古からの誘い <神となるべき者>

長編18
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古からの誘い <神となるべき者>

優れた陰陽師を遠い祖先に持つ五条夏樹と、その室町時代の陰陽師の命により現代へ送り込まれ、彼を現代の陰陽師として覚醒させたい式神、瑠香。

しかし陰陽師になることなど興味のない五条夏樹は、瑠香を封じた人形(ひとがた)を焼き払ってしまった。

※詳しくは、"古(いにしえ)からの誘い"を参照して下さい。

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◇◇◇◇

その日、夏樹は伊豆の海岸線を走るミニバンの三列目に座り、小学生のような小柄で茶髪の女の子、三波風子と楽し気に話をしていた。

運転席には、保険会社に勤める夏樹の同期で親友の宮田雄介、助手席には宮田の恋人である青井さくら。

二列目には宮田の大学時代の友人である新見義和、その隣にはさくらの友人の石田舞香が座っている。

夏樹は宮田に誘われて、このグループデートに参加しているのだ。

宮田の話によると、石田舞香がどうしても彼氏が欲しいから誰か良い人を紹介してくれと、さくらに頼み、そこで新見義和を紹介しようという事になったのだが、まずはそれとなく顔合わせをして感触を確かめてからという事になり、このグループデートが企画された。

つまり夏樹と風子は、完全に数合わせのおまけとして呼ばれたに過ぎない。

しかし夏樹にとっても小柄で愛嬌のある顔立ちの風子の第一印象は悪くなかった。

かなり大人っぽいさくら、年齢なりの舞香、小学生のような風子と、女性陣はかなり個性的だが二十四歳で同い年。

二十八になる男性陣にとって程良い年頃と言っていいだろう。

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************

朝早く都内を出発したミニバンは、順調に東伊豆の海岸線を南下している。

車の運転に慣れた様子の宮田は後ろの新見に声を掛けた。

「今日は一日俺が運転するつもりだけど、新見は免許持ってる?」

「いいや、取りたいとは思ってるんだけどね。」

「そっか。五条は?」

「持ってるよ。でも十八の時に免許取ってから一度も運転してない。」

「じゃあ運転しなくていい。舞香ちゃんと風子ちゃんは?」

「私は持ってない。風子は?」

舞香が即答し、後ろの風子を振り返った。

「わたし、運転席に座っても前が見えないから。」

風子の答えに、さくらが飲んでいたコーヒーを噴き出した。

「確かに。風子はバイクがお似合いよね。赤いベスパに乗ってる風子は可愛いわよ。原付が中型二輪に見えるわ。」

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**********

途中、熱海を散策し、さらに伊東を抜けてシャボテン動物公園へと移動したところで昼食。

日曜日にしては特に混雑もなく快適なドライブで、なにより新見義和と石田舞香が予想以上に意気投合し、予定通りのカップルが出来上がりそうで、宮田とさくらも上機嫌だ。

公園内でもふたりではしゃいでおり、必然的に残された夏樹と風子が一緒に行動することになる。

「さくらが、新見さんと五条さんは彼女がいないって言っていたけど本当ですか?」

風子がにこにこしながら夏樹に問いかけた。このドライブに風子を誘う時、前情報としてさくらが流したのだろう。

もちろん間違っていない。

「まあ、俺はそんなにモテる方じゃないから。ふ~ちゃんこそ彼氏はいないの?」

