎ、国道を渡って海岸に出たものの雨の中では座る場所もなく、ビールを片手に砂浜へ降りる手前にある海岸沿いの遊歩道を西浜の方へ、とぼとぼと歩いていた。

時間的にはそろそろ日没だろうか。厚い雲のせいで辺りはかなり暗くなっている。

そろそろ引き返そうかと思った時、十メートル程向こうに女性が傘もささずに立っているのが目に留まった。

その辺りは街灯の光が届いていないため薄暗く、そこに水色のワンピースを着た女性が立っているのが辛うじてわかるような状態であり、暗い色の服だと気がつかなかったかもしれない。

しかし、雨の中で傘をささずに歩いているのならともかく、人通りの少ない雨の海岸遊歩道にひとりでじっと立ち止まっているというのは少し奇妙だ。

そのまま立ち去ろうかと思ったが、女性は俯きがちにこちらを見ているようであり、このまま引き返して彼女を避けたように思われるのは嫌だという変な見栄のような感情が湧いて、その女性の方に足を進めた。

近づいてみるとその女性は20代前半くらいだろうか。ショートカットの黒髪で、その優しそうなタヌキ顔はどこかで見たことがあるような気がしたが、すぐに思い当たる知り合いはいない。

しかし彼女はじっと俺の方を見つめている。

こんなひと気のあまりない暗い道で見知らぬ男が近づいてくれば、普通はかなり警戒するだろう。

そうでないとすると、逆に声を掛けたい、もしくは掛けて欲しいと思っているに違いない。

ひょっとしたら何か事件に巻き込まれて助けを求めているのかもしれない。

「あの・・・」

その女性に声を掛けたと同時に国道を走る車のヘッドライトが視界に入り、一瞬目線を逸らした。

「あの、こんなところでどうしたん・・・・あれ?」

目の前には誰もいなかった。

ヘッドライトが視界に入って白くなった視界に反射的に目を逸らし、視線を戻して周囲の暗さに再び目が馴染むまでの一瞬の間に彼女は消えていなくなってしまったのだ。

周りを見回したが彼女の姿は何処にもない。

ほんの数秒であり、俺の視界の外へ出るような時間はなく、彼女は間違いなく消えてしまった、もしくは最初からここには存在していなかったということだ。

そしてよく考えてみれば、海岸沿いを走る国道136号は交通量が多いのだが、遊歩道と並行に走る車のヘッドライトは今こうしていても、直接俺の顔を照らすような角度で走っていない。

そうすると車のヘッドライトだと思った先程の光は何だったのだろうか。

俺は何が起こったのか分からないまま、それでもまだどこかに彼女がいるかもしれないと周囲を気にしながら来た道を戻ったが、結局彼女は姿を見せなかった。

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◇◇◇◇

「静香さん、ちょっと聞いてよ。さっき変なことがあったんだ。」

今あった奇妙な出来事を誰かに話したくて、俺は帰りに『しずく』へ寄った。

「あら、どうしたんですか?」

今日は珍しくアルバイトの美紀ちゃんもこの早い時間から来ていたが、俺以外にまだ客はいなかった。

「今、いつものように海岸へ散歩に行ったんだけど・・・」

そして水色のワンピースを着た女性が消えてしまったところまで一気に話した。

「やだ、幽霊かしら。でもその女の人って血まみれだったとか、怖い顔で佑二さんを睨んでいたとかじゃなかったんでしょ?」

雨のせいか、他の客は一向に現れず、静香さんは仕込みの手を止めて俺の話を聞いてくれており、美紀ちゃんもカウンターで俺の隣に座って話を聞くと眉間に皺を寄せて質問してきた。

