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バスの行き先────アリス君の親戚の御話

中編6
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バスの行き先────アリス君の親戚の御話

皆様、久方振りの登板です。有馬澄斗(ありま・すみと)です。

さて、今回の御話は、遠戚で既に還暦過ぎで古希(こき)前後………60~70歳位の角滝民興(つのたき・たみおき)おじさんが当時、体験した話です。どうぞ。

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あれは、いわゆる高速バスの発達するかどうかの時代だ。

地方に新幹線が出て来るのは、首都圏の大動脈の発達した遥か後だから、今で言う鈍行やバスと言った公共交通機関か徒歩の時代だし、マイカーなんざ、何処ぞの富裕層の持ち物だって話だな。

法事が有って、補習を喰らっちまった俺は、一人遅れて隣村の本家に親兄弟に遅れて合流する羽目になってな………

その時の山越えはボンネットバスだったよ。

いやいや、流石に戦時中の薪を焚いてのエンジンやら坂道では力自慢の後部押しでヨイショ、ヨイショと言った話は無いけれどもな。

然し、そのバスに乗ったのがいわゆる厄日だったのは、紛れも無い事実だ。

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「補習なら仕方無いね。飯は置いてくから、喰って食器片付けてから来な」

お袋────澄斗の祖母(ばあ)さんの親戚に当たる人────の電話口での返事を聴いて、俺が遅れて合流してから法事が始まるからと、何処と無く安心させてくれる口調が、今からすれば有難いが、当時はどうもまとわりつく様で、鬱陶(うっとう)しかった。

鬱陶しくはあったが、指示通りに飯を喰った後の食器は洗って片付けてから、俺はいつも時刻通りには来ないバスに待ちぼうけを喰らい掛けながらも間に合って、当時乗っていた女性の車掌さんに金銭を渡して切符を買って、乗り込んだ。

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胸ポケットの切符を手触りで改めて、学生服上着の右ポケットを改めると、掌(てのひら)に乗る小さな兎(うさぎ)の縫いぐるみが出て来る。

「────あれ」

耳は余り長くないいわゆる雪ウサギで、目は雪で作った目を表現するときの南天(なんてん)の実等で御馴染みの赤色で無く、つぶらな黒目である。

幼少時は良く連れ歩いた為、手垢も付いて僅かに灰色がかっているのが何だか申し訳無く思える。同時に、今みたいにポケットが丈夫で無かったから、良く落として無くしたりしなかったな、とも。

い*********************

今の様なアスファルトで充分に舗装されていない道────獣道(けものみち)よりはマイルドだけど、ガタガタ揺れる未舗装の砂利や土の混じった道路を走りながら、山道を越えようとした際に、何だか様子がおかしくなる。

何故かオルゴールの音が聞こえて来る。

夕暮れに近付きつつある、闇一歩手前の暗くなり掛けで、電灯を点けても余り明るくは無い車内で、悲しい調べの旋律────当時は分からなかったが、1990年代半ばに、フランツ=リストの『ラ=カンパネラ』だと判明するんだが、当時の俺は不気味で悲しい曲調で、何だか涙が出そうになっていたんだ。

「早く蓋(ふた)をして、鞄(カバン)にしまいなさい」

車掌さんが強い口調で、音のする方の席にツカツカと歩み寄ったが、直後に「ひぃっ!!」って小さな悲鳴が上がる。

直後にバスが、今迄とは違う、未舗装道路を走るのとは異なる揺れ方をし始める。

/~チャンチャン、チャンチャンチャンチャンチャンチャンチャンっ♪チャンチャンチャンチャンチャンチャンチャンチャン、チャンチャンチャンっ♪

オルゴールの音が合わさり、不気味な空間になる。ガタガタと運転士さんが身体を激しく上下させておりハンドルをグイングインと回転させながら蛇行運転しており、オルゴールの音が鳴る席からは、明らかに今の時代にそぐわない格好の人────人かどうかも怪しい存在が居るのが、直感から分かる。