「私、基本的にチビでブスだから・・・」

「そう?チビは否定しないけど、結構可愛いと思うけどな。」

「本当ですか?時々小学生に間違われるから、髪の毛を染めてるの。二十四歳になって間違われるなんて恥ずかしいですよね。」

「可愛い証拠じゃない?確かに世間一般で言うスラっとした美人って言う訳じゃないけど決してブスじゃないと思うけどな。結構好感の持てる顔立ちだと思うよ。」

「えへっ、男の人からそんなこと言われたのは初めて。嬉しいにゃ。」

「にゃ?」

「あ、ごめんなさい。私、山形出身なんで時々出ちゃうんです。お願いですから気にしないで下さいね。」

「そっか。山形って語尾に”にゃ”ってつけるんだね。なんかかわいい。」

「えへっ、そうですか?さくら達には注意されるんですけどね。」

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***********

「五条も、風子ちゃんをそれなりに気に入っているみたいだな。」

前を歩く二人を見ながら宮田はさくらに笑いかけた。

「風子だってあんなバリバリのミニスカート履いて気合入っているわよね。いっぺんに二組できるんならそれに越したことはないじゃない?」

「そうだな。でもあの身長であのミニスカートだと本当に小学生にしか見えないな。」

「こら、風子自身も気にしてるんだからそんなこと言わないの!」

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◇◇◇◇

熱川を出ると宮田は海岸線を逸れた。

「ここから山の中に向かうぞ。さくらがせっかく伊豆へ来たんだから天城越えをしたいって渋いことを言うんでな。」

「渋くて悪かったわね。初めてなんだからいいでしょ。」

車は中伊豆バイパスの冷川ICを横切って国道414号線を天城方面に入る。

そして道の駅で軽くひと休みした後、周辺の店を覗きながら旧天城トンネルから七滝ループ橋に差し掛かったところで舞香が後ろから運転する宮田の肩を突いた。

「ねえ、宮田さん、この辺りって神社がいっぱいあるんだけど、今日どうしても行きたい神社がこの先にあるの。」

舞香は神社仏閣巡りが趣味で、この辺りの神社も昔回ったことがあるらしいのだが、彼女が行きたいと言っているのは、子守(ねのかみ)神社といい、この先で脇道に入ってしばらく走ったところにある。

エンゼルパワースポットと呼ばれており、安産、子宝、縁結びの神様として知る人ぞ知る存在だ、と舞香は説明した。

「なるほどね。今日は新見君と一緒にこの縁結びの神様にお参りしようって魂胆ね。」

さくらが舞香をからかうと、舞香はえへへへっと笑って否定しなかった。

「でも子宝の神様でもあるんだろ?大丈夫か?」

宮田が横から口を挟むとさくらがその頬をつねりあげた。

「余計なこと言わないの!」

「いててて、わかった、わかった。」

「その先にも梨本神社っていうのとか、水神社とか言う神社もあるよ。」

新見が地図を見ながらそう言うと、舞香は笑って梨本神社は地元の氏子の為の小さな神社であり、水神社はこの辺りの水田開墾時に水源を祀った神社だから、そのふたつは特にお参りする理由がないと何も見ずに言った。

彼女の神社仏閣巡りの趣味というのはかなりのレベルのようだ。

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*************

舞香の話から他の五人が想像していたよりもずっと小さな子守神社では、舞香の案内で境内をぐるっと散策した後、新見と舞香が並んで参拝し、続いて宮田とさくら、そして必然的に残った夏樹と風子が並んで参拝した。