「ああ、丸顔で優しそうな顔立ちだった。うん、そうだ、二十歳の頃の静香さんってこんな感じだったんだろうなっていうイメージかな。」

こうして比べてみると本当に静香さんと似ている。

さっきどこかで見たことがあると思ったのはそのせいかもしれない。

「私に似ていたの?その女の人を見掛けたのってどの辺り?」

静香さんが真剣な表情で聞いてくるので、俺は詳しく場所を説明した。

「そう・・・」

静香さんはそれっきり黙ってしまった。

「静香さん、どうしたの?俺、何か変な話をした?」

「充分変な話でしょ。そんな幽霊を見たなんて。ねえ、静香さん?」

美紀ちゃんが茶化すように言うと、何か考え込んでいた様子だった静香さんは笑顔に戻った。

「ううん、何でもないの。あの辺でそんな幽霊が出るような事故とか事件があったかなって考えていただけ。」

「あの辺で何かあったの?」

美紀ちゃんの問いに静香さんは明確には答えず、曖昧な笑みを浮かべたところで、数人の客が入って来た為、この話はそれで終わってしまった。

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◇◇◇◇

そしてそれから数日が過ぎた。

相変わらず雨の日が続いていたが、日が経つにつれあの日の幽霊は幻覚だったのではないかと自信がなくなってきた俺は、もう一度あの場所へ行ってみようと思い立った。

別に忘れてしまえばいいことなのだが、あの時、俺のことを見つめて何か言いたげだった彼女の表情がどうしても気になったのだ。

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***************

傘を差し、まだ開店前の『しずく』の前を通り過ぎ、国道を渡って海岸へ出た。

あの日と同じように缶ビールを片手に傘を差し、夕暮れの遊歩道をのんびりと歩いてみた。しかし暗くなるまで先日見かけた辺りをうろついてみたが、彼女には会えなかった。

いつも必ずあの場所に立っているわけではないのかもしれない。

俺は早々に諦めて夕食を食べようと『しずく』へ向かった。

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***************

「あれ?今日は火曜日じゃないよな。」

『しずく』はまだ開店しておらず、先程と同じようにシャッターが閉まったままだ。

いつもなら開店しているはずの時間なのだが、静香さんが体調を崩したのだろうか。

その時、ふと先日のことを思い出した。

実際にはお店が開いているのに、俺の目にはシャッターが閉まっているように見えたということがあったっけ。

いま、俺の目の前で閉まっているシャッターは本当に閉まっているのだろうか。

確かめようと俺はシャッターへと手を伸ばした。

その時だ。

「佑二くん・・・」

また真後ろから声が聞こえ、俺は思わず振り返った。

この前とは異なり、そこにはあのワンピースの女性が立っていた。

相変わらず傘を差さずにびしょ濡れだ。

そしてこの女性は俺の名を呼んだ。

つまり俺のことを知っているということだ。

「あの・・・」

彼女に声を掛けようとした瞬間、背後でいきなりガラガラと引き戸が開く音がした。

「佑二くん、どうしたの?」

静香さんの声に思わず振り返ると、閉まっていたはずのシャッターはなく、開いた引き戸から片手で暖簾を捲った静香さんが顔を出した。

「あ、あれ?あ、あの、静香さん、あの女の人が・・・」

そう言って振り返るとそこには誰もいなかった。

「女の人って、この前海岸で見たって言っていた人?」

「ええ、たった今、またシャッターが閉まっているように見えて、後ろを振り返ったらここに立っていたんです。」

「まあ、とにかく入って。」

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カウンターに座り、海岸の遊歩道では会えなかった彼女が、何故かここにいたことをもう一度静香さんに話した。

「海岸からお店まで佑二さんについてきたってこと?」

美紀ちゃんがまた俺の横に座って話に割り込んできた。

「それに佑二さんにシャッターが閉まっているように見せるってことは、佑二さんにはお店に入って欲しくないってことよね。これってどういうことなのかな。」

「さあ、俺にも全く解らない。この前静香さんが、海岸のあの辺りで事件か事故がなかったかって言っていたけど、ここにも現れるっていうことは、あの遊歩道の地縛霊じゃないってことだよね。」