────防空頭巾を被った存在が、ズリズリと上下させており、背もたれの金属部分に粘っこしい液体がタラタラと垂れているのが見える。

「ひぃーっ!!」

「助けてーっ!!」

「車掌さん!しっかりして!」

気絶したとおぼしき車掌さんを心配する叫び、パニックに陥った絶叫の木霊(こだま)する薄暗い車内、親に叫びたいが、生意気盛りな年頃故に、声を押し殺す俺────

「!」

ピョンと、俺の学生服上着の右ポケットから小さな光が飛び出して、運転席へと勢い良く弧を描く。

「ああっ、まさか!」

私は激しく揺れる車内を金属の取っ手を伝いながら、運転席へと急ぐ。

白くフワフワした小さな光が、運転士さんの顔に覆い被さり、我に返ったのか、運転士さんが「うわあっ!!」と叫びながら、ハンドルをグっと掴んで、ガっと前のめりになる。

「プパパパァァァァァ~~~~~~~っ!!」

闇夜を切り裂くけたたましいクラクションと共に、乱暴に踏まれたブレーキと共にエンジンストールを起こしたボンネットバスは、前後にガクンガクンと揺れて止まった。

「うっ………おぅぇぇぇ………」

乱暴にバスの窓を開けた俺は、そこから吐いてしまう。

消化し切ってしまったか、酸っぱい液体だけが、口から出る。

「あっ………大丈夫ですか!」

吐き終えた俺は、乗り合わせていた乗客や車掌さん、それに運転士さんに大声で声を掛ける。

「何だ!おーいっ!!どうなってんだ!」

声を掛けた人全員が、血を流してはおらず、俺の一瞬安堵したタイミングで、野太い声が響く。

衣服の上に、いわゆるチャンチャンコの様な毛皮を羽織った、金属の筒を木で包んだ様な道具を携えた屈強そうな髭面の男────見知らぬ猟師のおじさんが、猟犬数匹を連れて闇夜で松明(たいまつ)を燃やしながら、鋭い目を見開いている。ああ、あの金属の筒と木で包んだような代物は猟銃か、実物は初めて見た。

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「民興ーっ!!母ちゃんが悪かったよ!」

法事が一段落付いて、俺はお袋に泣きながら謝られた。

猟師のおじさんが近くに住む名士に頼んで連絡して貰い、俺は幸い法事の場所から遠くは無かったから、すぐに親兄弟が飛んで来てくれた。

運転士さんも車掌さんも俺以外の乗客も、軽い怪我や打撲程度で済んだが、学生服上着の右ポケットに居た雪ウサギの縫いぐるみも、血を流していたとおぼしきあの防空頭巾を被った存在も、行方が分からないのだと言う。

ボンネットバスはエンジンがオーバーヒートしており、動かすのに時間も手間も掛かったと言う。獣道の枝が無数に突き刺さり、引き抜くのに相当な労力を必要としたとも。

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「────おじさん、あの兎(うさぎ)とは違うだろうけど、あげる」

思わず僕は話を終えた民興おじさんに、本当は自分用に買ったのだけど、「又買えば良いや」とジャンパーの右ポケットから紙袋を差し出した。

「………!」

紙袋を丁寧に開けた民興おじさんの目が潤み始め、赤くなる。

「あの………雪ウサギそっくりだ………」

小さな命を慈しむ表情で、掌に乗せた雪ウサギの縫いぐるみに、民興おじさんは鼻をすすりながら、目を細めていた。

そんなおじさんの姿を見ながら同じく泣きそうになっていた僕だが、彼宅の庭先から足音も立てず、立ち去って行く人影を見る。

────血を滴(したた)らせながら、地面に吸われず液体が消え、無数の白くフワフワした光に包まれながら、ゆっくりと消え去って行く防空頭巾を被った存在が。

そして、おじさんは聞こえていないだろう、いや、聞こえてはならない、オルゴールの『ラ=カンパネラ』の悲しい調べが響いていた。

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