「ねえねえ、五条さんはどんなお願いをしたの?」

参拝を終えて参道を引き上げてくる途中、風子が悪戯な笑みを浮かべて小さな声で尋ねてきた。

「世界中が平和でありますようにって。」

「なにそれ。縁結びの神様だよ?」

「うん、特にお願い事がない時はいつもそうしてる。」

これは冗談ではなく、夏樹はいつもそうなのだ。

この辺に彼の根底に流れる血筋の片鱗が伺えるのかもしれない。

「ふ~ん、五条さんは特にお願い事がなかったんだ。」

「ふ~ちゃんは?」

「内緒。絶対に内緒。」

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************

「じゃあ、一旦来た道を戻って、河津を抜けて海岸線に戻ろうか。」

宮田はそう言って車をスタートさせ、国道414号線に向かって来た道を戻り始めた。

「え、何あれ。宮田さんちょっと車を停めて。」

舞香がいきなり宮田に車を停めるように言い、宮田は慌ててブレーキを踏んだ。

「何?舞香ちゃん、どうしたの?」

「あそこに鳥居があるの。こんなところに神社なんかなかったはずなのに。」

新見が地図を確認してみたが、地図には何の記載もないし、車のナビにも何も表示されていない。

道路脇に車を停められ得るスペースがあったため、車を降りてそちらへ行ってみると、舞香の言った通りに石造りのかなり大きな鳥居が立っていた。

しかし鳥居には黄色いロープが張られ、立入禁止の札が下がっている。

舞香と新見が鳥居の傍まで進み、奥を覗き込んだ。

鳥居の向こうには五メートル幅の広い参道があり、その両脇には太いヒノキが並んでいる。

そしてその奥には石の階段が見え、それなりに大きな神社のようだ。

「廃神社のようね。何だか幻想的な雰囲気だわ。奥まで行ってみましょうよ。」

舞香はそう言うと新見の腕を掴んでロープを潜って神社の中へ入って行った。

「私達も行こう。」

さくらも宮田の手を引いた。

「五条と風子ちゃんはどうする?」

宮田の問い掛けに、皆が行くなら、と夏樹が返事をしようとした瞬間だった。

突然夏樹の耳の中で”行かない方がいいよ”とやや低い女性の声が聞こえたよう気がした。

「私、行きたくない。ここでみんなのことを待ってる。」

夏樹の耳に声が聞こえたのとほぼ同時に、風子が小さな声で拒否してきた。

「じゃあ、俺もここに残る。」

夏樹がそう返事をすると、宮田は素直に風子と一緒にいることを選んだと思ったのだろう、さくらと顔を見合わせてにやっと笑った。

「わかった。じゃあ、行ってくるよ。」

宮田とさくらは笑顔で手を振ると、先に行ったふたりの後を追い鳥居を潜って奥へと入って行った。

残された夏樹と風子は、元は狛犬が置いてあったと思われる鳥居の近くにある大きな石のブロックに並んで腰を下ろした。

「ごめんね。五条さん、私に付き合ってくれたんでしょ?」

風子は申し訳なさそうに、上目遣いで夏樹の顔を見た。

「うん、それもあるけど、行かない方がいいって声が聞こえたような気がしたんだ。」

「声が?いつもそんなことがあるの?」

「いや、たぶん初めてだと思う。でもそこでふ~ちゃんが行かないって言ったから俺も行かないことにしたんだ。」

特に自分に霊感があると思っていない夏樹は、自分の耳に聞こえた声のことは気のせいだとそれほど気に留めていなかったのだが、風子は興味をそそられたようだ。

「私ね、霊感みたいなものがあって、自分に良くないことが起こりそうなときは胸騒ぎがするの。」

「そうなの?」

「変な子だと思わないでね。でも本当なの。」

「いや、俺の母親や妹がそうなんだ。だから、変だとは思わないよ。」

五条家の女性は、昔から霊感が強かった。あらぬものが見えると言われて怖い思いをしたこともあるが、彼女達の予感のようなもので救われたことも何度かあった。

「本当?良かった。私の言う事をちゃんと理解してくれた人、初めて。なんだか嬉しいにゃ。」

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***********

「あ、ウサギさんだ」

突然鳥居の横にある林の方を風子が指差した。

夏樹がそちらに目を向けると雑草の間から茶色い野ウサギがキョトンとしたような表情で顔を出し、こちらを見ている。

「私、野生のウサギを見るのは初めて。可愛い。」

夏樹と風子が立ち上がり、ゆっくりと野ウサギの方へ近寄って行くが、ウサギはじっとふたりを見て逃げる様子はない。

しかしすぐ傍まで近寄り、風子がしゃがみ込んだ途端にウサギはぴょんと林の中へ逃げ込んでしまった。

「あ、待って。」

後を追ったふたりが林の中に足を踏み入れた瞬間だった。

まるで眩暈を起こしたかのように全身を宙に浮くような感覚が包み視界が歪んだ。

気を失ったわけではないはずだ。

しかし一瞬の後に夏樹の視界が元に戻るとそこは異様な雰囲気だった。

周りを見回してもどこまでも続く木々の連なり。

鳥居のあった場所から数メートルしか動いていないはずなのにどちらを向いても林の切れ目が全く見えないのだ。

異様に薄暗く、ほとんど陽が差していない。

「えっ、えっ、えっ、ここどこ?」

不安な表情で、風子は夏樹の腕にすがりついた。

夏樹はそのまま来た方向へ数歩戻ってみたが、林から出られる様子は全くない。

「私達、何処に来ちゃったの?」

「解らない。でも絶対に離れるなよ。」

「もちろん。頼まれたって離れないわ。」

風子は夏樹の胸にしっかりと抱きついた。

夏樹は風子を軽く抱きかかえるように手を添えて、辺りの気配をもう一度注意深く窺っている。

霊感がないと自分で思っている夏樹にも判るくらいに周りには怪しい気配が漂っているのだが、まるで静かな湖の中に沈み込んだ中で流れを感じ取ろうとしているように、その重く濁った気配には方向性どころか強弱や動きが全く感じられない。