「じゃあ、佑二さんに取り憑いた浮遊霊ってこと?」

「あまり考えたくはないけどね。寒川神社へお祓いに行こうかな。」

「実は私、さっき顔を出した時にちらっとその女の人の顔を見ちゃったの。」

カウンターの中で俺と美紀ちゃんの会話を聞きながら、俺の注文した料理を作っていた静香さんが、俺の前に出来上がった料理の皿を並べながらそう言った。

「佑二くんが入り口の前で立ち止まっていたから、またかなと思って顔を出したでしょう?そしたら佑二くんの肩越しに一瞬だけ女の人が見えたんだけど、すぐに消えちゃったのよね。でも・・・」

何かを言いかけて静香さんが言葉を途切った。

「でも・・・何ですか?静香さん?」

そのまま次の言葉を待ったがすぐに出てこないため、美紀ちゃんが先を促した。

「その人、私のお姉さんにそっくりだった。」

「お姉さん?」「お姉さん?」

意外なその言葉に、俺と美紀ちゃんが同時に反応した。

「お姉さんって・・・亡くなっているんですか?」

俺の問いに静香さんは黙って頷いた。

あの女性が静香さんの亡くなったお姉さんに似ていると聞いて、彼女が静香さん自身に似ていると思ったことを、そうだったんだと妙に納得した。

しかしそうだとするなら、お姉さんについて静香さんに聞きたいことはたくさんあるのだが、相手が亡くなった親族であり、何をどう聞いていいのかよく分からない。

それは美紀ちゃんも同じだったようで、俺は美紀ちゃんと顔を見合わせた。

すると静香さんはそれを察したように自らお姉さんについて話し始めた。

「私には双子のお姉さんがいたの。瑞穂ちゃんていう名前だったんだけど、大学四年生の秋に病気で死んじゃったの。」

「そのお姉さんが何で佑二さんのところに?」

美紀ちゃんが腑に落ちないという口調でそう呟いた。

俺も真っ先にその疑問が頭に浮かんだ。

しかし、静香さんは口を尖らせて首をすくめた。

「佑二くんはここに引っ越してきたばかりだし、理由なんてないはずだから、似ているだけできっとあの幽霊は瑞穂ちゃんじゃないのよ。

死んじゃってからもう十四年になるけど、これまで瑞穂ちゃんの幽霊を見たなんていう話は一度もなかったしね。きっと他人の空似だわ。ごめんね、変なことを言って。」

大学四年だと二十二歳、それから十四年ということは、静香さんは三十六だな、思ったより若かった、と俺は心の中で全く関係のないことを考えていたのだが、美紀ちゃんはかなり興味を引かれたようだ。

「でも、このお店の前に現れるなんてやっぱり何か関係があるんじゃないかな。佑二さんのシャッターのことはこれで二回目だし。

佑二さんがそのお姉さんらしき女の人を見掛けたのは、海岸とここ以外にあるの?」

「いや、その二回だけ。」

「ふうん、静香さん、そのお姉さんが亡くなったのは病院?」

「いいえ、自宅だったわ。部屋にひとりでいる時に心臓発作で死んじゃったの。見つかったのはもう冷たくなった後だった。」

「静香さんの実家って西浜の辺りでしたっけ?」

「そうよ、よく知っているわね。」

「あら、静香さんが前に話してくれたわ。お姉さんのお墓も実家の近く?」

「善福寺っていう小出川の近くのお寺にある、実家のお墓に入っているわ。」

静香さんが、このお店の二階にひとりで住んでいることは知っていたが、実家もこの茅ケ崎にあることは初めて聞いた。

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「佑二さんは茅ケ崎に縁も所縁もないのよね?」

「ああ、生まれも育ちも葛飾で、今回初めて引っ越した。」

「十四年前だと佑二さんが高校一年生くらいよね。全然関係が解らないわ。」

「まあ、今のところ実害はないし、様子見かな。」

俺の意見にふたりは頷いて、俺の傍を離れると仕事に戻った。

【前編終了】

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@たくたく様、
いつもありがとうございます♪
お時間のある時にゆっくり楽しんで頂ければ、嬉しいです。

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