中編5
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蛙のお弔い

「――あ。あの子たち、またやってる」

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午後の公園。

ベンチに座って一緒に世間話をしていたママ友の橘(たちばな)さんが、不意に声を上げた。

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彼女の視線の先を見ると、娘の陽葵(ひまり)と、橘さんの娘さんである凛(りん)ちゃんが、砂場で遊んでいる。

ふたりは、砂場に直径30センチくらいの穴を掘って、その中に、色とりどりの花びらを撒いているところだった。

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――花?

あ、マズイ! その花は――。

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「ちょっとアンタら!

ダメだって言ったよね、花壇の花を勝手に摘んだら!

自分たちの子供なんだから、ちゃんと注意しなさいよ!」

必要以上に大きなしわがれ声で、すぐさま苦情が飛んでくる。

ああ、見つかった。なんとも間が悪い。

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「すみません、ちょっと目を離した隙に。

子供たちには、よく言って聞かせますので……」

私は、声の主である梅干しのような顔の老婆に、ペコペコと頭を下げる。

老婆は脚が悪いのか、渋い顔のままヨチヨチ歩いてこちらに近づいてきた。

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「ふん、アンタ前もそんなこと言ってたじゃないか。

いいかい、花壇の花は皆のもんなんだよ? おたくらの子供が、勝手に摘んでいいもんじゃないんだ。

手入れしている職員さんたちにだって、悪いと思わないのかね?」

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老婆の小言はネチネチと切れ目なく続いた。

たっぷり10分もそれに付き合わされてから、ようやく私たちは解放された。

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「本当にね。しっかりしとくれよ!」

「はい、申し訳ありませんでした……」

橘さんが、本当に申し訳なさそうな声を去っていく老婆の背中に投げ掛けながら、アカンベと舌を出した。

それを見て、私は危うく吹き出しそうになってしまった。

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「あんなに粘着質に怒んなくったっていいじゃないね?」

「しょうがないですよ、三度目なんですから」

「仏の顔も、ってやつ? 

でも、子供のすることなんだから、年長者には寛大な心で、大目に見てほしいんですけど」

老婆の長いお説教に愚痴る橘さんと一緒に、子どもたちのもとに向かう。

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「ちょっと、ひーちゃん。ママ、公園のお花摘んじゃダメって言ったよね?

どうしてまたやっちゃったの?」

「凛もだよー? 

アンタら、今度はいったい何を埋めようとしてたの?」

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橘さんの言葉には、私はギクリとする。

まさか、『また』なのか?

緊張しながら、穴の中を覗き込む。

果たして、そこには。

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子どもたちがばらまいた花びらとともに、血まみれの鳩の死骸が横たわっていた。

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はじめは、1ヶ月くらい前のことだった。

陽葵と凛ちゃんが、砂場にほんの小さな穴を掘って、その中に花壇から摘んできた花を入れていた。

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それを、たまたま例の老婆に見つかって注意されたわけだが、後で花を摘んだ理由を尋ねると、ふたりは黙って穴の中を指差した。

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「蛙さん――?」

見ると、誰かに踏み潰されたのであろう小さな青蛙が、花びらのベッドの上で、中身の飛び出た白い腹を晒していたのだった。

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公園からの帰り道、橘さんがこんなことを言い出した。

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「あれって、『蛙のお弔(とむら)い』ってやつかもかもしれないね」

「『蛙のお弔い』……ですか?」

「そーそー」と、橘さんは前を歩く子供たちを見つめながらつぶやいた。

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「陽葵ちゃんもうちの凛も、まだ2歳くらいじゃない?

生き物の『死』なんて、まだよく理解してないと思うのよね。

そんな子供が、ああやって穴を掘って、花を入れて、死んだ虫や小動物なんかを埋めてあげることがある。

それが、『蛙のお弔い』っていう行動なんだって。

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『死んだらかわいそう』って、子供たちはどうして思うようになるんだろう? 

『穴を掘ってお墓を作る』なんて、誰に教わったんだろう?

そういう感覚って、もしかしたら、私たちがはじめから持っているものなのかもしれないね、って話――」

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確かに、言われてみれば不思議なことだ。

生きること。死ぬこと。

それらがどういうことかと問われれば、大人になった今でさえ、満足に答えられるかどうかわからない。

けれど逆に、幼い子供たちは、それらの本質を本能的に感じとっているのかもしれない。

言葉など、必要としないままに。

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その一週間後、彼女たちは、前より少し大きな穴に、公園の池の魚の死骸を埋めていた。

だから、今度で三回目なのだ。子どもたちの『蛙のお弔い』は。

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またある日のこと。

「ちょっとアンタら!」

聞き慣れたしわがれ声に、身体が硬直する。

世間話をしていた橘さんと、恐る恐る声の方を見やると、怒りに顔を真っ赤にした老婆と目が合った。

本当に梅干しみたいだ。

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「今度という今度は、公園の人にも報告するからね! ありゃ、イタズラの度を越えてるよ!」

それだけ言い捨てると、老婆はヨチヨチと公園の管理事務所の方に歩いて行ってしまった。

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まさか、まさか。またなのか?

いや、いくら世間話に夢中になっていたとはいえ、それほど長い時間、子どもたちから目を離していたわけはないのに。

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しかし砂場には、深さはそれほどでもないものの、小柄な大人なら楽に横になれるほどの大きさの穴が掘られ、その中に、花壇のありったけを持ってきたかのように、色とりどりの花々が散りばめられていた。

これは、老婆が怒り心頭になるのもうなづける。

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「ちょっと……あなたたち……」

私は子どもたちを叱りつけようとして、うまく声が出せなかった。

あまりのことに頭に血が上っていたのもあるが、同時に、混乱していたためでもあった。

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いったいふたりはどうやって、私たちの目を盗んで、わずかな時間にこれほど大きな穴を掘り、花壇の花を摘んでこられたというのか。

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「こりゃ、共犯がいるね」

言葉に詰まる私の肩をポンと叩いて、橘さんがブランコの方を顎で差し示す。

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見ると、数人の子どもたち――年齢も性別もバラバラな、これまで一緒に遊んだこともないような、余所の家の子ら――が、砂で手と膝を汚しながら、私たちの方を黙って見つめていた。

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自分たちのしたことに何か文句でもあるのか、と。

そんな威圧感すら感じさせるような、力強い眼差しだった。

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彼らと同じ目をする我が子に、私と橘さんは何も言えなくなってしまった。

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その日の夕方、近所で交通事故があり、巻き込まれた歩行者が亡くなった。

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亡くなったのは、公園のそばに住んでいた、脚の悪い老婆だった。

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私は思う。

日中、子供たちが掘っていたのは、いったい誰のための墓穴だったのだろう、と。

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子供たちの『蛙のお弔い』は、それを最後に見なくなった。

きっと、もう飽きたんだろうと、私は思った。

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