視覚で確認できる周りはごく薄い靄の掛かった薄暗い林が延々と広がっているだけで、そこに何も特異な存在を見出すことは出来ない。

「ふ~ちゃん、周りに漂っているこの変な気配は解かる?」

「五条さんにも感じられるのね。もちろん解かる。でもどっから来ているのか全然解らない。」

「そうか。俺も同じだ。とにかくやみくもに動き回るのはかえって危険のような気がする。しばらくここでじっとしているか。」

たまたま近くに大きな木が倒れており、ふたりは周りの気配を探ることを怠らないようにしながらそこに並んで腰を下ろした。

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◇◇◇◇

「五条!」

「風子!」

廃神社の本殿から戻った宮田とさくら、そして新見と舞香の四人は鳥居、そして停めてある車の周辺で、いなくなった夏樹と風子を必死で探していた。

鳥居から神社の境内までは一本道であり、もしふたりが本殿の方へ後を追って来ていれば間違いなくすれ違うはずだ。

しかしふたりの姿は何処にもなかった。

「どっかその辺の林の中でエッチでもしているんじゃないか?しばらくしたら、にやけた顔で戻ってくるよ。」

かなり疲れた新見が鳥居の傍の石に腰を下ろしてそう毒づいた。

「何言ってんだ。童貞のあいつにそんな度胸がある訳ないだろ。でもふたりが先に帰るなんてあり得ない。絶対にこの辺にいるはずだ。」

宮田は不安そうな表情を隠そうともせずに周辺を見渡しながらそう新見に返した。

「へ~、五条くんてまだ童貞なんだ。可愛い。風子にぴったりね。」

舞香がニヤッと笑った。

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◇◇◇◇

がさっ

突然何処からか草を踏むような音が聞こえ、風子が夏樹に抱きつく腕に力を込めた。

どうしたのかと夏樹が風子の顔を見ると、風子は森の奥をじっと見つめている。

「空気が変わったわ。」

夏樹も意識をそちらの方へ向けて感覚を澄ませてみた。

瑠香との一件の後、陰陽師が自分のルーツだと言われ興味を持った夏樹は多少勉強し、陰陽道とはその根幹となる陰陽五行などに日本古来の神道や密教、修験道などを合わせた日本古来のものであることは何となく判った。

そしてそれらが万物の持つ”氣”と言う考え方が根底にあることを理解したのだが、それを体感するのは初めてだ。

「冷たい。」

まるで夏の日に冷蔵庫の扉を開けたように冷たい空気がゆっくりとこちらに向かって流れてくるのが分かる。

そして最初はじっと感覚を澄ませなければわからない程度だったそれが徐々に強くなってくる。

「何かが来る。冷たい空気と一緒に嫌な気配がこっちへ流れてくる。」

夏樹はそう言って風子を抱きしめる腕に一層力を込めた。

寒さと恐怖でふたりの膝がしらが震えている。

「来た。」

ふたりの眼は木々の間に黒い霞のようなものが湧き上がってくる様子を捉えた。

それはどんどん濃さを増してくる。

やがてそれは不思議な形を醸し出した。

一瞬天狗かと思ったが違う。

体全体は山伏のような人間の姿なのだが、頭は動物、そして背中には羽が生えている。

天狗は白い鳥の羽だったはずだが、それは黒い蝙蝠のような羽を生やしていた。

「何あれ?カワウソ?」

「いや違う。あの尖った顔と耳はイタチだ。」

これは幽霊の類ではない。妖怪の一種なのだろうか。

夏樹は必死で自分のつたない知識を探ったが全く該当するものがない。

「くそっ、何でいきなりあんなへんてこりんなバケモンが出てくるんだ。ドラクエの世界じゃないんだぞ!」

「勇者の剣とか持ってないにゃ?」

「そんなもん持ってるか!ふ~ちゃんこそイオナズンの呪文とか覚えてないのかよ!」

「そんな呪文使えるならとっくに使ってるにゃ!」

ふたりとも極度に緊張しながら、それでもまだ小声で多少の冗談が言える余裕はあるようだ。

湧きあがる恐怖を紛らわそうとしているのかもしれない。

胸の中にこの場から逃げ出したい欲求が胸の底に湧きあがってくるのだが、その一方で走って逃げたところでこの異世界の中では絶対に逃げ切れないことも夏樹は理解していた。

「とにかく、負けないぞって強い意識を持ってあいつから自分の”氣”を背けないようにするんだ。さもないとつけ込まれるぞ。」

「わかったわ。」

ふたりは会話をやめ、目の前のイタチもどきを睨みつけた。

秘めたる力を持つと瑠香に言われた夏樹の本領なのだろうか、睨みつけられたイタチもどきは徐々に近づいていた歩みを止め、その場に立ち止まった。

「く~~っ!」

奇妙な声をあげてふたりを睨み返してくる。

その時だった。

いきなりイタチもどきを睨みつけるふたりのすぐ目の前に白い塊が立ちふさがった。

驚いた夏樹がそれに視線を向けると、その後ろ姿は、ツインテールの後頭部に白い着物と緋袴。

「瑠香さん!?」

「夏樹さま!あやつから意識を逸らさないで!そのまま九字を唱えていて下さい!」

それを聞いて夏樹は先日読んだ本の中に九字のことが書かれていたのを思い出した。

確か、密教、修験道等で護身の為に用いられていた呪文だ。もちろん陰陽道でも頻繁に用いられる。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」

一度斜め読みしただけだったはずだが、不思議と口をついて出てきた。そして口の中で含むようにそれを繰り返し唱えた。

そして風子もそれを知っていたのか、夏樹とハモるように繰り返し小さな声で九字を唱えている。

するとイタチもどきは、三人の目の前からじりじりと後ろに下がり始めた。

「こやつ、邪神か?」

瑠香は小さな声でそう呟くと、懐から両端が尖った金属の棒のようなものを取り出した。

夏樹はそれにも見覚えがあった。本に写真が出ていた”独鈷杵”と呼ばれる仏具だ。

基本は攻撃用の仏具のはずだが、瑠香はそれでイタチもどきに攻撃を仕掛けるわけではなく、そのまま片膝をつくと独鈷杵を目の前の地面の上に置いた。

「いずこよりいましあらぶる神とは存ぜぬもかしこみかしこみ申す。我とここに控えし者たちは、決してあなたに敵対する者ではなく、偶然この地を訪れた罪なき者なり。その者にこのような仕打ちをされるならば、そなたにもそれ相応の神罰があろうぞ。我はこの五条夏樹に仕える式神なり!」

同じ文言を瑠香はもう一度繰り返し、置いてあった独鈷杵を手に取るとイタチもどきへ突き付けた。

けーーーん

まるで狐のような声が聞こえ、イタチもどきはそのまま後ろへ下がるとすぐに黒い霧となって消えてしまった。

そして夏樹と風子はそれまで包まれていた怪しい霊気も黒い霧と共に霧散するのを感じた。

逃げたのか?助かった。

ほっとして夏樹が周りを見回すと、周りは明るい林で空気が温かい。

すぐ傍の木の向こうに、鳥居の傍にいる宮田たちの姿が見えた。

夏樹の腕にしがみついたまま同じように周りを見回していた風子もほっとしたように夏樹の顔を見上げて笑顔を見せた。

しかし何故か瑠香の姿は何処にもなかった。

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◇◇◇◇

ふたりの話を信用しない宮田たちと東京へ戻り、宮田とさくらはレンタカーを返すと言って車で去り、新見と舞香はカップルでどこかへ消えていった後、夏樹は今日の出来事についてゆっくり話がしたいと風子を個室居酒屋へと誘った。

入り口で身分証明書の提示を求められた風子は多少不機嫌そうに四人掛けの個室テーブルに腰を下ろすと、早速身を乗り出して夏樹に聞いてきた。

「ねえ、あの巫女姿の女の人はあの時、”五条夏樹に仕える式神”って言っていましたけど、どういう事なんですか?」

「ああ、あの人は元々俺の御先祖様に仕えていた式神なんだ。」

夏樹は瑠香から聞いた自分の血筋に関する話を風子にしたのだが、それを話し終えた時だった。

「そうなの、私が瑠香です。今後、お見知り置きを。」

「うわっ!」

突然、夏樹の横から声がしたかと思うと瑠香がその姿を現した。

夏樹の横に座り、にこにこと夏樹と風子を見ている。

突然の登場にふたりは一瞬仰け反ったが、特に恐れる相手ではないことは解っている。

「あ、あの、今日は助けて貰ってありがとうございました。私、三波風子って言います。」

風子が瑠香に向かってぺこりと頭を下げると、瑠香は微笑んだ。

「うん。夏樹さまを助けただけなんだけどね。夏樹さま、私の分の料理とお酒がないんだけど?」」

「ああ、酒と料理は注文するけど、それよりも瑠香さんの紙人形は俺が焼き捨てたはずだよね・・・」

そう、あれ以来瑠香は姿を見せておらず、夏樹は瑠香が灰となったあの紙人形と共に消えていなくなったと思っていたのだ。

「うん、文忠様が私を封じたあの紙人形を夏樹さまが焼き捨ててくれたおかげで私は自由の身になったの。」

「へ?でも、それなら俺を陰陽師にする使命もなくなったって言う事だろ?」

「うん、そうなんだけど、後は私の自由意志。式神である私にはお仕えする相手が必要なのよ。」

「他をあたってくれ。」

「やだ。夏樹さまがいい。」

そう言って夏樹の腕に手を掛けた瑠香を見て、風子が眉間に皺を寄せた。

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***********

以前、瑠香が夏樹に恋人ができることを許さないと言っていたことを思い出し、風子に対して何かするのではないかと夏樹は危惧したが、予想外に瑠香は風子と意気投合し、仲良く話をしている。

「ねえ、瑠香さん、さっきのイタチもどきは結局何だったんですか?瑠香さんはちらっと邪神って言ったし、そのあと”かしこみかしこみ”って唱えたのは祝詞ですよね?あれは神様だったんですか?」

風子の問いに、お酒を口に運んでいた瑠香はニヤッと笑った。

「あれはそもそも低級な動物霊だったのよ。」

瑠香の説明によれば、あれはおそらく相当に長生きをしたイタチらしい。

キツネや猫なども長寿を全うして九尾のキツネや化け猫になることがあるように、あのイタチは低級霊といいながらもかなりの霊力を持っている存在であったことは間違いない。

そのイタチの霊が神様のいなくなったあの廃神社に棲みつき、低俗な霊達がそこに集まり始め、いつしか自分は神だと思い込むようになってしまった。

霊の世界では時折あることで、そんな霊が人々に悪さをすることもあるため、過去の人々はそれらも八百万の神のひとりに含めて崇め奉って来たのだ。

日本中にある小さな祠の中にはそのような由来の物が少なくないという。

そのまま他の低俗な霊達を引き連れてあの神社の中で自称神として存在している分には何ら問題はないのだが、あの邪神はたまたま鳥居のところにいた、清らかでかつ馴染みやすい魂を持ったふたりに気がついてしまった。

境内に入って来た四人にも気づいていたのだろうが、それ以上に鳥居のところにいるふたりに気を引かれたのだろう。

そしてふたりを自分の世界へ引きずり込もうとあの異世界へ誘い込んだということらしい。

これまでもあの神社を訪れた人間に対しそんなことをして、異世界へと引きずり込んできたのかもしれない。

ところがこのふたりは全く自分の事を畏怖することもなく、逆に否定するような意思を送りつけてくる。

自分は神であり人間ごときに背を向けるわけにはいかない、と対峙しているところへ瑠香が現れたということが顛末のようだ。

「あんな神様モドキとは戦うだけ無駄だから、神としておだてておいてさっさと引き揚げて貰ったの。」

「なるほどね。」

「でも、並の人間ならあの邪神と対峙したら五分と持たずに発狂するか異世界へと連れて行かれていたはず。さすが夏樹さまね。でも風子さまも相当なものだわ。」

「五条さんが一緒だったから。ひとりだったら気が狂っていたかも。」

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***********

風子がトイレに立った時、夏樹は瑠香に聞いてみた。

「前に瑠香さんは、俺が彼女を作ることを認めないって言っていたけど、ふ~ちゃんと一緒にいても怒らないの?」

「あら、夏樹さまはロリコン趣味?あんな胸ぺったんこの小学生が好みなんだ。」

「ちょっとその言い方は酷くない?」

「冗談よ。でも風子さまは使えるわ。」

「使える?」

「あの子はかなりの霊媒体質でいろいろな物の怪を呼び寄せるの。今日のあの邪神もおそらく彼女が引き寄せたのよ。でも夏樹さまが陰陽師としての能力を開眼させるためにはもってこい。あの子といるといろいろな経験が積めるわ。」

そこへ風子がトイレから戻ってきた。

「え、何?何の話?何の経験が積めるって?」

少し酔ったのか頬を少し赤くした風子がテーブルにつくと、瑠香がどこか嬉しそうにそれに答えた。

「夏樹さまと風子さまは良いコンビになれるってこと。」

「きゃっ、ホント?式神様の瑠香さんにそう言って貰えるとうれしいにゃ。」

「にゃ?猫さん?」

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こうして表向きは普通のサラリーマンの夏樹、小学生のようなフリーターで霊感持ちの風子、そして式神である瑠香の不思議なチームが出来上がったのだった。

(何のチームだ?)

◇◇◇◇ FIN (いや、つづく?)

Concrete
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